第68話 元剣聖のメイドのおっさん、眼帯怪力少女の親友になる。
「さて、名残惜しいが別れの時だな。アレスよ」
屋敷の門前に手配された立派な漆黒の馬車を眺めていると、背後からそう、ヴィンセントが声を掛けて来た。
俺は振り返り、そんな彼に向けて笑みを浮かべ、深く頭を下げる。
「泊めてくださっただけではなく、朝食を御馳走してくださり、加えて
「頭を上げろ、アレスよ。俺と貴様は兄弟の契りを結んだ、謂わば対等な関係にある。したがって貴様は俺の弟に変わりはない存在だ。だから、そんなに畏まる必要はないぞ」
「はい・・・・ありがとうございます、お兄様」
顔を上げると、ヴィンセントは腕を組んでフッと微笑浮かべていた。
本当に・・・・本当にこの男は心の底から好感が持てる、とても良い奴だ。
でも、今のその素直な優しさを、少しでもオリヴィアに向けてあげた方が良いと、おじさんはそう思います。
彼女、さっきの地下での一件で大分お兄様に疑惑の念を抱き始めてしまっているので。
今も俺の後ろで、ヴィンセントお兄様にジト目を向けていらっしゃられますので・・・・。
俺のそんな心の声を他所に、ヴィンセントはいつものように不敵な笑みを浮かべると、オリヴィアへと素っ気なく声を掛ける。
「妹よ。貴様もせいぜい聖騎士養成学校で研鑽に励むと良い。次期聖騎士団団長として、お前が使える駒に成長したその時には、正式に我が軍門に迎えてやること考えておくとしよう。その時までにせいぜい加護の力でも磨いておくのだな」
「・・・・・・はい。お兄様のご期待に沿えるよう、精進致します」
「うむ。期待しないで待っておこう」
まーた、このシスコンお兄様は迂遠な言い方をしやがって・・・・。
つまりはこういうことだろ?
『お前が使える駒に成長したその時は、我が軍門に迎えてやることを考えよう』→『俺はお前を騎士団に迎え入れる気は満々だぞ、妹よ』。
『期待しないで待っておこう』→『期待しているぞ、妹よ』。
本心はこういう感じですかね、お兄様。
あの、流石にその迂遠な言い方では、悲しいことに妹さんには貴方の気持ちはまったく伝わってないと思います。
むしろ、彼女は今の発言でかなり不機嫌になったと思われます・・・・。
「おっと、そうだ。アレスよ、先ほど渡した指輪は身に着けているかね?」
呆れた目でヴィンセントを見ていると、彼は笑みを見せて、俺にそう声を掛けてきた。
俺はコクリと頷き、顔の前に手を掲げ、右手の人差し指に嵌めた指輪をヴィンセントへと見せる。
「はい。さっそく頂いたあの二つの
「そうか。では、出立する前にこのバルトシュタイン家の門を触れておくと良い。いつでもここに来れるように予めマーキングを付けておけ」
「あっ、確かにその方が何かあった時は便利そうですね。では、お言葉に従い、触れてさせていただきます」
そう口にした後、俺は指輪を嵌めた右手で、バルトシュタイン家の巨大な鉄製の門にそっと触れてみた。
するとその瞬間、触れた箇所から光り輝く魔法陣が浮かび上がり、魔法陣は二三度点滅して淡い輝きを放つと、すぐさま消えて行った。
これで、一応、マーキングは完了したと見て良いのだろうか。
後は、【
相変わらず、魔力の存在を感知できてはいないし・・・・果たして、
これではベアトリックスの奴に、『貴方は
というか、今日学校休んだことにあいつ相当怒ってそうなんだよなぁ。
あの鬼教官が、今頃教室でアネットさんはやる気がないんじゃないですか!? って、怒り狂ってそうな姿は簡単に想像が付く。
うーん・・・・何だか、帰りたくなくなってきたぞ。
「? 突然ボーッとして、どうしたんですか? アレスくん。早く馬車に乗りましょう?」
「あっ、はい。そうですね。では、お兄様、お世話になりました。この場にいないキールケ様にもよろしくお伝えください」
「うむ。またいつでも来ると良い。貴様であればどんな時でも歓迎しよう」
そう言って微笑むヴィンセントに会釈した後、俺とオリヴィアは馬車へと乗り込んで行った。
この二日間、目まぐるしく時が過ぎて行ったな。
兄妹喧嘩に巻き込まれたり、シスコン兄貴の演技に付き合ってやったり・・・・そして俺が先代オフィアーヌ家の令嬢であることが分かったりと、本当、濃い二日間を過ごしてきた。
母と兄をゴーヴェンと国王によって殺されたという事実には、流石に、胸が裂かれるくらいの衝撃を受けたが・・・・今では何とか飲み込むことが出来ていた。
これから俺は、母が身を挺して守ってくれたこの命を、無駄にせずに大切にして生きていきたい。
生前の俺であればゴーヴェンや王家を憎み、復讐を誓ったのだろうが、今の俺は大切な周りの人間が無事で居てくれさえいればそれで良いと思っている。
レティキュラータス家のエルジオ伯爵、ルナレナ夫人、ギュスターヴ老、メリディオナリス夫人、ルイス、マグレット。
満月亭の、オリヴィア、ジェシカ、グレイレウス、マイス。
ルナティエ、ベアトリックスなどの、学校の友達たち。
そして・・・・・ロザレナお嬢様。
俺はみんなが、彼女たちが無事なら、他には何もいらない。
下手にゴーヴェンと敵対する道を選んで、ロザレナの身に何かあったりでもしたら、俺は絶対に死ぬほど後悔することになるだろうから。
だから俺は、危険な道は選ばない。
両親と兄の敵討ちはしない。
ヴィンセントの思想にはとても共感するところはあるが、俺が彼に直接手を貸すことは無いし、巡礼の儀なる王族の争いごとにも関わる気も一切無い。
もしかしたらゴーヴェンがちょっかいを掛けてくるかもしれないが、それにわざわざ反応してやる気もない。
俺は、ロザレナの隣でそっと彼女の成長を見守っていければ、それで良い。
それが今世の自分の、アネット・イークウェスの生き方だ。
破天荒で無鉄砲なアーノイック・ブルシュトロームは、もう、この世にはいない。
だから----俺は、新しい生き方を選んで、進んで行く。
「すっかり夕方になってしまいましたね~。満月亭のみんなはちゃんと夕飯を食べているのでしょうか~」
馬車から降り、紅い夕陽によって染められた時計塔を眺めながら、オリヴィアはそう呟いた。
俺も続いて馬車を降り、その後、去って行ったバルトシュタイン家の馬車を静かに見つめながら、口を開く。
「どうでしょうね。皆さん、料理ができない感じでしたので・・・・出来合いのものを商店街で買って、各々で食べているのではないのでしょうか?」
「その説が濃厚ですね~。でも・・・・案外、マイスくん辺りは自分で料理をしているような気がしないでもないんですけどね」
「えっ、マイス先輩が、ですか?」
「ただの憶測ですけどね。アネットちゃんは知らないかもしれませんが、マイスくんは基本、何でもそつなくこなす人なんですよ~。天才肌、って奴なんですかね? 時折、そんな雰囲気を見せる時が彼にはあるんです」
へぇ・・・・あの、女ったらし野郎がね・・・・。
そういえばいつぞやか、グレイレウスに剣を向けられても微動だにしていなかったよな、あいつ。
もしかしたら、剣の腕もそれなりにあるのかもしれないな。
人はみかけによらないとは言うが、あいつはその言葉を体現したタイプの男なのかもしれない。
そう、マイスについて考察していると、オリヴィアが隣で俺の顔をジッと見つめていることに気が付いた。
突如真剣な表情を見せて来た彼女に俺は首を傾げ、疑問の声を返す。
「オリヴィア先輩・・・・?」
「アネットちゃん。今回は本当にありがとうございました。私の縁談を断る協力をしてくれたこと、感謝してもしきれないです。それと・・・・私のこの目と、加護の力を見ても嫌いにならないでくれて・・・・本当に、本当にありがとうございます。ぐすっ、私、アネットちゃんに出逢えて・・・ひっく、本当に、本当に良かったって、そう、思いますぅっ~」
両手で目を覆い、ぶぇぇぇんと、子供のように泣き始めるオリヴィア。
俺はそんな彼女にクスリと微笑むと、胸ポケットからハンカチを取り出し、彼女の涙を優しく拭っていった。
「オリヴィア先輩、泣かないでください。まだ私、男装のままですし・・・・これじゃあ傍目から見たら私はオリヴィアさんを泣かしている酷い男みたいじゃないですか」
「う゛ぇぇぇぇぇぇぇんっっ!!!! だっでぇ、今までこの秘密を打ち明けた友達は、みんな私から離れていったのにぃぃぃっっ!!!! アネットちゃんは変わらず側に居てくれたんだもん゛んんん!!!!! こんなに幸せなことって、他にないよぉぉぉぉぉ!!!!!」
「まったく・・・・今朝は自分のことをお姉ちゃんだって言っていたのに、今のオリヴィア先輩は私よりも幼い子供みたいですよ? 私のお姉ちゃんを名乗るならしっかりしてください」
「ぐすっ、ひっぐ、わだしぃ・・・・アネットちゃんが男の子だったらぁ、本当に貴方と結婚していたかもしれません~~~っ」
「え?」
「だってこんなに優しい人、他に見たことないですよぉ。何というか、アネットちゃんには全てを受け入れる包容力があるというか・・・・十代とは思えない貫禄がある気がしますぅ~」
「そ、そうですかね? は、ははは・・・・」
「きっとアネットちゃんが男の子に産まれていたら、周りの女の子たちはほっとかなかったでしょうね。モテモテ間違いなしですっ!」
いや・・・・男だった前世は一度も女性と付き合ったことのない生涯童貞のオッサンでしたよ、オリヴィア先輩・・・・。
はっきり言って、女に生まれ変わってからの方がモテてるまであります・・・・。
まぁ、女だけじゃなく、男にも、ですがね・・・・。
そう、俺が引き攣った笑みでため息を吐いていると、オリヴィアは目の端の涙を拭いて、両手を広げて俺へと飛びかかってきた。
「でも、私は男の子とか女の子とか関係なく、ただただ純粋にアネットちゃんが大大大好きですよっ!! ですから・・・・こうしちゃいますっ!! むぎゅぅぅぅぅぅぅー-----っっっっっ!!!!!」
「うわっぷ!? ちょ、ちょっと、オリヴィア先輩!?」
抱きしめられた俺は、彼女の大きな胸の中に顔を埋めさせられる。
何とかその胸から顔を這い出させると、オリヴィアはこちらを見下ろし、ニコリと優しく微笑んできた。
「良いですか、アネットちゃん。よく覚えていてくださいね」
「え? は、はい?」
「私、この先に何があっても、アネットちゃんの味方ですからね。それを絶対に忘れないでください。辛い時はいつでも私を頼ってくださいね。必ず、アネットちゃんの力になってみせますから」
「先輩・・・・・はい。ありがとうございます。何かあった時は頼りにさせてもらいますね」
「フフッ、はい♪ それと、これから私のことはオリヴィアと呼び捨てにしてくださって結構です。私とアネットちゃんはもう、友達の枠を超えた親友、なのですから」
「え、えぇ!? そ、それは、流石に失礼ではないですか? その、オリヴィア先輩は歳上の方なのですし・・・・」
「何を言ってるんですか~? 4つの歳の差なんて、友情の前には関係ないんですよ~?」
「あっ、オリヴィア先輩って19歳だったんですか? 何か・・・・全然そんな感じには見えませんね」
「あぁ---ーっ!! アネットちゃん、ひどーい!!」
「あははっ、すいません、さっきの泣きじゃくっていた先輩を見ていたら、つい」
俺はそう言って彼女から離れ、先導するように前へと一歩出る。
そして、オリヴィアに向けて手を差し伸べて、ニコリと微笑んだ。
「さぁっ、早く帰りましょう、
「あっ・・・・!! は、はいっ!! 私たちのお家に一緒に帰りましょう、アネットちゃん!!」
加護の力を恐れずに、オリヴィアは迷いなく手を伸ばし、俺の右手を取る。
過ぎた力は人を孤独にするものだが、これから彼女が孤独になることはけっしてない。
彼女のその『力』に怯えるその姿は、いつかの俺と同じものだ。
オリヴィアと俺は、同じ業を背負った、孤独の宿命にある同志。
だからこそ、こうして寄り添い、互いに歩むことができる。
この世界で恐らく唯一の・・・・人を簡単に死なせることのできる、呪いの力を持った同族の仲間だから。
だから、二人でいれば、どちらかが孤独になるなんてことは、絶対にないんだ。
「~~~~~♪♪」
手を繋いだオリヴィアは鼻歌を歌いながら、青みがかってきた空に浮かぶ満月を見上げ、寮へと歩いて行く。
俺はそんなオリヴィアを肩ごしに見つめた後、彼女と同じように満月を見上げた。
生前の師匠はいつかの俺にこう、言っていたっけな。
『こいつになら裏切られても良い』と、そう思える存在が友達という奴なのだ、と。
当時ガキだった俺は、その言葉の意味をまるで理解できなかったが・・・・今なら、彼のその言葉の意味をちゃんと理解することができる。
オリヴィアになら、裏切られたって構わない。
俺は、いつの間にか彼女に多大な信頼の情を寄せていた。
ロザレナがジェシカのような心より添える友人を作ったように、どうやら俺もこの学校で大事な友達を作ることができたみたいだ。
マグレットに言ったら、彼女はきっと喜んでくれるんだろうな。
ふとした瞬間に怪力が出てしまう、料理がとても下手な、孤独に怯える女の子。
それが、オリヴィア・エル・バルトシュタインという名前の少女の姿。
けれども、その心根は誰よりも優しく、他人の痛みに寄り添える、とても綺麗な心を持った誠実な人。
・・・・前世の俺は、果たして、心から信頼ができる友人というものを作れていたのだろうか。
アーノイック・ブルシュトロームならば、きっと、この問いの答えをすぐに答えることができなかっただろうが・・・・今の俺なら、アネットならはっきりと、その答えを即答で言葉にすることができる。
今の俺には、オリヴィアという絶対の信頼が置ける友人が、いる、と。
そう、心から言うことができる。
(お婆様、私の友達は、とっても素敵な子ですよ)
いつかお婆様に紹介できたら良いなと、そう思いながら。
心の中でマグレットへ向けた言葉を呟き、俺は星々が照らす道をまっすぐと、オリヴィアと共に歩いて行った。
お互いに固く手を、握り合いながら----。
第68話を読んでくださってありがとうございました!!
いいね、評価、ブクマ、本当に励みになっています!!
明日はクリスマスイブですね!!
実は、クリスマスに合ったお話を書けたら良いなと、幼少期の修道院で過ごすロザレナの話を前々から書いていたのですが・・・・はい、全然間に合いませんでした笑
いつか投稿できたら良いなと、そう思っています。
皆様、良いクリスマスイブをお過ごしください。
三日月猫でした! では、また!