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第67話 元剣聖のメイドのおっさん、面倒くさいシスコン兄貴に辟易する。



 朝食を終えた後、俺とオリヴィアはヴィンセントに連れられ、屋敷の地下へとやってきていた。


 長い螺旋状に続く薄暗い階段を降りて行くこと数分、最下層へと無事に辿り着くと、ヴィンセントは頑強そうな分厚い鉄制の扉の鍵を開け、こちらへと肩ごしに微笑を見せてくる。


「目的地はここだ」


「あの、この地下の部屋は、いったい・・・・?」


「ここは、この家の宝物庫になっている。ついて来い」


「宝物庫ですか・・・・? は、はい、では失礼します・・・・」


 そう口にしながら、俺はバルトシュタイン家の宝物庫へと一歩、足を踏み入れる。


 そして、真っ暗闇が広がる部屋の中を、事前に渡されていた燭台の明かりで照らしながら、まっすぐと進み、ヴィンセントへとついて行った。


 さっき、彼はここを宝物庫と呼んでいたが・・・・部屋の中には、何処にも煌びやかな財宝の姿は見当たら無かった。


 辺りには床や棚に適当に木の箱が陳列されているだけであり、この部屋の中は、まるで倉庫のような内装をしていることが窺える。


 俺は室内に舞う埃にケホケホと咳をしながら燭台を片手に、さらにキョロキョロと周囲を見回してみた。


 するとその瞬間、燭台で照らした壁の隅を小さな黒い影が、横切って行くのが目に入ってくる。


「チュウチュウッ」


「ひぅっ!? な、何の声ですか、アレスくんっ!!」


 その鳴き声に驚いたのか、オリヴィアは俺の腕をギュッと強く握ると、隣で恐慌した様子を露わにし始めた。


 俺はそんな彼女を安心させるために、そっと、優しい声音で彼女に声を掛ける。


「落ち着いてください、オリヴィア先輩。今のはただの鼠ですよ。ほら、あそこを見てください。壁際に二匹の鼠が並んでいるのが分かりますか?」


「・・・・あっ! ほ、本当ですね・・・・び、びっくりしました~」


 額の汗を拭うと、オリヴィアはふぅと安堵のため息を吐く。


 そんな彼女に微笑みを向けた後、俺は壁際に並ぶ大量の木箱の山を眺めながら、そのまま歩みを進めて行った。


 やはり、この倉庫のような見窄らしい部屋が、かの高名な四大騎士公バルトシュタイン家の宝物庫だとはどうにも思うことができない。


 少領貴族の宝物庫でも、もっとマシな姿をしていることだろう。


 そんな考えを抱いていると、俺の気持ちを察したのか・・・・先行して歩いていたヴィンセントがこちらへと視線を向け、燭台片手にクククと笑い声を放ってきた。


「アレスよ。貴様の考えている通り、ここは厳密に言えばバルトシュタイン家の宝物庫ではない。ここは謂わば宝物庫とは名ばかりの、物置のようなものだ」


「宝物庫ではなく物置、ですか?」


「あぁ。バルトシュタイン家の真の宝物庫は、代々当主しか場所を知ることができないらしくてな。この俺も、屋敷の何処にあるのかは未だ知らぬのだ」


「なるほど・・・・では、ここには直接的な財源とは関係のないものが保管されているのですね?」


「その通りだ。ここには主に、20年程前の帝国との戦役時に敵兵から鹵獲した武具や魔道具(マジックアイテム)が保管されている。他には代々の当主たちが所持してきた古い書物や絵画、といったものもあるな。だから、一応、宝物庫という名が付いている・・・・が、ご覧の通り、こんな有様だからな。個人的には物置きという名が相応しいと思われる」


 そう言って自虐気味な笑みを浮かべるヴィンセント見つめていると、隣からオリヴィアが震えた声で俺に話しかけてきた。


「じ、実は、私、この地下宝物庫には初めて入ったんですよ、アレスくん。でもまさか、こんな薄暗くて不気味なところだとは思いませんでした~・・・・ど、何処かに幽霊(レイス)とかいませんよね~~?? うぅぅぅ・・・・」


「ククッ、オリヴィアよ。怯える貴様に良い情報を教えてやろう。ここは昔、捕虜として捕らえた帝国兵の拷問部屋として使っていた時期があったらしいぞ? もしかしたら・・・・まだその辺に骸の残りが落ちているやもしれんな・・・・ククククッ」


「へ、変なこと言って怖がらせないでくださいよ、お兄様っ!!!! 私、そういう話が一番苦手なんですからねっ!!!!」


「・・・・・・・・・・」


「な、何ですか、アレスくん。急に首を傾げて、私の顔を見つめだして・・・・」


「あっ、いえ。オリヴィア先輩って、聖騎士団の異端審問官目指しているんじゃありませんでしたっけ?? それなら、拷問部屋と聞いても、そんなに怖くはないんじゃないかと思いまして・・・・」


「アレスくん、私は拷問していた場所が怖いんじゃなく、アンデッドの類が怖いんですっ!!!!」


「そ、そうなんですか?」


「はいっ!! 生きた人間は殴ってやっつけることができますが、死んだ人間はそうもいきません!! ゾンビやスケルトンなんてそもそも触りたくもないし、幽霊(レイス)なんて物理攻撃が効かない種族じゃないですか!!!! ですから私の一番の天敵の魔物なんですよ、アンデッド種は!!!!」


 あー、なるほど、単純に加護の力と相性が悪くて倒せないから怖い、と・・・・彼女はそういった理由でアンデッドに恐怖心を抱いているのか。


 まぁ、剣士というよりも拳闘士(グラップラー)の適性のある彼女にしてみれば、腐肉を垂らすアンデッドと至近距離で殴り合うのは勘弁願いたいと思うのは当然のことだろうな。


 生前、剣士であった俺もアンデッドと相対する度に、遠距離魔法が使えたらなーと、よくそう思ったものだ。


 腐肉をまき散らしながら襲い掛かってくるアンデッドと近距離で戦いたくないと思う彼女のその気持ちは、同じ近接職として、十分に理解できると言える。



「ふむ。見つけたぞ。確か、こいつだったか」



 目的のものを見つけたのか、突如足を止めると、ヴィンセントは壁際の棚に並べられた木箱のひとつを開け、その中からさらに小さい箱・・・・リングケースを取り出し、その中身を確かめる。


 そして、ニヤリと笑みを浮かべると、箱の中から指輪とピアスを取り出し、それを俺に目掛けて放り投げて来た。


「受け取れ、アレス」


「え? あ、はい!」


 空中で弧を描いて飛んできたそれをパシッと片手でキャッチし、掌の中を開けて、受け取ったふたつのアクセサリーを確認してみる。


 それは、紫色の小さな宝石が嵌められた指輪と、翡翠色の小さな宝石が取り付けられたノンホールピアス-------どちらも魔石が取り付けられた魔道具(マジックアイテム)だった。


 それも、取り付けられているのが魔石の欠片ではなく、純正の魔石水晶が取り付けられていることからして・・・・かなり、上等な魔道具(マジックアイテム)であることが窺えた。


 俺は驚いた表情で顔を上げ、ヴィンセントへと視線を向けると、その視線に応えたヴィンセントはコクリと小さく頷いた。


「翡翠色のピアスの方は、中一級情報魔法【念話(コンタクト)】の魔石が付けられた魔道具(マジックアイテム)だ。耳に付けておけば、一日に三回、名を知っていて尚且つ出会ったことのある人間であれば誰にでも念話を飛ばすことができるだろう。そして紫色の指輪の方は上一級情報魔法【転移(テレポート)】の魔石付けられた魔道具(マジックアイテム)だ。指輪を指に嵌めた手で触れた箇所、マーキングした場所であるならば、何処にでも一瞬で移動することができる。マーキング回数は二か所まで登録でき、それを越えると古い個所から上書きされて消えて行く。一日に二回程だけ、使用可能だ。特別にどちらも貴様にくれてやろう。好きに使うと良い」


「あ。あの、【念話(コンタクト)】と【転移(テレポート)】の魔道具(マジックアイテム)は、そ、相当な高価なものだと思うのですが・・・・・ほ、本当に私なんかが貰ってもよろしいのでしょうか・・・・?」


「構わん。貴様が【コンタクト】と【転移(テレポート)】を素で使えるのなら話は変わるが・・・・そんな高度な情報魔法は、流石のお前でも習得はしていないだろう?」


「は、はい、それは勿論・・・・」


「であるならば、遠慮なく貰っておけ。フッ、何、気にする必要はない。これは俺と兄弟の契りを結んだ餞別だと思うが良い。それに、あの父上の動向を掴むためにも、俺との連絡はスムーズにできた方が良かろう? どう考えても、これから奴の手から逃れるためには、お前が情報魔法を使えるようになった方が良いのは明らかだ」


 何から何まで本当に申し訳ないな。


 彼のその様子からして、こいつが俺の味方として、あのゴーヴェンと本気で戦ってくれようとしていることがひしひしと伝わってくる。


 本当に、心強く有り難い限りだ。


 こんなに誠意を尽くして俺に接してくれている奴を、オリヴィアの縁談を断るためとはいえ、俺は性別を偽り騙していることを思うと・・・・少しだけ申し訳なくなってくるものがあるな。


 正直、こんな良い奴を騙していることを考えると胸が痛くなってくるが・・・・だけど同時に、男として接することができる今のこいつとの関係を、心地良いと思う自分もいる。


 今までは女として生きて行かなければならない苦しさがあったが、男である本当の自分をさらけ出して、接しても良い存在がいるというのは、本当に心が休まるものだな。


 俺の身勝手な思いではあるが・・・・こいつには俺が男であることをこのまま認識し続けて貰いたい。


 男の俺の存在が、消えないためにも、な。


「む? 俺の顔をジッと見つめて・・・・どうした? アレスよ」


「いえ。私は良き友を得ることができたと、そう思いまして」


「クククッ、魔道具(マジックアイテム)を渡したのは、万が一にでも協力者である貴様に何かあったら困るから、だ。この俺にとっても、あの父上は我が野望の最大の障害であるからな。俺は今まで、父の前では従順な息子を演じてきたが・・・・それももう終わりだ。もうじき始まる『巡礼の儀』で必ず、俺はこの王国を掌握してみせるぞ、アレスよ」


「『巡礼の儀』・・・・とは、いったい何でしょうか?」


「そうか。貴様は出身が貴族ではあっても出は庶民だからな。知らなくても当然か。今代の王は長寿でもあるし、仕方あるまい」


「えっと・・・・?」


「じゃあ、お姉ちゃんが教えてあげますね~~」


 そう言って指を立てると、オリヴィアは俺の前に立ち、腰に手を当て、胸を張りながら口を開く。


「『巡礼の儀』というのは、次期、聖グレクシア王国の聖王を決めるための王子たちの儀式なんですよ~。各王子たちは諸外国にある女神アルテミスに(ゆかり)のある祠に足を運んで、そこで祈りを捧げて国々を回るんです。期間内に一番早く、そして多くの祠を回ることのできた王子が、次の王様になることができるんですよ~~」


「へぇ・・・・初めて知りました。この国では、次期国王はそうやって決めることになっていたんですね」


 今代の国王は、先祖の代で混じった森妖精(エルフ)鉱山族(ドワーフ)の特色を色濃く継いでいたせいか、通常の人族(ヒューム)より大分寿命が長かったとは聞いていたな。


 今の王様の年齢は確か、156歳程だとか言っていたか?


 最早、人族が生きられる時間を遥かに生きた存在と言えるのは間違いないだろう。


 けれど、王子を決める巡礼の儀を近々行うということは、もしかしたらもう先は長くはないのかもしれないな。


 なるほど、ヴィンセントはこの期を狙って、王国を変えるつもりなのか。


 次期国王になる王子に取り入るのか、それとも内政を干渉できる立場をこの機会に築くのかは分からないが・・・・確かに、今の国王が代替わりするこの瞬間が、王国を変える唯一のチャンスとも言えるな。


 そう考察していた俺に、ヴィンセントは笑みを浮かべると、目を伏せ口を開いた。


「『巡礼の儀』に赴く祠の扉を開けるのには、四大騎士公の血が必要不可欠と言われていてな。だから必然的に、王子たちは儀式に挑むために、供として四大騎士公の末裔たちを従士として旅に参加させることになる。故にこの儀式は謂わば、次期国王を決めるのと同時に、次代の四大騎士公の当主を決める戦いでもあるとされているのだ。分家の者が、次期国王の従者として『巡礼の儀』を成し遂げることができたら・・・・そいつは一気に成りあがることができる、そういうわけだ」


「四大騎士公の末裔たちにとってこの儀式は、自分の将来を決める戦いでもある、そういうことなのですね」


「あぁ。そうだ。しかし無論、俺はバルトシュタインの次期当主程度の座を狙っているわけではないがな。俺はこの機会に、飼いならせそうな脆弱で若い王子の従者に付いて、そいつを王に成り上がらせ、背後からこの国を掌握するつもりだ。王家に介入できる機会など、このようなチャンスを除いて他にないからな」


 やはり、そういうことか。


 しかし、悪人面でクククと笑い、王子を飼いならして王国を掌握するだのなんだの言っていると・・・・本当に悪者にしか見えないな、こいつ。


 中身が普通に善人であることを知らないと、王国を乗っ取ろうとしているただの悪漢にしか見えないぜ。


「お、お兄様、い、いったい何をするおつもりなのですか!?」


 ほら、今まであんまりコミュニケーションが上手く取れていなかった妹が何かを勘違いをして、怯えた目を兄に向け始めたぞ。


 ヴィンセント、お前、ちゃんと自分の考えを伝えておいた方が良いんじゃないのか? ん?


 ちゃんと優しいお兄様として対応しろよ? わかっているよな?


「ククククッ、オリヴィアよ。貴様にはまったくもって関係のないことだ。我が野望に意を唱えず、貴様は吞気に学生生活でも謳歌していろ」


「さっき、アレスくんを協力者だと、そう言いましたよね? もし、アレスくんを危険なことに巻き込むつもりであるならば・・・・私は容赦はしませんよ?」


「クハハハハハハハハッッッッ!!!!! お前は本当に馬鹿な奴だな、妹よ。貴様が選んだその男の真価を一切理解していないとは、何とも滑稽な話だ!!!!」


「アレスくんが、お兄様の剣の一太刀を一度は止められるくらい、剣の腕があるということは昨日の一件で十分に理解しております。ですが、かのじ・・・・彼は、まだ十代半ばの若い男の子なんです。どうか危険な真似だけは、させないでください」


「つくづく無知な奴だな、貴様は。まぁ、良い。別段、アレスに無理をさせるつもりなど毛頭ない。安心しておけ」


「・・・・・はい」


 あっちゃぁ、これは間違いなくバッドコミュニケーションですわよ、お兄様。


 『吞気に学生生活でも謳歌していろ』→『危険な真似をさせたくないから大人しくしていろ』、ということをオリヴィアはまったく理解しておりませんわよ??


 しかも、多分、ヴィンセントが王国を乗っ取ろうとしている理由が邪悪なものだと思われているんじゃないかなぁ、これ・・・・。


 昨日で結構距離縮まったのに、どうにも今の会話でまたすれ違いが起きた気がするな。


 このお兄様・・・・良い奴なんだけど本当にクソ面倒くさいなオイッッ!!!! 


 もういっそシスコンであることをオリヴィアに伝えてドン引きさせてやれよオラァッ!!!!


「・・・・アレスくん、やはりお兄様には気を付けた方が良いかもしれません。何かあったら、すぐに私に相談してくださいね」


 そう、ヴィンセントに聞こえないように小声で話しかけてくるオリヴィア。


 俺はそんな彼女に、引き攣った笑みを浮かべて、口を開いた。


「オリヴィア先輩・・・・貴方のお兄様は、ただただ不器用なだけの人なんです・・・・本当は優しい人なんですよ・・・・?」


「・・・・・・そう、なのでしょうか・・・・」


 そう呟き俯く、オリヴィア。


 そんな、不信感を抱いた妹の様子になど気付かずに、ヴィンセントは踵を返し、宝物庫を後にしようと歩みを進める。


「では、上へと戻るとするか。この部屋は埃臭くて敵わんからな」


 こうして俺たちは宝物庫を後にし、上階へと戻って行くのであった。


 オリヴィアの兄への誤解は、こうして月日を追うごとに増えていったんだなと、彼の行動を見ておじさんはそう確信しました。まる。

 

第67話を読んでくださってありがとうございました!

投稿1日遅れてしまってすいません〜!!

次話はもうできていますので、明日は通常通り投稿致します!!


皆様、いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。

また、次回も読んでくださると嬉しいです!

もうすぐ2章が終了しますので、引き続き3章もよろしくお願い申し上げます。


三日月猫でした! では、また!

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