第65話 元剣聖のメイドのおっさん、悪人面の騎士と兄弟の契りを結ぶ。
「・・・・・・・・・・・・・」
「朝から話すには少々、ショックが大きい話だったかね、アレスよ」
「いえ。自分の両親と兄が何故亡くなったのかは、いずれ知りたいと思っていたことでしたから、構いません。ただ・・・・この件に関しては、実家の祖母には伝えるのは難しいですね。この背景を知ったら彼女は確実に、王家とバルトシュタイン家を恨んでしまうと思いますから・・・・」
「・・・・そうだな。王家に対する恨みなどを持って、何かしらの反政府的な行動を起こした場合・・・・お前の祖母は聖騎士団に捕まり、拷問の末、打ち首になってしまうことは免れないだろう。危険な真似をさせないためにも、聞かせぬ方が賢明ではあるな」
「はい。亡くなった個人の無念を晴らすよりも今生きている人間の方が、私は大事ですから」
そう言うと、ヴィンセントはニヤリと、口角を吊り上げた。
「やはり、貴様は面白いな。ここで復讐の道を歩むのかと思えば・・・・まさか、生者を大切にする道を選ぼうとするとはな。実に・・・・冷静で思慮深く、賢い奴だ」
そしてクククと笑い声を溢すと、ヴィンセントは腕を組んで口を開いた。
「話を最初に戻すが・・・・オリヴィアは昨日、この俺に貴様の後ろ盾になれとそう言ってきてな。無論、何の取引材料も持っていない奴の願いを聞くほど、俺は酔狂な人間ではない。メリットが無ければ、無駄な仕事はしない性質なのでな」
「ご安心ください、お兄様。お兄様の手を煩わせる気は一切ございません。何かあってもこちらの方で対処してみせます」
「ほう? 我が父に対して強く出たな。言っておくがアレは俺よりも剣の腕が立ち、相当頭が切れる男だぞ? 加えて王家に対する発言力、財力、軍事力、どれを取っても王国で最強の力を持つ男だ。そんな男と知っても尚・・・・簡単に対処してみせると、お前はそう言うのか?」
「はい」
「即答か。どうやら虚勢の類ではなさそうだな?」
「はい。単純な力だけで殺し合うのなら—————はっきり言って、軍隊だろうが何だろうが、私は誰にも負ける気はしませんので」
「【剣神】よりも強いとされるゴーヴェンでも、か?」
「ええ。入学式で一目見た瞬間に、彼には勝てると思いました。・・・・・正直に言ってしまえば、復讐しようと思えばいつでも殺せるんですよ、ゴーヴェンなど、いつでも、ね」
その発言に、机をバンバンと叩き、ヴィンセントは腹を抱えて笑い出した。
「ク、クハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!! 我が父をいつでも殺せる、か!!!! 他の連中はその言葉を狂言だとしか受け取らないのだろうが、俺には分かるぞ!!!! その言葉がまごうことなき真実なのだろうことがな!!!!!」
「・・・・・やはり、お気づきでしたか?」
「勿論だ。これでも俺は剣神の一角の席に座っている身だからな。昨日、一度剣を交わせて、貴様が尋常ではない闘気をその身に隠し持っていることには気付いていた。優男のような風貌をしているが、その実、その中身は怪物のような男であることは・・・・俺は既に理解していたぞ?」
「そうですか。やっぱり、貴方レベルの実力者には隠し通すのは無理だったみたいですね」
「まったく、お前は本当に面白い奴だな、アレスよ。いったいどれほどの力をお前が持っているのか、本当のお前がどういう男なのかを、今すぐこの俺に見せてもらいたいところだ」
「申し訳ありませんが・・・・私は力を隠さなければならない理由がありまして。誰も見ていないところであれば、一戦、貴方であれば模擬戦をしても良いとは思いますが・・・・失礼ですが、多分、勝負にはならないと思います。手加減していたとはいえ、昨日の一件で貴方の底は十分に理解できましたから」
「クハハハハハッッッッ!!!! 生意気な奴め!!!! だが、不思議と俺も貴様には勝てる気がまったくしないな!!!! 本気で剣を交える前から勝敗が理解できるほどの差を持った奴を見たのは、産まれて初めてだ!!!! 本当に、何者なんだお前は!!!!」
愉快気にクハハハハと一頻り笑うと、ヴィンセントは目の端の涙を拭って、ふぅと大きく息を吐く。
そしてソファーから立ち上がると、俺に爽やかな笑みを向け、こちらに手のひらを差し出してきた。
「なぁ、アレスよ。俺と兄弟の契りを結ばぬか? 貴様となら、ギルフォードと約束した夢の続きを描けるような気がする」
「え? え? きょ、兄弟の契り、ですか・・・・?」
「そうだ。お前の後ろ盾にはなれはしないが・・・・共に夢を追うことはできる。俺はな、アレス。この国を腐らせている要因の貴族どもを排除したいのだ。そして、いずれ・・・・王家よりも強い権力を手に入れて、この国を完全に掌握したいと考えている。飢えや貧困を無くし、不当に罰せられる者のいない・・・・誰もが平等に権利を持てる世界を、この手で作りたい。そのために貴族制を壊すのが、俺の目的だ」
「・・・・・・・・・・貴族制を、壊す・・・・・」
「そうだ。貴族だからといって無能な者が上に立つというのは、可笑しいとは思わないかね? 平民の中にも特別な力を持った者はいる。現に、俺が敬愛して止まない先代剣聖のアーノイック・ブルシュトロームは、スラム出身の孤児だったわけだ。彼のように、類まれな能力を持っている者は平民の中には数多くいる。だから有能な奴は、その身にあった立場に立つべきだ。平民だからといって無能な貴族にこき使われているのはおかしいと、俺は思う」
彼の語るその理想は・・・・とても荒唐無稽なものではあったが、俺には非常に魅力的なものに思えてしまった。
その夢は、定められた運命を無きものにし、貧富の格差を無くすというとても素晴らしいもの。
それは、きっと、平民の誰もが夢見る理想の世界だろう。
誰もが平等に、身分の関係なく過ごせる世界を作る・・・・それを、まさか、スラムに麻薬を蔓延させて搾取しているバルトシュタイン家の跡取り息子が言うだなんてな・・・・・。
けっして叶えられないだろう幼稚な夢だとも言えるが・・・・その理想は本当に、面白い。
俺は立場上、表立って動くことはできないが、協力くらいはしてやっても良いのかもしれないな。
俺の故郷である・・・・あの『奈落の掃き溜め』を、救うためにも。
「・・・・・私は今、他家の人間の使用人としてお仕えしている身なので・・・・あまり御力になれないと思います。それでもよろしいのですか?」
「ああ、それでも良い。貴様には俺の施行する策を聞いてもらうだけでも構わない。俺は単に、お前と言う男に惚れたのだよ、アレス。貴様は俺と肩を並べ、この国を変えるのに相応しい男だ。・・・・共に悪政を働くこの国の癌を切除していこうではないか、アレスよ!」
「分かりました。その理想を叶える一助に、私もひとつ、手を加えさせていただきます」
「!! —————感謝を。オリヴィア共々、よろしく頼むぞ、アレス!!」
そう言って、キラキラと目を輝かせながら笑った彼の手を取り、俺は固く握手を交わした。
俺もいつの日にか、こいつの語る夢の果てを見てみたいものだ。
ロザレナが剣聖を目指して邁進する姿と同じくらい、こいつの理想を語る姿は熱く感じられた。
どうにも、こういう熱い奴には弱いみたいだな、俺という人間は。
まっすぐと夢に突き進み頂へと挑戦する奴は、本当に思わず手を貸したくなるくらいに、大好きだ。
「フッ、にしてもまさかオフィアーヌの末子であるお前がオリヴィアの恋人になるとはな・・・・これも不可思議な縁、というやつなのかもしれぬな」
そう言って手を離すと、ヴィンセントは可笑しそうに口角を吊り上げた。
俺はそんな彼に向けて首を傾げて、疑問の声を溢す。
「縁、ですか?」
「あぁ。お前は当然、産まれる前だったから知らないだろうが・・・・先代オフィアーヌ家当主は、妻の腹に二人目の子供を授かった時、男子ならば産まれたばかりのレティキュラータスの息女と婚約を、女子ならばこの俺との婚約をさせるつもりだったらしいのだ。ククッ、フィアレンス事変が起こらずに、お前が女子として産まれていたら・・・・この俺と貴様は婚約者だったというわけだ。笑える話だろう?」
「え゛っ」
いや・・・・は? え? オフィアーヌ家で無事に産まれてたら、俺、こいつの婚約者になってたの??
何それ絶対嫌なんだがッ!?
こんな悪人面のオッサンと結婚しなきゃならないとか、絶対、家出してたこと間違いなしなんだが!?
というか、男だったらお嬢様と婚約していたのにも驚きだな・・・・・やっぱり、ロザレナとは何処か不思議な縁があることを感じざるを得ないな。
どんな未来を辿ってもロザレナと出逢うことが決められている、そんな、不思議な予感がする。
「さて、では朝食に行くとするか、アレスよ。オリヴィア以外の他の妹もいるが、まぁ、気にせずに食事を楽しむと良ー-----」
「お兄様!? アネッ・・・・じゃなかった、アレスくんが何処にいるのか知りませんか!?」
その時、豪快に扉が開け放たれ、執務室にゼェゼェと肩で息をするオリヴィアが姿を現した。
彼女は俺の姿を確認すると、ほっと安堵の息を吐き、そのまま俺へと足早に近寄ってくると、ギュッと抱きしめてくる。
「アレスくん、居て良かった~!! 私てっきり、昨日のことがショックで、何処かにフラフラと行っちゃったんじゃないかって心配してたんですよ~~!!!! もう、心配させないでください~~!!!!」
「オ、オリヴィアさん、ちょ、く、苦しいです!! 若干加護の力入ってます!! 私じゃなかったら割と危ないくらいの力ですよ、これっ・・・・!!!!」
「あっ!! す、すいません~!! わ、私ったら、つい・・・・・」
「クハハハハハハハ!!!!! 自分の恋人を絞め殺しでもしたら、貴様も中々の悪女になるな、オリヴィアよ。きっと性格の悪い父上なら、恋人を絞め殺したと聞いたら手を叩いて笑うのだろうな!!」
「お兄様、ふざけたことを言わないでください。私がアネッ・・・・アレスくんを死なせるなんてことは絶対にしないんですから。むしろ、これから私はアレスくんのボディーガードになるつもりなんですよっ!? お父様がいくら刺客を送り込もうとしてきても、この加護の力でケチョンケチョンにしてやるんですからっ!!」
「え!? ボ、ボディーガード、ですか!?」
「はい♪ だからアレスくんは安心して学校生活を送ってくださいね。お姉ちゃんが、常に背後から見守っててあげますから♪」
いつから貴方は俺の姉になったんですか、オリヴィア先輩・・・・。
というか常に背後から見守るって、それ、ストーカーっぽいのでちょっと怖いです、はい・・・・。
そう、彼女に困惑げな表情をしていると、ヴィンセントがフッと鼻を鳴らして口を開く。
「ほう? では兄弟の契りを結んだ俺はアレスの兄ということになるな。ククク、いっそのことバルトシュタイン家の養子にでもなるか、アレスよ。そうなれば貴様はこの家の末の弟ということになるな?」
「いえ・・・・丁重にお断りさせていただきます・・・・面倒臭い兄と過保護な姉に囲まれてこの家で暮らすには、身が持たなそうなので・・・・」
「クククッ、そうか。それは残念だ」
「お兄様、兄弟の契りとはいったい何のことですか? アレスくんは私の大事ないも・・・・弟・・・・でもない、恋人なんですから。絶対に渡しませんよ?」
そう言って俺をヴィンセントから遠ざけるオリヴィアに、俺は「ははは」と苦笑いせざるを得なかった
第65話を読んでくださってありがとうございました。
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三日月猫でした! では、また!