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第63話 元剣聖のメイドのおっさん、自分の出生の秘密を知る。




「はい、これで薬は塗り終わりましたよ、アネットちゃん。身体の隅々まで傷は癒えました」


「あ、ありがとうございます、オリヴィア先輩」


「もう、何でそんなに顔を真っ赤にさせてるんですか~? 何だかこっちまで恥ずかしくなってきますよ〜?」


「す、すいません、何か本当にすいません・・・・」


 急いで下着を履き、ボロボロになったワイシャツとスーツジャケット、ズボンに着替え、俺はホッと息を吐く。


 そんな俺を見て、オリヴィアは首を傾げてクスリと可笑しそうに笑い声を溢した。


「前のお風呂の時もそうでしたけど、アネットちゃん、自分の身体を他人に見られるのが苦手なんですか?」


「ええと、はい、そ、そんな感じです、はい・・・・」


「フフッ。アネットちゃんの身体はとても綺麗なんですから、もっと自信を持っても良いと思いますよ?」


「綺麗・・・・そう、ですか・・・・・」


 俺が何故、彼女に身体を見られることに過剰に反応をしているかというと、内面は良い歳したオッサンだから、なんだが・・・・流石にこんなことをオリヴィアに言ったも仕方がないことだからな。


 俺はふぅっと息を吐く。


 --------その時、ふいに、本棚の上にあった写真立てが目が入ってきた。


 その写真に写るのは、まだ左目が健在だった頃の幼いオリヴィアと、見知らぬ栗毛色の青い瞳の少年、そして・・・・彼と同じ髪色をしたポニーテールの若い風貌の女性だった。


 俺は、その少年と女性の姿を見た瞬間、思わず目を見開いて驚いてしまう。


 何故ならー---その二人は、俺と瓜二つなくらいに、顔がそっくりだったからだ。


 その写真に驚き、呆然としている俺の様子を見た後、俺が向けるその視線の先にあるのが机の上にある写真だと気が付いたオリヴィアは、悲し気な雰囲気を漂わせながら本棚にそっと近寄り、写真立てを手に取った。


 そして、こちらに振り返り、その写真を俺へと渡してくると、彼女は沈痛な面持ちで口を開く。


「・・・・・私とお兄様が、アネットちゃんに似ている人の話をしていましたよね? あの・・・・これが・・・・その人なんです」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 その言葉に何も返答することができず、ただ黙って俺は写真をジッと見つめていると、オリヴィアはそのまま続けて口を開いた。


「・・・・この少年は、私の元婚約者だった先代オフィアーヌ家の長男だった人です。名前は、ギルフォード・フォン・オフィアーヌ。そんな彼の後ろに立っているポニーテールの女性は彼の・・・・ギルくんのお母様です。 ・・・・・この写真を目にして理解したと思いますが、アネットちゃんは・・・・この二人にとてもよく似ていますよね・・・・びっくりするくらいに」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「まるで・・・・そう、本物の家族(・・)かのように、貴方はこの二人にそっくりだと、私は思います。他人の空似なんてわけじゃないくらいに・・・・よく似ています」


 本当に・・・・・本当に、オリヴィアの言う通りだった。


 この写真の少年は幼い頃の俺によく似た顔立ちをしていて、その瞳の色と大きな眼の形はとても俺と酷似している。


 そして、ポニーテールの母親に至っては最早似ていると言うレベルではなく・・・・瓜二つとも思えるくらいに今の俺に良く似ている様相をしていた。


 震える手で写真を持って見つめた後、俺はゆっくりとオリヴィアへと視線を向け、口を開く。


「・・・・・先輩。この、ポニーテールの女性・・・・ギルフォードという少年の母親の名前は、何と言うんですか・・・・?」


「・・・・・・・・・彼女の名前はアリサ・オフィアーヌさんです。先代オフィアーヌ家当主の第二夫人に当たる御方ですよ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず「はははは」と、乾いた笑い声を溢してしまっていた。


 何故ならこの女性が・・・・間違いなく俺の母親であることが分かってしまったからだ。


 まさか、オリヴィアの縁談を断るために来たこのバルトシュタイン家で、自分の母親の写真を見ることになろうとは・・・・まったくもって思いもしていなかった。


 自分にオフィアーヌ家の血が入っていることは最近の出来事で何となく察してはいたが、こうも真実を目の当たりにすると、驚きが隠せないな。


 本当・・・・俺に兄がいたことに関しても、開いた口が塞がらない。


「アネットちゃん、大丈夫、ですか・・・・?」


 そう言って俺の顔を覗き込んでくるオリヴィア。


 俺はそんな彼女に何とかぎこちない微笑みを向けると、震える手で写真をオリヴィアへと返す。


「大丈夫です。ちょっと・・・・ちょっと驚いて声を失ってしまっていただけですから・・・・」


「その反応を見るに・・・・やっぱりアネットちゃんはオフィアーヌ家の血縁者・・・・いえ、アリサさんの娘さん、なんですね?」


「どうやら、そうみたいです。私の亡くなった母親の名前はアリサ・イークウェス、と言うらしいですからね。それと、この写真の女性の顔を見るに・・・・私が彼女の娘であることは、まず間違いないでしょう。だってこんなに、アリサさんと私は双子のように瓜二つの顔をしているのですからね・・・・血の繋がりがないと言う方が不自然です」


「・・・・・・ごめんなさい、アネットちゃん。まさか、貴方がこの写真を見てそんなに動揺して、憔悴してしまうとは思いませんでした。本当に、ごめんなさい」


「オリヴィア先輩・・・・?」


 突然ギュッと、オリヴィアが俺を抱きしめてくる。


 そして彼女は俺の頭を壊れ物を扱うかのように優しく、撫で始めた。


「私、アネットちゃんと満月亭で出逢った当初から、貴方がアリサさんの娘で、ギルくんの妹なんじゃないかって、そう疑っていました。でも、確証が持てなくて・・・・この屋敷にある写真を見せて、アネットちゃんと二人がいったいどういう関係なのかを問いただそうと、そう思ったんです。もしかしたら、生死不明になっているギルくんの所在を貴方が知ってるんじゃないかと、そう思ったから・・・・縁談を断るついでに、そういった企みを持って貴方をこの屋敷に連れてきたんです」


「・・・・すいません、オリヴィア先輩。私は、今、初めて自分に兄がいることを知りました。ですから、彼の所在も生死も分からないんです。本当にごめんなさい」


「謝ることなんて何もないですっ!! 私の勝手な好奇心で、貴方を傷付けてしまったんですからっ!! 悪いのは私です!! 本当にごめんなさい、アネットちゃん!!!!」


「き、傷付いてなんていませんよ、むしろ私は、真実を知れて嬉し----」


「嘘言わないでください! 今、アネットちゃんは凄く辛そうな顔をしていますよ! 私は貴方の親友(・・)なんですから・・・・それくらい分かります!!」


「つ、辛そう・・・・? そんな、会ったこともない家族に対して、そのような感情を私が持つなんてことはけっして・・・・・」


 その時、頬から涙がポロリと、カーペットへと零れ落ちた。


 頬に手を触れると、そこには涙の跡があった。


 何故、俺は今、泣いているのだろう。


 だって、母親になんて一度も会ったことはないのに、兄の存在なんて今まで知らなかったのに。


 血の繋がった家族といっても、会ったこともない知らない人間など、それはただの他人にすぎないだろう。


 俺にとって家族といえる存在は、生前の義理の娘であるリトリシアと、今の俺の祖母であるマグレットだけだ。


 この写真に写る幸せそうな顔をするこいつらは、俺の家族なんかじゃない・・・・そう、会ったこともない奴らなんかに情が湧くなんてことは、絶対にないんだ。


 だからこいつらは・・・・ただの他人で・・・・俺の身内なんかじゃけっしてない。


「うぅ・・・・ぐすっ、うぅぅぅぅ・・・・・っっ!!」


 それなのに、何で・・・・何でこんなに涙が止まらないんだよ。


 俺は、こんなことで泣くほど弱くはなかっただろうが。


 本当に、なんで、なんでなんだ、お前は剣聖アーノイック・ブルシュトロームだろ!


 剣の頂点に立った男だろうが!! 良い歳こいてみっともなく泣いてんじゃねぇ!!!!


「・・・・無理をしないでください、アネットちゃん。泣きたいときは、泣いても良いんです」


 オリヴィアが俺の頭を優しく撫でながら、そう、俺に声を掛けて来た。


 見上げてみると、そこには目を細め、辛そうに微笑むオリヴィアの姿が。


 俺はそんな彼女の姿を視界に収めた直後、ボロボロと堰を切ったように涙を溢してしまっていた。


 俺が何故、今涙を流しているのか、その理由などまったくもって分からないが・・・・いや、この期に及んで自分に嘘を付くのは無しにしよう。


 俺は、もう会うことのできない亡くなった母の顔をこうして見ることができて、嬉しい感情と同時に、もうこの人には会えないということを理解して悲しくてたまらないんだ。


 マグレットは、以前、こう言っていた。


 母さんは息を引き取る寸前まで、ただ俺の将来だけを案じていた、と。


 ちゃんとした食事を摂ることができるのか。


 綺麗な衣服を着て、真っ当に教育を学ぶことができるのか。


 優しい男性と結ばれて、暖かい家庭を迎えることができるのか。


 そういった心配の言葉を溢しながら、母さんはそのまま静かに息を引き取って、死んでいったらしい。


 生前の俺に、母親なんて存在はいなかった。


 だから、マグレットからその言葉を聞いた、あの時。


 俺は初めて、母親という存在の温かさを、そして生前に理解できなかった無償の愛というものを知ることが出来たんだ。


 会ったこともないのに、こんなにも俺のことを心配してくれている人がいることに・・・・俺はその時、冷静な素振りをしていながらも非常に心が揺さぶられていた。


 だから、そんな彼女に今こうして写真越しに出逢えて、俺はただ・・・・悲しくて悲しくて仕方がなかった。


 ・・・・俺のことを想って死んでいった母親の顔を見れて、もうこの人に会えないことを改めて知らされて・・・・俺は思わず涙を抑えきれなくなってしまっていた。


 この人が、矢を受けながらも赤子の俺を抱きしめ続けてくれたということに、胸が苦しくて張り裂けそうになってしまっていた。


「うぅぅぅ・・・・うぁぁぁぁあぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!


 大声で泣き叫んでしまう。


 涙が、ひたすら涙が止まらない。


「会いたかった・・・・・会ってみたかったよ・・・・母さん・・・・」


「・・・・・・・・・アネットちゃん。大丈夫です。大丈夫ですよ」


 情けなく泣きじゃくる俺を優しく抱きしめ、加護の力を出さないようにただそっと触れるようにして、オリヴィアは俺の頭を撫で続ける。


 彼女のその優しさと温かさは・・・・もし、母親がいたらこんな感じなのかなと思えるくらい、心地よくて安心感を感じられた。


 だから俺は年甲斐も無く、その優しい腕の中で、亡き母に向けてわんわんと泣いてしまったのであった。








《オリヴィア視点》


 泣き疲れて眠ってしまったアネットちゃんをベッドの上に寝かせて、私はそっと部屋を出た。


 そして、兄の元に向かおうと歩みを進めようとしたその時、廊下の奥からカツカツと革靴の音を鳴らして、探しに行こうとしていた目的の人物、ヴィンセントが姿を現した。



「む? オリヴィアか。アレスの状態はどうかね?」


「問題はございません。私の持っていた魔法薬(ポーション)だけで無事に傷は塞がりました。ただ、今はちょっと疲れてしまったのか・・・・ベッドの上で眠りに就いています」


「そうか。無事だったのならそれで良い。俺も彼は気に入ったからな。死なれでもしたら寝覚めが悪くなるものだ」


「・・・・・・・あの、お兄様。今から少し、私のお話しを聞いてもらってもよろしいでしょうか?」


「構わんが・・・・あの男の出生(・・)についてのことか? ならば、この場で話すのは止めた方が良いだろう。何処に間者が潜んでいるのかも分からんからな」


「!? 何故、そのことを・・・・っ!?」


「あの容姿だ。気付かんという方が無理があるのではないかね? ・・・・恐らくそのことについては、父上も感付いているのだろうよ。ククク、殲滅したはずのあの家の血が残っていたことを知った時の父上の顔を想像すると、愉快で仕方がないな」


 そう言って邪悪な笑みを浮かべ一頻りクククと笑った後、お兄様は私を見下ろし、突如神妙な表情を浮かべ口を開いた。


「オリヴィアよ。アレスを死なせたくないのなら、十分に周囲に注意を払っておけ」


「注意、ですか・・・・?」


「あぁ。お前たちが部屋へと入った直後、聞き耳を立てようとお前の部屋の前へと向かって行ったメイドが一匹いてな。間違いなく父の手の者だろうから、俺が即座に追い払ってやっておいたぞ。 ・・・・ククク、アレスを真に想うのなら、常に父上を警戒しておくんだな、オリヴィア。貴様も十分に知っての通り、あの父上は俺のようには甘くはない」


「・・・・・了解、致しました。ギルくんの時のようなことには絶対させません」


「うむ。そうすると良い。おっと、そうだな、話があるんだったな。では、そうだな・・・・今から俺の執務室に来ると良い。あそこなら反・情報魔法効果のある魔道具(マジックアイテム)がある。半端な者では、聞き耳を立てることは絶対にできはしないだろう」


「分かりました」


 そう言って、私は兄の後をついて行き、廊下を歩いて行った。


 アネットちゃんが先代オフィアーヌ家の生き残りだということは、それはすなわちお父様に命を狙われる立場にあるということだ。


 だから、そのためには・・・・何としてでも私は彼女のことを守るすべを手に入れなければならない。


 もう、あの時のように・・・・私の父のせいで、お友達を死なせたりはしない。


 私は、この加護の力を持ってしてでも・・・・全力でお父様と戦う・・・・いや、殺し合うつもりだ。


 刺し違えてでも、彼女は絶対に守って見せる。


 オリヴィア・エル・バルトシュタインの名に懸けて、ギルくんの妹は、絶対に死なせはしない。

第63話を読んでくださってありがとうございました。

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続きは明日投稿する予定ですので、また読んでくださると嬉しいです。

三日月でした! では、また!

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