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第62話 元剣聖のメイドのおっさん、全てを脱ぎ捨てる。




《オリヴィア視点》



 私は-----幼い頃からこの『力』のせいで、愛しいと思うものに触れることができなかった。


 飼っていた犬を抱きしめれば加護の力でその犬は肉塊に変わってしまったし、妹の手に触れれば彼女の手の肉は潰れ、見るも無残な姿に変えてしまう始末。


 そんな、触れるものすべてを壊す私を、誰もが恐怖し、蔑んだ。


 実の母親でさえも幼い私を抱くのに躊躇し、恐怖するほどだ。


 私は・・・・バルトシュタイン家の血族に稀に発現されるというこの【怪力の加護】によって孤独になり、家族全員から忌み嫌われて、育ってきた。


 唯一私とまともに会話をするのは長男のヴィンセントだけだったが・・・・彼は口を開けば私を愚かだ愚かだと罵るばかりで、私を政治の道具としか見てくれなかった。


 この家、四大騎士公のバルトシュタイン家に産まれさえしなければ、自分はこんな異常な力を持たずに、普通の女の子として暮らすことができたのに、と、何度思ったことか・・・・。


 そう、私は普通の女の子になりたかったのだ。


 だからこの忌まわしき力を何とか制御し加減する癖を身に付けて、学校では普通の女の子として振る舞うことにした。


 料理を学び、聖騎士養成学校では戦いのことを学ぶのではなく、ただお友達をいっぱい作ろうと、そう思ったんだ。


 その念願も叶って、今ではアネットちゃんのような私の全てを受け入れてくれるお友達もできてくれた。


 彼女は私がバルトシュタイン家の出身だと知っても、この目のことを知っても、変わらずに私に寄り添い続けてくれた、本当に優しい子。


 今の私なら心から言うことが出来る、アネットちゃんは誰よりも、大切な大切な、お友達だと。


 そんな彼女が今、私の兄の手によって傷付けられているというのに・・・・何で私は何もできずにただここでボーッと、立ち尽くして見ているだけなのだろう。


 私は、ありとあらゆるものを破壊できる力を持っているのに、何で彼女を守るために、その力を使おうとしないんだろう。


 何で、この足は私の意志に反して、動いてくれないんだろう。


 ・・・・・・そんな理由など、当に分かり切っている。


 私はあの兄に立ち向かうのが、とても怖いのだ。


 いや、違う、兄に立ち向かうのが怖いんじゃない・・・・私は、父にとてもよく似ている兄に立ち向かうのが、怖いんだ。


 あの時・・・・父の指揮する聖騎士団にオフィアーヌ家が襲撃された、『フィアレンス事変』の日。


 私は、先代オフィアーヌ家当主の子息である友達の男の子を助けたくて、父に挑んだ。


 だが、ただ力が強いだけの加護を持つ幼子の私に、聖騎士団長を止めることなどできるはずがなく。


 結局私は片目を失い、無残にも父に敗れた。


 それ以来、私は父と、父によく似た顔の兄に恐怖するようになってしまったんだと思う。


 あの冷徹な感情のないバルトシュタイン家の男の目を見る度に、心の奥底で彼らには敵わないから降伏するしかない、と、そう思い込むようになってしまった。


 だから、何に対しても挑むことを止め、逃げ癖がついてしまったんだ。


 でも・・・・でも、また、あの時のように、友達をみすみす失うなんてことになったら・・・・。


 きっと、私は、自分を許せなくなる。


 これから先、胸を張って生きていくことができなくなってしまうと思う。


 だって、あの時、父に挑んだことはけっして・・・・けっして間違いなんかじゃないと----今でもそう思うから!!!!


 



「やめてくださいっっっ!!!!!!」




 身体を縛っていた見えない鎖を断ち切り、私は駆け、兄の剣を何度も受けて血だらけになっているアネットちゃんの前へと踊り出る。


 そして、今にも振り降ろされそうになっている兄のロングソードに向けて、私は----全力(・・)で拳を放った。


「はぁぁぁぁぁー-------ッ!!!!!」


「ッ!?」


 その瞬間、加護の力が発動し、剣は粉々に砕け散り、辺り一面にキラキラとプラチナの破片が舞っていった。


 その光景に目を開き、驚くと----何故か兄はニコリと微笑み、今までに一度も見たことがない優し気な表情を私に対して向けて来たのだった。


「見事だ、オリヴィア」


「ぇ・・・・?」


 そう一言賛辞の言葉を放つと、兄は柄だけとなった剣を無造作に地面へ放り投げ、腕を組んでこちらを見下ろしてくる。


 てっきり、続けて攻撃を仕掛けてくると思っていたのに・・・・その、まるで決闘は終わりだと言いたげな兄の様子に、私は思わず首を傾げて唖然としてしまっていた。







 ポタポタと額から滴り落ちる血を拭い、俺はふぅと大きく息を吐いて、地面に膝を付きながら前方へと視線を向ける。


 目の前にいるのは、困惑気な横顔を見せるオリヴィアと、満足そうに笑みを浮かべて目を伏せるヴィンセントの姿だ。


 ・・・・・ったく、本当に面倒臭い兄妹どもだな。


 だが、まぁ、文字通り血反吐吐いてまで協力してやった甲斐はあったというところかな。


 こういう複雑な家族愛劇場を直に見せられるのも、別段、悪くはない気分だ。


「お兄様? 何故・・・・何故、戦いをお止めになったのですか? 剣を失っても、まだ、腰には替えの剣がありますよね・・・・?」


 そう、動揺した様子で声を放つオリヴィアに対して、ヴィンセントはクククと含み笑いを溢す。


「貴様が加減せずに全力で加護の力を使う気でいるのなら・・・・俺は殺す気で貴様に剣を振るわねばならなくなるだろう。だが、俺にはお前を殺そうとする意志はない。加護の力を使いこなせるようになったお前は、バルトシュタイン家にとって益になる存在に昇華した訳だからな。利用価値のある存在をむざむざ捨てるほど、俺は阿呆ではない」


「・・・・・? お兄様が、私如きに剣を引く、と・・・・? た、例え、利用価値があったとしても、お父様でしたら反抗してきた者には屈服させるまで容赦なく痛みを与えると思いますが? お兄様は次期当主として、兄弟の中では一番お父様の思想を色濃く受け継いでいるのではないのですか?」


「おい、妹よ。何故、俺と父上の思想が一緒などと思った? まったく、この俺をアレ(・・)と一緒にするんじゃない。この顔は、まぁ、確かにあの父上によく似てはいると思うが・・・・俺はあのように苛烈な排外主義は持ち合わせてはいない。弱者であろうと、這い上がってきたものは価値ある者と見なす。勇気を持ち挑み続ける人間が、俺は大好きだ」


 その言葉と優し気なヴィンセントのその表情に、オリヴィアは目を見開き、心底驚いた表情を浮かべる。


 俺も、次期当主である奴がバルトシュタイン家の思想を真っ向から否定しているのには、かなり驚いた。


 見た目はゴーヴェンそっくりだが、その在り方はまるで違う。


 オリヴィアと同様、彼はバルトシュタインの一族では珍しい、善人側の人間だった。


「お、お兄様・・・・わ、私は、お兄様のことを・・・・今まで勘違いしていたのかもしれません・・・・」


「勘違いだと? 俺は別に今まで嘘は一言も言っていない。以前のお前が逃げ腰の付いた、愚かな妹だったことには違いがないからな。俺は価値のない人間には容赦はしない。ただ、それだけのことだ」


 まったく、素直になれねぇところが本当に面倒臭い兄貴だな、こいつ。


 これじゃあ今までヴィンセントがオリヴィアに対して愛情を以って接していたことが伝わらなかったのも納得のいく理由だな。


 だけど、まぁ、こういう面倒だけど内面は優しい奴は、見ていて不快じゃない。


 むしろこいつの代でバルトシュタイン家が大きく変わりそうで、俺としては非常に楽しみである。


「お、お兄様・・・・・」


 厳しい言葉の背景に隠れた、今までの自分に対する兄の想いを察したのか、オリヴィアは涙を流し始める。


 そんな彼女にフンと鼻を鳴らすと、ヴィンセントはチラリとこちらに視線を向けてきた。


「妹よ。貴様が今すべきことはここで泣いて突っ立ていることか? 違うだろう? 早くアレス殿を治療してやれ。傷は浅くしたが、そのままでは彼も辛いはずだ」


「あっ、は、はいっ!!!!」


 そう言ってオリヴィアはこちらへ振り返ると、しゃがみ込む俺へと手を差し伸べてくる。


「アレスくん、立てますか? って、あっ! ご、ごめんなさい、さっきの私の力を見た後じゃ、この手は・・・・取りにくいですよね、ごめんなさ---」


 引こうとした手を掴み、俺は立ち上がる。


 すると彼女は驚いたように俺の目を見つめて来た。


「ア、アレスくん・・・・私が怖くは、ないんですか・・・・?」


「当然です。まったく、何度私はオリヴィアさんに怖くないですかと問われなければならないんですか? これで二回目ですよ?」


 そう言って立ち上がると、俺はオリヴィアにニコリと微笑む。


 そんな俺に、オリヴィアは目を細め、嬉しそうにはにかんだ。


「そうですね。もう、アレスくんが私を拒否することはないと、理解していたのに・・・・私ってば本当に馬鹿ですね」


「まったく、そうですよ。オリヴィアさんはもっと私を信頼して-----あ゛っ」


「あっ」


 その時、ブチッと音がして、胸を押さえていたサラシが切れた感触がした。


 極力胸の辺りを斬られないように動いていたとはいえ、あれだけ身体中斬り付けられていたからな・・・・・当然、雁字搦めにぎっちぎっちに押さえつけていたとはいえど、限界があったか。


 サラシで押さえつけていた胸はばいんと存在を露わにし、今、その封印が解かれ解き放たれてしまっていた。


「む? どうしたのかね? 何か慌てた様子だが----」


「ア、アアアアアア、アレスくん!!!! 私の部屋に行きましょう!!!! そこに魔法薬(ポーション)がありますので!!!!」


 ヴィンセントの目に映らないように、俺を庇い、オリヴィアは壁となる。


 そんな彼女の背中に首を傾げると、ヴィンセントは少しずつこちらに近付いて来た。


「どうした? そんなにアレスの怪我の度合いは酷いのか? だったら、俺が持つ最上級魔法役(エクスハイポーション)を与えてやっても構わないが? 部屋から持ってくるか?」


「お、お兄様は来ないでくださいっ!! むしろ来たら軽蔑します!! 兄妹の縁を切ります!!」


「う、うむ? よ、よくは分からないが・・・・分かった。アレスの処置はお前に任せよう」


 そう言って困惑気な表情で立ち止ると、ヴィンセントは首を傾げながら、オリヴィアに隠れて部屋から移動していく俺を見送っていった。


 そうして模擬戦場を出て廊下に出ると、他に人の影がいないかキョロキョロと辺りを見回して確認した後、オリヴィアと俺は同時に大きく安堵のため息を吐いた。



「危なかったですね、アネットちゃん。危うくお兄様に女の子であることがバレてしまうところでした・・・・」


「そ、そうですね・・・・サラシの緒が切れた時には、思わず冷汗が出てしまいました・・・・」


「とりあえず、他の誰かの目に入らないうちに早く私の部屋に行きましょう。私の部屋はこの棟の上の階にあるので、階段を登ればすぐに辿り着くことができます」


「了解しました。その間の壁役、お手数お掛けします」


「何を言ってるんですか~。アネットちゃんに男装をお願いしたのは私なのですから、謝ることなんて何もないですよ~」


 そう言ってオリヴィアは、何処か付き物が落ちたような顔をして笑みを浮かべた。


 今までは、彼女の笑みの奥底には、何処か暗いものを感じていたが・・・・今のオリヴィアにはその気配が一切感じられない。


 勇気を持って兄へと挑み、兄の本当の気持ちを理解した彼女は、一回り大きく成長したように感じられた。






 この姿を他の人間に見られないようコソコソと移動した俺たちは、無事四階へと登りきり、オリヴィアの部屋の前へと辿り着く。


 そうしてオリヴィアは扉を開くと、こちらにニコリと微笑んできた。


「どうぞ、入ってください~」


「し、失礼します」


 部屋の中に入ると、そこにはピンク色の世界が広がっていた。


 カーテンやベッド、タンス、テーブル、絨毯などが全てピンク一色に染まっている。

 

 そんな目が痛くなるような部屋の中を見回していると、扉を閉め鍵掛けたオリヴィアが、恥ずかしそうにコホンと咳払いをしてきた。


「わ、私、その、ピンク色のものが大好きなんです。・・・・ひ、引きましたか? アネットちゃん?」


「あっ、い、いえ、可愛らしいお部屋だと思います、よ?」


「あーっ、絶対嘘です! アネットちゃんはすぐに顔に出るんですから! この部屋にドン引きしてることがまる分かりですよ~!!」


 そう言ってプクーッと頬を膨らませると、オリヴィアは俺の前を横切り、机の引き出しから緑色の液体の入った瓶を取り出す。


 チラリとその引き出しの中を見ると、30本近い大量の魔法薬(ポーション)が入ってることが窺えた。


 その大量の魔法薬(ポーション)に驚いた俺の顔見て、オリヴィアはクスリと笑みを溢す。


「私、この目を治療しようと思って、子供のころからたくさんの魔法薬(ポーション)を自分で調合していたんです。でも、失った部位を修復できる魔法薬(ポーション)なんてものは伝記の中でしか聞いたことがありませんからね・・・・・当然、眼球を元に戻す薬なんて、作れはしませんでした」


「そう、だったんですか・・・・」


「でも、まだ諦めてはいないんですよ? 学校では魔法薬研究部に、私は所属していますから。いつか、失った部位も元に戻せる・・・・そんな魔法薬(ポーション)が作れたら良いなと、そう思っています」


 そう言ってオリヴィアは瓶の栓を抜くと、その緑色の液体を掌に溢し、こちらにいつもの柔和な笑顔を向けてくる。


「さぁ、服を脱いでください、アネットちゃん。オリヴィアお姉ちゃんが、隅々まで怪我を治してあげますからねっ~!」


「・・・・・え? あっ、そうか、服、脱がなきゃいけないのか・・・・」


「? どうしたんですか、アネットちゃん? 突然そんなに顔を真っ赤にさせて?」


「い、いえ、何でもありません。覚悟を決めて脱ぎます」


 女性の前で素っ裸になるなど、恥ずかしくて仕方がないが・・・・今の俺は女、そう、女なのだ。


 けっして、若い女性の前で裸になるのに興奮を覚える変質者のオッサンではないのだ、今の俺はうら若き乙女なのだ。


 女の子同士なら裸を見せても問題にはならない、聖騎士に捕まって刑務所にブチ込まれる心配もない。


 よ、よし、恥を捨てて気合いを入れろ、アネット・イークウェス!!!!!


 堂々と服を脱ぎ捨て、俺はオリヴィアの前に下着姿で仁王立ちをする。


 そんな俺に困惑気な表情を浮かべながらも、オリヴィアは魔法薬を俺の身体の傷に塗っていくのだった。



第62話を読んでくださってありがとうございました。

よろしかったらモチベーション維持のために、評価、ブクマ、お願い致します。


すいません、先ほど間違って先に書きかけの63話をここにUPしてしまいました。


読んでしまった方、本当に申し訳ございませんでした。


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