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第59話 元剣聖のメイドのおっさん、バルトシュタイン家の屋敷に行く。



 こうして俺たち黒狼(フェンリル)クラスは・・・・ルナティエの導きにより5つの部隊に編制されたことによって、朝のミーティングと放課後の時間を使い、毎日各グループで対抗戦に向けての訓練を行うことになった。


 剣兵部隊は剣の有段者であるマルハゲくん、もといマルギル部隊長の指導の元、それぞれに合った剣の型を覚えるための訓練を剣兵隊員全員で行い、弓兵部隊は実習棟の裏手にある牧草地帯で弓の的当ての練習を行い、衛生兵部隊は保険医の教師の元へ行って直接治癒魔法の指導を仰いでいた。


 そして、俺たち魔法兵部隊というと・・・・正直、顔合わせをしてから今に至るまでのこの三日間、他の部隊に比べてまったくといっていいほど成長の兆しがみられていなかった。


「とりゃぁぁぁぁぁぁ!!!! 魔力よぉー---!!!! 爆発しろぉぉぉぉ!!!!!」


「ヒルダお嬢様!! その調子であります!! 多分!!」


「・・・・・ううむ、どうしたら魔法が発動できるものなのか・・・・そうだ! 大きく美しい乳房のことを想像すれば上手く魔力が発動できるかもしれぬな!!!! なぁ、そうは思わないか、ルークくん!!!!」


「い、いや、あの、そういう卑猥な言葉はあまり言わない方が良いと思いますよ? この部隊は女性の方が多いわけですし・・・・・失礼にあたるかと・・・・」


「卑猥だと!? 何を言っているのだ、ルークくん!! 高尚な芸術の着想というものはいつだってエロスから誕生しているのだぞ!!!! 貴殿は我の信念を愚弄する気か!?」


「いや、もうそれ魔法関係ないですよね!? ただの芸術の話ですよね、それ!?」



 皆それぞれ、思うように掌を目の前に掲げ、叫び声を上げながら魔法を発動しようと修練場で試みているようだが・・・・まったくもって上手くいっている様子は見られなかった。


 だが、彼らは魔力の存在自体は感知しているようなので、部隊長のベアトリックス先生によれば、俺よりは数百倍マシなのだそうだ。


 そして、そんな全然ダメダメな俺はと言うと。


 朝からベアトリックス先生に付きっきりでこってりと、絞られているのであった。


「アネットさん!! もっと集中してください!! 全然魔力が掌の上に集まっていませんよ!!!! 私は産まれつき加護の力で魔力の流れが見えてるんです!! ですからサボっていることなんてお見通しなんですよ!!」


「サ、サボってなんかいませんよ・・・・これでも全力でやっていますっ!!」


「でしたらもっと死ぬ気で集中してください! その程度の魔力コントロールじゃ魔法の具現化はおろか、詠唱して呪文(スペル)を行使することすらもできませんよ!!!!」


「ひ、ひぅ、す、すいません・・・・は、はぁぁぁぁぁっっっ!!!! ・・・・どうですか?」


「はぁ? 全っ然できていません!! それでもあなたは本当に多重呪文詠唱士(スペアラー)なんですか!? こんな簡単な魔力のコントロール、帝国の子供だったら誰でもできますよ!? バカですか貴方は!?」


「ひぃぃぃぃぃ!!!! すいませんっ、すいませんっ」


 捲し立てるように苛立ちの声を上げるベアトリックスへと平謝りをする。


 すると彼女はふぅと大きくため息を吐いて、腕を組み、これ見よがしにチッと舌打ちを放った。


「まったく・・・・何でこんな人が多重呪文詠唱士(スペアラー)なのよ。私は複数の魔法適性を持っていないというだけで、今までこんなにも苦労して魔法を習得してきたというのに・・・・」


「ベアトリックス様は・・・・適性外の魔法も習得していらっしゃるんですか?」


「当然です。私は貴方と違って努力家ですから。適性以外の魔法についても、血のにじむような努力をして手に入れてきたんです。剣も魔法も碌に扱えない、無能の貴方とは違うんですよ(・・・・・・・・・・)


 そう言ってフンと鼻を鳴らすと、ベアトリックスはキッと目を細め、こちらを鋭く睨みつけてくる。


「・・・・何ボサッとしてるんですか。さっさと集中して手を目の前に掲げてください! 私の大事な時間を消費して貴方の面倒を見てあげているのですから、もっと真剣にやってもらわなければ困ります!!!!」


「す、すいません---!!!!!」


 何だかこのスパルタ具合は出逢った当初のマグレットを思い出す気迫だな・・・・いや、マグレットはまだ俺に愛情があったから良かったが、彼女は関しては俺に対しては完全に敵意を抱いている様子だからな・・・・婆さんにゲンコツもらっていた時よりもキツイかな、こりゃ・・・・。


「本当にっ、全然っ、ダメですっっ!! この魔法兵部隊で貴方が一番、魔力のコントロールが下手ですよ、アネットさん!! こんなに魔力の操作ができない人、正直、産まれて初めて見ました!!!! どれだけ魔法というものの概念を理解できていないんですか、貴方は!!!!!」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ、お、怒らないでください!! 褒めて伸びるタイプなんです、私は~~~~!!!!!」


 幼少の頃、剣の修行においては一瞬で相手の技量をコピーできるほどの理解力と洞察力があったというのに・・・・・まさか魔法においてはこれほど惨めな思いそすることになろうとはな・・・・。


 だがしかし、新たなものを学ぶという機会というのは、不得手だとしても面白いものだ。


 乗り越える山が大きいほど、やる気は出てくるというもの。


 ロザレナお嬢様から貰った杖を対抗戦でちゃんと使うためにも、俺はこの二か月で、絶対に魔法を習得してみせるぜ!!!!


「だから、それじゃ全然ダメですよ!!!!!! もっと精神を集中させてください!!!!!」


 でも、怒られるのには慣れてないので、もっと優しくしてください、ベアトリックス先生~~~!!!!

 

 今までまともに魔法を使ったことがないんですよ、俺は~~~~!!!!!


「何度言ったら分かるんですか!! このバカメイド!!!!」


「すいませんっ、すいませんっ!!!!」


 そうして俺は魔法の修練を、ベアトリックスに怒鳴られながら、懸命に励んで行くのであった・・・・。








 翌々日。


 ベアトリックスにチクチク言葉で毎日精神をすり減らせながらも何とか耐え抜いて迎えた週末、日曜日。


 ついに、オリヴィアとの約束の日がやってきた。


 俺は姿見に立ち、そこに映るスーツ姿の自分を眺めてみる。


 エステルの助言通りにサラシで胸を潰してみたが・・・・思ったよりも綺麗に胸を隠すことができていた。


 ただ、非常に苦しく、息がし辛いのが唯一の難点だが。


 まぁ、これくらいは仕方ないと諦め、今日はこの苦しさを受け入れて過ごしていくしかないな。


 俺はふぅと大きく息を吐いた後、再び姿見に映る複雑そうな面持ちのスーツを着た少女に視線を向ける。


「・・・・何とか胸は隠すことはできたが・・・・後は、この長いポニーテールを何とかしないとダメかな。かといって、ここまで伸ばして今更切るのも何となく勿体ない気がするし・・・・とりあえず後ろに結んでみるか」


 ヘアゴムを外し、俺は後頭部に長い後ろ髪を束ね、結んでみる。


 腰まで届くほどの長さだから、若干、後ろにまとめて結んでも女に見えなくもないが・・・・まぁ、これくらいロン毛の男も、街を歩けばいることにはいるだろう。


 うん、こうすると男に見えなくもない、かな・・・・辛うじて、だとは思うが。


 そう鏡に映った自分の姿を見て、苦い笑みを浮かべていると、ふいにドアをコンコンとノックされる。


 俺は身だしなみに乱れがないかをチェックした後、ドアに向かって声を掛けた。


「はい、どなたですか?」


「オ、オリヴィアです~~~! ア、アネットちゃん、出掛ける準備、できましたか~~?」


「あ、はい。今丁度、支度が終わりました。鍵は開いていますから、そのまま入って良いですよ?」


「じゃ、じゃあ、失礼しまーす・・・・」


 おっかなびっくりといった様子でドアを開けて、オリヴィアが緊張した面持ちで部屋の中へと入ってくる。


 すると彼女は俺の姿を見て、目を見開き、驚愕の声を上げた。


「え? ア、アネットちゃん、ですか・・・・っ!?」


「そうですよ。えっと・・・・何か変でしょうか?」


「へ、変なことなんて全然ないですよ。むしろ、すっごく似合っていると思います・・・・」


「そう、でしょうか? 自分的には全然男性に見える気がしないのですが・・・・」


「そんなことないですよ! ・・・・スーツを着て、髪を後ろに束ねただけで、すっごく印象が変わってています・・・・・」


 そう口にした後、何故かオリヴィアは悲しげな表情を浮かべると、ポソリと、ギリギリ聞こえるくらいの小さな声を溢した。


「・・・・・本当、そっくり・・・・。やっぱり、私の予想は間違っていなかったんだ・・・・・」


「? オリヴィアさん?」


「あっ、な、何でもないですよ~! さ、さぁ、校門前に馬車を手配してありますから、今からバルトシュタイン領に向かいますよ、アネットちゃん~!!」


 そう言ってオリヴィアはどこか慌てた様子で、俺の背中を押して廊下の外へと引っ張り出していった。


 廊下に出ると、俺たちのそのやり取りが聞こえてきたのか・・・・向かいの扉が開き、眠そうに目を擦りながら寝間着姿のお嬢様が姿を現した。


「ふわぁ・・・・何だか騒がしいわね・・・・って、そっか、今日はアネット、オリヴィアさんと一緒にバルトシュタインの御屋敷に行くんだっけか・・・・・・・ん?」


 俺を見た瞬間、ポカンと呆けたように口を開くロザレナ。


 そして、目をパチパチと瞬かせた後、腕を組んで値踏みするように俺を見つめると、ロザレナはうんうんと頷いた。


「うん、別に悪くはないんじゃない? 思ったよりもイケメンになったじゃない、アネット。これならすぐに女だってことはバレないんじゃないかしら? 華奢なところだけが、ちょっと問題点かもしれないけれどね」


「やっぱりロザレナちゃんも似合っているって思いますよね~?? アネットちゃん、すっごくイケメンな男の子になっていますよ~!!」


「・・・・その黄色い声援は、今のこのわけの分からない姿の俺ではなく、生前の頃に聞きたかったです、はい・・・・」


「生前?」


「あ、いえ、なんでもありません。コホン。では、お嬢様、行ってまいりますね」


「ふわぁぁ~・・・・うん、まぁ、頑張ってね。あたしはせっかくの日曜だし、もうちょっと寝ることにするわ・・・・おやすみなさい~」


 そう言ってヒラヒラと手を振ると、ロザレナは部屋の中へと引きこもって行った。


 そんな彼女の姿を見て、オリヴィアは口元に手を当て、ふふふと笑みを浮かべる。


「ロザレナちゃん、アネットちゃんを1日借りるって言ったらもっと慌てふためいたり怒ったりするのかと思っていたのですが・・・・意外にすんなりと受け入れてくれたんですね」


「そうですね。ですが、まぁ、お嬢様は私と出掛ける相手がオリヴィア先輩だから、といった理由で納得したようでしたけどね。もし出かける相手が男性の殿方だったりしたら・・・・発狂して暴れ出すこと間違いなしです」


「ウフフフフフッ、本当にロザレナちゃんはアネットちゃんのことが好きなんですね。傍から見ているだけで、とても微笑ましくなってきます。・・・・そうだ! 前から聞きたかったんですが、二人の馴れ初めを馬車の中でお聞きしても良いですか~? 私、前から気になっていたんですよ、お二人がどうしてそんなに仲が良くなったのかを~」


「ええ、良いですよ。それでは、参りましょうか」


「はい!」


 そうして、俺とオリヴィアは満月亭を後にし、校門前に停めてある馬車へと向かって中庭を歩いて行った。


 何事も無く、オリヴィアと和気藹々と雑談に華を咲かせている、その途中。


 ふいに・・・・エステルの従者である謎の仮面の男が俺に放った、『バルトシュタイン家に気を付けろ』というあの言葉が頭の中に浮かんできた。


 これから俺は、バルトシュタインの総本山である屋敷へと向かうことになる。


 あんな正体不明の男の忠告など普段であれば聞く耳を持たないのだが・・・・どうにも俺にはあの男の俺に放ったあの言葉が、真に迫っているように感じられていた。


 俺が今まで出会ってきたバルトシュタイン家に連なるもの、それは、今隣を歩いているオリヴィア、そして彼女の父である学園長総帥のゴーウェン、そして分家であるダースウェリン家のアルファルドとヒルデカルトくらいのものだ。


 この四人に加え、今から俺はオリヴィアの恋人役として、彼女の兄と会う予定になっている。


 これで俺が今まで関わってきたバルトシュタインの血族は五人だ。


 あの男の言葉を信じるのならば、この五人の中に、俺が気を付けなければならない人物がいるというのか・・・・?


 いや、そう決めつけるのは時期尚早すぎるし、見ず知らずの男の言葉を鵜呑みにするのは間違っている、か。


 何にしても、見知らぬ男の言葉なんかで、今まで俺に優しく接してくれてきたオリヴィア先輩を疑うことなどしたくはない。


 だから・・・・・俺は余計な懸念など抱えずに、ただ純粋に彼女の恋人役の任務を全うすることにしよう。


 ・・・・・・仮面の男の忠告は、頭の隅に置いておきつつ、な。


「? どうしたんですか、アネットちゃん。何だか難しいお顔をしていますけど?」


「い、いえ、何でもないです。行きましょう、オリヴィア先輩」


「は、はい! あ、あの、馬車の御者もバルトシュタインの家が雇ったものなので・・・・い、今から、恋人役を演じて行かないといかないわけなんですよ!! アネットちゃん!!」


「なるほど。では、どうしますか? 手でも・・・・繋ぎますか?」


「あ、あの、えっと・・・・は、はい!! ふ、不束者ですが・・・・お、お願いします、アネットちゃん!!」


 プルプルと手を小刻みに震わせながら、こちらに向かって伸ばされるオリヴィアのその手を、俺はギュッと握る。


 すると顔を林檎のように真っ赤にさせて、オリヴィアは「はわわわ」と謎の奇声を発し始めた。


 俺はそんな緊張する彼女に対して、微笑みを向けつつ、そのまままっすぐと校門へと向かって歩いて行く。


「では、行きましょうか」


「は、はいっ!!!!」


 こうしてその後、俺たちはバルトシュタイン家の手配した馬車に乗り、目的地であるバルトシュタイン領へと向かって行くのだった。


 



 そこで待ち受ける、衝撃の真実など、知る由も無く。

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