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第58話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様の才能に嫉妬する。




 そうしてその後、朝のミーティングの時間を迎え、俺たち黒狼(フェンリル)クラスの生徒たちは修練へと向かい、そこでそれぞれ5つの部隊に別れてチームメンバーとの顔合わせをすることになった。


 俺が所属する魔法兵部隊にはどんな面々が集まっているのか、少しワクワクしながら部屋の隅に集まる集団へと参加すると、部隊長として目の前に立ったのは・・・・おかっぱ頭の仏頂面の少女だった。



「・・・・初めまして。黒狼(フェンリル)クラスの魔法兵部隊、部隊長を任されたベアトリックス・レフシア・ジャスメリーです。こう見えても帝国貴族の子爵位の娘です。まぁ・・・・よろしくお願いします」



 鋭い目つきの薄紫色のおかっぱ頭の少女はそう言うと、大きくため息を吐いて目を伏せる。


 そして視線を横に逸らすと、ボソリと小声で呟いた。


「・・・・・・何で私が部隊長なんて任されなきゃならないのよ。面倒くさいったりゃありゃしないわ」


 その後、彼女はジロリと目の前にいる魔法兵部隊5人全員の顔を見渡すと、腕を組み、眉間に皺を寄せながら口を開く。


「申し訳ありませんけど、私、こう見えても多忙なので。貴方たちの面倒をずっと見ているわけにはいかないんです。魔法の訓練については朝のミーティングの時間だけの参加ということで、どうか、よろしくお願いします」


 彼女のその発言に、俺の隣に立っている褐色ピンク髪のギャル子ちゃん・・・・ヒルデガルトが大きく不満の声を上げる。


「えー? クラスで一丸となって戦おうって時に、何で忙しいのー? ちょっと協調性ないんじゃないの? ぶたいちょー」


「私には私の事情があるんです。バカみたいに人の事情にづけづけと踏み込んでこないでください。私、貴方みたいな頭の悪そうな人は嫌いです」


「むー、何だか感じ悪いなー、ぶたいちょー」


 ぶーっと唇を尖らせた後、ヒルデガルトは前に出て、ベアトリックスの隣に立つ。


 そして他の魔法兵部隊の面々にキョロキョロと視線を向けると、手を上げて満面の笑みを浮かべた。


「じゃ、とりま自己紹介タイムしようよー! まずは、あーしから! あーしは、ヒルデガルト・フォン・ダースウェリン!! 気軽にヒルダっちって呼んでくれて良いよー!! よろよろー!!!!」


「ダースウェリン・・・・? ヒルデガルトさんって、もしかして、毒蛇王(バシリスク)クラスのアルファルドさんと血縁者だったりするんですか・・・・?」


「そうだよ、アネットっちー。アルファルドっちはあーしの従兄弟なんだー。まぁ、あーしはバルトシュタイン家の分家のダースウェリンの、さらに家督を継がなかった弟の方の傍流だから・・・・本当、分家の分家、貴族の端くれの端くれ、みたいな感じなんだけどねー」


 そう言って頬をポリポリと掻いてたははと笑うと、ヒルデガルトは手をマイクのようにし、その手を俺へと向けてくる。


「じゃ、次はアネットっちの自己紹介の番だよ! バトンターッチ!」


「あ、は、はい。了解いたしました。・・・・皆さまもご存じの方が多いかと思われますが、私はこのクラスの級長、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスお嬢様にお仕えしております、アネット・イークウェスという者です。不束者ですが、どうぞよろー----」


「貴殿の胸には、実に芸術的なものを感じるぞ!」


「・・・・はい?」


 そう言って、天然パーマがかった紺色の髪のーー目の下に深いクマのある猫背の青年は前へと出ると、優雅に俺に対して頭を下げて来た。


 そして顔を上げると、ニコリと、こちらに不気味な笑みを見せてくる。


「お初にお目にかかる、アネット女史。我が名はシュタイナー・エセル・エンドクライブ。我は名高い画商にして小領貴族の一門、エンドクライブ家の末裔にして、芸術家の端くれである。入学して以来、こうして貴殿と会話できる機会を今か今かと、我は心待ちにしていたのである! フフッ、フフフフフッ! 我の愛のメッセージは、受け取ってもらえていたかな!?」


「な、何か、えげつないくらいキャラが濃い奴がきやがったな・・・・何かちょっとマイスの野郎に似ている気配を感じるぜ・・・・・って、え、は? 愛のメッセージ? い、いったい何のことだ?」


「な、何とっ!? 気付いていなかったのか!? 我は貴殿の机に『胸を揉ませろ』と、そう書いたのだが!?」


「はぁっ!? あの中傷の落書きに紛れてたセクハラメッセージはてめぇだったのかよ!!!! 気色悪ぃ野郎め!!!」


「ごふぁっ!?」


 思わず腹パンをかましてしまったが・・・・何と、シュタイナーは地面に膝を付けずに、俺の一撃を堪えていたのだった。

 

 全力ではないとはいえ、多少は力を込めたたというのに倒れないとは・・・・こいつ、猫背でガリガリで弱そうな見た目の割にはかなり腹筋を鍛えていやがるな?


 そう俺が内心で奴の評価を下していると、シュタイナーはプルプルと足を震わせ、こちらに執念のこもった熱い目を向けながらニコリと微笑んだ。


「わ、我は、きょ、巨乳こそが世界の神秘、世界で最も美しいものだと考えている! そ、そのため、世界最高の裸婦画を書くのが、我の夢なのである!!!! ぜ、絶対に、貴殿の裸婦画を、わ、我は書いてみせてみせるぞ!! フハハハハハハハ!!!! ・・・・・ぐふっ」


 白目になって、地面にばたりと前のめりになって倒れ込むシュタイナー。


 こいつ・・・・何で聖騎士養成学校に入学したんだ・・・・裸婦画を描きたいだけなら美術学校にでも入れば良いだろうに・・・・。


 そう俺が呆れたため息を吐いていると、おずおずとした様子で、ひとりの男子生徒が手を上げて前へと踊り出た。


「あ、あの・・・・続けて自己紹介しても、良いですか?」


「うん、じゃあ次は君の番だー!」


「は、はい。僕の名前は、ルーク・レイル・ヘイレスシアって言います。代々、王家への魔法の教鞭の任を仰せつかっている、宮廷魔術師ヘイレスシア家の末裔です。領地を持たない子爵家の息子ですが、ど、どうぞ、よろしくお願いいたします」


 そう言って、気弱そうな様子のダークブラウン色の髪のそばかすの青年はペコリと、全員に向けてお辞儀をしてきた。


 そんな彼に続いて、ヒルデガルトの横からひょっこりと、三つ編みのメイド服の少女が前へと出る。


 そして彼女は全体に向けて敬礼をし、元気よく口を開いた。


「では、大トリとして、(それがし)が自己紹介をさせてもらうであります! 某の名前はミフォーリア・ロキシネンであります! ヒルデガルトお嬢様の側仕えとしてこの学校に入学しました、ダースウェリン家のメイドであります!! 平民の出でありますが、どうかよろしくお願いしますであります!」


「わぁー、ミホっち、元気ぃ~!!」


「元気だけが取り柄でありますから! はいっ!」


 そう言ってミフォーリアはキビキビとした動きで元の位置へと戻って行き、それに続いてルークもおずおずと集団へと戻って行く。


 後に残されたのは白目になって倒れ伏したシュタイナーだけだが・・・・ベアトリックスはそんな彼に対して完全に無視を決め込み、全体に向けて口を開いた。


「あの・・・・王国って魔法文化があまり浸透していないと聞いていますが・・・・一応、聞いておきますが、この中で魔法をまともに扱える人ってどれくらいるんですか? あぁ、勿論、信仰系魔法を除いてですが」


 そのベアトリックスの質問に、全員口を噤み、シーンとなり黙り込む。


 そんな光景に額に手を当て呆れたため息を吐くと、彼女はジト目をして疲れたように言葉を放った。


「・・・・・本当に、面倒くさい。何で私がこんな、努力不足の他人の面倒を見なくちゃならないのよ・・・・」


 心底嫌そうな顔をしながらも、ベアトリックスはこの状況を受け入れるしかないと思ったのか。


 腰に手を当て、部隊員全員に向けて口を開くのだった。


「良いですか。帝国においては魔法というものは幼少期の時点で7,8つ使えるのが当たり前なんです。魔法が使えなきゃ、貴族社会においては嘲笑の的にされ、厳しい家に産まれた者では家から追放される、なんてのが当然の世界になっているんです」


「えー、帝国って何か怖い国だねー。王国は剣の国だけど、剣の才能がないからって家から追い出されることなんてされないよー??」


「へぇ、そうなんですか。やっぱり王国って国は本当に甘い国なんですね。だからみなさん、適性があるのに魔法が使えないんじゃないですか? 平和ボケした甘ったれた国がさらに甘ったれた貴族の嫡子を輩出する・・・・自分が高い地位にいるということに甘んじて、努力不足するだなんて、本当、王国貴族の底が知れる話ですね」


「な、なんですとぉーっ!?」


 怒った顔をするヒルデカルトに侮蔑の目を向けると、ベアトリックスは腕を組んでハンと鼻を鳴らした。


「私はある事情があって王国に引っ越し、この学校に入学しましたが・・・・正直、私はあなた方王国の人間が大っ嫌いです。努力もしないで爵位という環境に甘んじている、そんな頭の悪い人ばかりで・・・・非常に軽蔑します。・・・・けれど、その中でも私が特に嫌いになった人物は・・・・」


 ベアトリックスはキッとこちらに鋭い目を向けると、指を突き指し、怒気を込めて口を開いた。


「貴方ですっ、アネット・イークウェスっっっ!!」


「へ? え、えぇぇぇぇぇ!? わ、私ですか!?」


 突如指を指され睨まれた俺は、思わず瞠目して呆けた声を出してしまう。


 そんな俺を、まるで親でも殺されたかのように憎悪の含んだ目で睨みつけると、ベアトリックスは喉の奥から絞り出すような怒声で言葉を放った。


「・・・・・帝国でも滅多にいない、多重呪文詠唱士(スペアラー)の力を持ちながら、今まで魔法の才があることにも気が付かなかったなんて・・・・・私は貴方みたいな何の努力もしないで力を手に入れられる人は大嫌いです!!!! それも、貴族でも何でもない使用人がだなんて!! 絶対に私は貴方を認めません!!!! 貴方みたいな人間を認めたら、私の今までの努力が何だったの、ということになりますからっ!!!!!!」


 そう叫んで、俺に対して思いっきり嫌悪の感情をぶちまけると、ベアトリックスはゼェゼェと息を吐く。


 そしてその後、深く息を吐き出した後、彼女は静かに口を開いた。


「・・・・・ですが、帝国貴族としての責務として、目上の者に任された仕事は必ず完遂してみせましょう。貴方たち低能な王国民にも、丁寧で分かりやすい講義を特別に開いてあげます。そうですね・・・・最初の課題は・・・・初歩中の初歩、魔力のコントロールについてです。まず、魔力と言うのは身体の内に誰にでも宿るものであって----」


 そうして、ベアトリックスはそのまま何処か不機嫌そうな様子のまま、魔法の解説をし始めたのであった。


 恐らく彼女の中で、俺の存在はとても許し難いものに映っていたのだろう。


 何故、俺に対して怒ったのか。その背景を察することはできないが・・・・この感触は俺が師匠に剣を学び始めた時と非常に酷似しているな。


 俺が幼少の頃、師匠に剣を学び始めると、ハインラインを除いて、周りの兄弟子たちは俺の才能に嫉妬し即座に剣を持つことをやめて門下から離れて行った。


 才能というものはそれだけで人を傷付けるもので、それだけで人を孤独にするものだ。


 まさか、転生して、この学校においてもそんな状況に陥ることになろうとはな・・・・本当、つくづく俺という奴は他人に嫌われているようにできているらしい。


 そう心の中で呟いて、俺は大きく息を吐いた。









「むむー--っ・・・・・むむむむー-----っ」



 午後10時半。


 学校から帰り、夕食を食べ終わった俺は、満月亭の食堂でひとり、今日ベアトリックスから学んだ魔法の修行を行っていた。


 掌の上に魔力を集め、その魔力の塊を火や水に変換するように、頭の中でイメージをする。


 実物を見ながら集中すると良いと言われたので、とりあえずアイスボックスの中にあった四角い氷をもう片方の手に乗せながら、氷の魔法をイメージして産み出そうとしているのだが・・・・まったくもって上手くいかない。


 そもそも、俺には魔力というものが何なのかがよく分からない。


 他のみんなは、ちょっと集中しただけで掌の上に温かい感じがしてきただの、重い感じがしてきただの言っていたが、俺にはまったっく何の感触も感じることが出来なかった。


 唯一使える魔法の【ホーリーライト】を使用した時だって、そんな、魔力の存在を感知できるようなことはなかったのだ。


 やはり、才能や適性があっても、俺という人間はどうにも魔法を上手く使える能力がないように感じられるな。


 以前にレティキュラータス領にいたシスターが言っていたように、自分という人間は、魔法とは相性の悪い人間だということが改めて再確認できる。


「? アネット? 何をやっているの?」


「あ、お嬢様。お風呂から上がったんですね。湯加減はいかがでしたか?」


 肩にタオルを掛けて食堂に現れたロザレナは、俺の元に近付いてくると、俺が魔法のイメージ特訓のために一塊の氷を素手で持っていることにギョッとした表情を浮かべる。


「な、何で氷を手に持っているの? な、何かの儀式でもやってるの?」


「あぁ、これですか。これは、魔法の特訓をしているのですよ」


「魔法の特訓?」


「ええ。私には氷結属性の魔法適性がありましたからね。今、何とか魔法によって氷を産み出そうとしている修行の最中なんです。この氷は、部隊長のベアトリックスさんに言われて、実物を手に持ってイメージすると成功しやすいということを聞いて・・・・試しているんですよ」


「ふーん? 魔法の修行ってそういう風にやるんだ。あたしもちょっとやってみようかな?」


 そう言って一旦上階に登って行くと、ロザレナはすぐに食堂へと戻ってきた。


 その手にはマッチの箱が握られており、ロザレナが今から火属性魔法の修行をしようとしていることが伺えた。


「お嬢様も、魔法の適性がありましたからね。何事も試しにやってみるのは良いことです」


「フフン。魔法適性が二つしかない私が、もしアネットよりも先に魔法が使えたら、とても面白いわね」


 そう言ってマッチにしゅっと火をつけると、ロザレナはそれを片手に持ち、もう片方の掌を自分の顔の前に掲げ、目をつむる。


 俺はそんな彼女に微笑みを向けながら、呆れたように口を開いた。


「そう簡単にいきますかね? 私たち魔法兵部隊でも、まだちゃんと魔法を顕現できた人はひとりもいな----」


 ボウッ。


 彼女の掌の上に浮かぶのは、拳くらいの大きさの火の玉だった。

 

 その光景を見て、ロザレナは硬直しながら、複雑そうな面持ちでゆっくりと俺へと顔を向けてくる。


「・・・・・ど、どうしよう、本当に、できちゃった」


「・・・・・・・・・な、何、だと・・・・?」


 才能は人を孤独にするだとか何か偉そうなことを心の中でベアトリックスに対して言ってしまっていたが・・・・あ、あれ、撤回しても良いですか?


 やっぱり才能ある人間は羨ましいことこのうえないわ・・・・きぃぃぃぃぃ!!!!!!! 悔しいですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(ルナティエの声真似)!!!!!!!!


「・・・・・何か、ごめん、アネット」


「絶対に許しません、お嬢様。明日の夕食にはお嬢様の嫌いなフランシアリーフを入れます」


「うげぇ!? ちょっと! 陰湿な嫌がらせやめてよ! 私、葉物系の野菜、すっごく苦手なのよ!!!!」


 そして俺はギリギリと歯を噛みしめながら、ロザレナのことを羨まし気に見つめる

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続きは明日投稿する予定です!

また読んでくださると嬉しいです!

三日月猫でした! では、また!

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