第55話 元剣聖のメイドのおっさん、白銀の乙女、第三王女と出会う。
「じゃあ、あたしが買う剣、これにするわ。このくらいの値段なら別に構わないわよね?」
そう言ってロザレナは、この店では比較的安い部類であろう長剣、アイアンソードを手に持ってきた。
俺はその剣に視線を向けた後、ロザレナへと微笑を向けて、口を開く。
「アイアンソードですか。よろしいとは思いますが、何故、この剣を選んだのか一応お聞きしても良いですか?」
「え? 何故って・・・・何となくかな。単純に安かったのと、あと持ってみた感じ、結構重そうなのが修行にはぴったりかな、って。あたし、剛剣型だし、筋力は付けておいた方が良いでしょ? これ、素振りには丁度良さそうだし」
「なるほど・・・・何となく重そうな剣を選んだ、というわけですね。ええ、お嬢様のその直感は、正しい判断だと思います。お嬢様は剛剣型なので、威力の高い純鉄製のロングソードとは、最も相性が良いと思われますよ」
「あっ、そっか、剣士のタイプによって相性の良い剣とかがあるんだ。ルナティエの奴は、木剣をレイピアのように構えていたから・・・・レイピア、刺突剣の類はもしかして速剣型の武器、ということなのかしら?」
「はい、正解です。速剣型は速さを追求するために、軽い武器を好んで使いますからね。この仕組みを完璧に理解すれば、相手の持っている剣を見ただけで、剣士のタイプというものが一目で分かるようになってきます」
「へぇ~・・・・勉強になるわね。もし、相手のタイプによって、逐一戦い方を変えられたとしたら・・・・戦況を大きく有利に進められそうよね? 例えば、相手が刺突剣や双剣を持っていたら、即座に速剣型が戦いにくい戦法を取ったりだとか! ねぇ、これってどう思う!?」
「素晴らしいお考えだと思います。一般的には、剛剣型は魔法剣型に強く、魔法剣型は速剣型に強く、速剣型は剛剣型に強いと言われています。まぁ、勿論、この相性が全て正しいとは限りませんが。剛剣型のお嬢様が速剣型のルナティエ様を圧倒なされたように、剣の戦いとは実力と状況次第で大きく変化しますから」
「なるほどなるほど・・・・。だから、上位の剣士は、弱点を突かれないために二つ以上のタイプの戦い方を習得しているわけね。そうなると、あたしも・・・・この前アネットが言っていたように、ただ無我夢中に唐竹を振っているだけじゃダメね。早急に新しい戦い方を手に入れなければならないわ」
そう言って顎に手を当て、ふむふむとロザレナは頷きながら考え込む。
こと剣の知識に関しては、ロザレナの吸収力の早さは尋常ではないな。
ついこの前まで実践を知らなかった素人だから、元々何も入っていなかったというのもあるが・・・・それを踏まえても、理解力と向上心には目を見張るものがある。
最初は誰かに剣を教えると言うのは非常に億劫なことではあったが・・・・今ではロザレナのこの成長を傍で見ることは、俺の中ではとても心が躍る光景になってしまっていた。
もしかしたら俺が想像しているよりも教育というものは、とても奥が深く、面白いものなのかもしれないな。
「・・・・・まぁ、あれこれと考えるのは後にした方がいいわね。じゃあアネット、あたしこの剣買ってくるから。先に外で待っていてちょうだい」
「畏まりました」
そう言って、俺はアイアンソード片手にカウンターへと向かって行くロザレナの背中を見送りながら、その場を後にした。
「待たせたわね、アネット!!」
そう叫び、元気よく店内から出て来たロザレナは、1本の剣と、とある武器を手に持って俺の元へと近付いて来た。
その内のひとつは、値段が手ごろだからといって彼女が先ほど購入したアイアンソードだったが、もうひとつのそれは・・・・王国では滅多に売られていることのない、魔法の杖であった。
何故、彼女が杖を手に持っているのかが理解できず、俺は思わず首を傾げてしまう。
すると、そんな困惑する俺に満面の笑みを浮かべ、彼女は俺へとその杖を手渡してきた。
「はい。プレゼント!」
「プ、プレゼント、ですか? 私に、この杖を?」
「そうよ。元々この店を選んだのは、この商店街で唯一魔法の杖が置いてあるからって、ルナティエにそう聞いていたからなの。ほら、アネットってば、魔法の才能があることが今朝の検査で発覚したでしょ? だから、これから杖とかが必要になるかなと思って、その・・・・いつも日頃アネットにお世話になってるから、お礼の意味も込めてあたしからのプレゼントってわけよ! あ、有難く、受け取りなさいよね!」
そう言って俺の掌に杖を押し付けると、彼女は頬を染めてプイッと、顔を横にずらした。
俺はそんな彼女にクスリと笑みを溢し、手に持っているその杖を愛おしい気持ちを込めながら撫で、見つめた。
それは、俺の身長を軽く越える大きさの、170cmくらいはありそうな木製の長い杖だった。
先端には魔力を貯蔵するための青い水晶が取り付けられており、その周りには天使の羽を模したかのような水色の装飾が煌びやかな輝きを放っている。
明らかに上等の杖であることは、見間違いようがない。
「あ! 一応言っておくけど、勿論、その杖はあたしのポケットマネーから出したものだからね!! お爺様とお婆様に送金予定の金貨には一切、手は付けていないから!!」
「フフッ、言われなくても、理解しておりますよ。お嬢様がそんな不義理な行いをするはずがないことは」
「えっ!? でもさっき、店前であたしのこと疑ってきたじゃない!?」
「ただ、からかってみただけでございます。私はお嬢様が慌てふためく御姿や、不満げに唇を前に突き出す御姿、いじけられる御姿が大の好みなので」
「ア、アネットぉ~~~~?? もう何回言ってきたか分からないけれど、貴方、本っっっっ当に、性格の悪い子ね!!!!! 主人を敬うということを知らないのかしら!?!?」
「十分に敬っていますよ、お嬢様。この杖は本当に・・・・本当に大切に致します。私の一番の宝物です」
そう口にして、俺は杖を胸に抱きしめた。
そんなこちらの姿を見て、ロザレナは一瞬心底嬉しそうな表情を浮かべるが、先ほどのことをまだ根に持っているのか。
再び不機嫌そうな顔をすると、またそっぽを向き、フンと鼻を鳴らした。
「・・・・・・・あ、当たり前よ。このあたしが、初めて誰かに送った贈り物なのだから。大切にしなきゃ許さないわ」
「はい。絶対に大切にします」
家族のいない天涯孤独の身であった前世の俺にとって、誰かから贈り物を送られるというのは、とても憧れの光景だった。
雪麗の節の24日にある、聖誕祭。
月の女神アルテミスの産まれたその日は、国を挙げての祝日となっており、王国民にとって家族や恋人と過ごす大事な日になっている。
だが、生前の孤児であった俺には家族なんてものはいなかったので、その日は毎年とても寂しい日々を送っていた。
『剣聖』の仕事を終え、返り血の付いた衣服のまま雪が降る暗い街の中をひとり歩いていると、ふと、民家の明かりに視線が吸い寄せられる。
民家の窓から差し込むその温かい光景は、俺がけっして得られない家族というものの姿。
親から子供へ贈り物をし、愛しの恋人同士で贈り物を交換し合う、その光景に、妬み、嫉み、羨み、憎悪を抱いた。
そして結局、俺には縁のない世界なのだと、諦めの境地へと至ってしまった。
そんな俺が今、誰よりも愛おしい我が主人に、贈り物を送られたんだ。
こんなに嬉しいことが、他にあるのだろうか、
こんな、涙が出るくらいに嬉しいのは・・・・そうだな、前世に、幼少のリトリシアから手作りの下手糞な人形を貰った時くらいかな。
誰かに必要とされ、愛されていることを実感できる・・・・このような素晴らしい瞬間は、他にはない。
俺は、アネット・イークウェスとして再びこの世に生を持って産まれることができて、お嬢様に出逢うことができて、本当に良かったと、そう、心から思った。
「・・・・・どうしたの、アネット。何で、泣いているの・・・・?」
心配そうな顔でこちらを窺いながら、そう声を掛けてくるロザレナ。
俺はそんな彼女に首を振り、精一杯の笑顔を見せる。
「お嬢様。私はこの杖は何があっても大切に致します。いくら時が経とうとも、もし、お嬢様と離れなければならない時が来たとしても・・・・絶対に手放しはしません。お婆ちゃんになるまで大切に大切に、この杖を持ち続けます」
「もうっ、アネットったら・・・・・えいっ!」
そう言って彼女は俺の手を握ると、紅い夕陽が照らす商店街の道を元気よく走り出した。
「ほら! 次はアネットのお洋服買いに行くんでしょ!! 暗くなる前に行くわよ!!!!」
そう言って我が主人は無邪気な笑みを浮かべ、俺を引っ張っていく。
本当にお優しく、可愛らしく、素敵な御方だ。
手を繋ぎ、互いに笑い声を上げながら、街征く人の波をかき分け、疾走していった。
端から見れば奇怪な二人組に映っただろうが、今の俺たちにはそんな他人の目線など関係ない。
楽し気に世界に笑い声を轟かせながら、二人だけの世界を駆けて、地面を蹴り上げる。
ただ無我夢中に走り、お嬢様と笑い合うのは、とてもとても楽しかった。
この時が永遠に続けば良いのにと、俺はそう、思った。
「ど、どうでしょうか? お嬢様・・・・男性の方に、見えますでしょうか?」
中央区の洋服屋に入った俺は、ロザレナに「とりあえず試着してみたら?」と言われ、適当に服を身繕い試着をしてみることにした。
選んだのは、オーソドックスなスーツだ。
バルトシュタイン家のオリヴィアの恋人役として、それなりの品位を保たせるために、そこそこの値段のものを着てみたのだが・・・・・着替え終え、試着室のカーテンを引き自身の姿をロザレナへと見せると、彼女は引き攣った笑みを浮かべたのだった。
「いやー・・・・どう見ても女にしか見えないわね。というかまず、その大きな胸がある時点で、貴方、男装なんてできないと思うわ。その点に、オリヴィアさんは気が付かなかったのかしら?」
「・・・・やっぱり、そうですよね。この胸がある時点で、どんな格好をしても男に見えることはないですよね・・・・」
そう言って俺は、試着室に立て掛けられている姿見に映る自分の姿を眺めてみる。
スーツジャケットから膨らんだはち切れんばかりのその胸は、どう見ても隠すことなどできるはずがなく・・・・・女としての象徴をこれでもかというほど、主張していた。
そんな俺を見て、ロザレナは腰に手を当て、呆れたように息を吐いた。
「まぁ、諦めるしかないわね。どう足掻いても貴方は女よ、女。男装なんてできるはずが----」
「胸は、サラシで潰せば良いと思いますよ?」
「え?」
不意に背後から話しかけられ、ロザレナは後ろを振り向く。
するとそこには、白銀の髪を肩まで伸ばした・・・・真っ白なドレスを身に纏った絶世の美女が立っていた。
その作り物のような美しい顔にロザレナは思わず絶句すると、彼女は天女のような微笑みを俺たちへと向けてくる。
「申し訳ございません。突然、男装なんていう言葉が聞こえてきたので、つい。私もよく、男装はするもので-------あれ?」
彼女は俺とロザレナの顔を交互に見ると、急に顔をパァッと輝かせて、先ほどの淑女らしい様子とは一変、快活な様子を見せてくる。
「もしかして、君たちは・・・・ロザレナさんと・・・・アネットさんっ!?」
「へ?」
「やっぱりそうだよね!! いやー、嬉しいな!! こんなところで二人に再会できるとは思わなかったよ!!」
そう言ってロザレナの手を掴むと、彼女はブンブンと豪快に握手をしてきた。
そんな彼女に対して、ロザレナは困惑気味に口を開く。
「え? な、何で、貴方、あたしたちの名前を知ってるの・・・・?」
「あ、そ、そうだよね。あの時とはどう考えても身なりが違うんだし、今の
「僕・・・・?」
何処か・・・・そう、彼女とは何処かで会ったような気がしないでもないのだが・・・・記憶上に彼女とマッチする存在がまったくもって思い当たらない。
ロザレナもどうやら俺と同じく既視感を感じているようで、うーんと頭を悩ませているが・・・・記憶上に該当する人物の心当たりがない様子だった。
二人して首を傾げている俺たちに対して、彼女は、まるで男のように乱暴に頭を掻くと、歯を見せて豪快に笑い出す。
「あははははははははっ! まぁ、当然、分からないよね。じゃあ・・・・・・・・・・」
そう言って怪し気に目を細めると、彼女は口角を上げ、静かに口を開いた。
「・・・・・・グライスっていう名前は、覚えているかな?」
「グライス・・・・・・え? はぁ!? グ、グライス、ですってぇ・・・・・ッッッ!?!?!?」
「うん。そう。やっと、思い出してくれたかな?」
グライスという名前、それは・・・・あの奴隷商団で捕まった時に俺たちと共に行動をしていた、
だが、彼女があの少年だというのはどうにもおかしい。
何故ならあの少年は茶髪に黒目で、彼女のように銀髪に銀の瞳はしていなかったからだ。
ロザレナも俺と同じくその点を疑問に思ったようで、首を傾げながら疑問の声を溢した。
「グ、グライスって、そもそも彼は男の子だったわけだし・・・・何よりも銀髪じゃなかったと思うんだけど? あ、あんた、本当にあのグライスなわけ?」
「そうだよ。ごめんね、あの時は・・・・事情があって変装していたんだ。あの時点では、僕の存在はどうしても国に秘匿しなければいけなかったからね。グライスというのも偽名さ。今まで騙していて、本当に申し訳なかったと思うよ」
そう言って軽く頭を下げた後、未だに状況を飲み込めず困惑する俺たちに対して、グライスは優し気な笑みを浮かべる。
「奴隷商団に捕まっていた時は色々あってまだちゃんと自己紹介できていなかったよね。それじゃ、改めて。僕の名前は・・・・・・エステリアル・ヴィタレス・フォーメル・グレクシア。王国の至宝とか、白銀の乙女とか言われているけれど、君たちにはぜひ、気軽にエステルって呼んで欲しいな。何と言っても君たちと僕は旧知の仲だからね。幼馴染って言うんだよね? こういう関係ってさ」
そう言ってはにかむ彼女は、自分のことを、
その衝撃の事実に、俺とロザレナは二人して口を開き、固まるしかなかった。
第55話を読んでくださってありがとうございました!
他サイトでのことですが、何と今日、この作品がアルファポリス様でHOTランキング2位にランクインしましたー!!
とても嬉しいので、長らく支えてくださった小説家になろうの皆様にご報告しました!!
この作品をここまで続けられたのは本当に本当に皆様のおかげです。
いつも、いいね、評価、ブクマを付けてくださる方々、本当に感謝しております。
続きは明日投稿する予定です!
出来たら2回投稿できたらなと、考えております。
皆様、今週もお疲れ様でした。
良い休日をお過ごしください。
三日月猫でした! では、また!