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第52話 元剣聖のメイドのおっさん、能力適性検査を何とか手を抜いてやり過ごす。




 時計塔の周りを囲むように建っている三日月型の別棟、その棟は別名『実習棟』と呼ばれている建物だ。


 中にあるのは主に専門的な学習をする教室となっており、1~2階が剣術学修練棟、3~4階が魔法学研究棟、5~6階が薬草科学研究棟、裏手にある牧草地帯が騎馬学実習場、そして7~22階は部活動を行う生徒たちの部室となっている。


 建物のその殆どの階層が部活動で使用されていることから、生徒たちからは別名、部活棟、とも呼ばれていたりする。


 そう、この学校にはなんと、通常の学校と同じように部活動が存在しているのだ。


 どうやら入学式初日に校門前周辺で在校生が部活勧誘のチラシを配っていたらしいのだが、俺とロザレナは学内の寮暮らしのため、部活の勧誘を受けることができていなかった。


 だから、この学校にはどんな部活があるのか非常に気になるところではあるのだが・・・・入学してから今に至るまで、部活動を覗けるような暇な時間ができることもなく、俺たちはこの棟に部活動を見に行くことができていなかった。


 ・・・・・・料理研究部とかあったら、おじさん、ちょっと覗いてみたいところです、はい。


 そんなことを考えている間に、実習棟の長い廊下を渡り終え、俺たちは目的地である剣術学修練へと辿り着く。


 そして無事に全員がついてきていることを確認すると、ルナティエは密集している生徒たちの前に出て、大きく声を張り上げた。


「それじゃあ、無事、剣術学修練棟に着いたことですし、さっそく黒狼(フェンリル)クラスの実力査定を始めましょうか。・・・・ちょっと男子、誰でも良いから2,3名程、わたくしに手を貸してくださるかしら? 倉庫から持ってきたいものがありますので」


 そんな彼女に対して、屋内運動場に集まった生徒たちの中から複数名の男子生徒が挙手をして前へ出る。


 そして彼らは先導するルナティエと共に、奥にある大きな倉庫の中へと去って行った。


 その光景を横目にしつつ、隣からロザレナがそっと声を掛けてくる。


 「ねぇ、アネット。実力の査定って・・・・いったいどうやってやるものなの? もしかして今から、ひとりひとり剣を使って組手をする、とか?」


 去っていくルナティエの後ろ姿を見つめながら、ロザレナはそう口にすると、こちらに顔を向け、不思議そうに首を傾げてきた。


 俺はそんなお嬢様の言葉に横に首を振って、これから行う査定方法を、説明していくことにした。


「いえ。恐らく、実力を計るのに適した魔道具(マジックアイテム)を使うのだと思います」


魔道具(マジックアイテム)?」


「ええ。・・・・っと、今、倉庫から出て来たあの男子生徒が持っているものを使うんですよ、お嬢様」


「どれどれ・・・・・・って、ただの木人形じゃない!? それと水晶玉!? あんなので実力を計れるっていうの!?」


「はい。あの木人形はただの木人形ではなくて、剣を振った時の使用者の闘気を数値で示してくれる魔道具(マジックアイテム)なんです。もうひとつの水晶は、手をかざした者の魔法属性の適性がいくつあるのか、表示してくれる優れ物です。どちらも、冒険者ギルドでライセンスを習得する際に使われる、普遍的な魔道具(マジックアイテム)なんですよ」


「へぇ・・・・。というか闘気って何? 初めて聞く単語なんだけど?」


「あー・・・・えっと、お嬢様にはまだ早いかと思って教えていなかったんですが・・・・とりあえず、簡単に説明させてもらうと、通常、剣士というものは自身の身体と武器に闘気を纏って戦うものなんですよ。剣士の才がある者なら誰にでも、闘気は内に宿っているものなので」


「え!? ええええぇぇぇぇっ!? あ、あたし、剣を振ってもそんなものを感知したことがないんだけど!? もしかしてあたしって、 闘気って奴がなかったりするの!?」


「いいえ、そんなことはありません。お嬢様も知らないうちに闘気は纏っておいでですよ。闘気というのは謂わば普通は目には見えない、魔術師が扱う魔力と同じようなものですから」


「あ、そうなの? うーん・・・・よく分からないけど、闘気っていうのを大量に纏っている剣士程、高火力の技を放つことができる・・・・今はそういう認識でOKかしら?」


「はい、それで十分でございます。・・・・ちなみに昨日、シュゼット様がお嬢様に向けて放たれた殺気、アレが闘気です。お嬢様とルナティエ様が内包する闘気を、彼女が大きく上回る闘気を放たれたから、お嬢様方はシュゼット様に恐怖心を抱いたんだと思います」


「・・・・・・・なるほど。つまり、あの蛇女と同等かそれ以上の闘気を持っていれば、あいつにビビらずに済んだ、そういうわけね?」


「はい。まぁ・・・・彼女の本業は魔術師ですから、昨日のあれはそんなに大した闘気ではありませんでしたよ。お嬢様なら二か月みっちり修行すれば、あの程度の闘気になら億すこともなくなるはずです」


「あの蛇女の放った殺気は凄まじいものだったと今でも思ってるけど・・・・アネットがそう言うなら、なんだかそうでもないように思えてくるから不思議ね」


 そう言ってロザレナは、戻ってきたルナティエへと合流し、前へと歩いて行った。


 俺も書記として、個々の生徒のデータを書き留める任を仰せつかっているので、ノートと鉛筆を手に持ち、ロザレナの後へとついていく。


「ご苦労様です」


「ゼェゼェ・・・・い、いえ・・・・」


 ゼェゼェと重そうに木人形を運んできた二人の男子生徒に「ありがとう」と礼を言うと、ルナティエは水晶を片手に大勢のクラスメイトたちへと声を張り上げる。


「みなさん、今からこの学校の備品である魔道具(マジックアイテム)を使って、ひとりひとりの能力を精査していこうと思います。そうですわね・・・・まずは名前順から行きましょうか。アストレア・シュセル・アテナータさん、前に出て来てくださいますか」


「は、はい!」


 そう言って、コーラルレッド色の髪の毛をしたミディアムヘアーの女生徒が、集団から抜けて前へと出て行った。


 彼女は緊張した面持ちをしながら、ルナティエの前へと行くと、ピシッと直立不動をする。


 見た感じ、生真面目な性格をしていそうな生徒だな、彼女は。


 クラスにとってこういう純粋に真面目な生徒がいることはプラスにはなりそうだが・・・・人前に出ることが苦手なのか、ダラダラと汗を流して立つその姿を見るに、どうにもここ一番の時に何かやらかしそうな気配のあるような生徒に感じてしまうな。


 俺がそうアストレアという生徒を分析していると、ルナティエは木剣を彼女に手渡し、木人形の前に立たせる。


「さぁ、アストレアさん。思いっきりこの木人形に剣を叩き付けてくださいまし。それで、貴方の中にある闘気を計ることができますから。・・・・あぁ、心配なさらずとも結構です。この木剣は霊妖樹から造られておりますから、滅多なことでは壊れはしませんわ」


「は、はい・・・・そ、それじゃあ、い、いきますよぉっ!!!! せいやぁっ!!!!!」


 彼女が横薙ぎに木人形の腹を叩いた、数秒後、木人形の頭上に数字が浮かび上がる。


 そこには、〖24〗という数字が書かれていた。


 その数字を見て、ルナティエは短く息を吐く。


「では、次はこの水晶玉に掌をかざしてくださいますか?」


「は、はいっ!!」


 木剣を木人形に立て掛け、今度は水晶に掌をかざすアストレア。


 すると、その瞬間、透明な水晶玉の色が緑から白へと、徐々に色が変化していった。


 白いままの水晶玉は数秒間光を放つと、そのまま元の透明な色へと戻っていった。


 その様子を見て、ルナティエはふむと顎に手を当て頷く。


「剣の才に関してはあまり目覚ましいものはありませんでしたが、魔法に関しては疾風属性と信仰系魔法の適性がある、と・・・・そして最後に白色で光りを放ったことから鑑みて、どうやら信仰系に関してはそれなりに才能がありそうですわね、アストレアさん。貴方、治癒術師(ヒーラー)としては十分な才能があると思いますわ」


「ほ、本当ですか!!!! 嬉しいです!!!! 精進致しますっっ!!!!!」


「え、ええ・・・・こ、声が大きいですわね、貴方・・・・」


「う、うるさかったですか!? すすすす、すいません!! って、・・・・ぬおわわぁぁッッッ!?!?!?」


 深くお辞儀をした瞬間に、突如、何もないところで盛大に前のめりに転び始めるアストレア。


 ・・・・・どうやらこの子、元気系のジェシカにドジっ子をプラスしたみたいな感じの性格をしているようだな。


 やっぱり、何か大きなミスをしでかしそうなタイプと見えるな、こりゃ。


 これから何かあっても、あまり大きな仕事を彼女には任せない方が良いのかもしれない。


「・・・・・次、アリスさん、前に出てくださいまし」


 その言葉に不機嫌そうな顔で集団から前に出ると、アリスはアストレアと交代し、木剣を受け取り、木人形の前に立つ。


 そして、「うぉりゃぁぁぁ」と叫び声を上げると、アリスは剣を木人形をへと乱暴に叩きつけた。


〖37〗


 その浮かび上がった数字にフンと鼻を鳴らすと、次にアリスはルナティエの持つ水晶玉に手をかざす。


 水晶玉の色はー---変化しなかった。


 その光景を見て、アリスはルナティエをキッと睨みつけると、大きく叫び声を上げ始める。


「ちょっと!? この魔道具(マジックアイテム)、壊れてるんじゃないの!? 私、信仰系魔法を使えるのに何で色が変わらないのよ!?」


「単純に適性がないだけだと思いますわ。魔法というものは、適性が無くても扱えるものですから。はい、アリスさんはバリバリの剣士タイプ、と。次ー----」


 シッシッと手を振ってアリスを追い払うと、順々に黒狼(フェンリル)クラスの生徒の適性を確認していくルナティエ。


 他の生徒も、剣の数値は10~30台といったところで、魔法についても別段目立った能力を持った生徒の姿を見られず、今のところ信仰系魔法の才能が大きく見られたアストレア以外に、そんなに大きな掘り出し物はいない様子であった。


「ー---はい、次は、ロザレナさん」


「待ってたわ!!!!!」


 そうして何名もの生徒の査定を終え、ついに、我が主人の番が来たのだった。


 ロザレナはズンズンとルナティエの前へと歩いて行くと、腕を組んで仁王立ちをし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「ルナティエ、貴方、最後に自分の数値を計るんでしょ? だったら勝負をしない? どちらの能力値が上なのかを、ね」


 その言葉に、ルナティエは目を伏せ、笑みを浮かべる。


「まったく、身の程知らずですわね、貴方は。級長として情けない結果に終わっても知りませんわよ?」


「望むところよ!! 絶対に負けないんだから!!!!」


 そう叫ぶと、ロザレナは木剣をルナティエから受け取り、木人形の前へと立つ。


 そして、大きく息を吐くとー---大上段に剣を構え、闘志をむき出しにし、荒れ狂う獣のように『唐竹』を木人形の頭上へと放っていった。


 その後、数秒遅れて、木人形の上に闘気の数値が表示される。


〖164〗


 その数値の高さに、クラスメイトたちは皆、唖然として口をポカンと開けて、ロザレナを見つめていた。


 本気の一太刀に纏った闘気の数値が〖164〗、か。


 この学校の生徒が持つ闘気の平均値は分からないが、ついこの前まで実践を知らなかった素人にしては、破格の数値といえるだろう。


 一番低い剣の称号である『剣鬼』の平均値が500前後と言われているから・・・・このままのスピードで成長していけば、数年後に称号持ちになるのは間違いがないだろうな。


 まったく、我が主人の成長速度には驚かされるばかりだぜ。


 この俺といずれ戦いたいと、豪語するだけのことはある。


 彼女は間違いなく凡人ではない、才人の類に位置する逸材だ。


「・・・・・・・・・・・」


 ロザレナのその数値を鋭く睨むと、ルナティエはボソッと小さく呟く。


「・・・・・これが、わたくしが越えなければならない壁、なんですのね」


 そう言って静かに息を吐くと、ルナティエは水晶玉をロザレナへと差し出した。


「さぁ、次は魔法の適性検査でしてよ。手をかざしなさい、ロザレナさん」


「わかったわ」


 木剣をポイッと放り投げると、ロザレナは水晶玉に手をかざす。


 すると、水晶玉は赤色に、そしてその後に黒色へと変わっていった。


 そのドス黒い漆黒の水晶玉を見て、ルナティエは驚いて目を見開く。


「驚きましたわね。ロザレナさん、貴方・・・・闇属性魔法に適性がありますの?」


「闇属性魔法? 何それ? 何かレアなの?」


「・・・・・・・・そう、ですわね。王国ではあまり使い手がいないとされる属性ではありますわね。信仰系魔法を好んで使う聖騎士団の中には、この闇属性魔法を忌避する方も少なくはありません。ですから、あまり聖騎士団員には闇属性魔法が扱えると、公言しない方がよろしいですわ」


「なんでよ?」


「何でもです。まぁ、生徒の間では、その意味も理解できない連中が殆どですから、何の問題視もされない属性適正ですわ。ですが・・・・むやみやたらに聖騎士の前では闇属性魔法を使わないことをオススメ致しますわ。その属性魔法は王国史に深い知見がある人ほど、嫌悪する傾向がありますので」


「? まぁ、わかったけれど・・・・」


「ええ。そうしてください。アネットさん、記録、付けてくださるかしら?」


「はい。ロザレナお嬢様は炎熱属性魔法、・・・・闇属性魔法が適性、と。完了しました、ルナティエ様」


「ありがとうございます。では、次ー----」



 (・・・・・・・・闇属性魔法の適性がお嬢様にはある、か)



 王国の歴史上、闇属性魔法に適性のある人間は、悉く王家に敵対してきた歴史がある。


 過去の王国史を見ても、王家に仇を成した反政府組織のリーダーが闇属性魔法の使い手だったり、長年戦争をしていた帝国の皇家が闇属性魔法を好んで使っていたりと、聖騎士にとって信仰系魔法と相反する闇属性魔法というものは、嫌悪すべき対象となっているのだ。


 だから、もし、この学校に王国の保守派の教師がいたとしたら・・・・闇属性魔法を使う候補生に対しては、とことん冷たく当たってくることだろう。


 そうなると、これから学校生活を送る中で、教師にも気を配らなければいけなくなるな。


 正直、大きな懸念事項ともいえる。


 これからはロザレナの周りにはいっそう、目を向けていかなければならないな。



 



 そうしてその後、殆どの生徒の適性検査を終えて、残るは俺とルナティエのみとなった。


 ルナティエはコホンと咳払いをすると、こちらに熱のこもった視線を向けてくる。



「で、では・・・・アネットさん、どうぞ、こちらへ・・・・」


 頬を蒸気させたルナティエに呼ばれ、俺は前へ出る。


 そして木剣を受け取ると、木人形をまっすぐと見据えた。


(・・・・・・まぁ、当然、手加減して剣を振らなければならないわけなんだが)


 生前に、この木人形を使った闘気検査を受けたことはあるが・・・・その時、【覇王剣】を使わずに、なるべく手加減して振って・・・・・それでも木人形を跡形も無く粉々にしてしまった経緯があるからな。


 生前に比べて筋力は大分衰えたといっても、こんな魔道具(マジックアイテム)を破壊することなど、造作もないことだろう。


 逆に、このクラスの生徒たちと数値を合わせて闘気を纏い、剣を振るということの方が難しそうだ。


 俺は大きく息を吐いた後、剣をまっすぐと構える。

 

 そして、なるべく力を抜いてー---震える手で木人形の横腹へと、当たる寸前に誰にも分からないように一瞬寸止めし、微かに触れるようにして剣を放った。


〖32〗


 よ、よし!! 成功したぞ!! 32ならこのクラスの平均・・・・よりは少し高いが、中々のものだろう!!!!


 ルナティエの隣に立つロザレナへと親指を立て笑みを浮かべると、ロザレナは俺に対して呆れたようにため息を吐いていた。


「32、ですわね。では、次はこの水晶玉に手をかざしてくださいます? アネットさん・・・・」


 ルナティエに近付き、水晶玉に手をかざすと、目の前のルナティエから悩まし気な吐息が聞こえてくる。


 あの・・・・そんなに頬を上気させてジッと潤んだ瞳でこちらを見つめられていると、非常にやりにくいです、ルナティエさん・・・・・。


 そう、心の中で呟いていると、水晶玉が徐々に色を変えて行った。


 

第52話を読んでくださってありがとうございました!!

続きは明日、投稿する予定です!!

出来たらモチベーション維持のために、ブクマ、評価、お願い致します!!


三日月猫でした! では、また!

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