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第51話 元剣聖のメイドのおっさん、軍略というものに興味が湧く。




「それじゃあ、引き続きミーティングの方を続けさせて貰いますが・・・・先生、よろしいですよね?」




 教壇に立ったロザレナがそう、黒板脇に待機しているルグニャータへと声を掛ける。


 すると彼女は眠そうな目を擦りながら、ふにゃぁぁと、大きな欠伸を見せて来た。


 そしてブカブカの袖をヒラヒラとさせると、適当な返事をロザレナへと返す。


「んニャぁ、一限目は私が受け持つ陣形の授業だから・・・・そのままその授業を潰して対抗戦のミーティングを続けて貰って構わないですよー、っとぉ。ちょっと先生、ロザレナさんの席借りて寝てるから。何かあったらいつでも起こしてねー。それじゃ、おやすみなさいー・・・・・ZZZZZZZ・・・・・・」


 そう言うと、ルグニャータはロザレナの席に座り、机に突っ伏して眠りに就き始めた。


 そんな彼女の姿に、ロザレナは呆れたようにため息を溢す。


「この人・・・・本当にあたしたちのクラスなんてどうでも良いのかしらね。これから学級対抗戦の話をするというのに、まさか寝るだなんて・・・・しょうがない人だわ」


 ロザレナのその台詞に、ルナティエは頷いて応える。


「恐らく、この黒狼(フェンリル)クラスの担任に付いてしまった時点で、彼女はやる気が無くなってしまったんだと思いますわ。在学中に勝率の高いクラスに付くことができた担任ほど、この学園での出世の道が切り開けますからね」


「それ、さっきから気になっていたんだけど、黒狼(フェンリル)クラスって何でハズレみたいな扱いになっているわけ? さっきのルナティエと先生の会話を鑑みるに、まるで当たり枠が鷲獅子(グリフォン)クラスと毒蛇王(バシリスク)クラスってなっていたみたいだけれど?」


「そうですわね・・・・他のクラスメイトたちもこれらのことは知らないことでしょうし、一旦この学校のクラスというものを一から説明致しましょうか。ー---皆さん、よくお聞きなさい!」


 口元に手を当てコホンと咳払いをした後、ルナティエは教室全体を見渡しながら、大きく口を開いた。


「この学校は、入学する生徒ひとりひとりの能力を予め調査していますの。そして、その調査の結果、各生徒は自身の能力に応じた5つのクラスに選別・・・・つまりは個人の実力に沿って各生徒をそれぞれに合った特色のクラスに配属しているんですのよ。毒蛇王(バシリスク)クラスが、特務、つまりは諜報や暗殺などの才能がある生徒が集められている、といった風に、ね」


 その言葉に、俺の隣に座っている制服を崩したギャルっぽい女生徒が、疑問の声を上げる。


「えー?? じゃあ、あーしたちはどういった組み分けでこのクラスに選ばれたってわけなの? あーし、剣も魔法もそんなに得意じゃないんだけど??」


「ヒルデガルトさんの仰る通り、このクラスには目立った能力を持つ生徒は・・・・わたくしを除いて(ボソッ)いないことでしょう。何故なら、この黒狼(フェンリル)クラスというのは、貴族の嫡子が多く集められただけの、ただのボンボンクラスだからですわ。このクラスに平民の方って、どれくらいいらっしゃいますか? ちょっと手を上げてみてくださる?」


 ルナティエのその問いかけに、手を上げたのは・・・・俺を含めて4人程であった。


 その他の三人は、俺と同じく従者として入学したであろうメイド服を着ている様相をした者だけで、制服を着た平民出の者は誰一人としていなかった。


 つまりこれは・・・・そういうことなのだろう。


 ルナティエは手を上げた生徒たちに挙手を止めるよう言った後、ふぅと短く息を吐く。


「ご覧の通り、このクラスには平民の方がいらっしゃらない。これがどういう意味なのかお分かりですか?」


「えー? どーゆことなんだろ。ミホッち、分かる?」


「わ、分からないであります! はいっ!」


「そっかー。じゃ、アネットっち、分かる?」


 後頭部に手を当て、チラリとこちらに視線を向けてくると、隣の席のピンク髪のギャル子ちゃんは八重歯を見せてそう俺に問いを投げて来た。


 俺はそんな彼女に、小首を傾げながら答える。


「つまりは・・・・黒狼(フェンリル)クラスには、大金を掛けてまでこの学校に入って剣を学ぼうとする平民出身の生徒が、ひとりもいない・・・・そういうことなのではないのでしょうか?」


 俺のその答えに、ルナティエはパチパチと盛大に拍手を鳴らし始めた。


「素晴らしい回答ですわ、アネットさん。このクラスには剣を学ぶためだけにこの学校に入学をした平民がいない。まさに、その通りですわ」


 そう言って俺への賞賛の拍手を終えると、ルナティエは真剣な表情でクラス全体を見渡し、口を開く。


「良いですか、皆さん。この学校は華族学校ですから、他のクラスにも大勢の貴族階級の生徒の方がいらっしゃいます。ですが・・・・その中でもわたくしたちは特に目立った才能を持たないと判断された雑多・・・・つまりは黒狼(フェンリル)クラスというものは、凡人というレッテルを張られた生徒たちの寄せ集め、なのですわ!! ですから、基本的能力値の高い平民出の者がひとりもいないのです!!」


 彼女のその言葉に、黒狼(フェンリル)クラスの生徒たちは皆、驚いた顔で沈黙していった。


 王国貴族の嫡子が多いからだろう、プライドが高い分、彼らはその事実を中々受け入れられない様子だった。

 

 そんな静寂の中、ロザレナは別段普段と変わらない顔でルナティエへと声を掛ける。


「まぁ、あたしは元々剣の素人だから、凡人のクラスに入れられても何も驚きはしないけれど・・・・それよりもあんた、最初からそのことを知っていて、よく学校側に文句言わなかったわね?? プライドの高いあんたのことだから、鷲獅子(グリフォン)クラスか毒蛇王(バシリスク)クラスに自分が入っていないのはおかしいって、そう思いそうなものだけれど??」


「当然、思いましたし、入学早々学校側に詰問しに行きましたわよ? というかわたくし、今も、学校側のクラス配属審査には疑問を抱いておりますわ。わたくしが級長に選ばれなかったことと、代々最も優秀な生徒が配属されるという鷲獅子(グリフォン)クラスにわたくしが配属されなかったことには、何らかの悪意を感じますもの。きっと、バルトシュタイン家がフランシア家の威光に嫉妬した結果、なのでしょうけれどね!!!! オーホッホッホッホッホッホッホッホッ!!!!!」


「・・・・・あっそう、何か予想通りの回答で逆に安心したわ」


 そう言って大きくため息を吐くと、ロザレナは教壇に手を付けて、生徒全員に声を放つ。


「まぁ、みんな、自分が何の才能も無いって学校側に判断されたことにはショックを受けているだろうけれど・・・・・そんなに気にすることはないと思うわ。むしろ、やる気、湧いてこない?」


「やる気、ですか?」


 顔を上げ、暗い表情を浮かべる、以前ロザレナのファンだと名乗ったモニカがそう口にする。


 そんな彼女に対して、ロザレナは力強く頷いた。


「ええ!! だって、あたしたちを凡人だと決めつけた学校側の連中を、ギャフンと言える機会が産まれたんですもの!! そこのあたしの席でぐーぐーと寝ているやる気のない猫耳幼女だとか、あの悪人顔をした学園長総帥だとかを、ゼロから実力を付けて見返してアッと言わせられるとしたら・・・・楽しいと思わないかしら?? 貴方たちの判断は間違いだったってことを突き付けてやれたら、とっっっっても、面白そうじゃない??」


 そう言って紅い目の中に闘志を燃やしながら、ロザレナは演説を続けて行く。


「あたしたちは他のクラスの生徒たちからは、何の特色もない凡人だと、そう馬鹿にされるのかもしれない。だけど、そんな他人からの評価なんて、関係ないわ!! むしろ上等よ!! これから行われる学級対抗で相手が手練れの集まる毒蛇王(バシリスク)クラスだろうとも、あたしは負ける気が一切しない!!!! あたしは剣の素人だったけれど、一週間、死に物狂いで修行してルナティエに勝利することができたわ!!!! だから、この世に不可能なんてありはしないの!!!!」


 彼女のその熱意ある演説に、徐々にクラスメイトたちの瞳に、闘志の炎が灯って行く。


 俺はその光景を見て、思わず、笑みを浮かべてしまった。


 (やはり、ロザレナは、人を魅了させるのが上手いな)


 生涯で唯一、この俺に戦いたいと思わせてくれた、ただ一人の剣士・・・・それが彼女、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスだ。


 どんな強者に相対しても、俺は、今までこんな高揚感を感じたことはない。


 兄弟子ハインラインでも、リトリシアでも、ジェネディクトにも、シュゼットにも・・・・俺が剣を持って戦ってみたいと思うような人間は、ロザレナただひとりを除いて、いなかった。

 

 彼女を才能がないと決めつけ、黒狼(フェンリル)クラスに配属した学園長総帥には、正直、見る目がなかったと面と向かって言ってやりたいところだな。


 彼女は、明らかに先導者ー----兵の上に立つ者のカリスマ性を持ち合わせているというのに。



「そうだ・・・・そうだよ!! 俺たちも力を付けて、見返してやろうぜ! この学校の連中をよ!」


「そうよ!! こんな馬鹿にされたままじゃ、貴族の嫡子として自分が許せないわ!! 見返してやりましょう!!」


「ロザレナ様! 学級対抗戦に勝つためでしたら、何でもやりますわ!! 何なりとお命じください!!」


 ワーッワーッとクラスメイトたちが湧き立つ姿を見て、ロザレナはうずうずとした表情を浮かべると、拳を宙へと突き付け、大きく叫び声を上げる。


「よーし!! みんな、このあたしについてきなさい!!!! 必ず黒狼(フェンリル)を勝利させてみせるわ!!!!!」


 その宣言に、オオオーーーーッ!! っと、更に湧き立つクラスメイトたち。


 そんな中、ロザレナのファンであるモニカは、同じくファンであるペトラと共に、手を合わせて大号泣をしていた。


「うぅぅぅぅ、ロザレナ様かっこよすぎますよぉ、ねぇ、ペトラちゃぁん・・・・」


「うぐっ、ぐすんっ、わ、分かりますぅ、モニカちゃぁん・・・・イケメンすぎるぅ・・・・抱かれたいですぅぅ・・・・・」


 うんうん、ロザレナのイケメンさにファンも大号泣していてお父さん(偽)も、とても嬉しい限りです。


 あのファンの子たちとならロザレナも仲良くなれー---いや、彼女たちはきっと遠くから見て応援したいタイプだろうから、友人にはあまり向いていないのかもしれないな、うん。


 まぁ、ファンの子たちは問題はないとして・・・・・今、この展開を面白くないと思っているのは間違いなくあいつらだろうな。


 俺はチラリと中央の席付近に座るアリスたちへと視線を向けてみる。

 

 すると彼女たちは副級長にルナティエを据えられたことに未だに納得がいっていないのか、ぐぬぬぬとした表情で唇を強く噛んでいた。


 もしこれから何か、ロザレナに対して何かことを起こす気なら予め手を打っておくとするがー---。


 まぁ、とはいっても、最早クラスを掌握したと言っても過言ではないロザレナに対して、あの蝙蝠女のできることなどたかが知れているだろうがな。


 何か仕掛けてきたとしても、ルナティエがこちら側の陣営に居る時点で、手も足も出ないことだろう。


 間違いなく、策謀という点においては、アリスよりもルナティエの方が格が上だからだ。


 アリスは特に問題にすらならないと判断した俺は、再び前方へと視線を向けて、ロザレナの開いたミーティングを見守ることにする。


「うんうん、みんなやる気が出てきたようで何よりだわ!! それじゃこれから二か月、気合い入れて修行するわよ!!!!! みんな、頑張っていきまー--ー」


「ちょっとお待ちなさい、ロザレナさん。いったいみなさんにどういう修練を積ませるおつもりなのですか?」


「えっ? えっと、それは・・・・剣の素振り、とか? 二組作って模擬戦とかしてみたり、とか?」


「このお馬鹿さん! 個々の生徒の能力も分かっていない時点でそれは流石に無策すぎますわ。魔術の才能がある生徒に、剣の修行をさせてもたったの二か月では毒蛇王(バシリスク)クラスに対抗できる力には到底ならないでしょう? ここは、凡人である黒狼(フェンリル)の生徒たちひとりひとりがいったい何に向いているのかを計るべきですわ。もしかしたら、何処かに掘り出し物があるかもしれませんし」


「それは・・・・確かにそうね。んじゃ、みんな順に剣と魔法がどれくらい使えるのか、実力検査?みたいなことしてみる?」


「ええ。そうですわね・・・・この時間に剣の講義を受けているクラスは無いと思いますし・・・・さっそくこれから修練場で実力の精査をやると致しましょうか。この精査の結果次第では、部隊を編成するのにも役立ちそうですものね」


「部隊を編成・・・・?」


「わたくしたちは学級対抗戦として、クラス同士で軍戦の真似事をするのです。軍での戦いとは、主に集団戦になるものです。剣兵隊が先陣を切り、魔術兵隊がそれを中距離でサポートし、弓兵隊が後方から援護する。軍とは複数の部隊からなるものですわ。ですから、それぞれの生徒の能力に応じて部隊を編成することは必須ですの。軍戦というのは、ただ剣を振り回して戦うだけの乱戦ではありませんのよ?」


 俺は軍というものに所属して戦ったことはないから、ルナティエのこういった知識は本当に有り難いところだな。

 

 なるほど、圧倒的武力を持って個で軍を破壊する『剣聖』には分からないことだな、集団戦というものは。


 生意気だった若い頃は、集団で戦うなど弱い者がすることだとそう決めつけていたが・・・・軍略というものは中々に奥が深く、面白そうなものだ。


 俺は学級対抗戦では実力を隠す気でいるから、表立って先陣に立つことはないから・・・・遠くから軍戦というものをじっくり観察させてもらいたいものだな。


「では、今から時計塔裏にある修練場に行きますわよ。そこでみなさんの実力を計らせてもらいますわ」


 そう言ってルナティエとロザレナは30名程のクラスメイトたちを引き連れ、教室を後にしていった。


 教室にはぐーすかと眠るルグニャータだけが残されたが・・・・俺も彼女を無視することにして、同じように生徒たちの列についていくことにした。

第51話を読んでくださってありがとうございました。

私の住んでいるところは東北なんですが、12月に入ってからというものとてつもなく寒くなってきました。

もうすぐ雪が降るんだろうなと思い、雪掻きをすることに辟易している毎日です笑

子供の頃は雪にダイブして遊んでいたのに、何故、大人になると雪が嫌いになるんでしょうねorz


いいね、評価、ブクマ本当に励みになっています!

本当に本当に、ありがとうございます!!

続きは明日投稿する予定ですので、また見てもらえると嬉しいです!!

三日月猫でした!! では、また!!

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