第48話 元剣聖のメイドのおっさん、オラオラ系淑女に喧嘩を売られる。
「お初にお目にかかります、
そう言うと、彼女は口元に閉じた扇子の端を当て、愉快気な微笑みをこちらに見せてきた。
そんな彼女に対して、アルファルドはチッと舌打ちをすると、シュゼットの元へと肩を怒らせながら詰め寄って行く。
「オイ、何故止めやがるんだ、シュゼット!! ここでフランシア家の雌ガキを痛めつけて、退学に追い込でやった方が、後々の益になるだろうがッ!! そうなれば今後の
「アルファルドさん。そんなつまらない方法で獲物を追い詰めて楽しいですか?」
「はあぁぁぁん!?」
「私たちは特務・・・・つまりは諜報や暗殺、拷問などの才能があると買われ、
「よく言うぜ、戦闘狂いが。ただ単にテメェが対抗戦までの獲物を横取りされたくねぇだけだろうがよ」
「流石は副級長のアルファルドさんです。よく、私のことを理解していらっしゃいますね」
「ケッー-----テメェのような
「フフッ、ありがとうございます」
そう言ってシュゼットは俺たちの方に近寄ってくると、床に座り込むルナティエへと手を差し伸べてくる。
「大丈夫ですか? ルナティエさん?」
「・・・・・結構ですわ」
その手を払いのけ、自力で立ち上がると、ルナティエは俺の手を引っ張り、後方にいるロザレナへと合流する。
そしてシュゼットを睨み付けながら、ルナティエは俺たちに向けて小声で話し始めた。
「・・・・・・・あの女には警戒なさい、お二人とも。聞いての通り、彼女は
「オフィアーヌ家・・・・王家の宝物番であり、魔法に優れた家系と言われる一族ですね」
「ええ。彼女は地属性と毒属性魔法を得意とする、
なるほど・・・・魔法に関しては専門外だが、あの淑女然としたお嬢様が異常な存在ということだけは、ルナティエのその説明だけで十分に理解できるな。
何故なら俺はこんなに若い年齢で
王国は他の国に比べて、あまり魔法の研究が盛んに行われている国ではない。
魔法大国である隣国の帝国では、最上位である特一級魔術師など、その辺を歩けばゴロゴロと存在しているのかもしれないが・・・・この国では王国史の長い記録上でも、ジェネディクト・バルトシュタインしか、特位級に到達した魔術師は存在していなかった。
生前の記憶を思い返してみても、過去のオフィアーヌ家から排出された魔術師はせいぜいが中二級と言ったほどの腕前だっただろう。
それなのに、彼女はあの若さで、特位級の一つ下の段位を持っているとは・・・・末恐ろしいことこの上ない。
「
そんなロザレナの言葉に、ルナティエは呆れたようにため息を吐き、首を横に振って口を開いた。
「凄いだなんて、そんな簡単な言葉に当てはめられるようなレベルではありませんわ。剣の段位で言えば、【剣神】の一歩手前にいると言っても差し支えないものなのですわよ??」
「【剣神】・・・・・へぇ。腕が鳴るわね。いつか戦ってみたいわ!
「ちょっとそこのお馬鹿さん! ワクワクしてるんじゃありませんわ!! 貴方みたいな猪突猛進なバカが無策で挑んだところで、返り討ちに会うだけです!! わたくしを倒したからって、あまり調子に乗るのではありませんわよ!」
「えー--? 無策って、何か策があれば勝てるっていうの?」
「当たり前ですわ。勝利を掴む鍵は力ではなく、才人が閃く策略なのですから。そうですわね・・・・あの女の脇にいるメイドを人質にとって降伏宣言させたらどうかしら? それか、彼女の親しい友人辺りを手中に収める、とか?」
「あ、貴方・・・・それってこの前あたしたちにやってきたこととまるっきり同じじゃない・・・・もしかしてそれしか策が無いっていうの? 本当に代々指揮官を継いでいる家の息女なの? あんた」
「し、失礼なことを仰って!! も、勿論他にも天才のような閃きの策略がありましてよ!? 例えばー---」
「あの・・・・密談中、申し訳ないのですが、少し、お話してもよろしいでしょうか?」
こちらに歩みを進めて近付いて来たシュゼットの様子を見て、ルナティエとロザレナは互いに顔を離し、警戒心を露わにし始める。
そんな二人に対して終始変わらぬ笑顔を見せると、ふいにシュゼットの視線が俺と交差した。
すると彼女は、俺の顔を見るや否や、驚いたように目を丸くさせる。
「貴方は・・・・」
「? 何か?」
「いえ、私と同じ瞳の色をしてらっしゃるのだな、と、そう思いまして」
「そういえば、そうですね。私もシュゼット様と同じ、青い瞳をしております」
「フフッ、この国に青い瞳の方は大勢いますが、空のように澄んだシアンブルーの瞳の方は、中々いないんですよ?」
「そう・・・・なのですか?」
「ええ。フフッ、貴方とは瞳だけではなく、何処か、私と似た性質の匂いを感じます。賢く、冷静で、その裏に満ちるのは、苛烈で、暴力的ー-ー---嘘つきの匂いがする」
その瞬間、猛烈な殺意の気配が、シュゼットから放たれる。
ある程度の実力を持つ者であれば、この殺意の波動を当てられれば、否応なしに反応してしまうのだろうが・・・・
俺は呆けた顔で首を傾げ、シュゼットの顔を見つめる。
すると、こちらのその反応に興ざめしたのか、シュゼットは殺意を収め、ハァと深くため息を吐いた。
「・・・・・気のせい、でしたかね。そこのお二人に比べて、どうも貴方には一切の隙を感じられなかったのですが・・・・殺意を向けられてもそのことにすら気が付かないとは、やはりただのメイドでしたか」
突如雰囲気を豹変させた彼女のそんな姿に、ロザレナは俺を庇い、前へと出始めた。
「ア、アネットに何するつもりなのよ、あ、貴方!!!!」
ロザレナの肩は小刻みに震えていた。
背後を見ると、ルナティエも同様の様子だったことから・・・・・彼女の殺意に当てられたことが目に見えて分かる。
そんな二人に対して柔和な笑みを浮かべると、シュゼットは先程の圧が嘘のように、淑女然とした雰囲気を身に纏い、口を開いた。
「これはとんだ粗相をしてしまいましたね、申し訳ございません。自分で言うのも何ですが、私は大の戦闘狂いでして。恥ずかしいことなのですが、アネットさんはもしや私を楽しませてくれる逸材なのでは? と、そう勝手に勘違いした挙句、その、危うく公衆の面前で下着を濡らしかけ」
「シュゼット様。発言の許可をお許しくださいますか?」
シュゼットの言葉に被せるようにして、コルルシュカによく似た顔のメイドが口を開く。
・・・・あいつ、今、下着を濡らしかけたって、そう言おうとしたのか?
丁寧な口調の割には、何か・・・・マイス以上の変態な気がしてきたな、この女・・・・。
「構いませんよ、エリーシュア。アネットさんに何かお話したいことでも?」
「はい」
そう言ってこちらに敵意のこもった目を向けてくると、エリーシュアと呼ばれたメイドの少女は続けて口を開いた。
「・・・・貴方、最初に私を見た時に、コルルシュカと、そう口にしてきたよね? コルルシュカとはいったい何なの? 誰かの名前?」
「あっ、えっとその、コルルシュカというのは、私の知り合いの名前です。実は、レティキュラータス家のメイドに貴方にそっくりな方がいらっしゃいまして・・・・ですから貴方を見た瞬間に、思わずその方の名前を口から零してしまったのです」
「・・・・・・そう。私に似ている人、ね」
そう言って思案気に呟くと、エリーシュアはもう話すことは無いと言った雰囲気で、シュゼットの背後へと戻って行った。
そんな彼女に、シュゼットは首を傾げながら声を掛ける。
「詳しく聞かなくてよろしかったのですか? もしかしたら、15年前の『フィアレンス事変』で行方不明になった、エリーシュアの双子のお姉さんのことかもしれませんよ?」
「いえ、それは絶対に在り得ません。彼女は先代オフィアーヌ家と共に、あの・・・・燃え盛るフィアレンスの森で命を落としましたから。この目でしかと、彼女の焼け焦げた死体は確認致しました。ですから、私の姉が生きているはずがないんです」
そうしてエリーシュアはキッとした目をこちらに向けると、スカートの裾をギュッと握りしめる。
そんな彼女を肩ごしに見つめて短く息を吐いた後、シュゼットはロザレナへと視線を向けた。
「ロザレナさん。話は変わりますが、夏季休暇の前に行なわれる学級対抗戦のお話、お聞きになられましたか?」
「・・・・学級対抗戦? 何よ、それ。そんな話聞いていないわ」
「そうですか・・・・そちらのクラスの担任教師は、随分とその、話が遅いようですね」
そう言ってコホンと咳払いをすると、柔和な笑みを浮かべて、シュゼットは続けて口を開く。
「この学校は学期末に、クラス同士対抗の模擬軍事訓練を行うんですよ。まぁ、謂わば学期末テストのようなものですね」
「学期末テスト・・・・・」
「はい。その学期末テストを受けるのは、五つのクラスの内、二組だけとなっておりまして。どのクラスが軍事訓練に選ばれるのかは、学園長総帥の意志で決定されることになっているんです」
「・・・・もしかして、その学級対抗戦に貴方たちとわたくしたちのクラスが選ばれた、と、そう言いたいんですの?」
「その通りです、ルナティエさん。担任教師から今朝、教えられたのですが・・・・何と、栄えある一期生の最初の学級対抗戦に、私たち
そう言ってシュゼットは手を合わせると、愉し気に微笑んだ。
そんな彼女に、ロザレナは眉間に皺を寄せ、睨む。
どうやらロザレナは、先ほど、彼女の殺意に当てられ恐怖に慄いてしまったことに相当な苛立ちを感じてしまっているみたいだ。
彼女が自分より相当実力が上の存在だということは当に理解しているだろうに、それでも尚立ち向かっていくその様は、我が主人ながらに誇らしい。
そんなロザレナの姿を見つめると、シュゼットは「へぇ」と口にし、目を細め、蛇のように舌なめずりをした。
そして目を伏せると、フッと笑みを溢し、静かに口を開く。
「父の勧めでこの学校に入学しましたが・・・・・はっきり言って、私はこの学校に入ったのは失敗だったと今でも思っています。何故なら全学年の何処にも、私を楽しませてくれる強者がいなかったのですから。私は幼い頃から、強者との戦いに快感を覚える性質でして。甘ったれた貴族の子息しかいないこの環境には、退屈、という他ありませんでした」
「・・・・随分と、上から目線なのね。この学校に、自分を負かす存在がいないとでも思っているのかしら?」
「はい。その通りです。今のところ、この私に傷を付けれそうなのは・・・・そうですね、三期生の
そうなんだ・・・・グレイレウスって思ったよりもこの学校で評価されてるんだなぁ。
あいつ、最近は何かと師匠師匠うるさいからなんなんだこいつってドン引きしていたが・・・・上一級の魔術師であるこの少女に褒められるということは、それなりに剣の腕があるんだな。
そう、この場にいない片目隠しマフラー野郎に関心しながらぼけーっと呆けていると、目の前の少女は踵を返し、アルファルドたち
そして彼女は去り際に、ロザレナへと静かに言葉を残していく。
「私は、強い者と戦うのが大好きです。そしてそれと同時に、挑んでくるものを嬲り、私が到底敵わぬ存在であることを理解させ、屈服させるのもとても好みです。貴方がどこまで私を愉しませてくれるのか、期待していますよ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス」
そう口にして、
皆様、今週もお疲れ様でした。
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三日月猫でした、では、また!