第44話 元剣聖のメイドのおっさん、日焼け対策バッチリ乙女になる。
ロザレナ、グレイレウスと共に食堂へと入ると、そこには朝食を配膳するオリヴィアの姿があった。
彼女は俺たち・・・・いや、俺と目が合うと、パァッと顔を輝かせ、こちらへと嬉しそうに駆け寄ってくる。
「アネットちゃん! おはようございますっ!」
「おはようございます、オリヴィア先輩」
「・・・・あの、昨日はお風呂場でご迷惑をお掛けしてしまって、本当にごめんなさい。私ったらアネットちゃんに無理なお願いごとをしてしまって・・・・・断り辛かったですよね? あの空気では・・・・」
「いいえ。オリヴィア先輩の御力になりたいと思ったのは本心です。ですから、気になさらないでください」
「アネットちゃん・・・・」
「ですが・・・・あのお願いごとを完遂するのは果たして私で良いのか、未だに疑問はあります。マイス先輩やグレイレウス先輩の方が向いているのではないのでしょうか? その、私はどう足掻いても性別は女性なわけですし・・・・」
「ダ、ダメですっ!! 私はアネットちゃんが良いんですっ!!!!」
「そ、そうなんですか?」
「はいっ♪ ですから、あの、今週末・・・・よろしくお願いしますねっ!」
「わ、分かりました・・・・」
何故だ・・・・何故、俺をそんなに男装させたいんだこの眼帯美少女は・・・・。
何この子、もしかしてそういう性癖だったりするの? 男装女子萌えみたいな?
頬を蒸気させ俺に期待の眼差しを向けてくるオリヴィアに対して、引き攣った笑みを浮かべていると、隣に立っていたロザレナがこちらへとジト目を向けてくる。
「・・・・・昨日はお風呂場で迷惑? 今週末? いったい何のことを言っているのかしら?」
「あっ、ええと、それは・・・・」
俺が言いよどむのを見て、すかさずオリヴィアは口を開く。
「昨日、お風呂でアネットちゃんとばったり遭遇してしまいまして~。その時、今週末にお料理の材料を一緒に買いに行こうって、そう約束したんですよ~」
「そう・・・・。って、お、おおおおおおお、お風呂ですってぇッ!? アネット、貴方、オリヴィアさんと一緒にお風呂に入ったの!? あたしとは頑なに一緒に入ってくれないのに!?!? ずるいわっ!!」
「い、いえ、あの、その、何と言いますか・・・・ただの偶然と言いますか・・・・そ、そんなことよりもお嬢様!! 朝食にしましょう、朝食にっ!!」
俺がそう慌てて言うと、何故かグレイレウスが待ってましたと言わんばかりに前へ出て、テーブルの椅子を引き、こちらに笑顔を向けて来た。
「アネット師匠!! さぁさぁ、どうぞこちらにお座りくださいっ!!!! 共に朝食を摂り、今日の剣の修練ための英気を養いましょう!!!!」
「あっ、ちょっと、グレイレウス!!!! アネットの隣は主人であるあたしの席よ!!!! 勝手に席順決めないでよ!!!!」
ロザレナは怒りの声を上げながら、グレイレウスの元へと歩いて行く。
何とか話題を変えられたことにホッと息を吐きながら、俺は隣にいるオリヴィアへと視線を向け、彼女に小声で話しかけた。
「・・・・・オリヴィアさんの出自のことについては、満月亭のみんなにはまだ話すつもりはないんですか?」
「はい・・・・。この寮にいる皆さんは、本当に良い人ばかりだということは分かっているのですが・・・・その、まだ、嫌われるんじゃないかと思うと、中々踏み出すことが出来なくて・・・・」
「そうですか・・・・」
「でも、いつかはお話したいと思っています。・・・・アネットちゃんが私を受け入れてくれたことで、少しだけ、勇気が出てきましたから」
「オリヴィアさん・・・・・」
「さぁ、朝食にしましょう! 今日もお料理の査定、お願いしますね! 先生っ!」
そうしてその後、遅れて食堂へとやってきたマイスとジェシカを加え、俺たちは賑やかに朝の食事を摂っていった。
今日の朝食は相も変わらずオリヴィアお手製のグロテスクな料理でー-----何故か挟むだけのサンドイッチが原型をとどめていなかったが、別段食べられほどでもなかったので、みんな何とか口に放り込み、完食していった。
この寮においては朝の食事の調理担当がオリヴィアで、夜の食事が俺という当番制になっているのだが・・・・この調子だと当分朝食は、食べられなくはないけど美味しくも無い謎の物体を食べるという苦行になりそうだなと、俺は思い、ため息を吐いた。
三期生の先輩たちは今日は野外実習があるらしく、そのまま寮から学区外へと登校していき、ジェシカは校庭でランニングしてから登校するということで、今朝は俺とロザレナ二人での登校となった。
二人で寮を出て、いつものように校内の中庭を通って、時計塔の前へと歩いて行く。
もうすぐ春節の時期も終わりを告げ、雨天の節が来て、その後に緑風の節・・・・つまりは夏が来る。
春の終わりに差し掛かっているせいか、太陽光はすっかり夏へと向かって、燦々と地面を照り付け始めていた。
そんな陽炎のように揺らめく舗装された道を眺めながら、俺は事前に持ってきていた薄紫色の日傘をロザレナに差しつつ、彼女の背後を静かについて行く。
するとそんな俺に対して、ロザレナは唇を尖らせ、肩ごしにチラリとこちらに視線を向けて来た。
「・・・・ねぇ、何でアネットは傘の中に入らないの? 一緒に相合傘して登校したら良いじゃない」
「お嬢様。貴族のご令嬢が、使用人と一緒の傘の中に入っている姿を他家のご子息方にお見せするのは、あまり良くないことかと思います。貴族というのは基本身分差を重く準じる方が多いのです。ですから、貴族と使用人が同列で並んで歩くのはトラブルの火種の元になる可能性があると愚考致します」
「ぶーっ・・・・他の人の価値観なんて知ったことじゃないわよ。身分差を準じるとか言うけど、自分のメイドを大切にするのことの何がおかしいのかしら」
「お嬢様のそういう身分差を気にしないお優しい性格はとても素晴らしいところだと思います。ですが、この学校にはそういった考えを嫌う生徒も多く在籍していると思われますので・・・・」
「わかった、わかったわよ。貴方がそう言うならもうこの話は終わりにするわ。でも・・・・貴方、日に焼けたりしないの? 日射病になったりしない?」
「まだ終春の日差しですから大丈夫です。肌に関しては以前にオリヴィア先輩から貰った日焼け止めを使用しておりますので、ご心配なく」
「・・・・・何か最近、本当にオリヴィアさんと仲良いわよね、貴方」
「お嬢様もジェシカさんととっても仲が宜しいではないですか?」
「それは、そうだけど・・・・なーんか、アネットって、妙なフェロモン? みたいなの出してるから、男も女も手当たり次第で魅了しそうで不安なのよねぇ。貴方、もしかして両刀だったりするの?」
「お嬢様・・・・どこでそんなお言葉をお覚えに・・・・・」
「え? 御屋敷に帰った時、コルルシュカから教えてもらったわ。男も女もイケる人が、両刀、って言うんでしょ? 間違っているかしら?」
あんのバカメイドが・・・・・なんつー言葉をお嬢様に教えてくれてやがるんだ。
それとお嬢様、俺は断じて両刀などではありません・・・・中身は男なので普通に女性しかイケません。
「お嬢様・・・・夏季休暇中に御屋敷に帰るときは、コルルシュカさんとはあまりお話になられないようにしてください。あのメイドは・・・・教育上あまり宜しくなさそうなので」
「えー? あの子、色んな知識持っているから、お話していると結構面白いのにー---ん?」
突如歩みを止めると、ロザレナは前方へ視線を向ける。
そこには俺たちと同じく時計塔へと登校する生徒たちで溢れかえっていたが・・・・時折足を止め、チラチラとこちらを見てくる見知らぬ女生徒たちの姿があった。
またルナティエの取り巻きたちの時のように、ヒソヒソと陰口を言われているのかー---と思いきや。
三人組の女生徒はこちらに近寄ってくると、ロザレナの前で黄色い声を上げ始めた。
「お、おはようございます、ロザレナ様! 先日の
「わ、私も同じ
「彼女たちと同じく、
「は、はぁ、よろしく・・・・え、ファン? 何これどういうこと?」
そう言って困惑気に背後にいる俺に視線を送ってくるロザレナ。
俺はそんな彼女にクスリと微笑み、ロザレナのファンだと名乗る彼女たちに視線を向け、声を掛ける。
「モニカ様、ペトラ様、ルイーザ様は、先日の
「はいっ! その通りですっ! 何事にも動じずただ悠然と上段に剣を振るわれ、ルナティエ様を猛追するロザレナ様のその御姿は・・・・まるで絵物語に出てくる剣聖様みたいで、とてもかっこよかったです!!」
「そ、そそそそそうですぅ!! あ、あの時のロザレナ様は、ペ、ペトラがずっと夢見てきた想像の中の王子様そっくりで・・・・と、とても、か、かっこよかったですぅ!!! ・・・・ぐへへへへへ・・・・」
「私たち以外にも、髪を切ってイメチェンなさって、圧倒的剣の腕を見せつけた貴方のファンになった子は・・・・たくさんいるみたいですよ? フフフ、ロザレナ様のようなかっこいい女の子が、私たち
「で、ではっ、失礼致しますね、ロザレナ様!」「失礼致しますぅ、ロザレナ様ぁ!」
そう言ってロザレナのファンだと名乗る三人組の女生徒たちは、キャッキャッと騒ぎながら、時計塔の中へと走り去って行った。
そんな彼女たちの姿を目をパチパチと瞬かせて唖然と見つめるロザレナに、俺はフフッと笑いかけた。
「良かったですね、お嬢様。貴方様をお慕いになると、そう言ってくださるご学友ができて」
「ま、まだ状況がよくわかっていないけれど・・・・これって良いこと、なのかしら?」
「ええ」
そう口にし、俺は去って行った彼女たちの後ろ姿を見つめる。
ルナティエの取り巻きたちの顔は全員覚えているから分かるが・・・・あの女生徒たちはルナティエの言葉に惑わされず、ロザレナへの嫌がらせには一切加担していなかったであろう生徒だ。
そのことから鑑みて・・・・ロザレナのファンだという言葉は嘘ではなく真実、といえるかな。
ルナティエが完膚なきまでに負けたことで、彼女の陣営に付いていた生徒の勢力は間違いなく衰えていることだろう。
だから、この時点でロザレナを慕い、彼女を級長だと認める生徒が出てくることは非常に喜ばしいことだ。
「さぁ、お嬢様、
「そうね。・・・・・ルナティエの奴、ちゃんと学校に来ているのかしら?」
そう言って時計塔へと入って行く我が主の後について行き、俺も歩みを進めて行った。
第44話を読んでくださってありがとうございました!!
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続きは明日投稿する予定なので、ぜひ、読んでくださると嬉しいです!!
今週も、頑張っていきましょう!
では、皆さま、また明日! 三日月猫でした!