第43話 元剣聖のメイドのおっさん、朝から二匹の忠犬に囲まれる。
早朝午前7時。
いつものようにお嬢様のお部屋に行き、朝のご挨拶に向かうと、彼女は既に制服に袖を通しており、準備万端といった様子で俺を待ち構えていた。
俺はそんなお嬢様に微笑みを浮かべ、頭を下げる。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう! アネット! 今日からまた学校が始まるわね! ー---って、どうしたの、何だか目の下のクマが酷いみたいだけれど!?」
「見苦しい様相をお見せしてしまって申し訳ありません。昨晩は少し、物思いに更けてしまいまして・・・・」
「貴方・・・・つい一昨日に
そう言って呆れたように笑うと、ロザレナはこちらに近付き、ポンと俺の肩を叩いて来た。
「何か抱えているのだったらいつでもあたしに相談しなさいよね。といっても、どうせ貴方のことだからひとりで全部解決しちゃうのでしょうけれど」
「そんなことは・・・・私はそこまで完璧な人間ではございませんよ?」
「あのねぇ、あたしの目に映ってきた今までの貴方は、剣術も家事も何でもこなすスーパーメイドにしか見えていないのだけれど? どう見ても完璧人間でしょ」
「スーパーメイド・・・・何だか馬鹿にされているような響きです・・・・・」
「フフッ、馬鹿になんかしていないわよ。とにかく、切羽詰まった時は主人であるあたしに頼ってきなさいよね。分かった?」
そう言って彼女は手をヒラヒラとさせると、部屋から出て行った。
俺も彼女の背後に続き、朝食の場である一階の食堂へと歩みを進める。
その途中、俺は昨晩起こったある出来事を、脳裏に思い返していった。
『・・・・・私の王国での本名はオリヴィア・エル・バルトシュタイン・・・・・つまり、この学校の学園長総帥の・・・・娘、なんです』
彼女のその発言に、俺は口をポカンと開けて、唖然とせざる負えなかった。
何故なら、彼女がバルトシュタイン家の血縁者であることなど、想像の埒外のことだったからだ。
その事実に驚き、何も言葉を発することができなくなった俺に対して、オリヴィアは泣き出しそうなくぐもった声で俺の背中に話しかけてくる。
『・・・・・アネットちゃん、私のこと・・・・嫌いになりましたか?』
『そ、そんなことはありません・・・・オリヴィア先輩がバルトシュタイン家の息女だからといって、私が嫌悪感を抱く理由にはなりませんから』
『・・・・・最初はみんな、そんなことはないって、そう言ってくれるんです。でも、大抵の人はその後、私を避けるようにして自然と離れていく・・・・・。バルトシュタイン家というのは自分たちに歯向かう他家の貴族を、容赦のない手腕で陥れ、この王国を長年牛耳ってきた一族です。ですから、その末裔である私も血に飢えた騎士の子孫なのだと・・・・周囲の人々には怖がられてしまうんです』
俺が生きていた前世の頃と比べて、今のバルトシュタイン家がどう変わったのかは定かではないが・・・・どうやら彼女のその反応からして、当時俺が感じた印象とあまり変わりはなさそうだな。
王国最大の軍事力である聖騎士団を支配し、圧倒的な武力と財力によって他家を黙らせ、当主のその発言力は王家にも届きうる・・・・・王国最強にして最大の権威を誇る貴族の一族。
そして裏稼業で薬物を貧民街に蔓延させ、一族からジェネディクトという悪鬼を産み出し、闇市の勢力を拡大させた・・・・・何と言って良いのか、聖騎士とは到底思えない、マフィアのような血族の者たち。
まったく、あんな歴代血縁者全員悪人面のヤ〇ザ一家から、よくもまぁこんな善人そうな娘さんが産まれたものだぜ。
本当オリヴィアみたいな娘が産まれたの、奇跡だな、奇跡。
帝国貴族のアイスクラウンの遺伝子が勝った結果だろうな、絶対に。
俺がそう心の中で呆れたようにため息を吐いたその時、突如、背中に冷たい手が添えられた。
『アネットちゃん・・・・こちらに顔を、向けては貰えませんか? 貴方が私に恐怖していないか、その目を見せて確認させてほしいんです・・・・』
背中に触れている彼女のその手は、小刻みに震えていた。
先ほど、彼女が大浴場に姿を現し、俺が背中を向けたあの時・・・・オリヴィアが何故、俺に対して悲しそうに謝罪の言葉を述べていたのかが、その理由が今になってようやく分かった。
彼女は、人に拒否されるのを極端に恐れているのだろう。
だから、あの時、背を向けた俺に対してあんなにも悲しそうな声色で謝罪してきたんだ。
まったく、復讐に駆られるグレイレウスは幼少の頃の俺に似ていて、今度はオリヴィアの方はというと剣聖になった当初の、王国民に恐怖の目で見られることに辟易していた若い頃の俺に似ているなんてな。
この満月亭にはつくづく、過去の俺の面影がある生徒が多いような気がするぜ。
まぁ・・・・年中発情期のあのマイスの野郎だけは、生前の俺と似ている部分なんて欠片もねぇとは思うがな。
俺はそう、心の中で乾いた笑みを浮かべつつ、オリヴィアの方へと身体を振り向かせた。
なるべく、彼女の身体は見ないようにして。
『どうでしょうか、オリヴィア先輩。私の目は、貴方を恐怖しているように見えますでしょうか?』
オリヴィアは驚いたように右目を丸くさせると、頭を左右に振って、俺の瞳をまっすぐと見つめた。
『・・・・・ううん。アネットちゃんの目は出逢った頃と変わらない・・・・澄んだ綺麗な青い目で、そのままの私を見てくれている・・・・・』
そう言って口元に手を当て申し訳なさそうにクスリと笑うと、オリヴィアは続けて口を開いた。
『ごめんなさい、アネットちゃん。私、めんどくさい先輩ですよね・・・・・』
『いいえ。めんどくさいだなんて、そんなことは思いませんよ』
『昔から私って、人に嫌われ、突き放されるのを極端に恐れているんです。独りになるのがとってもとっても嫌で、弱くて、臆病な人間なんですよ、私という人間は』
『オリヴィア先輩のその気持ちは私にも凄く分かります。私も昔はよく、他人に嫌われることに辟易としていた時代がありましたから』
『アネットちゃんも、ですか?』
『ええ。ですから安心してください。同志である私は、バルトシュタイン家の血を引いていようと、けっして貴方を嫌ったりはしません。フフッ、これからも良い友人でいてくださいね、オリヴィア先輩』
『うぅぅぅ・・・・アネットちゃぁん・・・・・』
そう言って目の端を指で拭うと、彼女は満面の笑みをその顔に浮かべた。
『やっぱり、私、アネットちゃんのことが大好きです。この寮に貴方が来てくれて、本当に良かった』
『それは私も同じですよ、オリヴィア先輩。貴方がこの寮の監督生で本当に良かったと思います』
ルナティエみたいな唯我独尊高飛車お嬢様がこの寮に君臨していたらと思うと、これからの学生生活は地獄のようなものになっていただろうからな。
彼女のような人格者が、この満月亭の監督生で、心から良かったとそう思う。
『・・・・・っと、そうでした、話が大分脱線してしまいましたが・・・・相談事というのは、お見合いの件では無かったのでしょうか?』
『あっ、そ、そうでした! 私ってばすっかり・・・・』
そう言って彼女は胸に手を当て深呼吸をすると、何故か突然、神妙な表情を浮かべ始める。
そして、意を決してこちらを真剣な目で見据えると、彼女は静かに口を開いた。
『あの・・・・アネットちゃん。今からとんでもなく可笑しなことを言いますが・・・・笑わないで聞いてくださいね?』
『は、はい。何でしょうか?』
『その・・・・アネットちゃん、来週末、男装をして・・・・バルトシュタインの御屋敷に来てはくださらないでしょうか?』
『・・・・・・・・はい?』
『・・・・私の恋人役として、一緒に・・・・兄の持ってきた縁談を断って欲しいんです!』
『え、えぇ・・・・? な、なんで・・・・・?』
彼女のその言葉の内容に理解が追い付かず、俺は思わず頭を傾げてしまった。
・・・・・・・という訳で。
泣きそうな顔で懇願してきたオリヴィアのその話を俺は断り切れず、来週末、何故か男装してバルトシュタイン家に赴くことになってしまったわけだが・・・・・。
正直言って、意味が分からなかった。
何で俺が男装? マイスとかグレイレウスじゃ駄目なの?
てか、中身オッサンの似非美少女である俺が男装するとか、最早いったい俺は何なのだろうか。
自分を見ていると、性別という概念がまるで分からなくなってくるな・・・・。
「あっ、
ロザレナと共に階段を降り、一階エントランスホールに辿り着くと、そこには何故かグレイレウスが立っていた。
彼は俺の姿を視界に収めると、そのまま勢いよく90度の角度でお辞儀をし、大きく声を張り上げる。
「おはようございますっ!!!!!!! 今日も
そう言って顔を上げると、そこにはキラキラとした眩しい瞳で俺を見つめる忠犬の姿が。
思わず、尻尾振っている姿を想像してしまうくらい、グレイレウスは熱い瞳で俺のことを見つめていた。
「・・・・・あんた、一昨日から思ってたけど・・・・何なの、その豹変ぶりは・・・・」
ロザレナが彼から遠ざけるようにして俺の腕を掴み、うげぇという吐きそうな表情を浮かべ、グレイレウスに視線を送る。
そんな彼女に対してグレイレウスはというと、フンと、いつものようにクールな雰囲気を漂わせて口を開いた。
「ロザレナ。これから貴様はオレの姉弟子に当たる存在となる。共にアネット師匠を尊敬する者として、よろしく頼む」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!? 前も言ったけど、アネットの弟子はあたしひとりよ!! あんたなんかお呼びじゃないの!!!!! ・・・・・てか何であんた突然あたしを呼び捨てにしてるのよ!? 気持ち悪っ!!」
「フン。オレは実力を認めた者は名前で呼ぶ主義でな。貴様はアネット師匠の一番弟子として、見事、格上であったルナティエを剣によって叩き伏せた。もし、敗北し、アネット師匠の名を穢すようであったのなら・・・・・このオレが一番弟子を名乗らせてもらうことになっていただろう。だが、貴様は勝利した。であるのならば、このオレもお前を認めざる負えない」
「上から目線でゴチャゴチャゴチャっと~~~~っっ!!!!! 本当にムッカつく奴!!!! こんなのがアネットの弟子だとか、絶対あたしは認めないんだから!!!!!!」
「それは貴様が決めることではない。すべては・・・・・すべては、そう!! アネット
「・・・・・・・・・さぁ、朝食を食べに行きましょうかー、お嬢様ー」
「ちょ!? 待ってくださいよ
何だこいつ、何も言ってないのに勝手に納得して勝手に後ろについてきやがったぞ・・・・。
てか、俺と話すときだけ妙に明るい口調になるのなんなの?
何でジェシカみたいに語尾にビックリマーク付くようになるの?
お前が元気っ子になっても不気味だから止めて欲しいんだが・・・・。
「ぐるるるるるるる・・・・・」
ロザレナは俺の後をついてくるグレイレウスに唸り声を上げて威嚇しているし・・・・何なんだこの状況・・・・誰か助けてくれ・・・・・。
そう、心の中で疲れたため息を吐きながら、俺はロザレナとグレイレウスと共に、朝食の席へと向かって行ったのだった。
投稿、遅れてすいません!
実は、一度誤って第43話を操作ミスで全て消してしまいまして・・・・今までずっと書き直しをしていました・・・・笑
今後はこういうミスが無いように、逐一保存しながら執筆したいと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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続きは今日の夜か明日には投稿できたら良いなと思っております。
では、44話を書いて来ようと思います。
皆様、良い日曜日をお過ごし下さい。
三日月猫でした!