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第二章 第42話 元剣聖のメイドのおっさん、眼帯美少女とお風呂に入る。




「ふぅー--っ、癒されるぜ~~~・・・・・」




 深夜0時。


 満月亭の地下にある大浴場にて、俺は湯舟に浸かり、額に濡れタオルを乗せながらふぅと大きく息を吐く。


 この学校に入学してからというもの、本当に目まぐるしく時が過ぎて行った。


 入学して最初の5日間はロザレナの修行を付きっきりで手伝い、その途中にはグレイレウスに実力バレするという騒動も起こり、あとは裏で蠢くディクソンへの対処に奔走しなければならなくなったり・・・・・と、今思い返して見ても本当に心休まる暇がなかった。


 色々と気苦労が絶えない入学スタートとなったが・・・・ロザレナが大きく成長したこともあって、結果的には良かったと言えるかな。


 あと、そういえばロザレナは騎士たちの夜典(ナイト・オブ・ナイツ)の勝品としてルナティエから二人分の入学金も貰えるんだっけか??


 きっと心優しいお嬢様のことだから、別邸を売り払ってまで入学金を肩代わりしてくれた先代当主夫妻にお金を返すつもりなのだろうな・・・・本当、自分の主人ながらできた御方だぜ。


「・・・・本当、良い女だな、お嬢様は。男だった生前の若かりし頃に彼女と出逢っていたら・・・・俺は間違いなく一目で惚れ込んでいただろうことが、目に見えて想像が付くぜ」


 いや、もう、正直に言うとしようか。


 生前でなくても、今、俺は彼女にー---ロザレナに惹かれてきている。 


 これは間違いようのない事実だ。


 だが・・・・今の俺は心はオッサン、ガワは美少女の得体の知れない奇妙な生命体だ。


 まぁ、こうなって産まれてしまったものは最早仕方ないとして、流石に15年も経つとこの現実も普通に受け入れつつあるんだが・・・・・元がオッサンとして、やっぱり若い娘には絶対に手は出してはいけないと、それだけは心に誓っている。


 そこの線引きはちゃんとしないと、俺は漢としての道を、間違ってしまうと思うからな。


 ・・・・・まぁ、とは言っても、もう既に二回もキスされて、しかも俺も満更でもないとか思ってしまっている時点で色々とやらかしちまっている感はあるとは思うんだが。


 と、とにかく。


 今の俺は、女で、メイドで、お嬢様の側仕えだ。


 マグレットや旦那様と奥様たちにロザレナを任された以上、彼女をレティキュラータスの名に相応しい立派な淑女に導かなければならない。


 そう、例え同性で結ばれたとしても跡取りの子供は生まれないのだから、貴族の息女として彼女はもっとちゃんとした殿方と結ばれるべきであっー---。


「・・・・・・・何か、ロザレナが他の奴と結ばれるところを想像したらモヤモヤしてきたぞ・・・・何だ、これ・・・・・・」


 突如、今まで感じたことのない感情が胸中に渦巻いてくる。


 生前も含めて今まで生きてきた人生の中で、こんな感情を、俺は抱いたことがない。


 何なんだ、これは・・・・? 


 も、もしかして俺は、自分の想像以上に、彼女のことをそれほどまでに・・・・・?

 

 そう、首を傾げて自分自身の胸中に困惑していた、その時だった。


 大浴場の扉が勢いよく開かれー---そこから片目を髪で覆い隠した、長い黒髪の艶やかな美少女が姿を現した。



「あれ? もしかしてそこにいるのはアネットちゃんですか~?」


「!?!? オ、オオオ、オリヴィア先輩ッッッ!?!?」



 俺は咄嗟に、彼女のその肉感的な肢体から即座に視線を逸らし、さっきまで背中を付けていた壁へと顔を向け、思いっきり身体を半回転させる。


 すると、こちらのその様子を不思議に思ったのか、ペタペタとタイルを踏みながら、彼女は俺が入っている浴槽の前へと近付いて来た。


「? 急に背中を見せて、どうしたんですか? アネットちゃん~?」


「い、いいいいえ、あの、その、お、お気になさらずに!!」


「・・・・そうですか? ごめんなさい、ひとりでゆっくりしていたところをお邪魔してしまいましたね」


 そう、何処か悲しそうな気配を漂わせ、申し訳なさそうな声で俺に謝ってくるオリヴィア。


 今、身体を背けていることが、彼女にとっては拒絶していると受け取られてしまったのだろうか。


 何かすごく、気が引けてくるな。


 とは言っても、俺は中身が男だから、女性である彼女の身体をジロジロと見るわけにはいかないし・・・・。


 アネット・イークウェスの身体で女体は見慣れたからとは言っても、これとそれは別の話だ。


 今の自分の肉体的な性別が女性だとしても、やはり、元男が生身の女性の身体を勝手に見るのはいけないことだと思える。


 だから・・・・彼女がシャワーを浴びたら、即座に浴槽から逃走するとしよう。


 俺はそう決心して、湯舟へと顔を埋め、ぶくぶくと泡を立てた。


 すると、そんな俺の後ろ姿が可笑しかったのか。


 オリヴィアはクスリと笑うと、ペタペタと足音を立てて、去って行った。


 恐らく彼女は、反対側にあるシャワールームへと歩いて行ったのだろう。


 直後、やはり推測は当たりだったようで、シャーッという、シャワーの音が耳に入ってきた。


 彼女は今、確実にシャワールームにいる。


 なら後は、このまま浴室から脱兎の如く逃げ出せば良いだけだな。


 ふぅ、何とか無事にこの場を乗り越えることはできそうで一安心だぜ。


 そう、心の中で安堵の息を吐き、湯舟から上がろうと立ち上がろうとしたー---その時だった。


「えいっ!!!!」


「え?」


 突如ジャバーンと音を立てて、背後で水しぶきが上がった。


 何事かと振り返ると、そこにはー---てへへと照れ笑いを浮かべて湯舟に浸かる、オリヴィアの姿があった。


「オ、オオオ、オリヴィア先輩!? い、いったい何をなさってるんですかっ!?」


 再び彼女に背中を向けて、そう叫ぶ。


 すると彼女は優し気な声色で俺の背中に声を掛けて来た。


「アネットちゃん、すぐ上がっちゃうかなと思って、急いで身体だけ軽く流してきたんです。湯舟に飛び込んだのは・・・・監督生としてはしたなかったですよね。驚かせてごめんなさい」


「い、いえ、謝られる必要はございませんが・・・・わ、私に何か御用事でもあったのですか?」


「うん。私、どうしてもアネットちゃんに聞いてもらいたい相談事があって・・・・。その、寮の中だと、いつもアネットちゃんの周りには他の子たちがいるでしょ~? 貴方、人気者ですから~」


「そんなことは・・・・」


「ううん。貴方はこの寮に来てまだ一週間半だというのに、もう寮生のみんなにとっても好かれてる。誰もが認める、引く手あまたの大人気っぷりですよ、アネットちゃんは。勿論、貴方のことが好きなのは私も含めて、なんですけどね」


 そう言って彼女はえへへと笑い声を溢した。


 俺もそんなオリヴィアに対して、クスリと、笑い声を返す。


「オリヴィア先輩は本当に面白い方ですね。それで・・・・私に相談事というのは、いったい何でしょうか?」


 そう聞くと、彼女は先程までのほわほわした空気感を消し、神妙な気配を漂わせて、口を開いた。


「あの・・・・私、今、お見合いのお話を・・・・実家の方から受けているんですよ・・・・・」


「お見合い、ですか。まだ学生の時分で、少し、気の早いような気がしますが?」


「そう、ですよね。でも・・・・貴族(・・)の家ですと、そうも言ってられないことが多いんです。特に女性は、その・・・・家同士の外交の道具としても、使われることがありますし・・・・・」


 なるほどな。


 確かに家の格を求める上流貴族は、同じ格かそれ以上の家との関係を持つために、娘を他家に嫁がせることに躍起になるらしいからな。


 レティキュラータス伯爵のように、娘の意志を尊重して自由奔放に育てる父親というのは稀有な例と言えるか。


 だけど・・・・彼女のその発言には少し、引っかかる点があるな。


 踏み込んで良いのかどうか分からないが・・・・いや、ここは敢えて聞いてみることにしよう。


 オリヴィアの相談事の核心は、そこにあると見た。


「あの、オリヴィア先輩、失礼を承知で質問させてもらいますが・・・・オリヴィア先輩の苗字である、アイスクラウンという名前の貴族は、王国に存在しているのでしょうか? 私は今まで、その名前を聞いたことがないのですが・・・・」


「あっ・・・・・」


 そう言うと彼女は戸惑ったような声を発した。


 だが、元々それを話すつもりだったのか・・・・彼女はゴクリと唾を飲み込み、意を決した様子を漂わせる。


「あの・・・・寮生のみんなにはずっと内緒にしていたんですけど・・・・私、本名はオリヴィア・アイスクラウン、ではないんです。アイスクラウンは、帝国貴族の母の苗字なんです」


「え? そ、それはどういう・・・・?」


「・・・・・私の王国での本名はオリヴィア・エル・バルトシュタイン・・・・・つまり、この学園長総帥の・・・・娘、なんです」


 その衝撃の言葉に、俺は口を開けて唖然とせざるを得なかった。

聖騎士養成学校編 第ニ章、始まりです。

続きはもう少しで完成するので、今日か明日には投稿したいと思います。


ここまで読んでくださって本当に本当にありがとうございました。


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三日月猫でした! では、また!


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