幕間 聖騎士団長の思惑
「・・・・・・・ほう? レティキュラータスの息女は勝ったのか。それは意外だったな」
そう言って、豪奢な椅子に腰かけている壮年の男ー---この学園の総帥であるゴーヴェン・ウォルツ・バルトシュタインは、目に通していた資料をパサリと、机の上へ放り投げた。
そして、腕を組むと、目の前に立っている翡翠色の髪の女性へと視線を向ける。
「新入生にこの学校で敗北することはどういうことなのかを教えるために、敢えて剣の素人であるロザレナ・ウェス・レティキュラータスを級長の座に据えたというのに・・・・まさかフランシアの小娘が敗けることになろうとはな。いやはや、剣というものは段位だけでは測れない、不可思議なものだといえるな。君もそうは思わないかね? リーゼロッテ特務教官殿?」
その発言に、リーゼロッテと呼ばれた若い風貌をした女性は眼鏡のブリッジを上げると、静かに口を開く。
「・・・・・途中までは総帥の想像通りに事は運んでいたのではないのですか? ロザレナを級長に据えた結果、ルナティエは激怒し、彼女に対して決闘を申し込んだのですから。ここまではゴーヴェン様の筋書き通りだったのですよね?」
「あぁ。その通りだ。だが・・・・私の想定では、この学校から去るべきはレティキュラータスの娘のはずであった。それなのに、フランシアの娘が『敗者』の烙印を押されることになろうとはな・・・・・フフフフ、レティキュラータスに敗北したこの結果には、流石のフランシア伯も怒り狂ってこの学校に突撃してくるやもしれんな。自分の血筋は総じて天才などと思っているプライドの高い一族程、面倒なことこの上ない」
「バルトシュタイン家に楯突くほどの力が、フランシア家にあるとは思えませんが?」
「君の言う通りだ。奴にできるのはせいぜい、この私に対してネチネチとした嫌味を言ってくるくらいのものだろう。レティキュラータスのように我が家に真っ向から歯向かって、四大騎士公会議での発言権を失いたくはないだろうからな、あの阿呆は」
そう言ってフフフと愉快気に嗤うと、ゴーヴェンは椅子の背もたれに背中を預け、目を伏せる。
「フランシアなど、私にとってはどうでも良い、些末な問題だ。別段、気にするべくもない」
「では、今日私をここに呼び出したのは、別件のことでしょうか?」
「話が早くて助かる。今、私にはある疑念があってな。それを君に払拭してもらいたいのだ」
「疑念、ですか・・・・? それはいったい・・・・?」
「君は、オフィアーヌ家のことはどこまで知っているかね?」
「オフィアーヌ家、ですか? 彼らは四大騎士公の一角で、代々王家の宝物庫を守衛する騎士公爵家であり、その血族の者は皆、魔法の才に恵まれた一族であることくらいしか存じ上げておりませんが・・・・・」
「今のオフィアーヌ家が、分家筋の者で構築されていることは知っているか?」
「それは・・・・はい。ゴーヴェン様が直々に指揮を執られたあの『フィアレンス事変』は、この国ではあまりにも有名な話ですから」
「では、大体の内容は省くが・・・・・君も知っての通り、15年前、私は王家からの直属の指令で聖騎士団を率い、先代オフィアーヌの本家一族を皆殺しにした。彼らは表向き国家反逆罪として処罰されたが、その真実は違う。先代オフィアーヌ当主は、王家の宝物庫で、けっして見てはいけないものを見てしまったのだ。だから、王家から抹消された」
「み、見てはいけないもの、ですか・・・・・そ、それは、いったい・・・・・?」
「悪いが、これを聞けば君もその抹消対象となり得る。私も優秀な部下を失いたくはないのでね。深く聞かないでくれるとありがたい」
「は、はい、わかりました・・・・・」
その言葉にゴクリと唾を飲み込むと、リーゼロッテは一呼吸挟み、顎に手を当て考え込む仕草をする。
そして何かに思い当たったのか、ハッとした表情を浮かべ、口を開いた。
「疑念・・・・その話から察するに、もしや・・・・先代オフィアーヌ家の生き残りがいる、と? そう仰りたいのですか? 総帥殿は」
「フフフ・・・・私の言いたいことを先んじて口に出してくれるとは、君は賢くて助かるよ。流石は聖騎士団元副団長殿だ」
「い、いえ、勿体ない御言葉です」
ゴーヴェンは席を立つと、窓から学区内を照らし始めた朝焼けの空を見つめる。
そして、神妙な顔をしてポツリと、言葉を呟き出した。
「・・・・・・あくまでも可能性の話だがな。まだ確証は持てないが・・・・・あの、私を最も苦しめた賢しい男によく似た瞳の生徒を、私は先日の入学式で目にしたのでな。それが少し、気にかかっている」
「その生徒、とは? いったい誰のことでしょうー----」
そう、彼女がゴーヴェンに問いを投げた、その直後。
学園長室の扉が勢いよく開かれ、室内に背の低い
彼女は慌てた様子でゴーヴェンの前に立つと、ビシッと、額に手を当て敬礼をする。
「お、遅れて申し訳ございませんでした、総帥殿!! ルグニャータ・ガルフル、ここに馳せ参じましたでございますですニャ!!!!!!!!」
そう叫ぶルグニャータに、翡翠色の髪の女教師、リーゼロッテは呆れたような表情で背後を振り向き、彼女に対して声を掛けた。
「ルグニャータ先生・・・・・部屋の中に入る時はノックをしなさいと、あれほど言ったではありませんか・・・・・」
「ひぅっ!? あ、あれ、リズ・・・・じゃなかった、リーゼロッテ特務教官殿が何故ここに!? はっ! も、もしかしてこれ、わ、私、教師辞めさせられるとか、そういうことですかこの呼び出しはぁっ!? ひぃぃぃぃぃ!!!! 靴でも何でも舐めますから辞めさせないでくださいぃぃぃぃぃ!!!! お酒も辞めますからニャァァァァァッッッ!!!!!」
「落ち着きたまえ。そういうことではない、ルグニャータくん。私はただ、君にある生徒のことについて尋ねてみたかっただけなのだ」
「総帥殿? ある生徒、ですか? それはいったい・・・・・?」
「君のクラスにいる、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスの使用人としてこの学園に入学した・・・・アネット・イークウェスのことだ。私は彼女のことをもっと良く知りたいと思ってな。いったいどんな生徒なのか、教えてくれるかね?」
「アネットさん、ですか? どんな生徒と言われても・・・・至って普通の生徒だと思いますよ? 剣の稽古も特に目立った成績は残していませんし、魔法の才能もこれといって無いみたいですし、交友関係も・・・・・主人のロザレナさんと、同じ寮生の子たちとしかお話しないみたいですし・・・・・パッと思いつくような問題点は何もないかと」
「ふむ。そうか。ありがとう、ルグニャータくん。引き続き、一期生
「? あの、アネットさんが何か・・・・?」
「ルグニャータ先生、総帥殿は学園の統括と聖騎士団長としての任務で非常に多忙な御方です。ですから即座に学園長室から退出するように。良いですね?」
「ふぎゃぁっっ!? は、はい、特務教官殿!! し、失礼いたしますニャ!!!!!!」
リーゼロッテに睨まれたルグニャータは、そう言って勢いよく学園長室から出て行くのであった。
そんな彼女の去った後の扉を見つめ、リーゼロッテは呆れたような、だけど少し優し気な表情を浮かべながら微笑みを浮かべた。
「まったく・・・・あの子は学生の時から変わらないのだから・・・・・」
「リーゼロッテくん、今年の一期生の学級対抗戦は・・・・君が受け持つ
「・・・・よろしいのですか?
「構わん。私は、あの少女の真価を計りたいのだ。もし、私の予想通りに正当なるオフィアーヌの末裔であり、加えてあの男の賢しさを受け継いでいることが分かれば・・・・・バルトシュタイン家を揺るがす大きな敵になるやもしれない。その時は・・・・この私の手で屠らねばならないからな」
「了解致しました。では私は、学級対抗戦の間、アネット・イークウェスの監視をすれば宜しいのですね?」
「あぁ、頼む。・・・・フフフ、オフィアーヌ、か。あの男・・・・先代当主のように、彼女も私を楽しませてくれる逸材であれば、嬉しいことこの上ないのだがな・・・・」
そう言ってルドヴィクス・ガーデン聖騎士養成学校の学園長総帥は、フフフフと、窓を見つめながら不気味な笑い声を上げたのだった。
次回から第二章の始まりです!
この第二章から、アネットの出自の秘密を描ければ良いなと、思っています。
三部構成で完結しようと思っていますので、お付き合いの程、よろしくお願いいたします。
いいね、評価、ブクマ、本当に本当に執筆の励みになっています。
続きは今日の夜に、投稿できれば良いなと思っています!!
ではでは、今から第42話を書いてきたいと思います!!
三日月猫でした! では、また!