第41話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様の一挙手一投足にドギマギする。
倒れ伏すルナティエを、あたしは静かに見下ろす。
彼女は白目を剥き、口から涎を垂らしていてー---どう見ても気を失っている様子だった。
もしかしたら、あたしの放った全力の唐竹によって、軽い脳震盪を起こしているのかもしれない。
少し、やりすぎてしまったかと後悔したが・・・・・胸が動いていていることからちゃんと呼吸していることが確認できたので、死んだわけではなさそうなのでひとまずは一安心かな。
あたしは安堵の息を吐きつつ、ルナティエから視線を外し、見届け人の男へと視線を向ける。
「ねぇ。これ、あたしの勝ちってことで良いのよね?」
「はっー----はいっ!! こ、今宵の
そう会場に向けて見届け人の騎士は叫ぶが、会場に鳴り響くのは、控えめに叩かれた微かな拍手の音だけだった。
観客席を見渡してみると、皆、一様にして口をポカンと開き、唖然とししている様子が見て取れる。
まぁ、あたしは剣の腕も無いド素人なんだから、そんな奴が高名なフランシア家の息女であるルナティエを無傷で倒しちゃったら、そうなるのも無理はないのかしらね。
でも、最初はあれだけあたしのことを馬鹿にするような野次を飛ばしていたくせに、あたしが勝った途端口を噤むだなんて・・・・・本当、腹の立つ奴らだわ。
ムカツクから、文句のひとつでも言ってやろうかしら??
そう、あたしはそんな観客席に呆れた視線を向けながら、何か言ってやろうかと口を開きかけた時。
突如あたしの耳に、聞きなれた声が届いて来た。
「ロザレナちゃーんっっっ!! おめでとぉー----っっっっ!!!! とってもとってもかっこよかったですよぉ--っっっ!!!!!!!!」
「はっはっはー!! やるではないか、レティキュラータスの姫君!! 流石は我が愛しのメイドの姫君の主君だと、このマイスが褒めてやるとしよう!!!!!」
声がする方へ視線を向けてみると、その席にはスタンディングオベーションをするオリヴィアとマイスの姿があった。
周りが誰一人歓声を上げない中、率先してあたしの勝利に喜声を上げてくれるなんて・・・・彼女たちの姿のおかげで、少しだけ、ムカムカとしていた心が晴れやかになってくる。
満月亭の寮に入って良かったと、あたしは今、心から思うことができた。
何故なら・・・・癖は強いけれど、心根が優しい良い先輩たちに巡り合うことができたからだ。
あたしは二人に向けて大きく手を振って、叫ぶ。
「あたし、やったわ!!!!! 勝てたわー--っっっ!!!!!」
そこにアネットの姿が無かったことは残念だったけれど、それは嘆いても仕方ないこと。
だってアネットはきっと、あたしがルナティエと戦っている間、別の場所で彼女の配下と戦っていたと思うから。
あたしたちは離れた場所で、お互いを想って剣を振っていた。
それさえ分かっていれば、この場に彼女が居なくても、構わない。
・・・・・・・でも。
「ー----でも、あたしの勝利した瞬間は、1番に、アネットに見てもらいたかったかな」
誰よりも愛しい人であり、誰よりも尊敬している剣士である彼女には、あたしのすべてを見ていて欲しい。
今更だけど、やっぱりあたしって、アネットのことが大大大大好きなんだなって、改めて再確認したわ。
いや、今はもう、子供の頃よりももっともっと彼女のことが好きで好きで好きでたまらなくなっているかもしれないわね。
昔は、女の子同士だからって、色々と逡巡したこともあったけれど・・・・今はそんな性別の壁なんて何とも思わない。
彼女との愛の形をちゃんと示せるのなら、同性婚が認められている帝国にでも移住してしまおうかしら?
フフッ、なんて、ね。今はあたしもアネットもこの学校でたくさんたくさんやることが残っている。
だから・・・・・あたしが彼女にプロポーズするのは当分先のことかしら、ね。
「本当、アネットは困った子ね。このあたしをどんどん惚れさせてくれるんだから・・・・」
そう呟いた後、『八百長なんじゃないか!?』とか『レティキュラータスの名を騙った他の候補生なのでは!?』とか、失礼なことを叫んでざわめきだした観客席に向けて、あたしは不敵な笑みを浮かべる。
この勝利はー----あたしたち主従が共に掴み取った、この学校での最初の第一歩となる始まりのプロローグだ。
二人だったからこそ成し遂げられた勝利・・・・・レティキュラータス家の人間であるあたしたちが掴み取った、お家復興の栄えある第一歩目。
あたし一人じゃ、きっとこうは上手くいかなかっただろう。
幼少の頃から変わらない、あの子はあたしの背中をずっと支えてくれている。
アネット、やっぱりあたし、貴方とこの学校に入れて、本当に良かっ・・・・・たわ・・・・。
「愛しているわ・・・・アネッ・・・・ト・・・・・・」
そしてあたしは疲労がピークに達したのか、足に力が入らなくなり、前のめりに倒れていく。
その後、地面に横たわると、徐々に瞼が閉じていきー---あたしはそのまま静かに眠りについていった。
最期に脳裏に過ったのは、見慣れた栗毛色のメイドの少女の姿。
「よく頑張りましたね」とポンポンと頭を撫でてくれる彼女のことを思い浮かべながら、意識は途切れて行った。
「・・・・・・・・・・・んん? あれ? 何であたし自分の部屋にいるのぉ? 確か、空宙庭園に居たんじゃ・・・・・って、気絶したんだっけ、あたし・・・・・」
「お目覚めになりましたか? お嬢様」
「アネットぉ・・・・・?」
窓から差し込む朝陽に目を細めながら、あたしはベッドから起き上がる。
するとそこには、優し気な微笑みを浮かべながらあたしを見つめている、アネットの姿があった。
アネットはあたしの手をギュッと握ると、椅子の上からフフッと笑い声を溢し、首を傾げて笑った。
「どうしたのですか? そんなに呆けたお顔をなさって。綺麗なお顔が台無しですよ?」
「アネット・・・・もしかして、ずっと、側に居てくれたの? あたしが起きるまで」
「はい。昨晩から今朝に至るまで、ずっとお傍で待機しておりました」
「そんな・・・・・だって、貴方も疲れていたはずでしょ? 夕べはあたしの決闘の裏で、色々と画策していたんだと思うし・・・・あたしはただ疲労で気絶していただけなのだから、その、放っておいて寝ていても良かったのよ?」
「フフフッ、お嬢様。どこの世界に主人を放っておいて眠るメイドがいるというのですか?」
「ほ、他の主人とメイドの関係はそうなのかもしれないけれど、でも、あたしは貴方のことは・・・・ただの使用人だなんて思っていないわけで・・・・・」
「納得がいかないようでしたら・・・・そうですね。これは、私からの恩返し、ということで受け入れてはくださらないでしょうか? お嬢様」
「恩返し?」
「はい。幼少の頃・・・・・奴隷商団から御屋敷に戻った時、お嬢様は気を失った私をずっと看病してくださっていました。私は、あのことに今でも深く感謝しているのです。私を怖がらずにずっと側に居て手を握ってくださっていた、お嬢様のお優しいあの御姿は・・・・今でも忘れることはできません」
「怖がる? 何を言っているの? あたしが貴方を怖がるわけがないでしょ?」
「フフフッ、そうですね。お嬢様は何があっても私を忌み嫌ったりはしない・・・・私はこの五日間の特訓で、再びそれを再確認致しました。本当に・・・・本当に、お優しい方です、ロザレナ様は」
そう言ってギュッと手を強く握ると、アネットは瞳を潤ませてあたしを見つめた。
彼女の過去にいったい何があったのかは、あたしは何も知らない。
でも・・・・アネットが、たくさんの心無い人たちに傷付けられてきたんだということは、何となく察することができる。
あたしは泣きそうな顔をしているアネットを優しく抱きしめ、その頭を優しくポンポンと撫でた。
「お嬢、様・・・・?」
困惑気な声を溢すアネットに、あたしはフフッと笑みを溢す。
「本当は、
「あ、その、申し訳ございません、お嬢様。
「もうっ! 今それ言ったらあたしに言わされて無理矢理言ったみたいじゃない! というか、何よりも言うのが遅すぎるわよ!! 普通、目覚めて開口一番にそれを言うところでしょう!?」
「も、申し訳ございません。お嬢様が勝利なされるのは、その、当然のことだと、私は思っていたもので・・・・」
「あたしに口答えするなんて、相変わらず生意気なメイドね。・・・・・フフッ、でも、今日はその泣きそうな顔に免じて、許してあげる」
そう言ってあたしはアネットの顔と自分の顔を向かい会わせて、その青い瞳をまっすぐと見つめる。
頬を真っ赤にさせて、キスされるんじゃないかと慌てふためいているアネットの姿は、本当にずっと見つめていたいくらい愛おしくてたまらない。
このままアネットのご希望通りにキスしてしまっても良いけれど・・・・今は、彼女に言っておかなければならないことがある。
あたしは口元に手を当てコホンと咳払いをすると、真剣な眼差しでアネットの顔を見つめた。
「良い、アネット。あたしは貴方の過去に何があったのかは聞かないわ。でも・・・・
その言葉に、驚いて目を見開くアネット。
その顔に、あたしはそっと顔を近づけていく。
彼女の心の傷が、あたしとの触れあいで癒されてくれるのなら・・・・そう思って、キスしようとした-------その瞬間。
部屋の扉が豪快に開け放たれ、外から邪魔者がやってきた。
「はっはっはー! レティキュラータスの姫君! 気分はいかがかね!? このマイスが・・・・メイドの姫君に会うために(ボソッ)・・・・・見舞いにやってきてやったぞ!!!! 早朝の商店街通りで購入してきた果物の詰め合わせだ!!!! 感謝して食べると良い!!!!!!」
「ちょ、ちょっとマイスくん!!!! 四階は一期生の女子寮になってるんですから!!!! 勝手に入らないようにってあれほど言ったでしょ-------あっ、ロザレナちゃん!! 目が覚めたんですね!! 良かった~、本当、急に倒れちゃうから心配したんですよ~??」
「ロザレナ、目覚めたのっ!? ねぇねぇ聞いてよロザレナー!! グレイレウス先輩、昨日酷かったんだよー? 私のお友達のガルゴくんを手刀で気絶させて、そのまま彼を抱えてどっか行っちゃったんだからー!!!! 極悪非道だよ、この男!!!!」
「フン・・・・アホ女が。貴様を守ってやったというのに何度説明しても理解しないとは、愚かさここに極まれり、だな・・・・。ー----そんなことよりも!! おはようございます、アネット
「・・・・は? な、何だねグレイ、その敬語は・・・・気色が悪いぞ?」
「フン。貴様のような年中女の尻を追いかけている色情狂に気持ちが悪いなどとは、言われたくはないな。それと、貴様、そろそろ我が師に言い寄るのは止めてもらおうか。この御方はお前程度の人間が気安く話しかけて良い人ではない。分を弁えろ、下郎」
「ほほう、この俺とメイドの姫君を取り合って本気で殺し合うと、そう言いたいのかね? グレイ。ふむ、良い覚悟ではないか。剣を持って表に出たまえ」
「望むところだ。我が師の道を阻む虫は、このオレが成敗してくれる」
「あ、あらら、行っちゃった・・・・・グ、グレイくんもアネットちゃんのことが好きになったんですかね・・・・? モ、モテモテですね~、アネットちゃんは~」
「男にモテたくは・・・・なかったです・・・・・」
そう言って絶望した表情をするアネットの耳元で、あたしは誰にも聞こえないように小さく呟く。
「あら? 女のあたしにモテるのは構わない、と、それはそういうこととして受け取っても良いのかしら?」
「なッー----ー---」
顔を離し、頬を真っ赤にして口をパクパクとさせているアネットを見つめ、あたしはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
今はまだ、彼女はあたしのことを恋愛的な意味で好きなのではないのかもしれないけれど・・・・でも、いつの日にか必ず、あたしにゾッコンにさせてみせるんだから。
マイスにもグレイレウスにも、そして弟のルイスにも絶対に渡しはしない。
アネットは、あたしのものなんだからっ!!
第41話を読んでくださって、ありがとうございました。
聖騎士養成学校編の最初の章は、これにて終了となります。
次回から新しい章を始めたいと思いますので、これからもお付き合いの程、よろしくお願いします。
続きは今日の夜か明日、投稿する予定です。
皆様、今週もお疲れ様でした。
良い休日をお過ごし下さい。
三日月猫でした! では、また!