第38話 元剣聖のメイドのおっさん、人質になる。
「レティキュラータス家の使者というのは・・・・貴方ですか?」
満月亭の前へと辿り着くと、玄関口前にある階段に、ひとりの男が座っていた。
彼は俺の姿を確認すると、所々欠けた歯で笑みを浮かべ「ヒヒヒ」と声を上げ、灰色のローブの中から瘦せこけた顔を見せてくる。
「お前が、アネット・イークウェス、だな?」
「ええ、そうですが。貴方は・・・・? 満月亭にいるということは、貴方がレティキュラータス家の使者なのですよね? 旦那様から何か言伝を頼まれて、ここに来たのでしょうか?」
「使者、使者ねぇ・・・・ヒヒヒッ! 悪いが・・・・それはオメェを嵌めるための罠さ!」
「え? 罠?」
「ヒャハハハハハハッ! 自分が騙されていることなんて気付かずにこの場にのこのことやってくるなんて、まったくもってマヌケなメイドだな! ー---なぁ、ロイドの旦那!! こいつがお嬢様ご指名の獲物で良いんだよなぁ!!!!」
ローブの男がそう、俺に後ろに視線を向けて叫ぶと・・・・ザッザッと足音を立てながら、その人物は背後から現れた。
「ディクソンさん・・・・?」
「よう、メイドの嬢ちゃん、模擬戦の時以来だな」
彼はそう言ってまるで仲の良い友人に会うかのように、よっ、と、手を上げて爽やかな笑みを向けてくる。
そしてその後、ボリボリと後頭部を掻くと、申し訳なさそうな表情をして口を開いた。
「悪いが、『レティキュラータス家の使者がお前さんを探している』、なんて言うのは全部お前さんをここにおびき寄せるためのデタラメだ。すまねぇな」
「私をここにおびき寄せる・・・・? い、いったい、それはどういうことなのでしょうか!?」
「お前さんは、レティキュラータス家のお嬢ちゃんの精神的支柱の最たる人物だ。そんなことは、ここ5日間観察していれば誰だって分かることだからな。何たってあのお嬢様は、四六時中、お前さんのことを目で追っていたんだ。まるで主従の関係を越えた関係にいるかのように、俺の目には映っていたぜ?」
そうしてハハハと乾いた笑い声を溢した後、ディクソンは一呼吸挟み、鞘から剣を抜き放つ。
そしてその剣をまっすぐ俺の喉元へと差し向けると、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「だから・・・・うちのお嬢は万が一の布石として、お前さんを人質として手中に収める策略を思いついた。そういうワケなんで、怪我したくなかったら大人しく俺についてきてくれるよな? メイドの嬢ちゃん?」
「・・・・・・・・・・・私の身の安全の保障と共に、お嬢様に試合を棄権するよう、脅迫を掛けるおつもりなのですか?」
「そういうこった。理解が早くて助かるぜ」
背後にいたローブの男も階段から立ち上がり、「ヒヒヒ」と笑いながらこちらににじり寄ってくる。
前後を大の男に挟まれ、首に剣先を突き付けられた俺は、「ひぅ」と、か細い恐怖の声を溢す
この場でこいつらと戦うことは簡単だが・・・・満月亭の前では今誰がここを通りかかるのかも定かではない。
故に、わざわざ人気の無い場所へとご招待してくださるのなら・・・・その誘いに有難く乗ることにしよう。
俺はそのまま、現状に怯え、恭順する意志を素直に見せることしかできないか弱いメイドの少女を演じていく。
「わ、わかりました・・・・・。す、素直に言うことを聞きますから、ど、どうか、酷いことはしないでください・・・・っ!!」
胸の辺りで手首を握り、目を潤ませ、俺はディクソンにそう懇願した。
するとこちらのその様子に、彼はふぅと安堵の息を吐き、剣を腰の鞘へと仕舞った。
「そうか、良かった良かった。この前の
「ロイドの旦那、このメイドの女は例の倉庫に連れて行けば良いんスかね?」
「あぁ、手筈通りに頼む。・・・・あと、今の俺はロイドじゃない、ディクソンだ。間違えるな」
「へい、すいやせん」
そう謝まると、痩せた男はロープを取り出し、俺の腕を背中越しに拘束し始めた。
そんなこちらの姿を確認すると、ディクソンは自身の後頭部をポンポンと撫で、疲れた表情を浮かべる。
「さて・・・・後は、もう一人の嬢ちゃんの方だが・・・・ガルゴの野郎は無事に事を済ませられているのかねぇ。小娘とはいえども、あのガキは『剣神』の孫だからな。少々、心配ではあるな」
「『剣神』の孫・・・・? そ、それは、もしかしてっ!?!?」
「あぁ、お前さんの想像の通りさ。レティキュラータスのお嬢様の精神的支柱、それはお前さんが一番大きな存在なのだろうが・・・・もう一人、あの嬢ちゃんにとって大事な存在というのがいるだろ? ここ最近で出来た、新しい友人という奴が、な」
「ジェシカさんを・・・・ジェシカさんをどうするつもりなのですか!? 貴方は!?」
「どうもしねぇさ。ただ、お前さんと同じ、人質のカードになってもらうだけの話だ。・・・・おい、連れて行け」
「へい」
そうして、俺はディクソンの配下に連れられ、暗闇の中に連行されていった。
後はグレイレウスが上手くやってくれることを、祈るばかりだな。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!」
あたしは再び跳躍し、大上段のから剣を振り降ろし、『唐竹』をルナティエへと放っていく。
ルナティエはその一撃を後方へと飛ぶことで寸前で回避するが・・・・あたしが地面に叩きつけた木剣から砂埃が舞い上がってしまったため、彼女は空中に舞ったその砂を大量に吸い込んでしまったようだった。
ゲホゲホと涙目になって咳き込むルナティエ。
その隙だらけの頭部に向けて、あたしは再度大上段に剣を構えて、力いっぱいに剣を振り降ろしていく。
「ちょ、ちょっと、ま、待ちなさー----」
またしても寸前で防がれ、交差する木剣。
その向こう側で、ルナティエは動揺した顔で、あたしを睨みつけた。
「あ、貴方は、獣か何かですかッ!? こ、こんな、猪突猛進にただ剣を振って叩きつけるような戦いは、けっして騎士の決闘ではー----」
「このままでは、ダメだわッッッ!!!!!!」
「は?」
「貴方にこんな簡単に防がれているようでは、ここで貴方を越えられないようじゃ、あたしはここで潰える未来しかないッ!!!!! このままでは、
あたしは大上段に構え、続けてガンガンと、木剣をルナティエの剣へと連続して叩きつけていく。
反撃の隙など、与えはしない。
あたしにできることは、ただ大上段に剣を構え、相手の脳天を狙って撃ち抜く。ただそれだけだ。
剣を振る時、いつも脳裏に浮かぶのは今も昔も変わらず、あの時のー---世界のすべてを斬り裂いてみせたアネットの後ろ姿。
揺れる長い栗毛色の髪の毛。
まっすぐと前を見据える、澄んだ青い瞳。
まるで神話の英雄のように威風堂々と佇む少女のその姿を、あたしは今でも忘れることができない。
あんな風に自分もなりたいと、そう思ったからこそ、あたしは今まで5年間『唐竹』の素振りを行ってきたんだ。
彼女の見る景色に少しでも近づきたくて、そして彼女に守られるばかりではなく、その隣に立てる自分になりたくて。
あたしは、アネット・イークウェスという名の剣士に、憧れを抱いた。
「ー-----だからッ!!!!!!!!!」
だからこそ、こんなところで止まってなどはいられない!!!!
もっと速く、もっと強く、剣を研ぎ澄ませろ、剣を研ぎ澄ませろ!!!!
目の前の踏破すべき敵を討ち倒すために、全身全霊の力を込め、剣を振り降ろせ!!!!!
彼女のあの背中にいつか追い付くために、ここで道を切り開くんだ!!!
あたしはいつか必ず『剣聖』になる、だから、こんなところで足踏みなどしていられるか!!!!!!
「・・・・・んのッ、調子に乗ってんじゃありませんわよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
上段に剣を構えたその隙を見計らって、ルナティエは突如屈むと、あたしの右脚に足払いを掛けてくる。
軸足に放たれたその蹴りに耐え切れず、転びはしなかったものの、あたしは思わず態勢を崩してしまった。
その光景を見て、ルナティエは笑みを浮かべるとー----呆然と腕を上げているだけのあたしの顎に目掛け、容赦なく剣を突いてきた。
「おマヌケさん! 確かに威力は凄まじいものがあったみたいですけれど、だからといって上段の隙をカバーできると思ったら大間違いですわ!!!!!」
獲物に向かって飛びつく蛇のような剣閃を描くその木剣の切っ先は、あたしの喉笛に噛みつこうと迫ってくる。
だけど、この
あたしは向かってくる剣に向かって、恐れずに一歩、足を踏み出し前へと出る。
そして、向かってくる蛇を、軽く身体を逸らすことで寸前で回避してみせた。
「・・・・・・・は?」
呆けたように前へ剣を突き出したまま、固まるルナティエ。
あたしはすれ違い様にそんな彼女のガラ空きの背中に目掛けてー--振り上げていた腕を降ろし、そのまま容赦なく剣を叩き込んだ。
「ぐふぁッッッ!!!!!!!!!!!!」
そして、ルナティエは地面へと叩きつけられ、口から血を吐き出す。
そんな倒れ伏す彼女に向かって、あたしは距離を取り、すぐさま上段の構えを取る。
立ち上がったその瞬間、いつでも『唐竹』をその脳天に叩きこめるように、戦闘態勢を整えた。
「見届け人さん、カウントはまだかしら?」
「あー---、10! 9! 8! 7ー-----」
あたしのその言葉に、唖然とした表情を浮かべていた見届け人は、慌ててカウントを取り始める。
彼女が今の一撃で剣を手放してくれているのなら、あたしの勝ちは確定していたのだが・・・・生憎、ルナティエはまだその手に剣を持ったままだ。
まだ、戦いは、終わってはいない。
「・・・・・痛ッッ!! よ、よくも、よくもやってくれましたわねッッッ!!!!!」
そう口にして、10カウントが数えられるギリギリにルナティエは立ち上がる。
その顔は先程の一撃で大きくダメージを受けたのか苦悶に歪んでおり、未だにあたしに一太刀も与えられていないことに、苛立った様子を見せていた。
あたしはそんな彼女に、そのまま上段からの一撃を再度、叩きつけていく。
「ちょー---ちょっと!!!! だ、だから、待ちなさー----」
「何故、貴方の言うことをあたしが聞かないといけないのかしら!?」
またしても、再び交わる木剣。
その向こう側にいる彼女は、先ほどとは打って変わり、怯えた表情に変わっていた。
「あ、貴方、ほ、本当に素人なんですの!? いったい何なんですの、その絶大な威力が宿る『唐竹』と、わたくしの刺突を躱せるその俊敏性はッ!?」
「・・・・・折れろ」
「は?」
「折れろ!! 折れろ!! 折れろ!!」
あたしはただ死に物狂いで連続して唐竹を放ち、ルナティエの剣を叩きつけていく。
そんなこちらの様子に、ルナティエは引き攣った笑みを浮かべた。
「ま、まさか、こちらの木剣を壊そうと・・・・・・!?」
「折れろ!! 折れろ!! 折れろ!! 折れろ!! 折れろ!! 折れろ!! 折れろ!! 折れろ!!」
「くー---狂ってるんじゃありませんの!?!? 貴方!?!?!? その瞳孔の開いた目ッッッ!! まるで血に飢えた獣のようですわッッッ!!!!!!」
そんな彼女の言葉など、聞く耳も持たずに。
あたしはただ、無我夢中に剣を叩きつけていく。
その光景に、ルナティエは慌てたように声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!!!! あ、貴方、このままあたしに剣を振り続けたらー---大事な人が酷い目に遭うことになりますわよ!!!!!!」
「・・・・・・・何ですって?」
剣を止め、あたしが漏らした驚愕のその声に、ルナティエは不気味な笑みを浮かべたのだった。
読んでくださってありがとうございました!
続きは今日の夜か明日、投稿する予定です。
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また次回も読んでくれると嬉しいです。
もうすぐ12月だということに驚きを隠せない、三日月猫でした! では、また!