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第34話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様の成長に後方腕組みおじさんになる。



 なぁ、おい、俺よ・・・・お前はいったい何してくれちゃってんだ?


 いや、グレイレウスが昔の自分に似ていてほっとけなかったってのは分かるぜ?


 ああいう、復讐に駆られて剣だけを振り続けている奴は、総じて盲目的になっていやがるからな。


 亡くなった姉を求め、過去に囚われているのは・・・・いつかのガキの頃の俺を見ているようで、どうにも手を差し伸べたくはなる。


 そう、その気持ちはアーノイック・ブルシュトロームとしてはごく自然のものだから、奴との対話を試みた点は別段悔やむことは無い。


 俺が今、もっとも後悔すべき点は・・・・あの場で俺が取ったある行動についてだ。


「なぁ、おい・・・・・・・・何で俺、膝枕とかしちゃってんの?」


 よくよく思い返すと、アレ、おかしくね?


 だって俺、おっさんなわけよ? 何で傷薬塗るのに自然と膝枕とかしちゃってるわけ?


 またあれか? ルイスの時に発症した謎の母性本能(笑)が発動して自然とああいう行動取っちゃったのか??


 髭面のムキムキのおっさんが「動かないでください」とか言ってグレイレウスの頬に手を当てて膝枕する姿を想像してみろよ、オイ・・・・・。


 うぷっ・・・・考えてみたら吐き気がしてきた・・・・・何つー行動取っていやがるんだ、俺は・・・・。


 ・・・・・・良いか、アーノイック・ブルシュトローム。


 ナイスバディの美少女に転生しても、お前の中身はあのムキムキの親父なんだからな??


 分かってる? そこのところ? ちゃんと分かってる?



「はぁ・・・・・。どうなってんだ、俺は・・・・・まさか、本当に心まで女化してきてるんじゃ・・・」


「ちょっと! アネット! 聞いているの!?」


「は、はい!! な、何でしょうか、お嬢様!」



 深夜。


 いつもの修練場で、これからロザレナと稽古を始めようと思っていたんだが・・・・今日は、この場に、俺たち以外のもうひとりの存在があった。


 そう、それは・・・・今日の昼間、俺が右ストレートをブチ込んでしまった男・・・・グレイレウスだ。


 事前にもろもろの事情を話してはいるものの、ロザレナはまだこの状況を受け入れ辛いのか、肩を怒らせながら彼に向かって人差し指を突き付ける。


 そして俺に鋭い目を向けると、大きく口を開いた。


「アネットの実力がこの男にバレちゃったのは、理解したわ。でも・・・・何であたしとアネットの修行の時間に、こいつがここにいるのよ!! せっかくの二人きりの時間なのに!! 邪魔者も良いところだわ!!」


「いえ、その、何と言いますか・・・・私とお嬢様の修行を、どうやら見学したいみたいで・・・・」


「見学ですってぇ!?!? いったい何のためにぃ!?!?!?」


 ロザレナのその疑問の声に、グレイレウスは静かに応える。


「・・・・・オレは、アネットの剣を直に見てみたくてな。無理を承知でここまで同行させてもらった」


「アネットのこと呼び捨てにしてんじゃないわよ!! ぶっ殺すわよ!!」


「? おい、アネット、この女はさっきから何故、オレに対してこんなに怒っているんだ?」


「あー!!!! また呼んだー--!!!!!!」


 眉間に皺を寄せ、歯をギリギリと噛みしめて憎悪の目でグレイレウスを睨むロザレナ。


 俺はそんな彼女に乾いた笑みを見せた後、コホンと咳払いをする。


「お嬢様。彼は、私の実力を周知させない代わりに、どうやら私の弟子になりたいらしいのですよ」


「はぁ!? 弟子ですってぇ!? アネットの弟子は先涯であたしだけよ!! グレイレウス!! あんたなんかお呼びじゃないのよっ!! シッシッシッ!!」


 いや、あの、もうすでに生前の弟子・・・・リトリシアがいるからロザレナちゃんは二番弟子なんだけどね、うん・・・・。


 まぁそんな、生前の記憶がある事実は誰に話したところで理解は得られないだろうし、墓に入るまで誰にも話さないつもりではあるが。


「・・・・・安心しろ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス」


 そう、憤怒の表情のロザレナに声を放つと、グレイレウスは続けて言葉を発する。


「オレは、お前の決闘が終わるまでの期間、お前とアネットの修行の邪魔をするつもりは毛頭ない。オレは今はただ、そこのメイドの少女の実力を・・・・計りたいだけだからな」


 そう口にして、グレイレウスは俺に鋭い視線を向けてきた。


 実力を計りたい、か・・・・。


 ロザレナとの特訓で発揮するのは、十分の一にも満たない力だから、それで彼が俺の実力を計れるとは思えないが・・・・・まぁ、ここで思った程力のない俺の姿を見て、ガッカリして弟子になるのを諦めてくれた方が、俺としては都合が良いから別に構わないか。


 正直、弟子なんて取る気は一切ないし。


 彼が俺の実力のことを誰にも話さずに黙ってていてくれれば、それで良い。



「むー---っ・・・・。グレイレウスがアネットの弟子になるとか・・・・・何か納得いかないんだけど・・・・・」


「喧しい女だ。それよりも、お前はオレを気にしている場合じゃないだろう。決闘まであと4日なんだぞ? 惨めな思いをしたくなかったらさっさと剣の修練に励んだらどうだ?」


「相変わらず腹が立つ奴ね!!!! 言われないでも分かっているわよ!!!! アネット、やるわよ!!!!!!」


「はい」


 ロザレナは俺と幾ばくかの距離を取ると、木剣を額の上に横に構え、こちらを紅い瞳で見据えてくる。


 彼女のその瞳に宿る闘志の炎は昨日と変わらず、折れる兆しは見えない。


 俺はそんな彼女にニコリと微笑むと、箒を構え、跳躍しー---彼女の木剣に向かって、容赦なく『唐竹』を放った。


「ぐっー--!!!!」


 昨日と同じように、彼女は俺の剣の威力を殺しきれず、そのまま土煙を上げながら後方へと吹き飛んでいく。


 だが、一瞬だけ、俺の剣で吹き飛ばされないように、足で踏ん張った感触があった。


 彼女が立っていた位置に視線を向けると、そこには革靴で強く地面を踏みつけた後が確認できる。


 俺はその足跡を見た後、クスリと笑い声を溢し、土煙が舞う前方へと顔を向ける。


「お嬢様、もう一度ー---」


「ま、待て、アネット・イークウェス!!!!」


 その、いつもと違った冷静さを欠いた声に、俺はグレイレウスに視線を向けずに静かに口を開く。


「何でしょうか? 邪魔はして欲しくないのですが」


「ロ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスを殺す気か!? 今のは完全に殺意のこもった剣だったぞ!?」


「この程度でお嬢様は死にませんよ」


 そう言って俺は土煙の中に指を指す。


 すると、そこには額から大量の血液を流しながらも不敵な笑みを浮かべる、ロザレナの姿があった。


「ア、アネット、もう一度よ・・・・」


「はい」


 ロザレナが立ち上がり、元の位置に戻り額に剣を構えたのを見て、俺は再び跳躍し、『唐竹』を放っていく。


 またしても吹き飛ばされ、後方へと転がって行くロザレナ。


 そして再び立ち上がり、前へと戻り、彼女は剣を構え、叫ぶ。


「もう一度よ!! 来なさいっ!! アネット!!!!!」


 そんな、繰り返される光景に、どうやら絶句するしかなかったようでー----もう一度『唐竹』を放った後、チラリとグレイレウスへと視線を送ると、彼は愕然とした表情でその場で立ち尽くしていたのだった。










 このような修練を・・・・オレは、今まで見たことが無かった。


 こんな、生と死の間に置くことで無理やり自身の力を上げるやり方など・・・・はっきり言って狂っているとしか思いようがない。


 何故、あの女は・・・・ロザレナは、何度も何度もあのような殺意のこもった強烈な剣を受け、怪我を負いながらも立ち上がることができるのだろうか。


 オレがもし、この修練に挑んだら・・・・きっと、あまりの恐怖に、3、4回くらいで根を上げてしまうことだろう。


 何故なら、あまりにも・・・・・アネットの放つその剣の威力が、オレには恐ろしすぎる代物だったからだ。


「あれが・・・・アネット・イークウェス、か・・・・・」


 認めざるを得ない。


 あのメイドの少女が、オレよりも遥かに頂に立つ剣士だということが。


 そして、この学校の教師の誰よりも、いや、世界中の著名な剣士の誰よりも、真に教えを乞うべき人物が・・・・あの女であることを・・・・オレは完全に理解した。











 それから、俺たちの4日間は、瞬く間に過ぎていった。


「もう一度よ!! アネット!!」


 深夜、俺の剣を受けて何度も何度も地面に膝を付けながらも、歯を食いしばって立ち上がるロザレナ。





「クスクスクス・・・・・」


「お嬢様・・・・・」


「はぁ、また机に落書きか。懲りないわね本当・・・・暇な奴ら」


 度重なる学校での嫌がらせを受けても、まるで彼女は動じない。





「あっ!! 今日も帰りながら一緒に特訓しようよロザレナ!!」


「ええ、構わないわよ、ジェシカ。じゃあ、アネット、先に帰っていて頂戴」


「畏まりました」


 そしてジェシカという友を得た彼女は、自分の短所を見出し、体力を付けるために毎日ランニングを欠かさなくなった。



 ロザレナは・・・・決闘を決意してからのこの五日間、劇的に変化を遂げたと言えるだろう。


 彼女は、自分が成長するためなら、どんなことにも前向きに取り組んでいくようになった。


 その姿は、幼少の時から彼女見ている俺にとっては、見ていてとても楽しいものだった。


 思わず後方腕組おじさんになってしまいそうな、俺であった。



「フフッ・・・・」


「何、あたしを見て笑っているのよ?」


「いいえ。ただ・・・・お嬢様がご成長されていることに、嬉しくなっただけでございます」


「何よそれ」


 そう言って、ロザレナは机の上に鞄を置き、帰宅の準備を進めながら微笑を浮かべる。


「ついに・・・・明日、ね。決闘の日は」


「ええ。そうですね。今夜が・・・・最後の修行になります」


「アネット。あたし、ちゃんと強くなれているのかしら?」


「その答えはー---今夜の修行を終え、明日、決闘の場でご確認してください」


「そうね。もう、あとは今までの経験を信じて、突き進むだけよね」


 そう口にした後、ロザレナは肩ごしに後方へと視線を向ける。


 彼女が見つめるその先には、取り巻きたちに囲まれて腕を組みながらこちらを睨みつけている、ルナティエの姿があった。


 そんな彼女に向けて不敵な笑みを浮かべると、ロザレナは席を立つ。


「帰りましょう、アネット。いつものようにまた校門の前でジェシカが待っていると思うから」


「はい。畏まりました」


 ロザレナのその目は、俺をいつの日か倒すと言った約束の日から、寸分変わらない。


 高みを見据え、ただ、自分を信じて前へと突き進む、獰猛で貪欲な獣の目。


 後は、彼女の瞳の中にある『獣』が、明日の決闘の場で、解き放たれるのを祈るばかりだ。

34話を読んでくださってありがとうございます!


続きは明日投稿する予定です!


ついに、次回は決闘が始まるので、頑張って執筆したいと思います。


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三日月猫でした! では、また明日!

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