第33話 元剣聖のメイドのおっさん、三人目の弟子ができる。
ロザレナに指導を始めてからー---翌日の放課後。
また昨日のようにジェシカとランニングしてから寮に帰ると言ったロザレナと別れ、俺は、ひとりで満月亭へと帰宅していた。
「ただいま戻りましたー・・・・っと、あれ? グレイレウス先輩?」
扉を開け、エントランスに入ると、何故かそこにはグレイレウスの姿があった。
彼は壁に背を付けて腕を組んで立っており、俺の姿を確認した途端、その顔を険しいものへと変化させる。
「・・・・・・・帰って来たか。ん? いつものうるさい女はどうした。一人か?」
「はい。お嬢様はジェシカさんと一緒に運動してから帰られるそうです」
「そうか・・・・それならそれで、試すのには好都合だな」
「? 試すのには好都合?」
「いや、何でもない。実はお前に話があってな。少し、食堂に顔を貸してくれないか?」
「食堂に、ですか? ええ、良いですけれど・・・・グレイレウス先輩が私に話だなんて珍しいですね?」
「すぐに済む話だ。手間は取らせない」
「はぁ・・・・そうですか。分かりました」
俺はグレイレウスの後に続いて、長い廊下を渡って行く。
その間は終始、二人とも無言だった。
何となく、辺りに気まずい空気が漂っているような、そんな感じがする。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・悪いな」
「え?」
無言で廊下を歩いていた、その途中。
彼はポツリと謝罪の言葉を呟いた。
そして次の瞬間、足を止め、こちらへと振り返るとー----グレイレウスは一瞬で鞘から剣を抜き放ち、俺へと、斜め縦振りの剣閃を放ってきた。
俺はその剣を軽く身体を逸らすことで難なく回避する。
そしてその後、俺は反射的にカウンターの右ストレートをグレイレウスの頬にブチこんでしまった。
「あっ」
「ぐふっ!?」
俺の右ストレートがダイレクトに決まり、そのまま廊下の奥へと、すっ飛んでいくグレイレウス。
そしてドシャァァンと盛大に音を立てて食堂のドアに叩きつけられた彼は、目を閉じ、そのまま気絶してしまったのだった。
「あっちゃぁ・・・・・」
咄嗟に手が出てしまったことに、思わず俺は罪悪感を抱いてしまう。
でも、最初に攻撃してきたのはあいつなんだから、まぁ、イーブン、かなぁ。
そうだな、これは正当防衛だな、正当防衛。
ちょっと力みすぎて過剰防衛しすぎちゃったかもしれんが、うん、これは間違いなく正当防衛だ。
そう自分を納得させて、俺は倒れ伏すグレイレウスに近寄り、彼の顔を見下ろす。
「・・・・・にしてもグレイレウスの奴、何で突然俺を攻撃してきやがったんだ?」
何か、俺、こいつの気に障ることでもしたのか?
それとも、何処かで俺の実力がバレたから、試そうと思って斬りかかってきたのか?
うーん、よく分からないなぁ。
起きたらそこのとこちゃんと話してみっかな・・・こいつのことだけは、未だにこの寮生の中で謎な部分が多いし。
「ええと・・・・このままここに寝かせてちゃ可哀想、だよな?」
俺は頬をポリポリと掻きつつ、倒れ伏すまだ幼さの残るその青年の顔を、困惑気味な表情で見下ろした。
オレはー---グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロスは、強くならなければならない。
何故ならオレは、亡くなった姉の無念を晴らすために、今を生きているからだ。
『グレイ、私は絶対に『剣神』になってみせるわ』
オレの姉は強くて美しく、剣の才能のあった、聖騎士だった。
彼女はいつも口癖のように、自分はいつか必ず『剣神』になるのだと、そう豪語していた。
養父母であるアレクサンドロス男爵夫妻も、義理の弟たちも、みんなそんな姉が自慢であったし、オレ自身も、そんな彼女のことが大好きで心から尊敬の念を抱いていた。
だがー-----姉は『剣神』になる前に、帰らぬ人となった。
見るも無残な姿になって・・・・屋敷には、彼女の遺体だけが帰ってきた。
その遺体は、頭部のない、傷だらけの胴体のみという、悲惨な有様だった。
王都や帝都で神出鬼没に現れる、女剣士の死体の頭部を集めて回る快楽殺人鬼、首狩りのキフォステンマ。
奴の手によって、たったひとりの肉親であったオレの姉は、殺されてしまったのだ。
姉を失ったオレは、その後、ひたすら剣の腕を磨き続けた。
姉の目指した『剣神』になるという夢を引き継ぎ、仇である首狩りを見つけ出し、奴を屠る力を得るために。
来る日も来る日も剣を振り続け、自己研鑽に励んで行った。
他者を遠ざけ、自分の信念が決して鈍らないようにー---孤独の道をオレは歩んだ。
復讐の道に、情などは、不要だから・・・・。
「・・・・・そうだ。だからオレは強くならなければ、ならないんだ・・・・。そう、絶対に、誰にも、負けるわけにはいかないんだ・・・・・」
「そうですか。グレイレウス先輩は、本当に・・・・昔の
「え? 姉さん・・・・・?」
「いいえ。私は貴方のお姉さんではありませんよ」
ぼんやりとした視界が回復してくると、そこに居たのはー----こちらを優し気な表情で見下ろしている、栗毛色の髪のメイドの少女だった。
その絵画のような美しい彼女の姿に、オレは思わず目を見開き、唖然としてしまう。
「メイドの女・・・・? オレは、いったい・・・・?」
ようやく、今の状況に理解が追い付く。
何故だかは分からないが、今現在、オレは食堂にいて、そして彼女の膝の上で・・・・膝枕を、されていたのだった。
「な、ななななななななななななななっ!?!? な、何をしているんだッッ!?!? き、貴様ッ!?!?」
今置かれている自身の状況を把握した途端、オレは自分が情けなくなり、居てもたってもいられず、飛び起きようとした。
だが、彼女はオレの顔を両手で押さえつけ、ムッとした表情でこちらを見下ろしてくる。
「動かないでください。今、頬に薬を塗っているのですから」
「頬!? 薬!? い、いったい何を言って・・・・痛ッー--!」
指に付けていた冷たい塗り薬みたいなものをオレの頬に満遍なく塗ると、彼女は近くにあったタオルで手を拭き、ニコリと微笑む。
「申し訳ございません。グレイレウス先輩の寝言を聞いていたら、どうにもその境遇が他人事だとは思えず・・・・思わず、お節介を焼いてしまいました」
「寝言、だと・・・・? いったいオレは、何を・・・・」
「亡くなったお姉さんへの後悔の言葉を発していましたよ。・・・・・私も、過去、姉を失った経験がありますから、今のグレイレウス先輩のお気持ちは・・・・非常に、共感ができるものがありました」
「・・・・・お前も姉を失っていたのか」
「はい。とは言っても、生前ー---いえ、遥か昔のことなんですがね。血の繋がらない育ての親であった姉を、ある心の無い人間たちのせいで・・・・私は、奪われてしまったんです」
「お前は・・・・・復讐心に駆られはしなかったのか?」
「最初は復讐だけで生きていました。実際、当の仇である者たちだけではなく、この世界にいる全ての者が敵に見えた時期がありましたからね。誰彼構わず傷付け、怒りを巻き散らしていた時代が私にはありました」
「今のお前はそんな風には見えないが?」
「ええ。私はある師に出逢い、すべての者が敵ではないことを知りましたから」
「お前は・・・・オレに復讐をするなと、そう言いたいのか?」
「いいえ。けっしてそんなことは言いませんよ。だって、被害者が泣き寝入りしかできないというのは、おかしいことじゃありませんか? ムカツク奴はぶっ飛ばしてしまった方が心の平穏的には大事なことです。先に復讐を遂げた者としては・・・・オススメですよ? 復讐」
そう言って目を細めて笑うメイドの女に、オレは思わず口元に微笑を浮かべてしまう。
「フッ・・・・既に復讐を終えてしまっている先達の者だったか。まったく、面白い女だな、貴様は」
オレは起き上がり、頬を触りながら、彼女へと視線を向ける。
「貴様はいったい何者なんだ? メイドの女・・・・いや、アネット・イークウェス。オレのこの頬を殴りつけたのはお前なのだろう? はっきり言って、まったく攻撃の瞬間が見えなかった。剣を抜いた瞬間、一瞬にして意識が奪われていた」
「グレイレウス先輩。お願いがあります。私のことは・・・・・あまり詮索しないでいただけますか?」
「? 何故だ。お前がオレを圧倒する力を持っているのは事実なのだろう? 誇って良いことだと思うが?」
「・・・・・事情があるのです。もし、私の実力の全てがこの学校で広まってしまったら・・・・私は、この学校に在籍してはいられなくなってしまうのです。ですから・・・・・」
そう口にすると、祈るようにして手を組んで、こちらに潤ませた瞳を見せてくるアネット。
その様子から見て、本当に何らかの事情を抱えていることが察せられた。
ここでこのメイドの女を退学に追いやってもオレには何のメリットもないし、むしろ強者と戦う絶好の機会を失うだけだろう。
オレを圧倒する力を持つ候補生など、この学校には早々いない。
・・・・それに、恐らく、フレイダイヤの鎧が入った木人形を壊したのは・・・・こいつだと思われるからな。
そんな尋常ならざる異常な力を持った存在を、みすみす手放してなどなるものか。
「・・・・・・・・・・お前の実力を秘匿してやる代わりに、ある条件がある」
「条件、ですか?」
「あぁ。その条件はー----オレをお前の弟子にすることだ、アネット・イークウェス」
「へ?」
オレのその発言に、メイドの少女、アネットは目をパチパチと瞬かせた。
続きは今日の夜か明日に投稿する予定です!
ここまで読んでくださってありがとうございました!
いいね、評価、ブクマ、本当に励みになっております!!
三日月猫でした! では、また!