第31話 元剣聖のメイドのおっさん、元フレイダイヤ級冒険者の股間に頭突きをする。
「箒、だと・・・・? おいおいお嬢ちゃん、いったい、それは・・・・・何の真似だ?」
俺が箒を真っすぐと構えると、目の前の男、ディクソンは瞠目して驚く。
そんな彼に、俺はニコリと微笑んだ。
「私は、この箒を愛刀としてよく使っているんです。あの、別に箒を木剣代わりに使っても構わないですよね?」
「そりゃ、構わないが・・・・・あのなぁ、お嬢ちゃん。箒と木剣じゃ威力も違うし、何よりそいつは武器として造られたものじゃない。ただの掃除用具だ。そんなものでは剣をぶつけ合うどころか、当たったらすぐにボキッと折れちまうかもしれないぞ?」
「ご心配は無用です。ですが、もし貴方様が不快に思うのでしたら・・・・木剣に持ち直しますが?」
「いいや・・・・お前さんがそれで良いなら俺は構わないよ」
そう言って何処か引き攣ったように笑いながら、男は木剣を片手で持ち、構える。
そんな彼に習って、俺も箒を持って向き合ったその時、突然、周囲から嘲笑の声が聞こえて来た。
「クスクス・・・・レティキュラータス家は箒を剣だと思っているのかしらね?」
「木剣を買えるお金も残っていないのではなくて? これではレティキュラータス家の存亡も危ういですわね」
「まぁまぁ、そんなことを言ってはお可哀そうですわ。何たって、ロザレナさんは剣のお稽古をメイドに付けてもらってるくらい、貧乏なんですからね。クスッ、いくらかお恵みを渡した方がよろしいのかしら?」
そう言って、ウフフフフと、ルナティエの取り巻きたちが笑っているのが耳に入ってきた。
ったく、好き勝手言ってくれやがって・・・・そろそろこの俺も、短い堪忍袋の緒が切れそうだぜ。
まぁ、とは言っても目の前のこの男に全力を持ってこのストレスをぶつけるわけにもいかねぇし・・・・・・うーん、そうだな、どうすっかなぁ。
「・・・・・仕方ない、何とか
ある作戦を考え付いた俺は、コホンと咳ばらいをした後。
足を内股にし、眉を八の字して、ウルウルと瞳を潤ませる。
そして、箒を構える手をガクガクと震わし、怯えた様相で口を開いた。
「お、お嬢様ぁ!! やっぱり、私、戦わないといけないんでしょうかぁっ!!」
「・・・・・は? な、何!? 急にどうしたの!? アネット!?」
俺の突然の変貌ぶりに、唖然とした声を背後から掛けてくるロザレナ。
俺はそんな彼女を無視し、演技を続ける。
「そ、そうですよね、逃げちゃ、だ、駄目ですよね・・・・・わ、わわわわ分かりましたっ!! 私は、実家のために、お嬢様の命令に従いますぅ!! で、でででで、ですから、私をメイド業から外さないでくださいぃぃ、お嬢様ぁぁ・・・・」
「はい? え、何? 貴方、いったい何を言っているの? というか何その口調? 気持ち悪っ!」
気持ち悪いとは何だ、気持ち悪いとは。
俺の精一杯のひ弱で可哀そうな女の子アピールなんだがっ!? このアネット・イークウェスちゃんだったらどんな演技をしても可愛いだろうがオラァッ!?
・・・・・なんてことは勿論、言葉には出さず。
俺はそのまま、お嬢様に無理やり模擬戦に参加させられた可哀そうなメイドを演じていく。
「さ、さぁ! き、来なさいっ! 私が相手になってやりますっ!!!!」
そう言って震える手で箒を構える俺を見て、ルナティエは口元に手の甲を当て、高笑いを上げた。
「オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!!!!!! 可哀想で哀れで惨めなメイドですわぁ!!!! レティキュラータス家の使用人は、まるで使い捨ての奴隷のように使役されているのですわね!!!! フフッ、さぁ、ディクソン、遠慮はいりませんわ。この不幸な家に従事している端女を思う存分痛めつけてやりなさい!!!!!」
「お嬢・・・・・・・・俺、今からあの泣きそうな子を剣でぶっ叩かないといけないの?」
「ディクソン? わたくしの命令は絶対、そうですわよね?」
「はぁ・・・・・。お嬢だって俺を奴隷のように使ってんじゃねぇか・・・・分かったよ、やれば良いんでしょう?」
男はしぶしぶと言った様子でため息を吐くと、再び俺に視線を向けてくる。
そして、哀れむような眼で俺を見下ろし、静かに口を開いた。
「まっ、運が無かったな、嬢ちゃん。手加減はするから、悪くは思うなよ」
そう言って、足を前へ踏み込むと、ディクソンは俺に向かって木剣を横薙ぎに払ってきた。
「あわわっ!!」
俺は小石に躓くふりをして、前のめりに倒れ伏し、剣を寸前で躱す。
その様子に彼は一瞬驚いたように目を見開くが、偶然のことだと考え、再び剣を振ってくる。
今度は、起き上がろうとした俺の頭部に目掛けて剣閃を放ってきた。
俺はそれをクシャミをすることで、頭を横に揺らし、剣の一撃を回避する。
またも瞠目して驚く男。
だが、奴が目の前にしているこの
視覚から入ってくる情報、そして、剣士としてある程度経験を積んだ人間であるのなら、どうしても認められはしないことだろう。
目の前のこの強者の気配を放たないただただ怯える少女が、
「くそっ! な、なんだこいつ!? 運の良い奴だなっ!」
「あわわわっ、こ、怖いっ!! や、やめてください~!!!! 来ないでください~っ!!!」
逃げ惑う俺を追って、男が再度、背中に剣を横薙ぎに放ってくる。
俺はそれを足をもつれさせたように見せかけ、再び転倒することで回避することに成功。
そして、泥だらけになりながら起き上がり、続けて向かってくる剣戟を、「来ないで~」と叫び、ブンブンと適当に振ったように見せかけた箒で
簡単に剣を防がれた目の前のその光景に、ディクソンは舌打ちをし、顔を顰めさせた。
「チッ! ラッキーガールか!? お前さん!?」
一向に俺に剣が当たらないことに苛立った男は、右斜め上段の『袈裟斬り』を尻もちを付く俺に容赦なく放ってくる。
しかし、苛立ったためか、その剣は不用意に大振りになってしまっていた。
その隙を見逃さず、俺は剣が完全に振り降ろされる前に奴の懐に入り、そしてー---起き上がろうと見せかけて、奴の股間に向けて盛大に頭突きお見舞いしてやった。
「ー----あ゛ぐぅあっ!?」
声にならない声で口をわなわなとさせ、股間を抑える男。
そしてその後、男は木剣を地面に落とすと、そのまま蹲るようにして地面に膝を付いた。
俺はおどおどとした様子で箒を両手に握りながら、呆然とした顔で魚のように口をパクパクとさせているルナティエへと、視線を向ける。
「あ、ああああああの、これ、私の勝ちってことで・・・・良いですよねぇ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
目をまん丸とさせて、無言で俺の顔を見つめるルナティエ。
そんな彼女の様子に我慢ができなかったのか、背後にいるロザレナの大きな笑い声を聞こえて来た。
「フフッ、あはっ、あはははははははははははははははっっっ!!!! な、何よ、そのバカみたいなマヌケな顔は!!!!! クスクス、よ、ようやくアネットのやりたいことが分かったわ。そうね、これは・・・・・誰がどう見ても、うちのメイドの勝ち、よね?」
「ふ・・・・ふざけたことを仰ってッ!!!!! こ、こんなの、剣士の模擬戦ではありませんわっ!!!! そ、そこのメイドの女は、ディクソンからただ逃げ惑っていただけじゃありませんのっっっ!!!!! ただの運の良さで掴み取った勝利を喜んで、いったい何になりますのッ!?!?!?
こ、これだから、無能で品の欠けるレティキュラータスは!!!!!!」
「貴方がどう思おうと勝手だけれど・・・・・貴方があたしを嵌めるために周囲に配置した観衆は、そうは思ってくれるかしらね?」
そう言って、ロザレナはチラリと中庭の周囲を取り囲むようにして立つ生徒たちに視線を送る。
そこにいる生徒たちは、まるで喜劇を見ていたかのように、股間を押さえて蹲るディクソンを、大笑いしながら眺めていた。
その光景を見れば、勝者が誰であるかは明白だと、そう問いたかったのだろう。
ロザレナはそ再びルナティエへと顔を向けると、フフッと、目を細めていたずらっぽく笑った。
その姿にルナティエは腕を組んで歯をギリギリと噛みしめると、蹲るディクソンに、怒気を含んだ口調で声を掛ける。
「ディクソン!! 行きますわよ!! ここにいたら、良いお笑いの種にされてしまいますわ!! 栄光あるフランシア家の名に傷を付ける気ですかっ!! 貴方は!!」
「うぐぐっ・・・・お嬢、こ、これは、男にしか分からない痛みなんだが・・・・正直、今、立っていられないほど、やばい」
「そんなこと、わたくしが知るわけないでしょう!! 良いから立ちなさい!! 誰が貴方を我が家に拾い上げてやったと思っているんですかっ!!」
「わ、わかりましたよ・・・・お、お嬢・・・・・」
そう言って震えながら立ち上がると、足を引きずりながら、ディクソンはルナティエと共にその場から去って行った。
まぁ、ここにいる観衆の目には、間違いなくただの偶然として映っただろうし・・・・・俺の実力が露見しなかったと見て、まずは大丈夫そうだろう。
俺はふぅっとため息を吐いて、ロザレナの元へと戻る。
すると彼女はケタケタと、未だお腹を抱えて大笑いしていた。
「あはははははっ!! まったく、あんな手法で勝つなんてねっ!! こんなに笑ったのは久々よっ!!!!」
「・・・・・・お嬢様~?? こんな事態に陥ったのが誰のせいなのか、ちゃんとお分かりですよね~??」
「はっ! ・・・・・・うぅぅっ・・・・。ご、ごめんなさい。あたしのせいです、はい・・・・・」
「まったく。次から気を付けてくださいよ? こんな偶然を装った戦い方、何度もしていたら流石に怪しまれてしまうんですからね」
「はい・・・・以後、気を付けます」
「はい。ちゃんと反省してください」
そう言って俺は微笑みを浮かべた後、しゅんとするロザレナに優しく声を掛ける。
「・・・・・今度は、お嬢様があのルナティエさんを倒す番です。お分かりですよね?」
「・・・・ええ。今まで好き勝手言われた分、容赦はしないわ。全力で特訓して、あのドリル女をあたしは必ず倒す」
「良い心意気です。ですが、決闘の日まではあと5日・・・・・。それまでに、私はお嬢様を全力を持って稽古致します。多少、厳しいものになるとは思いますが・・・・お覚悟は、よろしいですね?」
「ええ。昨日、貴方に師事をお願いした時から覚悟は決まっているわ。・・・・よろしくお願いします、師匠」
そう言うと、彼女は真剣な表情をし、俺へと深く頭を下げてきたのだった。
読んでくださってありがとうございます!!
続きは夜、投稿できたら良いなと思っています。
いいね、ブクマ、評価、本当にありがとうございます!!
三日月猫でした!!