第30話 元剣聖のメイドのおっさん、模擬戦をすることになる。
猫耳女教師の年齢にクラスが騒然とし、その後は学校の校則や必要連絡事項等の説明だけでミーティングは終わりを告げー----昼休み。
俺は現在、学園の中庭で素振りをするロザレナを、ベンチの上から見守っていた。
「とりゃっ!!!! えいっっっ!!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・」
彼女が今やっているのは相も変わらず、大上段からの振り降ろしである、『唐竹』の型。
はっきり言ってしまえば、こんな速度も何もない鈍いだけの素人の大上段など、剣を学んだ者であれば軽々と避けれてしまうレベルだろう。
けれど、遅いとは言えども、ロザレナのその『唐竹』は
剣を振る姿勢としては完璧に近く、相手が小柄な体格のあのドリル女だとすれば、当たれば威力も申し分は無いもの。
後はどうにかして、『剣速』と『目』を養うことができさえすれば、彼女の『唐竹』は上等な剣技へと進化を遂げることができるだろう。
ロザレナにとって最も足りないもの、それは実践における経験といえる。
戦場を知らぬ者とただ剣を振っている者とだけでは、その力量差には大きく差が出るのは当たり前のこと。
故に、後は俺が彼女を打ちのめし・・・・無理やり、その経験を底上げする必要がある。
「・・・・・とは言っても、ここは学校の中だから、実力を出すわけにはいかねぇんだよなぁ」
だから、彼女の経験を底上げする修練は、満月亭に帰ってからじゃないとできないな。
ここでは、ただ彼女の剣の素振りをぼーっと見つめ、剣の振り方が間違っていれば都度指摘することくらいしかできることはない。
「あら? あらあらあら? あらあらあらあらあらあらあら? これはこれはレティキュラータス家のご令嬢じゃありませんか~? ご機嫌麗しゅう~」
その時、見慣れた金髪ドリルの女が口元に手を当てながら、俺たちの元へと近付いて来た。
彼女は今朝会った従者の男と6人程の取り巻きを連れ、素振りをするロザレナの前に立つと、バカにするように「ハッ」と息を吐く。
「『唐竹』の素振りとは・・・・クスクスッ! そんなノロマな剣、絶対にわたくしには当たりませんことよ? 大上段の大振りをなさった瞬間、わたくしは貴方の顎に剣先を突き付けてあげますわ。オーホッホッホッホッホッホッ!!!!!!!」
「・・・・・ホッホッホッ、ホッホッホッ、うっるさいわねぇ。鳩じゃないんだから・・・・・。で、こんなところまでわざわざ何しにきたのよ? あんた?」
剣の素振りを止め、ロザレナはルナティエをジロリと睨む。
そんな彼女に、ルナティエは口角を吊り上げると、目を伏せ、胸に手を当てた。
「ロザレナさん。今の内に素直に負けをお認めになった方がよろしいのではなくって? わたくし、貴方のことを色々と調べさせて貰いましたの。幼い頃は病気がちで王都の病室から出れず、レティキュラータス家では剣の師を雇う財力も無かったため碌な剣の稽古も受けさせては貰えず、そしてその後5年間、剣とは無縁の修道院で生活を余儀なくされていた、という経歴のすべてを。つまり貴方はただの素人にすぎません。7歳のころから15歳の今に至るまで、著名な騎士や剣士から剣の師事を受けて来たわたくしの敵ではないということですわ」
「あっそ。あたし、貴方が何者でも逃げる気はないから」
「まぁまぁ、まるで猪のように猪突猛進なことで。彼我の戦力差を計ることもできないとは、貴方は前しか見えない獣か何かですか?」
「あーもう、嫌みったらしい奴ね!! さっさと用件を言いなさいよ!! わざわざ昼休みにあたしの元に来たってことは、何か目的があってのことなんでしょう!?」
「フフッ、そうですわね・・・・。このままじゃ実力に差が開きすぎてフェアじゃないと思いまして。騎士道に準ずる者として、貴方様に剣を学ぶ機会をプレゼントしてあげますわ。ー----ディクソン」
「はい」
ルナティエがパチンと指を鳴らすと、今朝満月亭で会ったあの従者が前へと出た。
そしてルナティエはニコリと微笑むと、彼の肩をポンと叩いて口を開く。
「彼、こう見えても剣の腕がそれなりにあるのですよ。何と言ってもわたくしの剣の師でもあるのですからね」
「あー、まぁ、ぼちぼち、な。称号を直に貰ったことが無いからどのくらいのレベルがあるのかを口で説明するのは難しいが、そこそこの剣の実力はあるとは思うぜ」
そう言って彼は首に手を当て、ハァと息を吐く。
そんな彼の姿を瞳に捉えた後、俺は時計塔を見上げる。
そこには、窓を開けてこちらを見下ろす、たくさんの生徒の姿があった。
次に、中庭の周囲へと視線を向ける。
すると、そこにもこちらを見つめるたくさんの生徒たちの姿が散見された。
その光景を見て俺は、ふむと、頷く。
(・・・・・・・・罠、だな)
ロザレナの剣の稽古に従者を充てがい、剣の修練を積ませる振りをして、予め集めておいた観衆の前で、ロザレナを徹底的に打ちのめす。
今日、あの猫耳女教師から聞いた話では、
だから、ルナティエがロザレナに直接ダメージを与えることはできないが・・・・従者である彼なら、別、と言うわけか。
勿論、再起不能なくらいボコボコにしたら、加害者は彼女の従者ということもあり、学校側も違反として認めざるを得ないのだろうが。
奴らの目的はそんな危険を侵すことではなく、稽古と称し軽度にロザレナを痛め付け、観衆の前でロザレナの『弱さ』を見せつけるのが主目的なのだろう。
この学校は弱者の烙印を付けられた者には、誰もが容赦はしない。
弱者としてのイメージをロザレナに植え付け、周囲に多くの敵を作り、決闘までの時間、よりたくさんの精神的な揺さぶりを仕掛けるのがこの女が今取っている策なのだろうな。
「・・・・・ククク、俺も相当性格が悪いと言われてきてはいたが、これは中々・・・・・面白いことをやってきてくれるじゃねぇか」
「? アネット?」
背後に立って不気味な笑い声を上げる俺に、ロザレナは肩ごしに視線を向けてくるが、彼女はそのまま気にすることも無く前に立つルナティエへと顔を向けた。
「申し訳ないけれど。師事する人ならすでにいるから。間に合っているわ」
「あら? 新たに教師を雇うほどのお金が、レティキュラータス家にあったのですか? それは意外なことですわね。それはいったいどこの誰なんですの?」
「教師ならここにいるわ。あたしのとってもとっても大事なメイドのー----アネットよ!!!!!」
そう言ってロザレナは俺へと手を向け、こちらにルナティエたちの視線を向けさせる。
お嬢様・・・・俺はこの学園で実力を隠すと言いましたよね? 何故、そんなに堂々と俺の紹介を・・・・・。
「プッ! オホッ! オーー--ホッホッホッホッホッホッッッッ!!!!!! そ、そのメイドが、貴方の剣の先生っ、なのですかっ!? こ、これはこれはっ・・・・プフッ、笑わせてくれますねっ、ロザレナさん!」
ルナティエが笑ったのと同時に、彼女の取り巻きの女生徒たちもクスクスと笑い声を溢していく。
あーまぁ、この調子なら俺の実力がバレる心配もないか・・・・今の俺の見た目はただのメイドの少女だからな、とりあえずこの容姿に助けられたと言えるか。
ひとまずは一安心だな。
そう、安堵の息を吐いていると、ルナティエはお腹を抱えながら、ある提案をしてきた。
「プフフフッ、ウフッ、で、では、こういうのはいかがでしょうか? 貴方の師であるそのメイドと、私の師であるこの従者がここで模擬戦を行う、というのは?」
「は?」
え? 何それ? 絶対にしたくない。
お嬢様、答えは分かっていますよね? ね?
前にお話ししましたよね? 俺が表に実力を出せない理由は? ね?
「良いわね。望むところよ!! 構わないわっ!!」
は? え、何で構わないの? ちょっとロザレナさん? 貴方、俺が前に言っていたこと、忘れていないかしら??
俺、この学校で実力バレたら貴方のメイドやってけないんですけど・・・・ちょっと、ロザレナさーん??
隣で俺がジト目を送っていたことに気が付いたロザレナは「はっ」とした顔で、ようやく自身の過ちに気付く。
「ちょ、ちょっと待って! 今の無し! ア、アネットは戦わせないわ!」
「何故ですの? あぁ、自分のお気に入りのメイドを傷付けられるのが怖くって? 大丈夫ですわよ。うちのディクソンは紳士ですから。貴方のメイドが地面に膝を付けるその惨めな姿を、観衆の前で披露するくらいで済ませてあげますわ。それとも・・・・貴方が師事するそのメイドはそんなに弱いのですの? でしたら、貴方の実力の底も知れますわね!! オーホッホッホッホッホッホッ!!!!」
「何ですって!? そんなことはないわっ!!!! アネットをバカにするなら許さないわよ!!!!」
「では、模擬戦を行うことには同意してくださいますのね?」
「勿論よ!!!!」
「お嬢様・・・・」
「あっ」
見事に簡単に乗せられてしまって・・・・。
確かに、今朝あの従者の男が言っていたように、直情型のうちのお嬢様と、口八丁なあのドリル女はどうやら相性が悪そうだな。
仕方ない・・・・なるべく、実力を表に出さないようにして、上手く対処するしかねぇか・・・・。
俺はため息を吐きつつ、申し訳なさそうな顔をするお嬢様の前へと立った。
「お嬢・・・・いや、いくら何でも、相手はただのメイドの少女ですぜ? こんな観衆の場で大の男である俺が彼女をいじめたら、騎士道精神とやらを持つ聖騎士候補生の目にはあんまよく映らないんじゃないですかね?」
俺はそう、隣に立つ我が主であるルナティエお嬢様に、そう声を掛ける。
すると彼女は口元に手を当てながら、こちらに紫色の瞳を向けて来た。
「良いからおやりなさい。ディクソン。あの使用人は・・・・見たところレティキュラータスの息女の精神的要と見えますわ。対外的な評価など、後で
「はぁ・・・・。昔は英雄の領域に立ったとまで言われたこの俺が、まさかメイドの少女を痛めつけなければいけないところにまで落ちるとはねぇ。まぁ、お嬢の従者歴もそれなりに長くはなってきているから、こういうことも慣れてはきているけどよ・・・・」
「良いですこと、ディクソン。貴方はわたくしの駒なのですわ。ですから、貴方は忠実にわたくしの指示通りに動いていれば良いのです。栄光あるフランシア家の人間の策略に、間違いなど、あるはずがないのですから!」
栄光あるフランシア家、ねぇ・・・・。
お嬢は聖騎士団の指揮官になりたいのか何なのかは知らないが、俺にとってはそんなものはどうでも良いことだ。
冒険者ギルドを追放された俺にとっては、彼女がこの俺にただ剣を振れる場所を作ってくれさえすれば、何かを斬る舞台を用意してくれることができさえすれば、俺は何も文句も言わないしルナティエが何を目指そうがいくらでも手は貸すつもりだ。
でも、まぁ、しかし・・・・・今から俺が相手をするのがただのメイドの少女であるというのは・・・・何だか情けない点ではあるなぁ。
俺はため息を吐きつつ、お嬢の前に出る。
すると、俺の姿に視線を向けた観衆たちが、ザワザワと騒ぎ始めた。
「・・・・・なぁ、あれって、元フレイダイヤ級冒険者、
「は? 見間違いなんじゃねぇのか? だって、ロイドって、確か5年程前に人を斬って冒険者ギルドから追放されてるんじゃ? 今も聖騎士団駐屯区にある刑務所で収容されているんじゃなかったか?」
「そ、そうだよな? やっぱ俺の見間違いだよな? ・・・・・でも、何か似てるんだよなぁ」
「出所してたとしても、元最上級冒険者がこんな華族学校にいるわけないだろ。絶対勘違いだって!」
やれやれ・・・・この学校ではもう少し静かに暮らしていたかったんだがな・・・・。
もう、俺の正体に勘づいてくる奴が出てきやがったか。
これは、早々にこのメイドの少女には敗北してもらって、この場から去った方が良いかもしれんね。
「ふぅ・・・・。お嬢、俺の木剣を」
「ええ、どうぞ。・・・・・あのメイドの少女は
「相変わらず容赦のないこって・・・・・」
俺は木剣を手に持ち、メイドの少女へと距離を詰める。
彼女は、何も持っておらず、手ぶらだった。
俺はそんな彼女に思わず、小首を傾げてしまう。
「どうした? 得物がないのならこちらから木剣を一本貸してやっても良いが?」
「その必要はございません。今、私のお嬢様が教室から私の愛刀を持って来てくださっていますので」
「愛刀? おいおい、模擬戦で真剣を使う気か? まぁ、お前さんが真剣を使ったところで、俺に傷ひとつは付けられないと思うから、別に構いはしねぇが・・・・・」
「いいえ。真剣ではございません。・・・・・っと、今、持ってきました」
「待たせたわね! アネット!」
そう言って、レティキュラータス家の息女が持ってきたのは・・・・・真剣でも何でもなく、どこにでもあるただの竹箒だったのであった。
今日はあと2話分ストックがありますので、昼と夜に分けてまた更新できたらと思っています!!
いいね、ブクマ、評価、本当に感謝です!!
皆様のおかげでモチベーションを継続できております!!
今日は金曜日なので、皆様、頑張って1日を乗り切って休日を迎えましょうね!!
新作のポケモンが楽しみで仕方ない、ニャオハ派の三日月猫でした!! では、また!!