第29話 元剣聖のメイドのおっさん、猫耳女教師の年齢を知る。
「アネットちゃん~? 玄関にお客さんが来ていますよ~?」
「はい、今行きますー!!」
翌日、早朝午前6時半。
支度を整え、そろそろロザレナを起こしに部屋へ行こうと思っていた時、一階からオリヴィアの呼ぶ声が聞こえて来た。
こんな朝早くに来客など何事だろうと困惑しながらも、俺は階段を駆け下り、一階のエントランスへと向かう。
「よっ!」
「貴方は・・・・」
するとそこに居たのは、昨日、フランシア家の令嬢に危うく賭けの勝品にされかけていたー---20代前半位の従者の男だった。
彼はボリボリと後頭部を掻くと、疲れた顔をして、俺へと口を開く。
「お嬢の言っていた、ええと、
「・・・・・・それで、決闘の日はいつになったのでしょうか?」
「5日後の土曜、午後8時だ。会場は時計塔最上階にある闘技場。全面ガラス張りの天幕と、屋上の上に造られた天空庭園の上で、星空の元、観衆たちが見守る中で決闘を行うらしいぜ。互いの存亡を賭けた戦いだってのに、中々ロマンチックな催しだよな、笑えるぜ」
そう言ってハハハと乾いた笑みを浮かべると、茶毛の男は、俺を哀れな目で見下ろして、肩を竦める。
「まぁ、お前さんたちには同情するぜ。級長の座についてしまったせいで、お嬢に運悪く目を付けられてしまったんだからな。本当、ご愁傷様って感じだわ」
「・・・・・随分と、強気な発言ですね。貴方のお嬢様が負けないとでも?」
「あぁ。まず、負けないだろうな。言っておくがうちのお嬢は・・・・めちゃくちゃ卑怯なお人だ。勝つためならどんな汚い手でも使う、勝利への執着心が並みじゃない御方でな。お前さんとこのお嬢様は・・・・見る限り、普通の奴だろ? 勝利への探求心、その貪欲さがまったく違う。あんたんとこのは、
果たして・・・・それはどうなのだろうか。
ロザレナのことを一日しか見ていないのに、よくそんなことを言える。
彼女は、まだ、『爪を研いでいる途中の眠れる狼』にすぎないというのに、この目の前の男は、それを理解していない。
まったく、うちのお嬢様を舐めくさりやがって・・・・てめぇんとこのドリル女、5日後には必ずうちのロザレナがブチのめしてそのドリル引き千切ってやるから今に見てろよ、オラァ!!!!!
「・・・・・何か、笑顔で怒っている? 君?」
「いいえ? 怒っていませんよ?」
おっと、ポーカーフェイスが危うく崩れ落ちるところだったぜ・・・・。
笑顔笑顔♪ うん、アネットちゃんは今日も可愛い女の子です♪ キャピッ!
「・・・・・・何か知らんけど悪寒がするから行くわ・・・・。そんじゃ、日程のこと、お宅のお嬢に伝えておけよ? それじゃ・・・・・」
そう言って、彼はヒラヒラと手を揺らしながら、満月亭から去って行った。
すると、廊下に隠れていたのか、オリヴィアがゆっくりと俺の前に姿を現す。
「あの・・・・アネットちゃん、本当に決闘の取り下げを学校に申し入れなくて大丈夫だったんですか? このままだとロザレナちゃんは、ルナティエさんって人と・・・・・」
「はい。ご心配には及びません。私の主人は勝ちます。私が勝たせます」
「? 何か自信があるのですか? 秘策があるんですか?」
「フフッ、どうでしょうかね。とにかく、オリヴィア先輩は心配することは何もないですよ」
「うぅ~・・・・私先輩なのに、こんな時に二人の何の助けにもなれてないです~。自分の不甲斐なさを痛感しますよ~・・・・」
「オリヴィア先輩・・・・。いいえ、そんなことはありませんよ。この寮にオリヴィア先輩が居て良かったと本当に思います。残りの他の先輩は・・・・・剣にしか興味のない無口な先輩と、あとは女好きのアホな先輩だけですからね。貴方がこの満月亭にいなかったら、間違いなく、ここは異様な空気感のある変人だらけの寮になっていましたよ」
「アネットちゃん・・・・・」
「はっはっはー!! 今、俺のことを呼ぶメイドの姫君の声が聞こえたが・・・・朝からそんなにこのマイスの顔を見たかったのかね!? うん!?」
「呼んでねぇよ!!!」「呼んでません~!!!!」
そうマイスにツッコミを同時に入れていると、ゾロゾロと階段から寮生たちが降りて来た。
「三人ともおはよ~? ん? 何だか騒がしいねー、どうしたの?」
「アネット、おはよう。あら? 何かエントランスに人が多いわね?」
「・・・・・フン。朝から鬱陶しい奴らだ」
そうして、何故かエントランスに集合した満月亭の面々と共に食堂へ向かった俺たちは、今日も今日とてオリヴィアのグロテスクな朝食の実験台になりつつ・・・・時計塔へと向かった。
オリヴィア、マイス、グレイレウスは三期生なので俺たちと教室の階層が異なり、彼らは四階で俺たち3人と別れて行った。
俺たち一期生の教室は6階にあるので、登校の際は、長々と続くこの螺旋階段をひたすら上っていかなければならない。
まぁ、これも足腰を鍛える修行にはなるかなと、この朝の風景を好意的に受け入れていると、軽快な足取で前を上って行くジェシカがこちらに振り返り、笑顔を見せて来た。
「この階段を上から下までバーッと登って下ったら、すっごく楽しそうだよねー--っ!!!! 良い運動になりそう!!!! あっ、そうだ!! ねぇねぇ二人とも!! 今から教室まで競争しないーっ!?」
そんな溌剌とした彼女の様子に、俺の隣で息を切らして階段を登って行くロザレナが、辟易とした表情で口を開く。
「きょ、競争ですって!? じょ、冗談じゃないわよ!! ジェシカ、貴方どれだけ体力あるというの・・・・」
「私、運動すること大好きだからさーっ!! それと、人と競争するって燃えるじゃん!! だから、ロザレナが決闘するって聞いた時、いいなーって、そう思ったよ!!」
「・・・・・・・変わった子ね。貴方を見ていると些細な悩みも吹き飛びそうだわ」
そう言って微笑むと、ロザレナは突如立ち止り、深く深呼吸をする。
そしてその後、目をカッと見開くと、彼女は人の波をかき分け、勢いよく階段を登って行った。
「ジェシカ・ロックベルト!! どちらが早く6階に辿り着くか、勝負よ!!!!」
「本当!? よーし、負けないよー---っ!!!!」
こうして駆け上って行く二人を、俺は背後で笑みを浮かべて見つながら、遅れないように二人の後に続いて行った。
結局、ジェシカに圧倒的な差でロザレナは敗北したが、それでも我がご主人様は清々しい顔をして、額の汗を拭っていた。
「ふぅ。朝から運動するって、中々気持ちの良いものね」
「でしょー? あっ、そうだ! 今度からさ、私の日課の朝のランニング、ロザレナも一緒にしようよ! 早朝午前5時から満月亭の外周を限界まで走り回るの!! すっごく楽しいよ!!」
「それは中々・・・・骨が折れそうな日課ね。でも・・・・そうね、あたしももっと体力を付けないといけないことが分かったから・・・・・時折、参加させてもらうとするわ」
「やったーっ!!!! 道場に居た時はさ、誰かと走るの癖になってたから、一人でランニングするの寂しかったんだよーっ!!!! ロザレナ、ありがとうー--っ!!!!」
そう言ってロザレナの手を掴み、ブンブンと振ると、ジェシカは背を見せて肩ごしに手を振ってくる。
「じゃっ、私のクラス、こっちだからー!! また放課後、寮でねーっ!! ばいばい二人ともーっ!!」
そうして彼女はスキップしながら、自分の教室である
俺たちはそんな彼女を見送りながら、廊下に立ってクスリと同時に笑みを浮かべる。
「本当、あの子は見ていて気持ちが良くなる元気な子よね」
「そうですね。・・・・・あの熱血さを見ていると・・・・どうしてもあの野郎の顔がチラつくから私は大分苦手なタイプですが」
「? 何か言った?」
「いいえ。さぁ、私たちも教室へ行きましょう」
「そうね」
互いに顔を見合わせ頷くと、俺とロザレナは二人で並び、廊下の最奥にある教室、
教室に入った瞬間、昨日の時とはまったく違う、クラスメイトたちの視線が俺たちに向けられる。
その視線は決して良いものではなく・・・・敵意や悪意の伴った、嫌なものだった。
俺は前に立つロザレナの顔を背後から覗き見るが、その顔は別段普段と何も変わらない。
凛としたまま前を見据える、いつもの傍若無人としたお嬢様の顔だった。
「行きましょう、アネット」
「ええ」
主人の後に付いて行き、窓際の最前列にある自分たちの席へと向かう。
粘着くような嫌な視線に晒されながらも、俺たちは平然とした態度で教室の端を歩いて行く。
その途中、俺はチラリと教室の様子に視線を向けてみた。
黒板に向かって階段状になり、カーブ状に端から端まで続いた机に座るのは、数人ほどの生徒。
その生徒たちの殆どは昨日、あのドリル女の取り巻きだった者たちだ。
仲間を集めたのか、どうやら昨日よりもその数は多くなっている。
「クスクス、来ましたわよ?」
「本当に、身の程知らずな御方・・・・」
その会話の内容と、こちらを見るその目が、どいつもこいつも俺たちを嘲笑うかのようなー---嘲笑の感情を含んだものであることが確認できた。
なるほど・・・・・。さっそくそういう手を使ってくるわけか。
これは十中八九、あのドリル女がロザレナの精神を揺らすために仕組んだ策略のひとつだな。
あの従者の男が、勝利のためにどんな汚い手も使うとは言っていたが・・・・決闘のその日まで、このクラスをロザレナの居心地の悪い空間にするのが目的なのだろう。
クスクスとこちらを見て笑っている女生徒を遠目に見つめながら、俺はロザレナの後に続き、自分の席の前へと到着する。
すると、俺たちの並んだ机の上、そこに広がっていたのは・・・・・誹謗中傷の言葉が所狭しと書かれた、見るにも耐えない光景だった。
そんな机の姿を呆然と見つめていると、ロザレナが自分の机に近付き、そこに書かれている文を読み上げていく。
「・・・・・・・『級長の座を降りろ、バカ女』、『自分の実力も分かっていないゴミクズ』、『貧乏女』、『騎士公の恥さらし』、『無能の劣等遺伝子の末裔』、『ビッチ』・・・・・・か。アネット、貴方の方は何て書いてあるの?」
「ええと・・・・『乳でかメイド』・・・・・『化け物おっぱい女』・・・・・何故、胸のことばかり」
「あははははっ、それ、誉め言葉なんじゃないの? 笑えるわね!」
「昨日のことだけですと、胸のことしか、私の印象が無かったのでしょうか。・・・・中には『揉ませろ』などという、明らかに男子によるセクハラめいたものもありますし・・・・・」
「なんですって!? アネットの胸はあたしのものよ!! 誰にも渡さないわ!!!!」
「いや、私の胸は誰のものでもございませんよ、お嬢様・・・・」
その言葉に互いに口に手を当てクスリと笑うと、ロザレナは廊下の方へと視線を向ける。
「さて・・・・・水飲み場でハンカチを濡らしてきましょう。流石に授業前には、これ、消しておかないとね」
「それは、そうなのでしょうが・・・・・あの、先生にこの事を言わなくてもよろしいんですか? 流石にこれは悪質すぎると思うのですが・・・・」
「構わないわ。言わせたい奴には言わせておけば良いのよ。ただ・・・・この場に居た奴らのことは、絶対にあたしは忘れはしないわ」
そう言って鋭い紅い目を、遠くでクスクスと笑い声を上げる女生徒たちに向けるロザレナ。
その顔は悲嘆に暮れている・・・・というわけではなく、ニヤリと、何故か不敵な笑みを浮かべているのだった。
「じゃあ、昨日色々あってできなかったミーティング、今日しちゃいますよー。っと、まず、自己紹介がまだだったかな。私は聖騎士団、元第二師団部隊長、ルグニャータ・ガルフルですー。剣の腕前は『剣鬼』、魔法の腕前は『低二級』。みんな、よろしくねー」
そう言って、何処かやる気の無さそうな雰囲気の
そして、頭に付いている猫耳を小指で掻くと、黄色い目をパシパシと瞬かせて口を開く。
「あー、見ての通り先生、猫型の
「あの・・・・先生、ひとつよろしいでしょうか?」
手を真っすぐと上げて突如席を立った坊主頭の丸眼鏡の青年に、ルグニャータは半開きの目で面倒くさそうに教壇に置かれている生徒名簿に目を通す。
「なんだい、ええと、君は・・・・・マルガリくん」
「違います、マルギルです」
「おぉ、そうか。ごめん。で、何かな? 丸ハゲくん」
「丸ハゲ・・・・いえ、もうそれで良いです。それよりも、先生。昨日から気になっていたことなのですが・・・・貴方の年齢は・・・・いったいいくつなのでしょうか?」
誰もが疑問に思っていたことを、眼鏡のブリッジに指を当て、質問してくれた丸ハゲくん。
そう、この目の前の女教師・・・・
身長は目算で140センチ半ばくらい。
そんな彼女に合わせてか、この
この教室だけ、どうにも教師も教卓が異様な姿をしていただけに、皆(ドリル女以外)、初日から困惑を隠せていなかったのだ。
「・・・・・・・・・・」
丸ハゲくんの質問に、彼女は眠たそうな目を擦り、尻尾を揺らめかせる。
そして、ロリ猫耳教師は静かに口を開くと、ぼんやりとした顔で衝撃の発言を放った。
「私・・・・・もう今年で46だけど?」
その言葉に、教室はただただ静まり返るしかなかった。
続きは今日の夜か明日、投稿する予定です。
ここまで呼んでくださってありがとうございました。
いいね、評価、ブクマ、本当に励みになっております。
今日も良い一日をお過ごし下さい。
三日月猫でした!