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第23話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様と稽古に励む。




「ー-------------結婚しよう」


「・・・・・・・・・・はい?」


「君のすべてに、俺は今、恋をしてしまった。空のような美しく澄んだ青い瞳に、可愛らしいぶっくりとした桜色の唇、そしてあどけない幼さが残る顔に、奥ゆかしそうな貞淑そうな雰囲気・・・・それでいて、何なんだ君のその均整の取れたパーフェクトなボディラインは!! 百戦錬磨のこの俺にはそのメイド服の上からでも分かるぞ!! 君の身体が!! 高名な画家が描く裸婦画のように神秘的で美しいことがね!!」


「テメェどう見ても身体目当てじゃねぇかっ!!!!! てか、待て待て待てキモイキモイキモイ!!! 手を握るな手を!!!! そんで顔を近づけてくるな!!!!!! 俺に男とキスするような趣味はねぇ!!!!」


「フフッ、この俺を虜にした君が悪いのさ。まったく、俺は特定の女性は作らないつもりだったのに・・・・出逢った一瞬で結婚を決意させられるとは、本当に君はなんて罪な女性ー---んごぁ!?」


 背後から股間を蹴られたマイスは俺の手を離し、その場に崩れ落ちる。


 何事かと前方に視線を向けると、そこにはフゥーッフゥーッと肩で息をしながら、今までに見たことがない物凄い形相を浮かべているロザレナの姿があった。


「ア、アネットから離れなさい!! このケダモノッ!!!!」


 そう口にして、俺を抱きしめると、マイスと俺の距離を遠ざけようとするロザレナ。


 その目は、怒り狂った猛獣のように血走った様子を見せていた。


「ナイスですよ~、ロザレナちゃん」

 

 その光景に目を細め柔和な笑みを浮かべた眼帯少女、オリヴィアは、何処から取り出したのかロープを両手に握ると、そのままマイスの腕と足をガッチガチに拘束しっていった。


 そして、少女とは思えぬ力でヒョイと軽々マイスを肩に担ぐと、こちらに慈母のような微笑みを見せてくる。


「安心してくださいね~、貴方たちには絶対に手を出させないように、この男は監督生である私が責任持って拷問(・・)しておきますので~」


「ご、拷問・・・・?」


「あ、そうだ、忘れるところでした。これ、二人の部屋の鍵です~。部屋の場所は四階に上って右側のすぐ突き当りの二部屋なので、二人で好きな方を選んで使ってくださいね~。私は基本、食堂にいるので、何かあったら何でも聞いてください、ではでは~」


 そう口にして、眼帯のエプロン少女は、捕虜を捕まえるようにして上階へと去って行くのであった


 まるでオーガ・・・・は、年頃の女性に対して失礼だな。


 少女とは思えないそのドスドスと去って行く後ろ姿に、俺たちはただただ茫然と立ち尽くしてしまっていた。


「な・・・・何だか、賑やかな先輩たちですね・・・・」


「そ、そうね・・・・。あのマイスとかいう男がアネットに何かしないか心配だけれど・・・・あの様子だったら、オリヴィアさんがちゃんと守ってくれそうではあるわね・・・・・」


 そう言葉を交わしお互いの顔を見て頷くと、俺たちは自分たちの部屋に行くために、荷物を持って静かに階段を上って行った。







「お互いの部屋の位置が向かい合わせにあって良かったですね。これならば、お嬢様のお世話にどんな時でも駆けつけることができます」


「そうね・・・・本当は一緒の部屋をシェアして同棲したかったのだけれど・・・・まぁ、そんな贅沢は言わないでおくことにするわ。じゃっ、あたしはこっちの階段側の部屋にするから」


「畏まりました。部屋に荷物を置いたら、お嬢様の部屋に合流しに行きますね」


「オッケー、待ってるわ」


 そうしてお互いに同じタイミングでバタリと、俺たちは部屋の中へと入って行った。


 俺は先程寮の入り口で履き替えたばかりのスリッパでペタペタと部屋の中を歩いて行き、綺麗にシーツが取り換えられているベッドの上に、ドサッとスーツケースを乗せる。


 そして鞄の隣に腰かけ、ざっと、部屋の中を見回してみた。


 窓際には高級感のある勉強机が置かれており、その上に傘型のスタンドライト、横には空っぽの本棚、大きなクローゼット・・・・何と、壁際には暖炉まで付いていた。


 こんなことを言っては何なのかもしれないが、レティキュラータスの使用人の部屋より明らかに質が良く、家具の数や内装が綺麗に整っており、とても広かった。


 目算でいえば1LDKくらいはギリあるんじゃないだろうか?

 

 とにかく、学生のガキが生活するには勿体ないくらいの、上等な部屋だった。


「まぁ、華族学校だからな。貴族の子息とか、他国の金持ちの子供とかも多く在学しているんだろうし・・・・良い造りしてんのは当然なのかもしれねぇな・・・・」


「ちょっと、アネットー? 荷物置いたらこっち来るんじゃなかったのー? いつまで待たせるのー?」


「あ、はい! 今参ります!」


 廊下から聞こえてきたその声に、俺は急いで部屋を出て、向かいにあるロザレナの部屋へと走って行った。


 






「ふぅ。とりあえず、何とか無事に寮に着くことはできたわね」


 部屋に入ると、ロザレナはベッドの上に座りながらそう呟いた。


 俺は窓際にある机から椅子を引っ張り出し、ベッドの前に置くと、ロザレナと向かい会うようにして座る。


「お疲れ様です、お嬢様。時刻は・・・・もう午後5時12分ですか。いつの間にか夕刻時ですね。気付かない内に王都に着いてから大分時間が経っていたみたいです」


 そう、家を出る前日にマグレットから貰ったおさがりの腕時計を確認して言うと、ロザレナは足を延ばして、そのまま倒れるようにしてベッドの上に横になった。


 そして、「くぅーっ」と言って、疲れたように腕を上空へと伸ばし、おっさん臭いため息を吐く。


「お嬢様、はしたないですよ」


「別に良いじゃない。ここにいるのはアネットとあたししかいないのだし」


「この学校は華族学校なのですから、お嬢様のような貴族の子息がたくさんいらっしゃるのですよ? 常に淑女として優雅な行動をなされていないと、いざとなった時、他家の者にレティキュラータス家の格を疑われることになります」


「もうこの国においてレティキュラータス家の格なんてあってもないようなものよ。・・・・・なんて言ってもアネットは納得しないでしょうね。もう、分かったわよ、なるべく意識してみるわ」


 そう言って起き上がり、ベッドの上から足をブランブランとさせると、ロザレナは俺へと楽し気に微笑みを向けて来た。


「それで、これからどうするの? あっ、寮の中を探検してみる? 何か封印されたお宝とかありそうな雰囲気よね! このオンボロ屋敷!」


「駄目ですよ。探検なんてしたら他の在校生の皆さまに迷惑になってしまいます」


「ちぇっ、つまんないの~。だって、まだ学校が始まるまで二日もあるのよ? 校舎もまだ解放されていないし・・・・・こんなところでやれることなんて、限られてくるじゃない」


「お嬢様・・・・つかぬ事をお聞きしますが、修道院に行っても、剣の練習はなされてはおいででしたか?」


「勿論よ。毎日日課として、2、3時間程はお婆様に習った型を練習していたわ。・・・・とは言っても剣を持って素振りする程度だったから、身になっているのかは分からないけれど」


「そうですか。良かったです。では・・・・・今から私と少し、稽古でもしてみましょうか? もう夕刻時なので日が完全に沈むまでの僅かな間だけですが」


「ー------------え?」


 そう言うと、ロザレナはベッドから立ち上がり、目をキラキラと輝かせて俺を見下ろした。


「アネットがあたしに・・・・剣を教えてくれるのっ!?」


「はい。こんな私の剣で良いのであれば、いくらでも」


「やっー---ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! とってもとっても嬉しいわ、アネット!!!!」

 

 そう口にして、ピョンピョンと飛び跳ねるロザレナ。


 その大胆に喜ぶ姿は、まるで尻尾を振る犬のようで微笑ましくなってくる。


「では、寮の裏手に行きましょうか。先ほど部屋の窓から、あそこに修練場のようなものがあるのを見つけましたから」


「うん!! 早く行きましょ行きましょ!!!!」


 そうしてロザレナは俺の手を引っ張ると、部屋の外へ出て行こうとする。


 危うく鍵を閉め忘れて出ていきそうになっていたので、ちゃんと注意しておくと、彼女ははにかみながら舌を見せてきたのだった。










「へぇ~? 中々広いところね」


 林を切り分けて作ったのだろうか。


 満月亭の裏にある小高い丘の上には、寮の半分程の規模のただ広い空間が広がっており、そこには人に見立てて作られた木人形が何体も聳え立っていた。


 確かに、周囲を林に囲まれたこの静かな丘の上であれば、剣の修行には持ってこいの場所だな。


 ここならば城下の喧騒を忘れ、ただ剣だけに意識を集中して修行に打ち込められる。


「・・・・・ん?」


「どうしたの?」


「いえ・・・・何でもありません。それよりもお嬢様、離れていてください。この木人形を使って、ちょっと、試し切りをしてみようかと思います」


「わ、わかったわ!」


 ロザレナが距離を取ったのを確認し、俺は木人形の前に立つ。


 そして、レティキュラータス家から持ってきていた愛剣、『箒丸二世』を手に持つと、それを腰に構え、抜刀の構えを取った。


「ー------『閃光剣』」


 そして、強く足を踏み込んだ後に、俺は木人形に向けてー---居合の剣閃を放った。


 その瞬間、バキッという音と共に目の前の木人形は真っ二つに砕け散って、地面に転がっていく。


 通常であれば、箒を剣のようにして木人形にぶつければ折れてしまうのが当たり前だろうが・・・・何故か箒は無事だった。


 その光景を見て、俺はふぅと短く息を吐く。


「【覇王剣】が使えたことから、もしやと思っていたが・・・・・どうやら俺の予測は当たりのようだな。今の俺は、生前の能力をそのまま受け継いで転生しているみたいだ」


 生前の俺ー---アーノイック・ブルシュトロームが持っていた加護、【折れぬ剣の祈り】。


 この加護がある限り、俺が手に持った武具はどんなに酷使しても決して壊れることがなく、現存し続ける。


 だから、棒切れだろうが世界最硬級のフレイダイヤ鉱石造られた剣だろうが、俺にとっては武具の耐久性は等しく何も変わらないのだ。


 まぁ、とはいっても、箒と刀じゃその威力はまったく違うものだから・・・・ただの棒切れ使うよりかは武器を使った方が明らかに強いんだけどね、うん。


 まぁ、とにかく、アネット・イークウェスの身体でも、以前の俺のアーノイック・ブルシュトロームの能力が問題なく使えることが分かっただけでも収穫だろう。


 これらの能力に加え、成長し身体の使い方に慣れた今の俺であれば、例えジェネディクトと再戦してもきっと余裕だろうな。


 生前と違うのは、やはり性別が変わったことによる筋力低下くらいだが・・・・それくらいだったら魔道具やら何やらで如何様にでもカバーできる方法はある。


 もしジェネディクト以上の敵が現れることがあっても、何の心配もいらないだろう。



「・・・・・・・・・久々に見たけど、やっぱり、アネットの剣って凄いわ・・・・」



 その声に背後を振り向くと、そこには目をまん丸とさせたロザレナが、小さく手を叩きながら呆然とした表情で俺を見つめている姿があった。


 彼女はゆっくりと近付いてくると、俺が手に持っている箒丸二世と木人形に交互に視線を向ける。


「・・・・対象が木の人形だとしても、普通、箒でこんなことはできないわ。それに、今の剣技・・・・あたしには、斬った瞬間がまるで見えなかった。アネットは腰に箒を携えたままで、影が一瞬飛んだようにしか見えなかったわ・・・・」


「今のは先々代剣聖が編み出したとされる、神速の居合・・・・『閃光剣』と呼ばれる技です。現剣聖のリトリシア・ブルシュトロームが幼少時、最も得意としていた技ですね」


「そう、なんだ・・・・。剣聖辺りのことも、アネットってばすっごく詳しいのね。あたしもよく伝記の本を読んでいたから自信があった方だったけれど、流石に剣技の歴史までは知らなかったわ」


「そ、そうですね。わ、私も人伝に聞いたというか何というか・・・・と、とにかく、そういうことです。さてお嬢様、剣の練習を致しましょう。さぁ、私の愛剣、箒丸二世を手に持って」


「・・・・・箒、かぁ。木刀とか剣の代わりになるものは何か寮には無かったのかしら。オリヴィアさんに聞いて借りてくればよかったわ」


「? 何故でしょうか? 箒でも素振りはできますよ?」


「いや、あの・・・・さっきのアネットは確かにかっこよかったけれど・・・・流石に箒を持って練習するのは、こう、何となく恥ずかしいというか・・・・」


「子供のころは、私の初代箒丸でよく素振りなさっていたじゃないですか。何故、今更恥ずかしがる必要があるのですか?」


「ゲッ、5年前、あたしが箒で素振りしていたの、見ていたの・・・・? 今思えば、あれ、ものすっごい黒歴史なのよ。はぁ・・・・修道院に置いてあった木剣、シスターノレアナに言って譲ってもらえば良かったわ・・・・」


 そう言いつつも、ロザレナは素直に箒を受け取る。


 そして肩ごしに、俺へと視線を向けて来た。


「そ、それで、アネットはどうやってあたしに剣を教えてくれるというの?」


「とりあえず、ロザレナお嬢様がいつもなさっている素振りを私に見せてくださいますか?」


「わ、分かったわ。・・・・変でも笑わないでよ?」


 そう言って、ロザレナは上段の構えを取り・・・・大上段で相手の頭部を狙った一撃、『唐竹』の素振りを行う。


 剣を頭の上に掲げ、足を前へ踏み込み、腰を引いて、剣を振り降ろす。


 単純な動作だが、以前、メリディオナリス夫人に教えを乞うていたからだろうか。


 その姿勢は整っているし、何回も修道院で練習していたからだろう、上段の構え『唐竹』の型は一端の剣士レベルには様になっていた。


「・・・・・・・・・・」


「あ、あの、どう、かしら・・・・?」


 上段の素振りを数回終え、恐る恐ると言った様子でこちらに目を向けてくるロザレナ。


 俺はそんな彼女に、コクリと、静かに頷いた。


「特に、私が言うべき問題点は無いと思います。とても綺麗に『唐竹』の型ができていましたよ」


「ほ、本当!? よ、良かったぁ!!!!」


「ですが、お嬢様のそれはただの素振りにすぎません。剣というものは人に向けられてこそ初めて技術へと昇華されるものです。そうですね・・・・試しに、私にその『唐竹』を放ってきてください」


「え・・・・? で、でも、アネット、剣を持っていないじゃない?」


「大丈夫です。撃ってきてください」


「わ、分かったわ」


 そうしてロザレナは距離を取ると、頭の上に剣を掲げ、俺に対して上段の構えを取る。


 彼女のその複雑な顔を見るにして・・・・俺に剣を振り降ろすのを躊躇している様子が伺えた。


「お嬢様、本気で撃ってきてください。私の実力を知っている貴方だからこそ、その箒が私を害すことがないことは分かっているでしょう??」


「え、ええ。じゃあー---いくわ!!!!」


 足を踏み込み、腰を引き、上段に構えた剣をー---俺の脳天に向けて降り放つ。


 『唐竹』の型は大振りが故に、最も隙が大きい型と言われている。


 ただ、そのリスクを上回るほどの威力を伴っているため、ハイリスクハイリターンの、博打みたいな剣技とも言えるかな。


 だから、あまり好んでこの型を使う剣士はおらず、確実に仕留められる狙ったような瞬間でしか、『唐竹』はあまり使用されない。


 けれど、当たれば大勝、外せば地獄の博打みたいなこの剣技はー---博打好きのアーノイック・ブルシュトロームはよく好んで使っていた。


 まぁ、奴にとって『唐竹』は【覇王剣】へと昇華してしまった型であったから、好きな反面嫌いなところもあった、という複雑な心持ちがあるんだけどな。


 とにかく、この剣技はハイリターンの代わりに大きな弱点が目立っている。


 剣を上げて下ろすという単純な動作だから、速度が無ければ、実力差に開きがあれば、簡単に避けれてしまうのだ。


「とりやぁーっ!!!!! ・・・・って、あれ?」


 俺が身体を軽く逸らして軽やかに箒を避けた動作を見て、ロザレナは瞠目して驚く。


「そんな・・・・ア、アネットが避けるだろうことは勿論分かってはいたけど・・・・身体を横に逸らすだけで、立っている場所を移動しないで避けれちゃうものなの!?」


「はい。この型は正直、剣士の読み合いには最も適していない型なのです。ですから受け手は動きを理解していれば、こうして身体を反らすだけで簡単に避けれてしまうのです」


「え、えぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!!!! じゃ、じゃあ、あ、あたしのこの五年間の素振りは、いったい何だったというのぉ~~~!!!!!!! すっごく弱いじゃない、この型!!!!!」


「いえいえいえ。けっして、無駄ではなかったとは思いますよ。何と言っても『唐竹』は立派な剣の型のひとつなのですからね。ですが・・・・少々疑問ではありますね。何故、お嬢様は他の型ではなく、『唐竹』を好んで選んで練習なされていたのですか? 他の型は覚えなかったんですか?」


「・・・・・・え、ええ。そうよ。あたしは、他の型を覚えなかった。今までこの型しか練習してこなかったの」


「それは・・・・何故でしょうか?」


「その、私が、他の型を選ばなかった、その理由は・・・・その・・・・・・・・」


 どことなく歯切れが悪そうな顔をすると、ロザレナは唇を尖らせ、猫背になり、チラリと上目遣いで俺に視線を送ってくる。


「あの時の・・・・・アネットの剣がかっこよかったからよ。奴隷商団のボスを倒した時の、上段から放った剣の威力が・・・・あの時のアネットの後ろ姿が・・・・・頭から離れないかったから、って、あー、もう! 貴方の剣に憧れたからよ! 何か文句ある!?」


「お嬢様・・・・・」


 生前、俺の使う【覇王剣】は、王国の人々に忌み嫌われてきていた。


 人々を守るために使った力なのに、守ってきた人々からは人の領域から外れた力だと、お前の力は悪魔だと、生物を殺すために産まれた呪われた力だと、散々なことを言われてきた。


 だから、正直、ジェネディクトに【覇王剣】を使ったあの時。


 俺は、あの剣を見たロザレナお嬢様は、俺のことを嫌いになると、そう思っていた。


 ジェネディクトから彼女を救っても、過去に何度も体験してきたあの怯えた目でまた同じように睨まれるのだと、そう思っていた。


 だけど、彼女は・・・・・何も変わらなかった。


 奴隷商団の一件が終わってベッドで目を開けた時、彼女は俺の手をずっと握っていてくれた。


 そして、起きた時に、俺に優しく笑い掛けてくれた。


 それだけで、俺は・・・・・どんなに救われたことか。


 そして今、彼女が俺のこの忌まわしき力を「かっこよかった」と、憧れてくれていることに、俺は・・・・思わず目頭が熱くなってしまっていた。


「ア、アネット、どうしたの? 突然目元を押さえて・・・・何処か具合でも悪いの?」


「い、いえ・・・・何でもありません。さっ、お嬢様。剣の練習を再開致しましょう! まずは『唐竹』のことは一旦忘れて、他の型を覚えることに致しましょう。お嬢様はまだ、実践で覚える段階じゃないことが分かりましたので」


「えー! そんなー!」


「落ち込まないでください。日が暮れるまで、指導してあげますから」


「他の型、かぁ。まぁ、良いけれど・・・・じゃあ、稽古お願いね? アネット」


「はい、よろこんで」


 そうして俺たちは紅い夕陽が山に沈むまで、剣の稽古に励んでいった。









「フン・・・・ようやく帰ったか」


 アネットとロザレナが去った後の修練場。


 その修練場の周りを囲む木々の枝の上に、ひとりの青年が寝そべっていた。


 青年はボリボリと紺色の髪を掻きむしると、木の枝から地面へと軽やかに飛び降りる。


 そして、木剣を手に持ちながら木人形の前へと立つと、大きくため息を吐いた。


「まったく、さっきのあの令嬢とメイドは何だったんだ? 昼寝中だったから最初の辺りはよく見ていなかったが・・・・・あの箒の素振り・・・・どう見てもあの貴族令嬢、素人まるだしだったように見えたぞ? まったく、あんなド素人のお嬢様をこの学校に入学させるなんて、バルトシュタイン家はいったい何を考えているんだ。金さえ払えば入学させるということなのか? フン、くだらないな」


 そう口にして、青年は真っすぐと木人形に剣を構える。


「まぁ、いい。あんなのは無視して、オレは修行に専念ー-----ん?」


 その時、青年は長い前髪の中から灰色の瞳を、修練場の奥へと向ける。


 そして、突如木剣を捨てて走り出すと、修練場の奥にあった砕け散った木人形の側に駆け寄り、しゃがみ込んだ。


 その後、彼は動揺した様子で、震える手でその破片を拾い上げる。


「・・・・な、なんだとっ!? こ、こんなことが、あ、在り得る訳がない!! な、何でこいつが壊れているんだ!? こいつはオレが手製で作った、中身にフレイダイヤ鉱石の鎧を入れた木人形なんだぞっ!?!? な、何で、粉々に、世界最硬の鉱石だぞ、この鎧は!!!!!!」


 その信じられない光景に、青年は魚のように口をパクパクと開けて啞然とするしかなかった。

最強の剣聖のオッサン、没落伯爵令嬢のメイドに転生する。が、総合日間ランキング、140位にランクインしてました!


初めてランキング入りしました! 本当に本当に読んでくださってブクマや評価を入れてくださった方、ありがとうございますー!!


一度書くのを辞めようと思った作品ですが、書き続けて本当に良かったと思いました(;_;)


また明日、続きを投稿したいと思いますので、読んでくださると嬉しいです!


ここまで読んでくださってありがとうございました!!

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