第13話 元剣聖のメイドのおっさん、幼女に依存される。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・あの、お嬢様」
「何かしら、アネット?」
「申し上げにくいのですが、その、手をずっと握っていらっしゃられますと・・・・とても、掃除がしにくいです・・・・・」
片手で箒を掃く俺がそう口にすると、右手をギュッと握っていたロザレナが、ムスッとした表情をしてジト目をこちらに向けて来た。
そして、唇を尖らせると、何処か不機嫌そうな口調で彼女は口を開く。
「ねぇ、アネット。貴方の主人はあたしよね?」
「え、ええ。雇い主である旦那様を含めて、勿論お嬢様もそうでございます」
「だったら当然、この手は主人であるあたしのものでもあるわよね? アネットの掌を、好きな時に握って良い権利があたしにはある・・・・そうは思わないかしら??」
「い、いや、あの、手ぐらいであればいつでも握ってもらって構わないのですが、今、私は職務中でして・・・・・・・このままだと、中庭の落ち葉を上手く集めることができないんですよ。ですから、手を繋ぐのはこの仕事が終わった後にしてもらえますと、助かります」
「嫌よ。あたしは今、貴方と一緒に居たいの。中庭の掃除なんて、一日サボッても別に良いじゃない。誰も困らないわ」
「既にご理解されているとは思いますが、この広いお屋敷にいる使用人は、現在、私とマグレットお婆様しか在中していないのですよ。ですから、一日分の仕事をサボってしまうと、必然的に後々になって私たちにシワ寄せが来てしまうのです」
「・・・・・・・・・・・」
「たかが落ち葉といえども、今の季節は秋月の節。日に日に木々からは葉が舞い落ちていき、誰かが箒で掃かなければ、気付けばお屋敷の御庭が悲惨な有様になってしまいます。レティキュラータス家の復興を願うお嬢様にとって、このお屋敷の庭がみすぼらしい姿になってしまうのは、避けたいことではないのでしょうか?? この何気ない落ち葉を掃くという行為も、この御家のためになっている、そうご理解いただければ幸いです」
「・・・・・・・・・相変わらず口が達者なメイドね、貴方は。そんなにあたしと一緒にいるのが嫌なわけ??」
「い、いえ、けっしてそういったわけでは・・・・」
「フン。こうなったら意地でも手を離してやらないんだから。片手で庭の掃除を完遂してみせなさいよ、ね? 毒舌メイドさん?」
そう言うと、今度は腕を絡めるようにして俺の右腕を胸に抱き、けっして離さないという意志をロザレナはこちらに見せつけて来た。
俺はそんな彼女の様子に苦笑いを浮かべたまま深いため息を吐きつつ、片手で何とか箒を掃こうと、地面に落ちている葉っぱを集めていった。
季節は、木々の葉が紅く紅葉し、徐々に冬へと向かいつつある、秋月の節。
あの日からー---蠍の奴隷商団に捕まり、何とか命からがら屋敷に帰ってきてからー---おおよそ、一週間程の時が経過していた。
無理に身体を酷使した反動か、最初の数日間はまともに動くことができなかった俺も、7日も経てば以前のように自由に身体を動かすことが可能になり、今ではこうしてメイド業に無事復帰できている状態となっている。
だが、未だに俺の身体のことを心配してくれているのか、今は簡単な掃除だけということで・・・・マグレットからは業務スケジュールを制限されていた。
あの一件・・・・この屋敷に帰ってきて、彼女から母の話を聞いて以来・・・・祖母であるマグレットは何処か俺に対して優しくなったような気がする。
以前のように眉間に皺を寄せて睨まれるようなことは無くなり、むしろ顔を合わす度に微笑を浮かべてくれるようになったし、何よりあまり俺を怒鳴らなくなった。
これも、彼女が抱えていた長年の想いを共に共有したおかげなのだろうか。
客観的に見ても、以前に比べて俺と祖母との距離は格段に良好となったと言えるだろう。
そして、祖母と同じく、以前とは異なった関係の変化といえば、もうひとつ・・・・・。
「・・・・・・なによ」
肩ごしに隣へ視線を向けると、口をへの字にした見るからにご機嫌斜めそうなご令嬢が一匹、猫のような鋭い眼を向けて来た。
そう、本当にまったく、意味が分からないんだが・・・・。
一週間前に起きた奴隷商団によって攫われた事件以来、彼女は何故か俺に対して、こう、四六時中ベットリと付きまとうようになってしまったのだ。
最初は、ああいった怖い状況に陥ったせいで、人恋しさに俺の手を握るようになったのだと、そう思っていた。
だけど・・・・どう見ても彼女のその様子は、過去の光景を怖がっているようには見えず・・・・頬を染め、濡れた瞳で俺の横顔を覗き見てくるその様子は、まるで恋する乙女のようであった。
「これって、もしかして・・・・・いや、流石にそれはないか?・・・・いや、でも・・・・」
「? 何一人でブツブツ言っているのよ?」
「・・・・・・・いや、これは、もしや、男が絶対に入ってはいけない領域とされる・・・・・あの伝説の・・・・百合、って奴なのか・・・・? 百合の間に挟まる男は皆即座に殺されるという、恐ろしい噂を聞く、あの・・・」
「百合って何。花のこと?」
(いやいやいや、そもそも今の俺って彼女と同じ幼女なわけであってだな? も、勿論、女性が女性同士に恋愛する・・・・・そういった文化も俺は理解はしているぞ?? 理解、してはいるが・・・・そんな、10歳の幼い子ども同士が百合って、ねぇ・・・・?? 早熟すぎだよ、なぁ??)
というか冷静に考えると、今の俺ってガワだけは美少女だけど、その中身はムキムキのオッサンなわけであって・・・・それを踏まえると、中々に、今のこの現状の絵面の犯罪臭がやばくなってくるな。
百合の間に挟まる男(自分自身)という訳の分からない構図が出来上がっているまでもある。
「何だか一気に、今の自分が変態みたいに思えてきちまったな・・・・・何で生前とは異なった性別で転生しちまったんだよ、俺は・・・・・」
そう愚痴を溢しながら、瞳を暗くさせて箒を掃いていた、その時。
突如、横に立っていたロザレナが、真面目な声色で声を掛けてきた。
「ねぇ、アネット。ひとつ、今のあたしの考えを聞いてはくれないかしら」
「ロザレナお嬢様?」
「この話を聞いてくれたなら、一先ず仕事の邪魔はしないであげるわ。今だけは手を繋がないことを許してあげる」
そう言ってロザレナは俺の腕から手を離し、距離を取ると、こちらの瞳をまっすぐと見つめてくる。
その顔は、先ほどとは打って変わって、とても摯実な気配が漂っていた。
「あたしね、前までは歴代最強の『剣聖』、アーノイック・ブルシュトロームに憧れていたの。でも、今は違う。今、あたしが憧れているのは・・・・・貴方よ。アネット・イークウェスという名の・・・・『剣聖』の座に最も近いであろう天才児。それが、今のあたしの目指す真の頂の名」
「お嬢、様・・・・?」
「あたしは、貴方と対等な剣士になりたい。貴方に守られるだけのか弱い女になんてなりたくないの。そして、いつか貴方と共に・・・・・王国にひとつしかない『剣聖』の座を争う剣士になりたい。憧れた貴方と、本気で戦ってみたいわ」
・・・・似ているな。
彼女のその紅い目は、俺に何度も挑んできた愛弟子リトリシアを彷彿させるような・・・・挑戦者の眼差しをしていた。
この瞳をした人間には、いくら無理だから止めろと強く言ったところで、けっして止まりはしないだろう。
フフフ、たった数日でこうも変わるとは、面白いものだな。
以前の彼女の目に映るのは、ただの幼い夢・・・・御伽噺の王子様に憧れているような、そんな、幼稚な気配が漂っていた。
だが、今の彼女は違う。
本気だということが、彼女から放たれるその気迫から、十分に理解することができる。
実力はまだチャンバラ程度の幼い子供でしかないが、強き者に憧れ、それを乗り越えたいというロザレナのその意志だけは、元剣聖として、一端の『剣士』と認めざる負えないものだ。
俺はニコリと笑みを浮かべ、今にも俺に向けて剣を構えてきそうな、彼女のその獰猛な瞳を真っすぐと見つめ返す。
「お嬢様、良い顔になられましたね。本気で、『剣聖』を目指すおつもりなのですか?」
「勿論よ。あたしは貴方になりたい。貴方を超えてみせたい」
「そうですか。理解致しました。でしたら、私はもう何も止めません。お嬢様の意志を尊重致します」
「本当!? 嬉しいわ!! じゃあー----」
そう言って、ロザレナは懐から一枚の紙を取り出し、俺の眼前へと突き付けて来た。
そして、満面の笑みで、大きく口を開く。
「じゃあ、15歳になったら、あたしと一緒にこの聖騎士養成学校に入るわよ!! 一緒にここで剣の腕を磨いて、共に剣聖を目指しましょう、アネット!!」
「へ? は、え?」
突き付けられたその紙は、王都に建立されている、とある有名な学校の・・・・案内パンフレットのようなものだった。
王立聖騎士養成学校 『ルドヴィクス・ガーデン』。
王国でその名前を知らぬ者がいない、四大騎士公の一角、バルトシュタイン卿が自ら運営する学校だ。
この学校では、剣術は勿論のこと、魔法、薬学、召喚術といった、騎士として最低限持たなければならない様々な技術を、引退した元聖騎士から直接教えを乞うことができる、稀有な教え場だ。
俺も生前、この学校には興味があったんだが・・・莫大な額の入学金と、入学に必須だった信仰魔法を俺が使えなかったため、過去、この学校で学ぶことは断念したという経緯があった。
それに、入学可能な15歳の時にはもう俺は『剣聖』になっていたため、この学校で魔法以外のことを学ぶ理由が特に無かった、ってのもあったかな。
とは言っても、生前の俺は魔法の才能が一切無かったので、王国で魔法の教学が取れる唯一の学校であったこの騎士養成学校には、少しだけ興味があったのは事実だった。
「へぇ・・・・『ルドヴィクス・ガーデン』、ですか。恥ずかしながら私には魔術の才能がなかったので、昔、こういった場所で魔法を習うのが夢だったのですよ」
「そうなの!? じゃあ、丁度良いじゃない!! あたしと入学して、一緒にここで『剣聖』を目指すための研鑽を・・・・・」
「・・・・・・・あの、お嬢様」
「? 何かしら、アネット」
「非常に申し上げにくいのですが・・・・・私は、『剣聖』を目指す気はありません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぇ?」
か細い困惑の声を漏らして、ロザレナは信じられないものを見るような表情で、俺を見つめてくる。
俺はそんな彼女にコホンと咳払いをして、静かに口を開いた。
「私は・・・・・私は、お嬢様が思っている程の人間ではございません。多少、剣の腕があっただけの小娘にすぎないのです。ですから・・・・私はこの先も、分相応にただ普通のメイドとして、このレティキュラータス家に仕えていきたいと考えております」
当初俺は、生前の剣の腕を取り戻したら、この屋敷を静かに去ろうと思っていた。
だが・・・・・俺のことを真に想ってくれているマグレットや、貴族としては珍しい人格者である、レティキュラータス夫妻・・・・・そして、目の前にいるこの、ツンツンしているけど心根が綺麗で優しいお嬢様。
いつの間にか俺は、生前に得られなかったこの平穏な暮らしに・・・・暖かい人たちに囲まれて生きていくことに、とても身体が馴染んでしまっていた。
生前の、『剣聖』として生きた殺伐とした人生よりも、今のメイドとしての安らぎの毎日の方が、とても心地よく感じてしまう。
病気で亡くなっていなければ、今の俺は年齢にして80手前くらいだ。
今まで、王国のために死ぬ思いで剣を振ってきたのだから、老後は穏やかな隠居生活をしても誰も文句は言わないだろう。
正直言って今の俺は・・・・もう、争い事に自ら突っ込んでいきたくはなかった。
後の世は若い者たちに任せて、さっさと剣を捨てて------今後はレティキュラータス家のメイドとして平穏に生きることが、俺自身が最も強く切望していることだった。
「・・・・・・・・・・・・・なに、言っているの、よ」
だが、そんな俺を、彼女は認めたくはなかったようで。
瞳を赤くさせ、今にも泣きだしそうな表情を浮かべたロザレナは、キッと、こちらを鋭く睨みつけてくる。
「アネットは・・・・あたしが憧れた、目指すべき剣士の姿なのよ。それなのに、そんな貴方が『剣聖』を目指さないって・・・・・いったいどういうことなのよ? 貴方のその剣は、この屋敷でただただメイドをやって腐らさて良いものではないの。・・・・・・何故、それが分からないのよ・・・・・」
「お嬢様・・・・・」
「貴方が剣を捨てることだなんて、あたしは絶対に認めない。貴方はこれから先、間違いなくこの世界に名を轟かせる高名な剣豪になる。歴代最強の剣士であるアーノイック・ブルシュトロームなんて目にならないくらいの、ね。貴方がそれほどの力を持っていることを、あたしはアネットの剣を通して見て、確信を抱いているの!! 貴方がメイドなんて器に収まらない、尋常ではない存在であることを、あたしは理解している!!」
そう言って赤い目をこすると、ロザレナは踵を返し、ゆっくりと屋敷の方へと歩いて行った。
「絶対に、認めないんだから」
その一言を言い残し、秋風が落葉を転がす中、彼女は俺の前から去って行った。
「あぁ、アネット。ここにいたのかい」
「あっ、お婆様・・・・いえ、メイド長。どうかしたのですか?」
「フフッ、他に人がいない時はお婆様で良いよ」
「あ、はい。分かりました。お婆様」
そう控えめに口にすると、廊下の窓を雑巾で拭いている俺に対して、マグレットは静かに笑った。
俺も、優しい表情を浮かべるようになった彼女に対して、同じように穏やかな微笑みを浮かべる。
「それで、何か私にご用時があったのではないのですか? お婆様」
「っと、そうだった。そうだった。実は来月の末に・・・・新節を迎える新年会があるって、お前さんには昨日話しておいただろう??」
「そうですね。雪麗の節の末、新しい年を迎える前日に、レティキュラータス家の親族一同が集まる会食会が、このお屋敷で行われると。そのことは確かにお婆様から聞き及んでおります」
「そう、その会食会のことなのだけれどね・・・・・先代レティキュラータス家当主夫妻が、孫の顔が見たいからって、一節早めにこの御屋敷にいらっしゃるそうなんだよ」
「え? 先代レティキュラータス家のご当主様というと・・・・ロザレナさまのお爺様、ということですか??」
俺のその言葉に、マグレットは何処か疲れたように、コクンと、頷いたのであった。
読んでくださってありがとうございます!
今日は更新が遅れてしまって、申し訳ありません。
また明日続きを投稿すると思いますので、ぜひ、読んでくださると嬉しいです!