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第12話 元剣聖のメイドのおっさん、祖母の過去を知る。




 「お前さんの母親ー---私の娘のアリサ・イークウェスは、この私のせいで、死んでしまったんだ」




 そう口にすると祖母は、後悔と悲しみの織り交ざった苦しそうな表情を浮かべ、目を伏せた。


 彼女が・・・・マグレットがこのような表情を浮かべたことは、今までに一度も見たことが無かった。


 いつも気丈に振る舞い、眉間に皺を寄せて、厳めしい雰囲気を漂わせていたマグレット。


 初めて見せた彼女のその弱々しい気配に、俺は思わず唖然となってしまい、何も言葉を発することができなくなってしまっていた。


 そんなこちらの様子を見て、マグレットはフフッと、口元に微笑を浮かべる。


「お前さんは賢い子だ。今まで・・・・産まれてからこの方、私に両親について聞いて来なかったのは・・・・自身の親がもうこの世にいないことを理解していたからなのではないのかい?? アネット」


「・・・・・はい。薄々は、察してはおりました。お婆様は、私とはメイドの仕事以外のことでは会話をしようとはしませんでしたからね。何処か、私の親のことを聞かれたくはない・・・・そういった気配を感じていたことは事実です」


「フフッ、まったく。前々から思っていたことだが、どうにも子供らしくないね、お前さんは。私ともアリサとも違って、とても利発な子だよ」


 まぁ、当然、生前の記憶を引き継いだこの似非幼女である俺が、イークウェス家の誰かに似るわけがないんだよな・・・・。


 人格は、アーノイック・ブルシュトロームのものなのだし、中身は50手前のおっさんだから、子供らしくないというのは当然の摂理だ。


 ・・・・・・いや、今、この考え方をするのは間違っているな。


 真剣に孫として接してくれようとしてくれているマグレットに対して、転生前の自分なんて今のこの状況下においてはどうでもいい話だ。


 今は彼女の孫であるアネット・イークウェスとして、彼女の話を真摯に聞くことにしよう。


「それで、お婆様・・・・お婆様のせいでお母様が亡くなられたというのは・・・・いったいどういうことなのでしょうか??」


「・・・・・自分で話を切り出しておいてなんだが、病み上がりのお前さんに聞かせるのは少々酷かもしれないよ?? 今ではなくとも、後で時間を作ってゆっくりと話した方が・・・・」


「構いません。私は・・・・私は、お婆様が私に打ち明けようとしてくれたことが何なのか、その理由を今すぐに知りたいのです。貴方の孫として、家族として貴方が心配だから・・・・お婆様が何故そんなに苦しい顔をしているのかを理解したいのです」


「アネット・・・・・」


 俺の言葉に対して、マグレットは申し訳なさそうに目を細めると、小さく息を吐き出し、静かに口を開いた。


「・・・・・・アリサは、お前さんのように真面目にメイド業に従事する子ではなくてね。この屋敷で一生レティキュラータス家の使用人として生きる自身の運命に、納得がいっていなかった。・・・・だからなのかね。15歳の成人の儀を迎えたある日の朝、私と喧嘩をして、屋敷から旅立って行ってしまったんだ」


 そう言うと、マグレットは過去を懐かしむような遠い目をして、俺を通して誰かを見ているのか・・・・ゆっくりと、かつての出来事を語り始めた。








『アリサ! イークウェスの責務を投げだして、いったい何処に行く気なんだい!?』


 朝陽が上り出したばかりの、午前5時半。


 大きな鞄を肩に掛けて、屋敷の門を潜ろうとしていた我が娘ー---アリサ・イークウェスを呼び止めた私は、急いで玄関から外へと駆けだした。


 そんな私の姿を鋭い眼で睨みつけながら、アリサは門柱の下で静かに口を開く。


『お母様、私、もうこんな生き方耐えられない。イークウェス家に産まれたからって何で、レティキュラータス家に一生仕えなければならないの? 何で、自由な休暇の時間が私たちには無いの? おかしくない??』


『・・・・・私たちは先祖代々、レティキュラータスに忠義を誓ってきたんだよ、アリサ。レティキュラータスの地位が降格しても、他の家中の者が皆この家から離れて行っても・・・・何があっても私たち一族だけはレティキュラータスから離れなかった。それは、先祖の代から多大なご恩があったからだ。その代々続いて来たこの歴史深き忠義を、ここで途絶えさせるとでも言うのかい? アリサ!』


『あー、もう、そういうのどうだって良いんだって! 先祖に恩があるからって何!? 何で私たち子孫はそんな意味不明な理由で将来を定められなきゃならないの!? 何で自由に生きる権利を剝奪されなきゃいけないっていうの!? もう、この際はっきり言うけれど、私はレティキュラータスのメイドになんて産まれたくなんて無かったわよ!! 栄えある剣聖の開祖だが何だか知らないけれど、こんな家、ただの没落寸前の張りぼて屋敷じゃない!!!!』


『アリサ!! お前!! なんてことをッッ!!!!!』


『ふぅ、最後に言いたいことを言えてよかったわ。じゃ、さようなら、お母様。もう、私はイークウェス性は名乗らないよ。好き勝手自由に生きさせて貰います』


 そう言って、アリサは栗毛色のポニーテールを揺らしながら、門の外へと歩いて行った。


 私は、去って行く一人娘のその背中に、思わず怒鳴り声を上げてしまう。


『この・・・・・馬鹿娘がっっっ!!!!!!!!!』


 30代前半の時に夫に先立たれ、それからずっと、娘を独りで育てて来た。


 この先、夫のように何かあって私がこの世から去った時、娘はいったいどうなるのかと・・・・私はいつも不安でいっぱいだった。


 だから、何かあっても良いように、あの子にはレティキュラータス家のメイドとしてのすべてを教え込んできたつもりだ。


 それはイークウェス家の伝統だからという思いも勿論あったが、1番は純粋に子を思うが故の教育だった。


 だが・・・・アリサには、私の厳しい教えは苦痛でしかなかったのだろう。


 メイドの一族に産まれてしまったという境遇と、私が行った、強烈な教育の日々の毎日。


 その地獄のような環境に耐えられず、あの子は逃げるようにしてこの屋敷から出て行ってしまった。

 

 去って行く背中を見送った後・・・・・あの子を追い詰めてしまったのは自分だと、深く後悔した。


 そうして、後悔の念を抱いたまま、メイド業に従事し、気付けば数十年の歳月が経過していた。


 60代前半となった、しんしんと雪が降る、冬のある日。


 深夜二時に、突如、馬の嘶き声が屋敷の外から鳴り響いてきた。


 何事かと思った私は、レティキュラータス家の方々を起こさぬように、静かに階段を降りて、部屋着のまま屋敷の外へと躍り出た。


『こんな真夜中に何事ですか!? ここはレティキュラータス伯爵家の屋敷なのですよ!?』


 そう、門の外に停めてある馬車に向かって叫ぶと、御者台から一人の女性が降りてきた。


 そしてその女性は、怪我でもしているのか・・・・足を引きずりながらこちらへと向かってくる。


 幼い赤子を大事そうに抱えたその人影は・・・・・ここ十数年、ずっと謝りたいと思っていた、私の娘ー---アリサ・イークウェスだった。


『・・・・・お母、様・・・・・』


『アリ、サ・・・・? い、いったい、どうして、こんな真夜中に・・・・?』


 そう疑問の声を投げた、その瞬間。


 アリサの身体がフラリと揺れ、彼女は力なく、雪の中で膝を付いた。


『アリサ!?』


 何があったのか分からず、急いで近寄ると、私はその時になってようやく彼女の現状を把握することができた。


 アリサは・・・・体中に矢を受け、血まみれだったのだ。


 肩、背中、腕、足・・・・・ありとあらゆる箇所に矢を受け、肩を小刻みに揺らし、ヒューヒューと、か細い息を口元から漏らしている。


 彼女のその苦痛に歪んだ暗い瞳が見つめるのは、自身の腕に抱かれていた赤子だった。


 アリサの血によって身体に巻かれている毛布も真っ赤に染まっていたが、どうやら赤子は無事な様子に見える。


 穏やかそうな顔で静かに寝息を立てていることからして、別段目立った怪我はないことが推察できた。



『ア、アリサ、その子はいったい・・・・? い、いや、それよりもその怪我はいったいどうしたっていうの!? は、早く、医院か修道院に行かなきゃ!! こんなに血が!!』


『・・・・・・お母様、ごめんなさい』


『ぇ?』


『私、ずっと我儘ばっかりだったよね。お母様の気持ちなんて、一切考えようなんてしてこなかった』


『そ、そんなことは、そんなことは今は良いの!! 早く医院に生きましょう!! 馬車の手綱は私が握るから、早く荷台に・・・・・』

 

『母親になって初めてね、お母様が私にどういう感情を持っていたのかを、理解したの。私ね・・・・この子がこの先どう生きるのかが、心配で堪らないんだ。ちゃんとした食事を摂って、ちゃんとした衣服を着て、ちゃんとした教育を学んで、ちゃんとした男の人と結ばれて、ちゃんと暖かい家庭を迎えることができるのか、本当に、心・・・配・・・・ゲホッ、ゴホッ!!』


『!? アリサ!?』


 吐血を吐いたアリサの肩を抱き、私はその血で紅く染まった真っ赤な顔に、視線を向ける。


 するとアリサはニコリと、申し訳なさそうに微笑んだ。


『お母様・・・・ごめんなさい。最期の、我儘・・・・この子を、アネットをどうか、幸せ・・・・に。私みたいな馬鹿な女にならないように、見守って・・・・・あげ・・・・て・・・・・・』


『アリサ・・・・? ねぇ、アリサ・・・・・?』


 そう言葉を残して、私の一人娘であったアリサ・イークウェスは・・・・この世から静かに息を引き取ったのだった。








「・・・・・・・・私が、あの子を追い詰めて、この屋敷から追い出したんだ・・・・・だから、アリサが・・・・お前さんの母親が亡くなってしまったのは私のせいなんだよ、アネット」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 なるほどな。


 マグレットは自分の教育のせいで、イークウェスという使用人の一族に彼女を産んでしまったせいで、アリサを殺してしまったのだと思っているわけか。


 第三者目線で見れば、アリサを死に追い詰めたのは、間違いなく彼女に矢を放った何者かなのだが・・・・。


 当事者なら、それも実の肉親だったのなら、そう簡単に物事を整理はできない、か。


 多分、間接的にでもそういった状況に追い込んでしまった罪を、マグレットは感じてしまっているんだろうな。


 まったく、何処かの過去の誰かさんに似て面倒な婆さんだな、この人は。


 俺は、沈痛そうに顔を伏せるマグレットに対して、優しく声を掛ける。


「お婆様、お話してくださってありがとうございました。お婆様が、お母様と似ているという私との接し方に困惑していたのも、今のお話を聞いて大分理解を深められたと思います」


「・・・・・私を責めないのかい、アネット。だって私は、お前の母親を、間接的に・・・・・」


「正直に申し上げますと、私にはお母様・・・・アリサさんが亡くなられたのは、自業自得にしか思えませんね」


「へ?」


 私のその言葉に、眼をまん丸にさせて、困惑げな表情を浮かべるマグレット。


 俺はそんな彼女に対して、続けて思った言葉を発していく。


「まず、アリサさんは成人してこの家を出て行ったのですよね?? 管理能力を他者に委ねざる負えない子供ならともかく、自分の世話を自分でできる大人が、自身の意志で決断して、自身の生き方を決めたんです。そのことに対して親がいつまでも責任を感じる必要なんて・・・・私には無いと思いますが。そう思いませんか??」


「え? い、いや、待ちなさい、アネット。貴方・・・・今までに親に恋焦がれたことがあるはずでしょう?? だって、身内と呼べる存在が私しかいない・・・・しかも、私は貴方を怒ってばかりいる・・・・そんな状況下であったなら、ロザレナお嬢様のように優しいお父様とお母様が欲しいと、羨んだことは絶対にあるはずでしょう? なのに、貴方を孤独にしてしまった私が憎いとは思わないの??」


「? いえ、私にはお婆様がいるだけで十分、恵まれていると思っていますよ?? 肉親が誰一人いない、自分の血筋がまったく分からない、本当の天涯孤独の境地は・・・・・地獄みたいなものですからね」


「本当の天涯孤独の境地・・・・?」


「あ、いえ、何でありません。とにかく、私はお婆様が憎いとかはまったく思っておりません。だって、アリサさんが屋敷を飛び出さなければ、私は産まれていなかったはずですし・・・・私は別段、この環境に不満は抱いてはいませんよ。旦那様も奥方様もお嬢様も、皆、優しい人ばかりですしね」


 そう言ってニコリと微笑むと、マグレットが急に肩へと腕を回し、ギュッと、俺を強く抱きしめて来た。


「お、お婆様!?」


「まったく・・・・・お前さんは誰に似たのかねぇ。私にもアリサにも似てないよ、その心の強さは」


「あ、ははははは・・・・・これも幼少期からビシバシとお婆様に鍛えられたおかげかもしれませんね」


「・・・・・本当に、本当に今まですまなかったね。私は、アリサそっくりのお前さんとどう接していけば良いのかが、分からなかったんだ。でも、私は生い先短い身だからね。お前さんが・・・・」


「分かっています。お婆様が亡くなった後に私が独りで生きて行けるように、使用人として教育していく必要があったからこそ、私を厳しく躾ける必要があった。でも、アリサさんのように家を出ていくことを危惧していたお婆様は、私との距離感に苦渋していた、と。今までの行動はそういうことですよね??」


「・・・・・・フフッ、ハハハハッ! そうさね。まさかここまで私の思考を読まれているとは・・・・・お前さんは本当に賢い子だよ、アネット。ただのメイドにしておくには惜しい逸材かもしれないねぇ!」


「いえいえ・・・・私はこの屋敷で箒を掃いている方が性に合っていますからね。この屋敷で過ごす忙しくも安寧とした時間は、とても好ましいものですよ」


「・・・・・・お前さんが他に何かやりたいことを見つけた、その時は・・・・その道を好きに進んで行っても良いからね。ただ、危ないことはけっしてしてはいけないよ。どうか、この婆よりも先には逝かないでおくれ」


 そう言って、眼の端から涙を流していたマグレットは、俺を更に強く抱きしめたのであった。











 翌日。午前七時過ぎ。


 まだ、ジェネディクトとの闘いの疲れが残っていたせいだろうか・・・・身体中の関節と筋肉がバッキバッキに痛んでいた。


 廊下を歩こうにも、壁に手を付けなければ満足に歩けないレベルだ。


 歩みを進める度に膝はガクガクと震え、今背中から奇襲されればー---幼い子供であろうとその攻撃を回避することは叶わないだろう。


 まさに、満身創痍の疲労体・・・・無理に身体を酷使した結果が、今の俺の情けない姿であった。


「えいっ! えいっ! そりゃーっ!」


「ん?」


 中庭から聞こえて来たその声に、俺はゆっくりと足を動かし、外庭へと出れる一階の渡り廊下を目指す。


 しかしその途中、突如、背後から声を掛けられた。


「あら? アネットちゃん?」


 後ろを振り返ってみると、そこに居たのはレティキュラータス夫人であった。


 彼女は俺の姿を視界に捉えると、廊下の奥から心配そうな顔をしてこちらにゆっくりと近付いて来る。


「もう、まだ安静にしてなきゃダメでしょう?? 無理をして身体を壊しでもしたらどうするの??」


「す、すみません、奥様・・・・どうにも、早朝にベッドの上にいると、落ち着かなくて・・・・・休暇を頂いているのは理解しているのですが、いつも寝坊すると、祖母が怒鳴り声が聴こえてきましたからね。何だかゆっくり休めないのですよ」


「あらっ、マグレットさんのせいにするなんて酷いアネットちゃんね。フフッ」


 そう言って口元に手を当て淑女然とした笑みを浮かべると、夫人は中庭が見える位置の窓際へと歩みを進めて、俺にこっちこっちと手をこまねいてきた。


「奥様?」


「ちょっといらっしゃい、アネットちゃん。貴方も、あれを見に来たのでしょう??」


 夫人の横に並び、窓の外へと視線を向ける。


 すると、中庭に一本立っている巨木の下で、ロザレナが箒を片手に何やら剣の稽古のようなことをしている様子が、眼に飛び込んできた。


 その光景を見て、夫人は微笑ましそうに優しい微笑を口元に浮かべる。


「あの子、無事に屋敷に戻ってきてから、アネットちゃんの話ばかりするのよ?」


「私の、ですか?」


「うん。悪い人たちをいっぱい倒して、身を挺して自分を庇ってくれた、って。とってもかっこいい、あたしもアネットみたいになりたい、って、ね」


 そう言って、夫人はこちらに身体を振り向かせると、深く、綺麗に、俺に対して頭を下げて来た。


「ありがとう、アネットちゃん。あの子を・・・・あの子の支えになって、助けてくれて」


「お、奥様!? 頭をお上げください!! 私は、使用人として当然のことをしただけであって・・・・」


「ううん。これは、子供を助けて貰った親としてのお礼です。そこに雇い主とか使用人だとか、そんな身分の差は関係ないでしょ??」


 そう言いながらゆっくりと頭を上げると、夫人は俺に向けてウィンクをした。


 その顔は、昨日別れ際に俺にウィンクをしてきたロザレナそっくりで・・・・雰囲気と性格は大分異なるけど、やっぱりこの人とロザレナは親子なんだなぁ、ということを改めて再認識した。


「あんなに真剣になっちゃって・・・・・前の幼稚な夢とは違って、今度は相当、本気みたいね」


 そう口にして、夫人は再び窓の外の、箒を一生懸命に振るロザレナの姿を真っ直ぐに見つめる。


 その横顔は、我が子の成長を嬉しく思う反面、何処か寂しく思っているような・・・・そんな複雑な顔色だった。

ここまで読んでくださってありがとうございます!!


皆様のいいね、評価、ブクマのおかげで執筆が続けられております!!


本当に感謝してもしきれません!!


最近は本当に寒くなってきましたので、皆様、お身体にご自愛してくださいね。


また明日投稿したいと思いますので、ぜひ、続きを読んで貰えると嬉しいです!!

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