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第92話 元剣聖のメイドのおっさん、妹ができる。



 満月亭の寮―――自室。


 俺は、自分の部屋に呼び集めた魔法兵部隊の四人に向かって、深く頭を下げる。


「急にお呼びたてしてしまって申し訳ございませんでした、ヒルデガルドさん、ミフォーリアさん、シュタイナーさん、ルークさん」


 そう口にした後、顔を上げると、そこには‥‥困惑した様子のみんなの姿があった。


 まぁ、無理もない、か。


 放課後、アルファルドとの騒動の後。


 俺は、【コンタクト】の魔道具(マジックアイテム)を使用して、理由を告げずに一方的に皆に満月亭に集まるよう呼びかけた。


 だから、突如呼び出された彼らの動揺は当然のものだろう。


 俺はふぅと短く息を吐き、背後に隠れているベアトリックスへと声を掛ける。


「―――――ベアトリックス先生。今からみなさんに例の件の話をしますが‥‥構いませんね?」


 そう声を掛けると、ベアトリックスは俺の手を強く握り、コクリと小さく頷いた。


 そんな彼女の様子を不思議に思ったのか、ヒルデガルトはベアトリックスへと鋭い目を向ける。


「さっきから気になってたけど‥‥いったいそいつ、どうしたの? 何か、いつもと様子違うように見えるけれど?」


 彼女の言葉に同意するように、ミフォーリアも首を傾げ、口を開く。


「そ、そうでありますね。何だか、いつもの強気な態度のベアトリックス殿とは思えないような‥‥」


「彼女が怯えていることについても、今から話をする内容と繋がりがあります。まず、端的に説明致しますが‥‥私の持っていた魔法の杖が壊されたのは、ベアトリックスさんのせいではなく、裏で暗躍していた毒蛇王(バシリスク)クラスの生徒たちのせいだということが分かりました」


「え‥‥?」


 その言葉に目を見開き、唖然とした表情を浮かべる魔法兵部隊の仲間たち。


 俺はその後、続けて、先ほど目撃した騒動――――ベアトリックスが、毒蛇王(バシリスク)クラスの副級長アルファルドによって脅迫され、傀儡にされていたことを、皆に伝えていった。


 勿論、俺がリーゼロッテと毒蛇王(バシリスク)クラスに狙われている件は、伏せておいた。


 余計な情報を与えて、彼女たちを危険に晒しても仕方がないからな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「―――――――と、いうわけで。ベアトリックスさんの身を護るために、私は先程、アルファルドさんと契約を結んできました。強制契約の魔法紙コンパルジョン・スクロールを使用しての契約なので、上手くいけばベアトリックスさんは彼の手から逃れられるはずです」


「コ、強制契約の魔法紙コンパルジョン・スクロール!? と、取引内容は!?」


「学級対抗戦の勝敗です。私たち黒狼(フェンリル)クラスが勝利すれば、ベアトリックスさんのお母さんの借金をチャラにしてもらいます。敗ければ――――私が彼の妾になります」


「しょ‥‥正気なの、アネットっち!? 強制契約の魔法紙コンパルジョン・スクロールでの取引は絶対なんだよ!? な、何で、そんな、自分を犠牲にするようなことをしたの!?」


「ベアトリックスさんには恩がありますからね。これは単なる恩返し――――いえ、少し違いますかね。私は多分、彼女に私の杖を壊すように命令したあの男に対して、心の底から激怒しているのだと思います。ですから‥‥彼から全てのものを奪わなきゃ、気が済まなくなっているのかもしれません」


「全てのものを、奪う‥‥?」


「いえ、何でもありません。忘れてください」


 そう言葉を返すと、ヒルデガルトは俺の背後に隠れているベアトリックスへと鋭い眼光を向ける。


「あんたまさか、アネットっちを止めなかったの? 自分の保身のためだけに、彼女を良いように利用しているというのなら、あーしは絶対にあんたを許さな―――――」


「馬鹿言わないでくださいっ!! 私が、アネットさんを止めないわけないじゃないですかっ!!!!」


 甲高い声で叫び声をあげ、ベアトリックスは目の端に涙を貯めながらヒルデガルトを睨みつける。


 そんな彼女の様子に面食らった後、ヒルデガルトはフッと笑い声を溢し、柔和な微笑みを浮かべた。


「そっか。‥‥いっつも仏頂面で何考えているか分からなかったけど‥‥今の感情むき出しのあんたの言葉なら、信じるよ。ベアトリっちゃんが、アネットっちに対して申し訳ないっていう気持ちがあることは理解したからね」


「ぇ‥‥?」


「頬、ぶっちゃってごめんね。でも、ベアトリっちゃんもあーしたちを信用して相談してこなかったのはずるいよ? そんな背景があるだなんて、フツー、想像付かないし!」


「そうですよ。頼りないかもしれませんが、もっと僕たちを信じてください、部隊長」


「ヒルデガルトさん‥‥ルークくん‥‥」


「‥‥ふむ。しかし、あれはスナップの利いた美しいビンタであったな。ヒルデガルト女史は魔法よりも物理攻撃の方が得意なのではないのだろうか? この我を恐れさせるとは、なかなかのものであったぞ?」


「うっさい! 変態芸術家! お前は引っ込んでろ!」


「そうであります! 感動の和解シーンに、変態はお呼びじゃないのであります! あっちに行っていろ、であります!」


「ちょ、へ、部屋の隅に押し込まないで欲しいぞ、ミフォーリア女史! 我を仲間外れにしようとするな!」


 がやがやと和やかな様子で騒ぎ始める、魔法兵部隊の仲間たち。


 そんなみんなの姿を見つめながら、ベアトリックスは俺の手をギュッと握りしめ‥‥ホロリと、一筋の涙を溢した。


 俺はそんな彼女にクスリと笑みを溢し、背が低い彼女を見下ろして、静かに声を掛ける。


「‥‥‥‥ベアトリックスさん。貴方は一人ではありません。私たちがいます」


「アネット、さん‥‥?」


「大丈夫です。私たちが必ず貴方を助けてみせます。ですから、ね? 信じてください」


 そう言ってウィンクをして笑みを向けると、ベアトリックスは眉を八の字にして、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。


 そして祈るように手を組むと―――震える唇で、静かに口を開いた。


「お‥‥お‥‥」


「? 何ですか? ベアトリックスさん?」


「お‥‥お――――――お‥‥‥‥‥‥‥‥お姉さま」


「‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」


「アネットお姉さまっっ!」


「は? え、ちょ、ベアトリックスさん!?」


 俺の身体を強く抱きしめて、胸に顔を埋めてくるベアトリックス。


 そんな彼女の突然の行動に動揺していると、部屋のドアが開けはたれ、廊下から二人の人物が姿を現した。 


「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」「そ、そうですわ!!!!」


 部屋に現れたのは、ロザレナとルナティエだった。


 彼女たちは抱き合う俺とベアトリックスの姿を視界に納めると、何処か苛立った様子を見せ始める。


「‥‥‥‥アネット。あんたまさか‥‥また、新しいオンナを作った、と。これは、そういうわけなのかしら?」


「アネットさん‥‥わたくし、何だかとてもイライラしておりますわ‥‥早くベアトリックスさんから離れてくださいませんこと?」


 ダブルお嬢様方に睨まれ、俺は引き攣った笑みを浮かべる。


 だが、ベアトリックスを引き剥がそうにも、彼女は俺の身体を強く抱きしめているため、梃子でも動かなそうな様子だ。


 ‥‥‥‥‥‥いや、というか、お嬢様方は部屋の外で盗み聞きしていたんですね。


 魔法兵部隊の仲間たちを満月亭に呼んだ時点で、薄々そうなるんじゃないかなとは思ってはいたが‥‥こうも堂々と部屋に現れるとは予想していませんでしたよ、ダブルお嬢様方。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 幕間 


 ―――――王都内 某所。


 特一級危険人物の罪人が収容される地下監獄に、二人の人物の姿があった。


 一人は、銀の髪の絶世の美女、王女、エステリアル。


 もう一人は、仮面を付けた漆黒のコートを羽織った男、復讐鬼、ギルフォード。


 王女と従者の二人は、ランタンを手に持って、薄暗い地下牢の中を静かに歩いて行く。


 そして、ある牢獄の前で立ち止ると、エステリアルは牢の中に居る住人へと声を掛けた。


「――――――――お久しぶりですね。僕のことを、覚えていますか? ‥‥ジェネディクト殿」


 その声に、牢の壁に背を付けて座り込む、幽鬼のような出で立ちの長髪の男は顔を上げた。


「‥‥誰、かしらぁ? んもぅ、せっかく気持ちよく眠っていたというのに、邪魔しないで欲しいわねぇ」


 そう言って大きく欠伸をすると、男は手枷が付いた腕を上げ、ボリボリと頭を掻く。


 そして光の宿っていない漆黒の目を細めると、彼はエステリアルをジロリと睨みつけた。


「貴方、誰かしらぁ? 貴方のような子、私、知らないわ」


「5年前。ジェネディクト殿がとある人物に敗北した‥‥奴隷市場襲撃事件。あの現場に、実は僕も立ち会っていましてね。とはいっても、変装していましたので、今とはずいぶんと姿かたちは違うのですが」


「‥‥‥‥‥‥‥‥へぇ? あんた、私があの化け物(・・・)と対峙したあの場所にいたの。だったらあんたは‥‥あそこに囚われていた奴隷のガキ、というわけね」


 クックックッと一頻り笑い声を上げた後、ジェネディクトは天を見上げ、再度開口する。


「ここにいると年月の進みが分からなってくるわね‥‥もう5年、か。だったら、あの怪物もさらに強くなっていることでしょうねぇ。すでに剣聖にでもなっているのかしらぁ?」


「いえ。彼女は平穏な暮らしを選びましたよ。今では普通に一般人に紛れて生活をしております」


「‥‥はぁ? ますますわけのわからない奴ね、あの化け物は。あんな怪物が一般人に紛れているだとか、薄気味悪いったりゃありゃしないわぁ」


「もう一度、彼女にリベンジしたいという気持ちはありますか?」


「ないわね。どう足掻いても勝てない相手に挑むほど、時間の無駄なことはないわ」


「では‥‥もう一度、バルトシュタイン家に復讐をしたいという気持ちは、ありますか?」


「‥‥‥‥‥‥何が言いたいのかしらぁ? 貴方ぁ?」


「僕は、聖グレクシア王国、王位継承権第五位、エステリアル・ヴィタレス・フォーメル・グレクシアです。現在、きたる王位継承戦―――巡礼の儀に向けて、四大騎士公の血を引く従者を探していまして。そこで、バルトシュタイン家の血を引く貴君をスカウトしにきた、というわけなんです。貴方であれば、剣の腕も申し分ない。この国で貴方に勝てる剣士など、殆どいないでしょうからね」


「フフフッ、ハッハッハッハッ!! まさか、この私を制御できるとでも思っているのかしら、王女様ぁ!? 牢から出たら、好き勝手させてもらうわよぉ? もしかしたら、貴方の綺麗な顔をグチャグチャにしてしまうかもしれないわねぇ‥‥ウフフフ」


 その言葉に、エステルの背後に立っていた仮面の男―――ギルフォードが呆れたようにため息を溢す。


「‥‥エステル。やはり、奴をこちら側に引き込むのは不可能だ。【迅雷剣】は、誰の言葉にも従わない。ただの狂犬だ」


「ノワール。僕はそうは思わない。彼は、バルトシュタイン家の復讐のためだけに人生を捧げている。ならば――――聖王国のすべてを壊そうとしている僕らと目的は一緒のはずだ」


 そう言葉を返すと、エステルはジェネディクトと視線を合わせる。


 そして柔和な笑みを浮かべ、彼女は言葉を放った。


「僕たちは同志なんですよ、ジェネディクトさん」


「同志? 何を言っているのか分からないわねぇ」


「僕は、聖王の座を目指してはいますが‥‥その動機は復讐、なんです。僕は、王族というものを心底嫌っています。そして、何千年も学ぶことをせずに、変わらずにこの世界で殺し合いを続けている各国の首脳どもの頭の悪さにも怒りしかない」


「‥‥‥‥」


「こうは思いませんか? 上で偉そうにふんぞり返っている権力者どもを、磔にし、考え得る限りの痛みを与えてやりたい、と。この国の全てを壊し尽くしてやりたい、と」

 

 不気味に微笑む銀髪の少女のその姿に、ジェネディクトは笑みを止め、真面目な様相を浮かべた。


「貴方が聖王の座を目指している目的は、何?」


「この残酷な世界への復讐‥‥ですかね。僕は、この世界を正しい形へと導く、唯一の王を目指しています」


「唯一の王‥‥?」


「はい。僕の目的はただひとつです。この大陸にある全ての国々を統一し、悪人がいない平穏な楽土を創りだす。そのためには、愚民は選別しなければならない。武力を持って平和を保つ‥‥新たな国家体制を築こうと思っています」


「フフフッ‥‥貴方が手を組もうとしているこの私は、貴方が選別しなければならない対象である、極悪人そのものだと思うのだけれどぉ?」


「ジェネディクトさんの生きる目的は、バルトシュタイン家への復讐だけだ。それがなくなれば、貴方には人に悪意を振りまく理由がない。ですが‥‥もし、目的達成後に僕の意に反した行動をした、その時は‥‥流石に敵同士になるかもしれませんがね」


「悪を以て正義を成す、か。目的のために手段を選ばないというところは、好感が持てるわぁ。‥‥良いわ。手を結んであげる。ただし、私は貴方の忠実な下僕になるわけではない。そこのところ、忘れないで欲しいわねぇ」


「分かりました。肝に銘じておきます」


 こうして、人知れず、【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタインは、エステルの配下となったのであった。

第92話を読んでくださって、ありがとうございました!!

ジェネディクトは個人的にお気に入りキャラなので、また書けて嬉しいです笑


次回、93話が終わったら、ついに第4章学級対抗戦編の始まりです!!

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!!

夏が来る前に、季節に合わせて夏が舞台の第5章を書きたいです笑


また次回も読んでくださると嬉しいです!!

ではでは〜!!


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