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~てんさいだいまじゅつしにーとさざーんちゃん~ だいいちわ

去年のエイプリルフールネタの穴埋めネタ

完全におふざけ作品なので細かいことは気にせずお楽しみください

 ――サザーンは、闇と炎を操る魔術師である。


 それはその身から邪神の欠片が失われ、彼女が仮面を脱ぎ捨てた今となっても変わりはない。


「ははは、踊れ、踊れ、踊れ!」


 彼女が指先を閃かす度、その指の先で人影が揺らめく。

 その視線の先にいるのは、封印の巫女の少女と変わらない、年端もいかぬ少女たちの姿だった。

 かつて封印の巫女と呼ばれ、世界の守護者としての任を全うしたはずの彼女は、その様を楽しげに眺めていた。


「バカめ。これで終わったと思ったか。もう一度だ」


 やがて動きの止まった人々を見て、傍若無人なる指が再度揺らめく。

 すると、動きを止めたはずの少女たちは、その指に操られるがごとく、ふたたび動き出す。


「あはははは! 何だその動きは、あはははは!」


 その滑稽にも見える仕種に、魔術師の少女は無邪気で残酷な笑声を響かせる。

 終わらない遊戯。

 女主人の望むまま、少女たちは踊り続ける。


「ふん。いい加減に飽いたな」


 しかし永久に続くはずのその舞台は、傲慢なる少女によって突然の終幕を迎えた。

 魔法の指先が踊れば、少女のためだけの舞台は、一瞬で黒い帳に包まれ……。


「お前はテレビも普通に見れないのかよ!」

「あたっ!」


 テレビのリモコンを手に悦に入っていた少女の頭が、不意に上から叩かれる。


「まさか、貴様はソーマ! どうやってここに……!」

「普通にカギを使ってだよ! 俺の家なんだから帰ってくるに決まってるだろ」


 サザーンの大仰な台詞をそうやって軽くいなしてから、ソーマは部屋を見回してため息をついた。


「まったく、ほんの半日いない間に随分散らかしやがって……」


 もとよりお世辞にも綺麗な部屋とは言えなかったが、ソーマが大学に向かった数時間前と比べても明らかに悪化していた。

 部屋の中央にデデンと鎮座したコタツからはサザーンの頭と腕だけがにょっきり生えていて、その周囲、ちょうどサザーンの両手の届く範囲に様々なものが散乱しているのだ。


 サザーンがあごを載せている低反発枕を皮切りに、テレビのリモコン、食べかけのスナック菓子の袋、読みかけの漫画、空になったオレンジジュースのペットボトル、ゲームのパッケージ、今日の日付に二重丸されて「18時 アプデ!」と書かれたカレンダー、皮だけになったみかん、真っ黒な画面のままのスマートフォン、踏みつけられてへこんだティッシュ箱、未開封のカップ麺、などなど、オタクアイテムや雑貨が乱雑に配置されて目も覆いたくなるような惨状を作り上げていた。


「まだこっちに来てからそんなに時間も経ってないはずなのに、とんでもない適応っぷりというか、もはや完全にニジオタコミュショーヒキニートというか……」

「ふはははっ! 僕の適応能力を甘く見るなよ! 僕は楽をするためならどんな努力も惜しまない女だ!」


 高笑いをするサザーンにソーマは頭痛がしてきたが、そこで一つ、看過出来ないものを発見した。


「あ、お前、よく見たらその枕、俺のじゃないか! 何で自分のを持ってこないんだよ」

「う、うるさいな! こっちの方が、その……高さがちょうどいいから!」

「いや、高さは変わらないというか、俺のと色違いのがいいって言ったのお前じゃないか。

 それにお前、たまに俺の枕に顔うずめたまま眠るからよだれが……」


 ここぞとばかりにソーマが小言を言い始めたところで、サザーンが爆発した。


「う、うるさいうるさいうるさーい! もとはと言えばお前が悪いんだぞ!

 今日は三限終わりのはずなのに全然帰ってこないから!

 せっかく二人で食べようと思ってカップ麺を用意して待ってたのに!」

「いや、そこはせめて料理を作っておけというか、だからカップ麺が転がってるのか。

 あと言っとくけどそのカップ麺も俺が買ってきたもんだからな?」


 ソーマが呆れ顔で諭すが、サザーンは聞いていなかった。


「僕を家に置いてけぼりにして、外でよろしくやってたんだろ!

 そんな顔したって騙されないんだからな!」

「よろしくやるってなんだよ。第一、俺に友達がいないのはお前も知ってるだろ」

「どうだか! この前大学で会ったエーミとかいう女はお前のこと知ってるようだったぞ!」

「お前、いつの間に大学なんて来たんだよ」


 色々と問い詰めたい案件が増えてくるような気がするが、このままでは埒が明かない。

 ソーマは首を振って他所事を頭から追い出すと、あらためて今日のことを説明した。


「今日遅くなったのは、一人で大学に残って課題やってたからだよ」

「そ、そんなの家でやればいいじゃないか!」

「お前が色々ちょっかいかけてくるから家じゃ出来ないんだろうが!」

「う、うぐぅぬぅ……!」


 流石に思い当たる節もあるのか、サザーンは「うぐぅ」だか「ぐぬぅ」だかよく分からない呻き声をあげて口を閉じた。


「あのな、お前を居候させる時に言ったよな? 俺にニートを養う余裕なんてないって」

「くっ! しかしニートは僕の夢……」

「は?」


 威圧するようなソーマのつぶやきに、サザーンはひっと怯んでコタツの中にもぐりこんだ。

 だが、すぐに反対側から顔を出すと、ビシッとソーマに指を突きつけた。


「あ、甘い! 甘いぞ、ソーマ! 僕はニートじゃない!」

「いや、どっからどう見てもニート……」


 呆れ顔のソーマの言葉をさえぎって、サザーンは胸をそらして叫ぶ。


「いいや、僕はニートじゃない。僕は……『家事手伝い』だ!!」

「お前、家事手伝わないじゃないか」

「うぐぅぬぅ……!」


 が、一秒で論破されるとふたたびコタツの中に潜っていった。

 その光景を見て、ソーマはもう一度ため息をついた。


「……まあ、いきなり働けってのも難しいんだろうけど」


 あまりの適応っぷりに忘れそうにもなるが、サザーンはもともと異世界の、ゲーム世界の人間だ。

 就業資格だの経歴だのの前に戸籍すらないサザーンが仕事を見つけるのは困難ではある。

 しかしソーマとしては、せめて何かしらの誠意を見せろと言いたくなるのだ。


「わ、忘れてたっ! 僕だって頑張っていることならあるぞ!」

「お、おおっ!?」


 ダバァッ、と三度コタツより飛び出してくるサザーン。

 転がっていたスマホを手に取ると、手慣れた動きで何やら画面を操作していく。

 そうして表示されたのは……。


「小説投稿サイト?」


 首を傾げるソーマに、サザーンはしたり顔で解説をする。


「ふふん! このサイトは人気が出ると本を出せたりもするサイコーにクールでホットでナウいところなんだ!」

「ナウいかどうかはともかく、俺も名前くらいは聞いたことあるな」


 ゲーム以外のものにそんなに興味のないソーマが知っているくらいだから、有名なサイトではあるのだろう。


「もしかして、このサイトに小説を載せてるのか?」

「ふははは! 彼の地では僕は『天才大魔術師サザーン』という仮初めの名で活動している!

 しかも作品を載せた途端に大人気になって、なんと、この前日刊ランキング二百九十三位になったんだぞ!」

「おお、それは……すごいのかすごくないのかよく分からん」


 何十万作品もある中で三百位というとすごいっと考えるべきなのだろうか。

 それともまだ三百位じゃないかと言うべきなのか、そのサイトに詳しくないソーマにはちょっと分からなかった。


「それにしても、お前が書いた作品となるとすごい中二病作品になりそうだな」

「む、中二病とは失礼な! 僕が自信を持ってこの世界に打って出る超銀河的大作だぞ。

 今の流行のゲームトリップ要素と俺TUEEE要素を取り入れ、メインは一人に絞りながらもたくさんの女性ヒロインキャラを出すという今一番KOOLなトレンドを意識して……」

「お前、そういうことだけは割とマメなのな」


 そういえばまだミティアとして島で暮らしていた時も小説を書いていたようだし、案外小説を書くことには慣れているのかもしれない。


「そ、そういうところだけって言うな!」

「いや、でも、素直にすごいと思うぞ。内容はまだ見てないけど、ランキングに載るってことはそれなりの分量書いたってことだろうし」


 ソーマはちょっとだけ見直した気分でサザーンを見ると、彼女は照れたように顔をそむけた。


「……まあ、身近に題材が転がっていたからな。書くのはそんなに大変じゃなかった」

「ああ。そりゃ、ファンタジー世界に暮らしてりゃあ、それはな」


 何しろ書くことが全て現代日本人にとってはファンタジーなのだ。

 それは大きな強みだろう。


「で、どんな作品なんだ? ちょっと見せてくれよ」

「えっ?」


 ソーマが言うと、サザーンは虚を突かれたような顔をして固まった。


「え……あ、う。あ、あらためて見せるとなると、その、こ、心の準備が……」


 めずらしい反応ではあったが、ぶっちゃけ無駄だった。

 ペンネームが分かっている以上、サザーンが何もしなくてもそれで検索すれば作品は一発で出てくる。


「べ、別に自信がない訳じゃないんだぞ。た、ただ、なんかその、恥ずかしいというか、なんというか……」


 コタツに下半身を食べられたままうねうねと身体を揺らすサザーンを横目に、ソーマはちゃっちゃと文字を入れるとサザーンの作品を検索する。


「お、これか?」


 そうして見つけた作品のあらすじを読むと、そこには……。




【この世界がゲームだと俺と巫女だけが知っている】


バグ満載のため、ある意味人気のVRゲーム『New Communicates Online』(通称『猫耳キャッツオフライン』)。

その熱狂的なファンである相良操麻は、不思議な道具の力でゲーム世界に飛ばされてしまう。

突然の事態に驚く操麻だが、そこは勝手知ったるゲームの世界。

あらゆるバグを使いこなし、美貌の封印の巫女と運命の出会いを果たした彼は、いつしか『奇剣使いソーマ』と呼ばれていた。




「ちょっと待てぇえええ!!」

「ひゃわっ!」


 大声にのけぞったサザーンの前に、スマートフォンをかざす。


「こ、これ! どういうことだよ!」

「ひどいじゃないか! 他人の作品を勝手に見るなんてっ!」

「うるさい! 日記ならともかく公開されてる作品読まれて文句言うな!

 それよりこの内容! 完全に俺のことだろうが!」


 それは完全にソーマが体験した出来事。

 しかも、


「バッリバリの本名プレイってどういうことだよサザーン!!」


 しかも、ゲームの名前なんかは微妙に変えてあるのにソーマの名前だけ素のままという嫌がらせっぷりだ。

 いや、ソーマだって一人用のVRゲームをやる時は本名で登録したりもするが、流石にこれはない。

 しかもサザーンはこれを小説投稿サイトにすでに投稿しているというのだ。


 もし、それが大学のともだ……はいないから大丈夫だが、知り合いの目にでも留まっていたりしたら……。

 ソーマは震えあがった。


「ふふん。貴様のことを本にしてやろうというのだ。

 むしろ僕に五体投地して感謝を……」

「今すぐ、消せぇぇええ!!」

「わっ、ちょっ、やめ……ひゃああああああ!」





 流石に作品を消すのはサザーンが了承せず、主人公の名前を変えることで双方手打ちとなった。


「くそう。本当に大学の知り合いにばれてたらどうするんだよ」

「あ。この前大学で会った女にはこの話はしておいたぞ」

「お、ま、え、はぁあああ!!」


 どうしてこう余計なことばかりに動きが早いのか。

 ソーマは頭を抱えたくなった。


「な、なぁ、その……ソーマ?」

「なんだよ」


 うずくまったまま動かないソーマの背中に、真っ白な手が触れる。


「その……本当に、ソーマが望むなら。僕はニートを辞めても、いいぞ」


 さっきまでとは違うトーンの声に、ソーマは顔をあげた。


「サザー、ン?」


 視界に入った巫女の顔に、少し眉を寄せる。

 普段は不敵なサザーンの顔には、なぜだかほんのりと赤みが差していた。


「一つだけ、思いついていた方法があるんだ。

 簡単に、お前がうんと言ってくれるだけで、すぐにニートじゃなくなる、方法」


 仮面から解き放たれたその整った顔が、ソーマに近付く。


「お、おい、サザーン?」


 怪訝そうなソーマ。

 その顔に、いまや羞恥を隠そうともしない真っ赤な顔が近付く。

 近付いて、近づいて、そして……。



「なぁ、ソーマ。その、よければ、僕と……」



 ――ピピピピピピピ!



 直後、ソーマの手首辺りからけたたましいアラームの音が鳴り響いた。


「うっわあああああ! もう六時じゃないか!」

「へ? え?」


 跳び起きたソーマによって、一切の躊躇なく振りほどかれるサザーン。


「悪いサザーン! 話はアプデが終わったあとにな!」


 言うなり、部屋の隅に設置されたVRマシーンに飛び込んでいくソーマ。


「え、なっ……はぁ!?」


 そういえば、今日のカレンダーには「18時 アプデ」と記されていたような……。

 と、サザーンがようやく何が起こったのか気付いた時には、ソーマはすでに電脳世界にその身を委ねた後で、



「――ソォマアアアアアア!!」



 怒り狂った元巫女の叫び声が、狭い部屋にこだまする。


 天才大魔術師にして、いまや二次オタでもあるサザーン。

 ただ、そのオタクレベルの重篤さで言えば、彼女はまだまだソーマに及ばないのであった。




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ゲーム作りに夢中ですっかり忘れ……いえ、まだその時期ではないと思って言っていなかったのですが、今日あたり発売の原作七巻のほかに、2月15日に漫画版の三巻が発売されます

なぜかこっちには特典小説などもついてくるので興味ある方はチェックしてみてください

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