アレックズの癒やし
第五巻(サザーンと一緒に生贄の迷宮に行く辺り)の特典SSを書き直したものになります
「――このパーティには、足りないものがある!!」
のどかで平和な昼下がり。
その静寂を破ったのは、自称勇者な金髪の青年、アレックズの叫びだった。
何の脈絡もなく、突然立ち上がって叫ぶのはかなり奇矯な振る舞いであると言えるが、とはいえ、それで驚くような人間はこの場にはいなかった。
「ふんっ! このパーティに足りないものなど自明! それは無論、僕への敬意に決まっている」
本に目を落としていた黒尽くめの魔術師、サザーンは顔すら上げずにそう言い放ち、
「あらぁん! アタシ分かっちゃったわ。愛、よねぇ。パーティ内恋愛とかいいと思うわぁーん」
筋骨隆々な格闘家、バカラは野太い声で言いながら、くねんくねんと身体を揺する。
「足りないもの、ねぇ。このパーティに一番足りないのは常識と理性だと思うけどねぇ。……あぁ、あとは女っ気、とかね」
そして、部屋にいた最後の一人、室内でも鎧完備な重戦士、ライデンがぼやくと、アレックズが我が意を得たり、とばかりにもう一度叫んだ。
「ライデン、それだよ!!」
「は?」
まさか肯定されるとは思わなかったのか、間の抜けた声をあげるライデンに、アレックズは最前まで熱心に見ていたあるものを突きつけた。
「ああっ! それ、僕の本じゃないか!」
ライデンの前に広げられたのは『邪神討伐伝』というタイトルの漫画だった。
過去の邪神大戦を元ネタとして描かれた少年向けのバトルものであり、王都リヒテルでもナンバーワンの人気漫画だ。
「ああ。置いてあったから読ませてもらったよ」
「読ませてもらったよ、じゃないだろ! 捜してたんだぞ、それ!」
「それよりもほら、これだ!」
サザーンの追及をさらっとかわしながらアレックズが開いたページは登場人物紹介。
子供に配慮しているのか、平仮名メインで書かれたそこには、「これがじゃしんをたおすゆうしゃパーティだ!」とでかでかと見出しがつき、そこにキャラクターのイラストと「レオン:ゆうしゃ(おとこ)」などといった四人の簡単な紹介文が記されている。
「これがどうしたって言うんだ?」
不機嫌そうに言うサザーンに、アレックズはもどかしそうにある一点を指した。
「分からないのかい? これが、僕たちに足りないものさ!!」
アレックズが堂々と指さした場所。
そこには青い僧服に身を包んだ女性が控えめに立っていて、その横には「リリア:そうりょ(女)」と書かれていた。
「アタシはぜぇったい、反対よぉ! そもそもパーティのアイドル兼癒やし担当はもうアタシがいるでしょ! なのに新メンバーとかおかしいじゃない!!」
マッチョな大男、バカラはそう言って同意を求めるように仲間たちを見回したが、悲しいかな、その言葉に賛同する者はいなかった。
場の雰囲気を戻すかのように、ライデンがごほん、と咳払いをしてから口を開く。
「ま、まあ、バカラの言うことも一理ある……かもしれないが、ただ、もしもの時を考えると、パーティメンバーは多い方がいい」
「そんなっ! ライデンちゃん!」
裏切られた、みたいな顔をしてどこからか取り出したハンカチを噛みしめるバカラを見て顔をひきつらせながら、ライデンは言葉を続ける。
「それ以上に、パーティバランスって奴は大事だ。言っちまうがオレたちは強いからな。パーティを結成してからここまで、怪我らしい怪我もせずにやってこれた。ただ、いつまでもそれが続くと考えるのは危険だ。ヒーラーの加入は強い奴と戦うためには避けて通れない要素、特にオレたちの最終目標『魔王討伐』のためには必要不可欠と言っていいだろう」
真面目な顔で言ったあと、「それに、やっぱりパーティが男だけだとむさ苦しいしな」とぼそっとつけくわえるライデン。
それが聞こえたのかどうか、
「だ、か、ら、それならアタシが……」
バカラがもう一度、声高に抗議の言葉を口にしようとしたところで、
「――サイレンス」
背後に忍び寄っていたサザーンの魔法を受け、彼は文字通り声を失った。
さすがのマッチョ格闘家も、油断しているところを至近距離から、それも死角となる背後から魔法を放たれては、避けることも出来なかったのだ。
「――! ……!? ――!!」
口をパクパクさせながら何かを言おうとするが、沈黙の状態異常にかかったバカラの喉は何の音も出せはしなかった。
「よし、でかしたぞサザーン君!」
「――?!」
そして、素早くバカラの近くに駆け寄ったアレックズが回復アイテムの入ったバカラのポーチを奪い取る。
これで完全に沈黙から脱する方法をなくしたバカラは、地団太を踏んで無言の抗議を行った。
「まったく、お前さんらは……」
やれやれ、と呆れるのはライデンだ。
だが、彼としても積極的にバカラを助けるつもりはないらしい。
肩をすくめながらも、まるで何もなかったかのようにアレックズに問いかける。
「ま、ヒーラーを捜すのはいいとして、それでどうしてこんな場所に来ることになるんだ?」
言いながらライデンが示したのは、前方の大きな山。
レベル百三十のフィールド、カッデルト火山だ。
「ああ。この山は頂上にMP回復効果のある温泉が湧いているそうでね。回復職の修業スポットとして有名だそうなんだ」
「お、温泉だと!?」
温泉という言葉に激しい食いつきを見せるサザーンと、どこか懐疑的な視線を向けてくるライデンを横目に、アレックズは続きを口にする。
「それに、君たちと出会う前、仲間集めをしている時にある噂を耳にしたことがあるんだ」
「噂?」
そうして問い返すライデンの言葉に、アレックズは口の端を持ち上げてこう答えたのだった。
「ああ。信じられないほどの技量を持った僧侶が、頻繁にこの山を訪れて修行しているらしい、とね」
いまだにライデンは半信半疑の様子であったり、サザーンが「僕は絶対、温泉なんて入らないからな!」と騒ぎ立てたり、ということもあったが、結局一行はカッデルト火山を目指すことになった。
それというのも、
「ふっふーん! 二人きりでのデート、今から楽しみね、ライデンちゃん!」
「……オレは、買い物に付き合う、って言っただけのはずなんだけどねぇ」
「もぉう、照れなくてもいいのよ。世の中には買い物デート、ってものもあるんだから、ねぇぇん?」
火山に行く代わりにライデンが一度だけ買い物に付き合う、という条件でバカラが折れ、一転して賛成派の急先鋒となった彼の猛プッシュにより、反対派が押し切られたのだった。
「あーもう、どこに連れてっちゃおうかしらねぇーん。あぁ、あの店に連れていったら、ライデンちゃん、もしかすると新しい扉を開けることになるかもしれないわよねぇ」
「……オレとしたことが、早まって安請け合いしちまったかねぇ」
ひたすらはしゃぐバカラとどんよりと落ち込んでいくライデン。
好対照の二人を先頭に一行は進み、やがてカッデルト火山のふもとに辿り着いた。
「さてさて。無駄足になっても困るからな。まずはあそこの小屋でちょいと情報を仕入れてくるとしますか」
ライデンが目をつけたのは、山のふもとに建てられた休憩所。
その小屋の前に、その管理をしていると思しき老夫婦が立っているのが見えていた。
「なるほど! 情報収集は大切だね! なら、僕も張り切って有益な情報を集めるとしようか!」
勢い込むアレックズに続き、バカラ、サザーンも小屋の方に足を踏み出そうとしたが、それはライデンが止めた。
「いや、アンタたちはここで待っててくれ。アンタたちは、その……目立ちすぎて交渉には少し不向きだからな」
「ふっ! 適材適所、という訳か。ならば任せた! 僕はその間にこの辺りのモンスターを一掃してくれよう! 行くぞ、我が愛剣、インフェルノブレイズ!」
「じゃあアタシは留守を守っておくわぁーん。行ってらっしゃぁぁーいん」
ハートマークがつきそうなバカラの台詞と投げキッスに見送られ、頭痛をこらえる様子のライデンと、ミスリルソードを振り回すアレックズが去っていく。
あとには、筋骨隆々の武闘家と黒尽くめの魔術師だけが残された。
「さっきからずっと黙っちゃって、随分と不機嫌そうねぇ、サザーンちゃん」
むすーっとした顔で突っ立っているサザーンに、同じく手持ち無沙汰なバカラが声をかけた。
「当たり前だ。僕は余人に顔を晒す訳にはいかないからな。温泉など害悪でしかない。それに、ここは熱いし、山登りは疲れるし、まるでいいことがないじゃないか!」
「あらぁん? 大魔術師様ともあろう者が、この程度の山にビビっちゃってるわけぇ?」
「ビ、ビビってなどいない! ただめんどくさいなっていうのと、あ、あれだ! こんな場所じゃ敵が弱いからお金も大して手に入らないだろ! 新しい本を買っちゃったから今月はちょっとピンチなんだ!」
苦しい言い訳をするサザーンに、しかしバカラは呆れた表情をしてみせた。
「アンタ、いつもお金に困ってるわよね。無駄遣いすると困るのはアンタなんだから、いい加減学習したらどうかと思うわよぉ」
「う、うぐ……。ち、違う。そ、それはえっと……呪いのせいなんだよ!」
「のろいぃ?」
「そ、そうだ! 僕には欲しいものを我慢出来ないという呪いがかかっているからな! だから見たことのない本を見るとつい買っちゃうのは僕のせいじゃないんだ!」
「……ふーん。お金に困る呪いなんて初めて聞くわねー」
話半分、どころか話十分の一といった体でサザーンの言葉を受け流すバカラ。
そんな彼に、サザーンはムキになって言い募った。
「べ、別に本気で困ってるわけじゃないぞ! ほ、ほら、僕はこの国でもっとも重要な人物であると言っても過言ではないしな! 僕が一言言えばリヒト王がいくらでも援助金を出して……あ、ちょっと待てバカラ! どこに行くんだよ! 僕の話を聞けー!」
サザーンの話の途中から、「あ、向こうの話は終わったようね」と言って移動し始めたバカラを追いかけ、サザーンは結局登山道の方へ歩いていったのだった。
「どうやら、この山に高レベルのヒーラーが通っている話は間違っていないようだ」
小屋から戻ってきたライデンがまず口にしたのは、そんな言葉だった。
「ふふ。だから僕がそう言っただろう!」
自説の正しさが証明され、得意満面のアレックズ。
「どうも、ここの老夫婦はその人に回復魔法を使って助けてもらったことがあるらしい。とんでもない強さの回復術の使い手だったと話してくれたよ。ただ、その人の特徴を尋ねたら警戒されてしまってな。あまり詳しい話は聞けなかった。すまん」
頭を下げるライデンに、ご機嫌なアレックズは鷹揚にうなずいた。
「ああ、それだったら心配要らない。情報の裏は取れたんだし、今度からはこれを使おう」
そう言いながら、アレックズは鞄から大きな一枚の絵を取り出す。
絵、と言ってもそれは美術館に飾られるような芸術作品ではない。
明らかに漫画絵だと分かる女性の肖像。
「ああっ! それ、邪神討伐伝のポスター!」
「おお、よく分かったな。実は本屋の人に頼んで持ってきたんだ」
それは「そうりょ(おんな)」のキャラクター、リリアが大写しになっているポスターだった。
人物紹介の時とは違い、普段の慎ましい僧服ではなく、見栄えのする豪華なドレスを着た彼女が恥ずかしげに微笑んでいる姿を描いた一枚だ。
「バ、バカな! 僕がどれだけ拝み倒して頼んでも譲ってくれなかったのに!」
「そりゃ、アンタに頼まれてもねぇ」
後ろからぼそっとつぶやいたバカラをキッとにらみつけてから、サザーンはおずおずと切り出した。
「と、ところで、だな。それ、人探しが終わったらもう使わないだろう? な、なんだったら僕が有効活用してやっても……」
「すまないね。用事が終わったら返すように言われてるんだ」
「くっそぉ! あの性悪めえぇ!」
ギリギリ、と歯ぎしりをする魔法使いの姿に、こんな態度だから譲ってもらえないんじゃ、とその場の誰もが思ったが、それはともかく、
「あー、いや、アレックズ? いくら僧侶だからってその子に似てるとは限らないわけだし、流石に漫画の絵を参考に人を捜すなんてのは無謀……」
「おお! あそこに見えるのは下山者ではないかな?」
ライデンはいつものように暴走するアレックズを止めようとしたが、これまたいつものことながらそれは徒労に終わった。
「うん、これはきっとリリア君のお導きだな! よおし、今度は僕が話を訊いてこよう!」
「だ、だから人の話を……ああもう! 待て、オレも行くから!」
下山してくる冒険者の一団を見つけたアレックズは彼らの下へと突撃し、ライデンたちはなし崩しに女僧侶(仮)の情報を集めるべくふたたび動き出すことになったのだった。
「……眉唾な噂だと、思ってたんだけどねぇ。まさか、本当にいたとは」
下山してきた冒険者から得られた情報は、最初は半信半疑だったライデンとしてはにわかには信じがたいものだった。
山から下りてきた冒険者の一団にリリアのポスターを見せ、「こんな感じの人を見かけなかったか?」と聞いたところ、彼らは口々に「見た」と答えたのだ。
彼らも遠目に見かけただけらしいので詳しいことは聞けなかったが、この山の頂上付近でそれっぽい少女を見たことは確かなようだった。
しかも、目撃情報によれば少女は一人。単独でこの山が踏破出来るのなら、その少女は間違いなく高レベルの冒険者と言えるだろう。
老夫婦と冒険者、両方から肯定的な話が聞けた以上、ライデンも信じない訳にもいかない。
「ま、ここまで情報がそろったんじゃ、仕方ないねぇ。本当に仲間になってくれるかは分からないが、その謎の女僧侶を捜して進むとしようか」
最後に「そのポスターの子に似てるなら美人さんだろうしね」と付け加えたライデンに、アレックズはうんうんと同意するようにうなずき、バカラは「もー! だからアタシがいるのにぃぃ!」と悔しげにうめき、サザーンはふんと鼻を鳴らした。
ともあれこれでパーティ唯一の良識派、ライデンまで賛成に回り、いよいよ本格的なカッデルト火山の登山と捜索が始まった、のだが……。
「……なぁ、バカラ。お前さんがこの中じゃ一番身軽だろ。先頭を歩いたらどうだ?」
数分ほど進んだところで、単独で先頭を歩いていたライデンが、背後のバカラに文句をつけ始めた。
「あぁん。なによぉ。か弱い癒やし系のアタシをつかまえて前を歩かせようなんて、ライデンちゃんって、へ・ん・た・い、さん☆」
「何でだよ! アンタにだけは言われたくねえよ! 気付いてるんだからな! アンタがずぅぅぅぅぅぅっと、前を歩くオレのケツを眺めてること!」
「いやぁん、ケツ、だなんて下品ねぇ。ライデンちゃんのかわいいお・し・りを穴が開くほど熱心にねっとり眺めていた、と言ってよぅ」
「くねくねするなぁあ! 下品なのはどっちだぁ!」
あまりの恐怖に言葉が荒くなるライデン。
それでも一向に後ろからライデンを眺めるのをやめないどころか、時間を経るごとに段々近づいてくるバカラに、ライデンは真剣な顔をして言った。
「あのな、バカラ。アンタは仲間だし、冒険者として尊敬できる相手だ」
ライデンだって、このバカラという男がただふざけているだけの人間ではないと知っている。
肝心なところでは絶対に手を抜いたりしないし、この中にいる誰よりも自分を追い込んで鍛錬をしている。
いつも日が昇る前から起き出し、数時間の走り込み、それから格闘技の修練をこなし、一番寝坊助のサザーンが起きてくる時間には何食わぬ顔をして全員分の朝食を作っている、そんな人間だとライデンは知っている。
その能力にも生き方にも、ライデンは敬意を持っているのだ。それでも……。
「それでも、どうしても譲れない一線というものはある。もし、アンタがこれ以上オレに近づいてくるというなら――」
「あらん、どうするのかしら? アナタとのアツい肉弾戦ならむしろ望むところよん?」
「――舌噛んで死ぬ」
「それちょっと嫌がりすぎじゃない!?」
などと多少のいさかいはあったものの、道中は賑やかかつ和やかなもの。
当然魔物も出るのだが、レベル百三十のモンスターなどこのパーティの敵ではない。
たまにサザーンが攻撃魔法をぶっ放してライデンが火傷する以外は全くの無傷で危なげなく通り抜けてきた。
問題が起こったのは、山の中腹辺りに辿り着いた頃。
「うー。足が痛いー。もう歩けないー」
体力も根性もないサザーンが、早速弱音を吐き始めたのだった。
「あー。サザーン? もう少しだから、ちょいと気合を入れて……」
「さっきからもう少しもう少しって言って、全然着かないじゃないか! 大体僕は最初からこんなところに来るのは嫌だったんだ!」
「参ったね、こりゃ」
完全にへそを曲げてしまったサザーンに、ライデンも困り顔だ。
「ふっ。何だ、サザーン君はもうへばったのかい。ならば僕は先に行ってモンスターを掃除しておこう。我が愛剣シャインスクレイパーは邪悪なるものの血を欲している!」
そこでさらに暴走したのはアレックズ、愛剣であるミスリルソードを引っ提げて、一人で奥に進んでしまう。
「あぁ、もう、どいつもこいつも勝手ばかりを! バカラ、サザーンを頼んだ!」
ここでメンバーをバラバラにさせる訳にはいかない。ライデンはバカラにそう言い置くと、アレックズを追って山の奥へと進んでいった。
「あんたねぇぇ」
「……なんだよ」
それでも歩き出す気配のないサザーンに、いかにも仕方がない、と言った様子でバカラが背を向ける。
「はぁぁ。まったく、ライデンちゃんに手間かけさせるんじゃないわよ。……ほら、乗りなさいよ」
そこでそのまましゃがみ込み、サザーンを迎え入れるように両手を後ろに回した。負ぶされ、と言っているのは誰の目にも明らかだった。
サザーンとあまり仲のよろしくないバカラとしては最大限の譲歩、だったのだが……。
「だが、断る!」
「はぁっ?! なんでよ!」
「だって汗臭そうだし」
「はぁあああ!? はっ倒すぞこんのメ――クソガキィ!!」
「ひゃ、ひゃわああ!」
あまりのバカラの勢いにサザーンはビクッとなったものの、そこは意地を張り通した。
「ぼ、僕は偉大なる魔術師、サザーンだぞ! 闇の運命に祝福されし僕を背負うには、お前の背中は小さすぎると言ってるんだ!」
「いや、絶対言ってなかったと思うけど。ていうかアンタ、その色々とちっさい身体でよくも言うわねえ」
「い、色々って言うな! じゃ、なくて、小さくない!」
「いや、見るからに小さいでしょうに」
バカラにそう断じられ、うぅぅーとうなるサザーン。だが、すぐに気を取り直して胸をそびやかすと、傲岸に言い放った。
「と、とにかく、だ。たかが魔王ごときを最終目標にしている奴らに、僕の運命が背負えるものか。僕を背負えるとしたらそれは……えっと、よく分からないが、きっとよく分かんないほどすっごい奴だ! こう、一目でなんか違うと分かるような……。つまり……」
「つまり?」
いつしか話を聞き入っていたバカラの前で、サザーンは覚悟の決まった者のいさぎよさでその場に倒れ込み、
「ここは僕に任せて先に行けー!!」
大の字の姿勢のまま、やけに勇ましい台詞をのたまった。
「アンタって奴は……」
任せるも何も、ここは敵の湧きポイントも何もない安全地帯だ。
どう考えても一人だけサボる気なのは明白。
さしものバカラも頭痛を抑えるように額に手を当てた。
「分かったわよ。アンタがそういうつもりなら……」
だが、バカラもそこで引き下がるような人間ではなかった。
彼は座り込むサザーンに近寄ると、
「はいはい。ちょおっと失礼!」
「ふ、ふぎゃー! な、なにをする、きさまー!」
後ろからその首元をつかんで、子猫を持ち上げる親猫のように片手でその身体を引っ張り上げたのだ。
「なーに意地張ってるんだか知らないけど、それで休憩なんてされちゃこっちとしても困るのよ」
「こ、困ると言われても、僕は……」
「これなら背負ってないからいいでしょ。ほら、行くわよー」
片手で人一人を持ち上げているというのに、それを感じさせない足取りでバカラは歩き出す。
「うわっ! ちょっ! 揺れる揺れる揺れる! 落ちるぅー!」
「落とさないわよ。このアタシがつかんでるんだから、落ちるワケないでしょ」
「何を、この筋肉ダル――ひゃぁあああ!」
口を開こうとした瞬間に大きく身体が揺れ、サザーンは言葉の代わりに悲鳴を吐き出す。
「ほーら、アンタだってこんなことされたの初めてでしょ。無駄なおしゃべりは命取りになるわよー」
遠まわしに舌を噛まないように注意をするバカラ。
だが、サザーンがその程度の忠告で行動を改めるはずもなかった。
「き、さまは、随分と慣れているのだな」
「ふふん。アンタとは鍛え方が違うのよ。それにここ、アタシのお気に入りのジョギングコースの一つだしね」
「こ、この変態が!」
「あらん。ヘンタイは別に否定はしないわよぉ」
「そこは否定し――うわぁああああ!」
こうして、カッデルト火山に黒の魔術師の悲鳴が響き渡ったのだった。
「そろそろ、かしらねぇん」
グロッキーになったサザーンをぶら下げながら、バカラがつぶやく。
ドタバタと騒ぎながらも一行は順調に山を登り続け、いよいよ頂上までもう一息、という場所まで辿り着いていた。
「そうか。この先に、僕らのリリアちゃんが……」
「もうそのことについては何も言わないけど、ここの頂上はモンスターの巣窟よ。アタシたちでも一度に相手にすると面倒だから、安全地帯の温泉に着くまで、くれぐれもモンスターに気付かれないように……」
バカラが浮かれるアレックズをたしなめようとした時だった。
まるでそれを契機としたように、道の先から魔物の叫び声と、何かがぶつかり合うような重い打撃音が響く。
「この音は!」
「あらん。誰かがモンスターに見つかっちゃったみたいねぇ」
まさか、目的のヒーラーの少女が魔物に襲われているのかと、アレックズたちの顔にも緊張が走る。
「くっ! 加勢に行くぞ!」
モンスターに襲撃されているのが目的の少女であれ、そうでないのであれ、放置は出来ない。
一行は、さらに速度を速めて頂上への道を急ぐ。
しかし、そこで彼らを待っていたのは……。
「……あれは、違うな」
「……うん」
ある意味では想像通りの、しかしある意味では想像を絶する、何とも言えない光景だった。
確かにそこでは一人の少女がたくさんのモンスターに囲まれていたし、その少女はポスターの女僧侶が着ていたような豪華なドレスを着て、聖職者が使うメイスのようなものを振るってもいた。
ただ、その状況は「僧侶の女の子が魔物に襲われてピンチ!」というアレックズたちの想像とはあまりにもかけ離れて……かけ離れすぎていた。
少女は肉食獣のようなしなやかで俊敏な動きで魔物の群れに突っ込んでいき、当たるを幸いに手にした杖で魔物をなぎ倒し、倒れた敵は容赦なく踏みつけながら新しい敵に向かって跳躍、地響きのような打撃音と共に次々に魔物を打ち倒していく。
殴りヒーラーというのとも次元が違う。
縦横無尽に動き回り、細腕一つで魔物たちを平らげるその姿は、戦士と言うよりまるで荒れ狂う暴風だった。
そして、決定的なことがもう一つ。
一度だけ少女が敵の攻撃を受けたこともあったが、「もー! いったいなー!」と言いながら傷口を舐めただけで放置していた。
彼女が何者であれ、ヒーラーではないのだけは明らかだった。
「ていうかあれ、王女様じゃないの?」
思わず、といったようにマッチョな格闘家がつぶやいたが、みんな色々と認めたくなかったので聞こえなかったフリをした。
結局、そのひらひらなドレスを着た謎の、断固として正体の全く見当もつかない謎のままの少女は、頂上に集まっていたモンスターを虐殺した後、
「うん! おやつの前のいい運動になった! そろそろお城にもっどろーっと!」
空恐ろしい台詞を残し、まるで斜面を跳び跳ねていくようにして最短距離で山を下りていく。
あっという間にその姿は見えなくなり、彼女の姿が完全に消えてから数秒後。
「……これは、提案なんだが。今のは、見なかったことにしないか?」
「う、うん。僕も賛成だ」
やっと我に返ったライデンがそう提案し、ほかのみんながそれを了承。
彼等の中で、少女との遭遇はなかったことになった。
「あー、まあ、アレだ。と、とにかく頂上に着いたんだし、せめて噂の温泉にでも入って……」
「それは、無理だと思うわよーん」
気を取り直したように言ったライデンの言葉をさえぎったのは、バカラだった。
「ど、どういうことだ?」
動揺を露わにするアレックズの横を抜け、バカラは一行を先導する。
そこからほどなくして湯気の立つ泉を見つけたのだが、バカラはその近くに行くと、やっぱり、とつぶやいた。
「ま、ライデンちゃんとの裸のツキアイは魅力的なんだけどねぇーん。ここ、お湯が湧いてるのは確かだけど、熱湯なのよね」
「ね、熱湯!?」
「だってここでする回復魔法の修業って、熱湯に入って受けたダメージをひたすら自分で癒やし続けるって地獄の特訓なのよぉ。普通の人が普通に入るための場所じゃないわよーん」
「な、なんてこった……」
密かに温泉を楽しみにしていたがっくりと膝をつくライデン。
「……まったく。だったらここに来ると決める時に言ってくれればこんな無駄足は踏まずに済んだのに」
「あの時はアンタがサイレンスかけたからしゃべれなかったんでしょうが。ま、約束は約束。これでライデンちゃんがデートしてくれるんだったら安いもんよねっ☆」
「デートじゃなくて買い物な」
落ち込んでいてもそこだけは譲れないのか律儀に訂正するライデン。
こうして彼らの短い冒険は失意のうちに幕を閉じたのだった。
帰り道。
行きとは対照的に、がっくりとうなだれながら一行は山を下っていた。
あのサザーンですらも一言もしゃべらず、おとなしくバカラの手に吊り下げられてぶらんぶらんと揺れている。
だが、ようやく山を下りようと言う時、ライデンがふと気付いたというように口を開いた。
「あのリリアちゃん似の女の子っていうのは王女さ……あの謎の女の子でいいとして、そういえば、ふもとの老夫婦が言ってた凄腕の回復魔法の使い手ってのは誰だったんだ?」
「ああ、そうか! もしかすると彼女とは別に、高レベルの女僧侶が……」
絶望の中で見つけた一筋の光明。
それにすがるように、アレックズが声を張り上げた、その時、
「――バカラ様!!」
ふもとの休憩所にいた老人がよたよたとバカラ目指して走ってきた。
「バカラ……さまぁ?」
サザーンがうさんくさそうな視線を向ける中、老人はバカラの前で止まると、嬉しそうに相好を崩した。
「またお会い出来て光栄です。いらしていたなら、一声かけて下されば……」
「いやぁねえ。大した用事じゃなかったし、朝のジョギングでよく会ってるじゃないの」
「いえ、そんな……。バカラ様はワシの傷を治してくれた命の恩人ですじゃ。そんな人をないがしろにするなぞ、お天道様に顔向けが……」
ヒートアップしていく老人に、ライデンが待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待った!」
「おお、これは先ほどの。なんだ、バカラ様のお仲間の方だったのですか、そう言ってもらえればワシも……」
「い、いや、そうではなくて、だな。もしかして、傷を治してもらった凄腕のヒーラーというのは……」
ライデンの言葉に、今さら何を言うのか、という顔をして、老人は答えた。
「それはもちろん、ここにいらっしゃるバカラ様に決まっております!!」
はっきりと口にされたその言葉に、その場に居合わせたバカラ以外の全員が目を丸くする。
「ど、どういうことなんだ、バカラ!」
ライデンの言葉に、仲間たちの視線がバカラに集中すると、彼は、
「あらん? もう、やーねぇ。だからずぅっと言ってたじゃない」
それに動じた様子もなく、くねん、とわざとらしいポーズを決め、こう言った。
「――『癒やし』担当なら、もうアタシがいるって、ね☆」
そうして、あんまりな結末にぽかんと口を開く仲間たちの前で……。
最高レベルの武闘家であると同時に、最高レベルの