油断大敵
さて、どう来る?
この今の状況から考えられるリヴィアの最善択は2つだろう。
1つ目は純粋に、真正面から押し通ってくる事。
2つ目は顕現している刀の全てを破壊して私の元へと辿り着くこと。
しかしリヴィアに限って2つ目は絶対に無い筈だ。
私は彼女の事を別に熟知している訳では無いが、そもそも今のこの戦闘はリヴィアの経歴や情報について納得のいっていない支部長達によって設けられた場なのだから。
私と姉の2人を倒したからと言ってそれが地道な戦いや消耗戦となれば微妙と言わざるを得ないだろう。
正直なところ私の身体スペックをもってすれば、
あのワープじみた初見殺しを理解した上でなら、背後からリヴィアが出現したとしても対応は可能だ。
少しでも切られた時点でそれに反射的に相手を切りつける事だって私にはできる。
何より最初の一撃目は危なかったが2発目以降となると私には効かないのだ。
もうそれを知っているから。
そして私のすぐ背後から出現したとしても、私が1回でも防御を成功させればその反動でリヴィアは後ろへ押し出されて、彼女は私が出現させている剣達によって串刺しになるだろう。
しかし危惧すべきはあの記憶の忘却である。
あれだけは本当に警戒が必要だ。
私が誰と戦っていたかや、ここで何をしていたかすらも忘れてしまう。
その状態で実質的な初見殺しに対応出来るか、それが勝負の分け目だろう。
記憶が取り戻せるのかどうかは分からないが、取り戻せたら殆ど勝ち、もしくは記憶が消えた後の私が突然出現するリヴィアに対処する。
そのどちらかが私の勝利条件になるだろう。
「見ているんだろう、リヴィア!来るならドンと来い。」
誰もいない空間に私は語りかける。
『ーーーーーー』
そして声が聞こえた。
私は何をしていたんだ?
ここは確か訓練用の電子空間のはずだが……
何故私は花嵐を発動している?
誰かと戦っていたようだが、思い出せない。
だが、何か嫌な予感がする。
思い出せ、思い出せ。
戦っていたんだ。
誰と?
魔法少女とだ。
それは誰?
魔女、多分魔女だ。
でなければ私は花嵐という切り札なぞ使用しないだろう。
私は延々と自分の中で自問自答を繰り返す。
しかしまだそれだけでは足りなかった。
何か、何かもう1つピースがあれば思い出せるような気がするんだ。
だから、何か手がかりが欲しい。
『我が羽ばたきは台風を起こしうるのか』
その瞬間姉の声が遠くから声が聞こえたような気がした。
いや、違う。
姉は確かに居た、私と一緒に戦っていた。
その時、姉の能力の残り粕であった竜巻が切断された姉の首をクレーターの中心地に誘い込んだ。
姉の能力『我が羽ばたきは台風を起こしうるのか』は幸運に指向性を持たせるもの。
それは重なったラッキーの過程をショートカットして結果だけを齎す。
そしてどうやらそれは今、私に幸運を運んできたらしい。
私の記憶のピースの最後を姉の首で嵌めて完成などとは、やはり私の姉は随分と性格が悪い。
一瞬はビックリしたものの、私は姉の首という最後のパーツによって記憶を完全に取り戻した。
戦っていたのは、誰?
「賭けに勝ったのは私らしいな。リヴィア!」
ありがとう、姉さん。
まるで自分がその記憶を思い出した事を誇るかのように名前付きで勝利宣言を行う椿。
その瞬間椿の目の前に気配が現れる。
「そこ、だァ!」
椿は確かにそれを断ち切った。
§
「人は勝ちを確信した時が一番油断しているって言いますよね、どこかで聞いた事があったような気がしたんですが、何でしたっけ?」
椿さんは空を見上げ、私はその椿さんの心の臓を背後から突き刺しつつナイフを振り下ろした。
そのまま脊髄を砕いて斜めに下ろす。
ゴリゴリと複数の骨が砕ける感触や肉を裂く感触が私の手に伝わる。
魔獣にしても何にしてもそうだが、やはりあまり生物の肉体を切るのは心地いい物では無いな。
周囲に顕現していた刀はその全てが消失し、椿さんが倒れ込む。
それと同時にグチャリという音が、この乾いた砂漠に鳴り響いた。
「リヴィア、君はまだ子供だろう?
流石にそれは無くないか?自切って……」
ぜぇぜぇと息を吐いて倒れ込む椿は言った。
そうだ、先程の音は倒れ込んだ椿さんの音ではない。
私が誰にも認知されない世界で自ら切った私の《《左腕》》だ。
痛みだって勿論ある、今だって叫びそうなくらいには痛い。
「ですが、それくらいはしないと椿さんには勝てないと思いましたからね。
何よりここは電子空間、別に現実の私に被害が出る訳じゃないです。」
自身でも中々思い切った考えだとは思ったが、本当にこれしか無かったのだ。
私の能力は忘却。
姿を消すのはそれの副作用であり、一部の能力でしかない。
忘却の能力は私の出力によって効果が変動する。
20%程で自身の姿が世界から忘れられてヒットボックスが消失し他人から視認されなくなり、
40%程で他人の記憶に干渉して私と関連した殆どの記憶を、全ての人間から消却が可能だ。
それ以上に出力をあげると、ワタシが消えてしまうかもしれないから、戻って来れなくなるかもしれないから無茶は出来ないが、それでも応用は効いた。
フォルトゥナさんの能力によって予定が少しズレたようだが、出力を30程度に抑えて半端な記憶の消却にした所、椿さんの私に関する記憶が蘇ったのだ。
そうして油断した椿さんに囮という名の私の左腕を与えて『解除』を行う。
こちらとしても賭けのようなものではあったが、勝ったので良しとしよう。
そしてソレに気を取られている間に背後から心臓を一突きしたのだ。
やがて椿さんの呼吸音も聞こえなくなっていく。
少ししていると視界がボヤけて、そのまま真っ白になって行った。
§
背もたれに体をつけて座っている感触があり、暗かった空間に光が差し込んできた。
どうやら訓練用ポッドが開けられたらしい。
「ありがとう、リヴィア」
「おはようリヴィアちゃん。」
先程まで何も無い砂漠の上で戦っていたはずの椿、フォルトゥナ姉妹が目の前にいた。
「いやぁ、強かったねぇ。私、速攻で首はねられちゃった。」
「いや、あれはワザとだった。」
そして目の前で談義している。
どうやら模擬試合は終わったようだ。
「こちらも、ありがとうございました。
私のせいでほぼ無理やり付き合わされた状態でしたので。」
「気にしなくていいってば、ほら。
椿も満更でもないような表情してるでしょ?」
フォルトゥナさんが椿さんの後ろに回って頬をグイッと人差し指で押し上げて無理やりな笑顔を作る。
そして椿さんが刀を抜いてフォルトゥナさんに振り下ろした。
「っぶない!当たる所だったでしょうが!」
「当たらないのを知っているからやってるんだよ、姉さん。」
現実世界に戻ってきは直ぐに騒々しくなった。
その瞬間にも椿さんは刀をブンブンと振り回してフォルトゥナさんを切ろうとするが、それに対してフォルトゥナさんは何処から出したのかカニのハサミで椿さんの刀を白刃取りしている。
本当にどこから出したのだろうか?
「ゴホン、いいかね?」
その声と共にじゃれあっていた魔女2人が気をつけの姿勢を取った。
そういえばこの場にずっと由伸さんがいたのだった。
由伸さんは空気が静まったようなので次の言葉を話し出す。
「戦闘時の映像は全て会議室で公開されている、勿論私も見ていた。
それでだが、リヴィア君。君に対しての質問が相当な量飛んでくる事を覚悟して会議室に戻ってくれたまえ。」
それもそうだろう、会議の時点で私の経歴等は公開されていたが能力に関しては一切説明していないのだから。
何より出力40%の全体に影響がある忘却に関しては更に質問攻めに遭うだろう。
恐らくは会議室にいた全員にもその影響が出ているのだろうから。
勿論私をモニターで見ていたなら記憶は戻っている筈であるが、何かあったら謝らなければいけない。
「分かりました。」
「それでは、会議室に戻ろうか。
椿君達も同じくだ。」
そして戦いを終え、私は再度会議に送り込まれて行った。