忘却の正体
軽く切り結んだ後に誰にも感知されることの無いもう1つの世界に潜り込んだリヴィアは、フォルトゥナと椿を観察していた。
そうして出した結論はやはり、
フォルトゥナは危険
実際解除してから私がフォルトゥナさんにナイフを振ろうとしたタイミングは首に当たる直前であったはずなのだが、フォルトゥナさんがかがみ込んだ時点で世界がズレた。
あれはただの幸運と言うには少し異質なものであり、恐らくは因果を捻じ曲げるもの。
そしてそれは幸運によって起こる結果ではなく、ねじ曲げられた行動の結果を幸運という後付けの事象によって帳尻を合わせるものだろう。
でなければ当たるすんでの所で忘却を解除したのに私の攻撃を避けられるはずもないのだ。
椿さんの時もそうだった。
こちらも当たる直前にフォルトゥナさんがアドバイスをして偶然避けられたように見えたが、当然幸運という事象によって結果がねじ曲がっている。
あれは最早自分の好きな結果を強制的に作り出し、その埋め合わせを幸運という魔法によって補っているようにしか見えない。
次はどこから攻めようかと画策するリヴィアであったが、先に行動があったのは椿達であった。
恐らくは固有の能力を使ったのであろう、椿は衣装と刀が変化していた。
そして今1番の警戒対象になっているフォルトゥナは、目立った変化は見られない、
……本当にやりづらい相手だ。
あの結果の捻じ曲げを食らったら、目の前に2人がいない場所で忘却を解除してもダメージを負いそうな予感すらある。
幸運の能力の他に先程発動した効果は分からないが、『我が羽ばたきは台風を起こしうるのか』という物。こちらも要警戒だろう。
「逃げるなんて卑怯だ!リヴィアちゃん!」
目の前にいるのにも関わらずこちらを認識できないフォルトゥナさんはそんな私の気も知らずにぷんすかという擬音が良く似合う地団駄を踏んでいる。
だからその足元目掛けて攻撃を仕掛けてみる事にした。
体を極力低い姿勢に保ち、その足を分断してみようと試みた。
『解除』
その言葉を口にすると今日にして数度目、世界に色が灯る。
狙いは足首。
椿さんを狙うのが勿論安全なのだろうが、フォルトゥナさんがカバー圏内にいると何が起こるか分からないから正直どちらでも構わないだろう。
「ははっ、やっと出てきてくれたァ」
気味の悪い笑みを浮かべたフォルトゥナさんがそう言った直後、
私を囲むように竜巻が吹き荒れた。
魔法少女の身体スペックなら普通の竜巻程度問題ないはずなのに今こうして私が吹き飛ばされているのは、フォルトゥナさんの能力によって生成された物だからなのだろう。
しかし能力の把握は二の次だ、何故なら更に追撃が飛んでくるのだから。
「2人がかりで申し訳無いけれど、私は負けず嫌いなんだよ。」
吹き飛ばされて宙に浮かぶ私の目の前に突如として現れた椿さんは、意趣返しとでも言うかのように私の首元に狙いを着け、それを断ち切ろうとする。
その威力と速度は先程私を袈裟斬りにしようとした時の比では無く、恐らくは先程の落椿という形態変化によって上昇されたのだろう。
その刃をかろうじてナイフで受け止めるが次に待っていたのは、隙を与えず私を殺そうと飛んでくる刀の連撃であった。
こちらも一方的にやられはしまいと反撃を試みるもそれは防戦一方だ。
「沈、めぇっ!!」
そうして遂に私は耐え切れず、地面に叩き落とされた。
その威力は相当なもので私を中心地点に半径40m程のクレーターが完成した。
まるで私がこの時代に来た当初のようだ、などと考えていると椿さんはトドメを刺さんとばかりに空中から真向斬りの構えを取り、その数秒後
クレーターは更に深く、横に半径100m程、縦に2m程に到達していた。
§
「やったか!!!!」
「それワザと言ってるでしょ、姉さん。」
クレーターの中心地点に立つ椿とそれを他人事のように眺めているフォルトゥナ。
勿論のこと椿の繰り出した剣戟に手応えはあらず、特に意味もなくクレーターが深みを増しただけであった。
しかし僥倖であったことは、終の三獣を倒したとされているリヴィアの身体スペックは椿に劣ると言うものであった。
でなければ先程の私の攻撃はいとも容易く躱されるか反撃を食らっていただろう。
となると三獣の討伐は忘却の能力による初見殺しなのだろうか?と考えるが流石にそんな事はないだろう。
まだ彼女は手を抜いているに違いないのだ。
それにしてもやはり姉の能力は強かった。
存在すら認知出来ず、その場に居ないリヴィアに対してノータイムで攻撃を仕掛けているのだ。
本人曰く「私は幸運だから、何となく攻撃を放った所に敵が現れるのさ!」
等と言っているが、それがどこまで本当なのかは分からない。
しかし神出鬼没であるリヴィアにダメージを与えるのにはもってこいの能力だろう。
慢心は無いが、先程の攻撃で多少なりともリヴィアにダメージは入っている筈なのだ。
リヴィアがずっと逃げ続ければこちらから攻撃する手段は無いが、能力的に隠れている間は攻撃が不可能なのだろう。
となると今現在有利なのは圧倒的にこちら側、どこに出現するかも分からないリヴィアを姉が抑え、私が追撃を行う事が可能なのだから。
しかしそれだけで本当に勝てるのだろうか?
「姉さん、少しこっちに寄っておいてくれ、何か嫌な予感がする。」
「あいあいさー」
そうして二人がクレーターの中心部に立つ。
『ーーーーーー』
突然後ろから声が聞こえたような気がした。
いや、そもそも今私は何をしていたんだ?
ここは訓練用の空間だが、何故私と姉はここにいるんだろうか?
いや待てそもそも私は、私達は誰と訓練を?
足元から広がっているこのクレーターはなんなのか?
私は声がした方向を見てみようと、刀を構えつつ背後へ振り向こうとした。
その瞬間、横にいた姉の首がズレ落ちていった。
「姉さん!!!!」
間髪入れずに私の首元へと飛んでくる攻撃に対して、自分でもよくその攻撃に対応できたなと思う。
何が起きているのか全く分からない。
そして私は目の前の襲撃者が誰なのかを確認した。
私よりも1頭身ほど低く、美しい水色の髪、そしてその手には私の姉の首を落としたであろうナイフが握られている。
?
リヴィアだった。
それもそうだろう、私が戦っていたのはリヴィアだ。
何故忘れていた?
先程までの記憶が全て蘇る。
逆に言うならば、リヴィアの顔を見るまではリヴィアに関わった情報やそれら全てを、忘れていた。
これがリヴィアの能力なのだろうか?
確かに会議の時にリヴィアの情報を見て「忘却の魔女」として扱われていた事は知っていた。しかし戦闘中に私達の前から突如消える事が「忘却」という物なのかと勘違いしていたが、それは本当に純粋な忘却だった。
「良かった、ちゃんと戻ってこれました」
目の前の少女はそうポツリとつぶやく。
勝てない、そう言わざるを得なかった。
少しなりとも互角に戦えていたので慢心をしていたが、そもそもそれは間違いだったのだ。
相手は本気も出していなかったのだろう。
確かに私もまだ出していない技など幾らでもあるが、それでも先程のあの忘却には対応出来る気すらしなかった。
面白い
それはこの状況になって椿が抱いた感想であった。
「まだやりますか?」
「勿論だよ。そもそもどちらかが死ななければ出られない設定だからね」
リヴィアが暗に降参を提案してくるが、それは設定を行った時点で不可能なものだ。
何より私はもっとリヴィアと戦いたい。
どうやら私達が先程与えたダメージによってリヴィアも足を負傷していたらしい。
お揃いになったのは姉と私の足ではなくリヴィアと私の足だったらしい。
基本的に不意打ちをかましてくるリヴィアには負傷は殆ど関係無いとはいえ、ダメージを稼げているのは十分なアドバンテージだ。
何より姉が居なくなった事により、私も少し動きやすくなった。
姉の能力は仲間が複数人がいた方が有利だが、私はその逆1人の方が有利なのだ。
何よりタイマンの私なら、リヴィアを倒す事も可能かもしれない。
あの記憶への干渉も何とかなるだろう。
「そうですか、なら続けますね。『我は忘却を望む』」
『落椿:花嵐』
リヴィアが消えた後、私は次の段階の詠唱を行った。
そして周囲に私が持っている刀と同じ物が数百と現れる。
「予測が出来ないなら、物量攻撃するしか無いよねぇ!」
この刀は均一の距離に出現し、私から100m以内の全ての距離に居る私以外の生物に対して無条件で振るわれる。
そして私がクレーターの中心地に居ることによってクレーター内部が全て剣で埋まる。
クレーターに存在する余白は私一人分だけ、リヴィアが現れた瞬間に彼女は刻まれるだろう。
脳筋?知った事か。
椿はリヴィアの次の出現が最後の戦いになるであろうと予感していた。