地雷男子の赤倉くん
俺は何もしないことで後悔するより、何かをして後悔した方が良いと思っている。しかし、それは結局、独り善がりの考えでしかないんだろうな。
■
「赤倉くん、そういう言い方はないと思うんよ」
明後日から始まる文化祭に向けて賑わう高校で、俺たちの教室はピリッとしていた。
原因は同級生の女子。
「青井がやるって言ったんだろ。やってこなかったのは青井じゃん」
青井はびっくりしたような顔をした後、言葉を迷うように「うぬぬ」と口を一文字に結んだ。
「そうじゃないんよ!」
はあ? 青井が衣装担当の俺と代わるって言い出したのに、ぜんぜん進んでなくて衣装が劇に間に合わなくなったんだぞ。
「赤倉くんがさっき、私に『できないなら最初からできないと言って欲しかった』って言ったでしょ? それはどうして?」
「元は俺の担当なんだし、俺なら出来たから。もっと早く言えばもう少しマシになっただろ?」
青井がやるっていうから任せたのだ。できないなら最初から引き受けるべきじゃない。みんなに迷惑をかけたのはお前の方なんだぞ、と気づかせる意味でも他の生徒たちに目配せをする。
「……」「……」「……」
一人は俺を睨むように見ている。
一人は俺から目をそらした。
一人は俺より青井を心配そうに見ている。
「え? なんで俺が悪者みたいになってんの?」
誰も俺に同意してくれる様子はない。
いや、シンデレラの劇を私服や制服じゃできないだろ。
でも空気が悪いのはダメだ。仕事が手に付かない。おそらくさっきの言葉は言っちゃいけないやつだったんだな。
「わかった。ごめん。もう言わないから! この通り!」
俺は両手をパン! と合わせ、青井に頭を下げた。青井が何か言うまで頭を上げないつもりでじっとする。伝わったか、俺の本気度。
「うん……。そこまで言うなら」
青井がそう言うと、教室のどこかでため息が聞こえた。緊張した空気が緩む。
これで充分だ。俺は頭を上げる。
「はい、じゃあ早く衣装を作ろうぜ。とりあえず王子様の衣装くらいは……」
「はあ……」
青井が重たそうなため息を吐いた。それから俺を無視して教室を出ようとする。
「どこ行くんだよ」
「あっちで話さない? ここだとみんなの邪魔になるんよ」
「そうかぁ?」
むしろ採寸するなら教室の方がやりやすいと思うんだけどな。
仕方なく俺は廊下に出て、青井に付いていく。
高校二年のフロアは一番気合が入っていると思う。
お化け屋敷やコスプレ喫茶みたいなド定番から、占いの館やライブハウスなんてのまで様々ある。なお、俺たちのシンデレラも宇宙が舞台の変わり種だ。
青井はそのまま二年の廊下を抜けて、外階段に出た。
「なんで外? お、涼しい」
十月はまだそんなに寒くない。廊下は生徒たちの熱気がこもっていたから、普段より涼しく感じた。遠くの山は紅葉している。
そんな景色をバックに青井がこっちに向き直った。
「と、いうことで、赤倉くん」
「はい」
俺にビシッと指をさす。
眉をキリッと上げて自信ありげな様子は、まるでこれからホームランを打つバッターのようだ。
「赤倉くんは分かってないんよ」
すごい勢いで何かするかと思ったが、別にそんなことはなかった。
「な、何が?」
人差し指で俺の胸をつつく。
「なんもかんも、分かってないんよね」
「ごめん。説明して」
普通、クラスの何でもない女子に分かってないと言われて分かる男子など居ない。
でもこれ俺が怒られる系の流れなのは雰囲気で察した。こんなことに時間を使ってる暇はないが、避けようがないイベントだと思って聞くだけ聞いておこう。
「蒸し返すようだけど、『できないなら最初からできないと言って欲しかった』って言葉をさ、赤倉くんが言って私がちょっと怒ったんよ」
「うん。でもそれは謝ったよね」
「そうなんよ、それなんよね……」
青井は頭を抱えた。
なんでだ。
顔を上げた青井は「じゃあさ」と口を開く。
「赤倉くんは謝ったらなんでも許されると思ってたりするん?」
どういう質問だこれ。冗談には聞こえないけど、この重たい空気はなんとかしたい。
まあ、普段のノリで返せばいいか。
「いや、してないしてない。そんなのヤバイ奴じゃん!」
両手をパーにして上げ、無害さをアピール。ちょっとピエロっぽい顔もしておく。
これでちょっとは空気が良くなるかな。
「でも赤倉くん、ヤバイ奴なんよ」
……へ?
ちょっとそれはどう返して良いか分からなかった。
「じゃあ聞き方を変えるけど、なんで謝ったの?」
あ~、なるほどね。真剣そうな目で青井が問うのは、マジで真剣しゃべくり場だからか、ここ。聞き方を変えるって、つまりは遠慮なくいくぞっていうことだ。
俺は正直に答える他ない。上げっぱなしで止まった手を下ろして、
「それは、青井が怒ったから」
声のトーンを落とし、ゆっくした言い方で返した。特に、青井、のところを強めに言う。こうすれば青井も俺がヤバくない奴だって思えるだろう。頼むから俺に向いた意識を自分に向けてくれ。俺たちの年頃はそういうの得意だろ。
「まあ、そうだけど。そうじゃなくて、どうしてあんなに堂々と頭を下げられたのかなって」
あれ? あんまり効果なかった。ということは別のことを知りたいのか。でも、質問の意図が分からない。青井は俺から何を聞き出したいんだろう。これも正直に答える。
「そうしてくれないと許されそうじゃなかったから」
「うーん、まいったね~。ははは」
青井がお手上げって感じで笑い飛ばした。
いや、俺が分からんのだが。それに何やら誘導尋問されてるような気がして居心地が悪い。俺は忙しいし、早く終わんないかな、このイベント。
「赤倉くんは私が怒った理由が分かってないんよ。あと、教室のみんながドン引きしてた理由も」
「あ~」
やっぱりドン引きされてたのか。誰も同意しないと思った。そこまで言っちゃいけない言葉だとは思わなかった。たしかに言いすぎたんだろうな。
「ごめん。いや、本当に言いすぎたなって。これから言葉に気をつけるよ」
これは頭を下げずに言った。マジでこのままだとクラスで浮いちゃうだろうしな。青井はそれを危惧して俺に教えてくれたんだろう。俺も教室の空気を良くするのには貢献したい。
「うん、でもそれも違うんよ」
「え?」
いや、こうなるともう意味がわからない。何がしたいんだよ、青井は。
「赤倉くんが本気で謝ってるのは分かるんだけど、その、何ていうのかな……」
ああ、そういうことか。
口ごもる青井を見て察した。言いたかったのは謝罪の本質みたいなことなんだろう。それが伝わりきってなかったんだ。
「俺、分かるよ。謝ったところで、しでかしたことは帳消しにできない。きっと俺は青井をすごく傷つけたんだろう? だからそれに対する詫びが必要なんだよな。うん。文化祭が始まったら何でも奢るぜ!」
ビシッと言い返した。ヨシ、決まった。俺は青井のことは嫌いじゃないし、嫌いたくもない。だから、文化祭を通じてまたいつも通りの関係に戻れるはずだ。奢りはそんな展開も期待できる最高の提案に違いない。
しかし、青井は欄干に寄り掛かり、ものっすごい低い声で「あ~~~~」とこぼした。
「え、それはどういう反応?」
呆れてものも言えないって感じだ。俺は何か間違ってるのか? そんなはずはない。罪人は罰金や懲役がつくし、それを果たせば釈放される。それと一緒だ。早く釈放してくれ。
「赤倉くんって頭良いけど、実はバカなんよね」
「バカってなんだよ」
思わず素で返す。勉強も部活も交友関係もそこそこ上手くやってるつもりだ。
「ごめん。でもバカなんよ。どうしてそこまで分かってて、『奢り』って。何なんよ、もう」
仕舞いには青井は笑いだしていた。欄干に頭を乗せて、「あ~、面白い」と空を眺めた。秋雲の浮かぶ穏やかな青空が広がっている。
一方、俺はうつむいて考える。灰色の床にどこかの出し物のだろうか、金のモールが落ちていた。罰金じゃダメってことなんだろうか。頭を上げて青井に尋ねる。
「奢りじゃダメだったか?」
「ダメ」
青井はスパッと答えた。
「赤倉くん、私は傷ついたんよ。分かる?」
ドキッとする。そうストレートに言われるのは慣れてない。
「えっと、それは今のことで?」
「うん、今のことで。赤倉くんはさ、誰かを傷つける度、奢りとか、とどのつまり、お金で解決するの?」
ああ、察した。俺と青井。同じクラスの同級生だってだけのつながりではあるけど、お金で解決するほど冷え込んだ間柄じゃない。
「わ、悪い……」
自然と口から言葉がこぼれていた。
「うん。赤倉くん、教室での『ごめん』はそんな感じじゃなかったんよ」
「それは……」
すべて青井の手のひらの上な気がした。
あの時、俺は教室の空気ばかりを気にして、青井のことを蔑ろにしたんだ。
俺はなんて愚か者なんだ。
「青井……。俺、バカだ。本当にごめん」
許してくれとは言えない。償おうにも償えない。
今にも俺は泣きそうな気分なのに、青井はスッキリした顔をしていた。
「赤倉くんはバカだけど悪い奴じゃないんよね。みんなそれは分かってるし、私もそう」
「急に慰められると泣いちゃいそうなんだけど」
「泣け泣け」
青井が茶化すように言うから涙は引っ込んだ。欄干のそばまで俺を引っぱる。グラウンドが見えた。青井は俺から顔をそむけて、涙を見ないようにしてくれてるのだ。
こいつ、何度目の人間をしてるんだろう。俺はたぶん一回目なのに。
「泣かないから大丈夫だ」
「じゃあさ、最初の話に戻るんよ。赤倉くんが私を怒らせた理由は何だと思う?」
青井は俺の隣に立って、一緒にグラウンドを眺める。青井の横顔を見たら、あまりに距離が近すぎて少し照れた。俺はまたグラウンドを眺める。みんな、文化祭の準備が忙しそうだ。
「『できないなら最初からできないと言って欲しかった』って言い方が良くなかったのは分かってるぜ」
「うん。次はどうしてその言葉が出てきたのか考えて見たら良いんよ」
どうして、か。それは簡単だ。
「時間の無駄だからだな」
「時間の無駄?」
「ああ。自分の力量を超える事を行うのは非効率的だ。人には向き不向きがある。二年に上がる時、文理の選択しただろ? あれと一緒だ。効率的に大学に受かるため、必要な勉強をする。劇の準備をスムーズに行うため、みんなに仕事を割り振る」
衣装ができる女子は軒並み演者と被っており、他に出来る人間が居ないから俺が肩代わりしたのだ。やってみたら意外と出来たが、俺が男子というのがネックだった。そこに本来は小道具担当の青井が代わりに入った形となる。今度は代わりに俺は小道具を担当した。
「他に思ったことは?」
「……怒らない?」
「場合によるんよ。でも今、怒るかどうか聞いたので我慢してあげます」
急に敬語。横目で見たらウインクしてた。
やっぱり青井は良い奴だと思う。クラスの問題をいつも解決して回ってる奴だし、男女ともに人望に厚いから、もしかしたら来月の選挙で生徒会長になれるかもしれない。
そんな奴を怒らせた俺って相当バカだな。
「他に思ったことだけど、俺なら出来たのに、って思ってた。悔しいっていうのかな。青井が横槍を入れなかったら事がうまく運んだ気がしたんだ」
青井のせいで劇を台無しにした、とまでは言わないが、それくらいのことをしたと思う。せっかく頑張ってた人が報われない。俺だって小道具作りを真面目にやった。
「それは怒らないし、本当に申し訳ないと思ってみんなに謝ったんよ」
「うん。で、それに誰だっけ。誰かが本当の担当は俺だったことを言ってさ。だから俺は、青井に『できないなら最初からできないと言って欲しかった』と言ったわけで、あ」
その時に俺が思っていた感情をもう一つだけ見つけた。
「俺、青井が悪いって言ったようなもんなのか?」
「そうなんよね」
青井は、はぁ、とため息を吐いた。手すりに額を乗せて、がっくりと項垂れる。俺より背の小さい青井が、余計に小さく見えた。
そこまで縮こまらせたのは紛れもなく俺のせいだ。
「みんなが俺の発言に同意しなかったのは、みんな青井のミスだって分かってて、それをもう責めないようにしたかったからってこと、だよな……」
青井は突っ伏したまま吐露する。
「みんなやさしーんよ。だから、つらい」
つまり、優しくなかったのは俺だけだった。
それも俺が悪くないと証明しようと青井のミスを責めた。もう一つの感情は、保身だ。そのためにクラスメイトの女子を盾にしようとした。
「俺、ヤバイ奴じゃん」
そう気づいてから、俺はぐにゃりと平衡感覚を失ったような気がした。途端に立っているところが曖昧になって、今、踊り場の手すりに掴まっていないと、そのまま転げ落ちてしまいそうな予感が脳裏によぎる。
「青井、どうしよう」
青井が頭を上げ、またびっくりしたような顔をしていた。
「え、今の私に聞く……? わからないんよそれは」
そんな。
ここまで色々教えてくれたのに。一番大事なところじゃないか。このままじゃ俺はクラスの居場所を失ってしまう。というか、青井もクラスに居場所が無いんだ。こっぴどく失敗して、それを俺が責めたから。
「どうしたらいいんだ。くそ」
悩みは悩みになった瞬間に解決しているのだ。問題は解くだけ。テストは得意だ。でも、人と人のやり取りはテストにならない。だから問題がない。無い問題を解くことはできない。
俺はグラウンドの向こうを眺める。駅まで続く背の低い住宅街があり、駅前の少し栄えた感じが見て取れた。
「青井、俺たちこのままバックレたらどうなると思う?
「指名手配犯」
間髪入れずに回答が来る。
追いかけられることはないだろうが、文化祭が終わってから学校には行けない。
「だよなぁ」
つまり、どこかでスジを通さなきゃならない。これが一番面倒。世間一般ではそうだからみんな本音で話さない。思ったことは言わないようにする。本音を言ったらぶつかる。でも、俺はそうじゃない。たぶん俺は自分では分かってないだけで何度も他人の地雷を踏み抜いてきてる。それでもクラスで死んでない。なぜだ?
「青井、ここに俺を呼んだのはどうしてなんだ?」
教室ではみんなの邪魔になるから、と言っていた。でも、それだったら教室から連れ出して、こんな説教みたいなことしなくても良かった。青井はこの話し合いを通して、何か俺にしてほしかったんじゃないのか?
俺は隣の青井に顔を向ける。
青井が俺を見ていた。どんな顔をしてるかなんて気にしたことがなかったけど、改めて見る青井の顔はとても綺麗だと思った。
「赤倉くんなら何とかしてくれると思ったから」
「分かった」
俺は上靴のつま先をトンと床に打ち付ける。パチン、パチンとコンクリートが反響する。
女子にそういうこと言われたから動くわけじゃない。俺は俺のために行動する。自分がヤバイ奴だって思われてると分かって自信を失った。だが、青井は俺が何とかしてくれると思った。俺はヤバイ奴だけの男じゃないということなのだ。
俺はグラウンドに背を向ける。二年の廊下は今なお喧騒で溢れている。外階段の一番上は一年の教室だけど、とても静かだ。四階は荷物置き場になるから文化祭では使われないんだったな。
「何とかする。でも、青井の協力が必要だ」
背中で「うん」と声がした。
よし。
「俺は時間を無駄にしたくない。人間関係でいちいち相手の地雷を探るような手間も嫌いだ。本音で行く。俺は青井を利用してクラスの地位を復権するぞ」
くすっと笑い声がして、青井が俺の横に立つ。
「サイテー」
それで結構。
「みんな、普段から俺のことヤバイ奴だって思ってるんだろ?」
「うん。でも、良くも悪くもなんよね。実際、赤倉くんが居なかったら宇宙シンデレラもまとまってなかったと思うし」
「そ。俺って頭良いんだ。だから最後までヤバイ奴で問題ない」
青井が「うわ~」と口を手で隠してドン引きした。大げさだな。
「解決すべき問題はただ一つ。宇宙シンデレラの衣装を完成させること」
「でも、それは私がヘタだから無理だったんよ」
「大丈夫だ。俺は上手い」
「……どういうこと?」
青井は小首をかしげ、俺を覗き込むように出てきた。前髪の束がはらりと散らばる。
「演者の寸法は分かるか?」
「うん。それならここに」
青井はスカートのポケットから折りたたんだ紙を取り出す。
俺はすかさずそれを奪い取った。
「え? ちょっと何するんよ! それは女子のサイズも全部載ってるんよ!?」
俺は思わずニヤリと笑みが出た。
「そりゃ好都合。でも、他の女子には言うなよ。言ったらこの問題が解けなくなる」
「はあ? どういうことなんよ!? ちゃんと説明!!」
青井が俺から取り返そうとするので、俺は紙きれを高く上げる。ジャンプしたって届かない。俺は青井より二十は背が高いからな。それよりもそう至近距離で動くなよ。当たってるだろうが。ヤバイだろうがよ、色々と。
「分かった分かった。説明してやるから。でも、他の女子には絶対に言うなよ!」
そして俺は作戦を青井に話す。文化祭まで、あと二日。絶対に間に合わせる。
■
文化祭が無事に終了する。後夜祭でダンスパーティーが開かれる。そこで一緒に踊った男女は結ばれるとか結ばれないとか。まあ、俺には関係ないことだ。なぜなら文化祭当日までの二徹で、俺は教室で一人ぐったりと机に突っ伏していたからだ。
疲れすぎて眠れない。体育館で行われている後夜祭の喧騒が遠くに聞こえる。気だるい夕方の教室で一人、良い感じに眠るなんて最高の時間だ。なのに頬にヒヤリと何かが触れた。
「わっ」
反射的に体を起こした。
目の前に青いラベルのスポドリ。文化祭のドリンク売る出店でいつも余ってる奴だ。
「やっぱりバカなんよね、赤倉くん」
青井だ。スポドリを俺の机に置く。差し入れってやつか。俺は好意に甘えてスポドリをプシュと開ける。一気に半分くらい飲み干した。ボトルを机に置く。
「はあ。頭良いだろ。青井が採寸して、俺が仕立てる。でもそれはクラスの誰にも秘密。バレたら怒られる鶴の恩返しだからな」
今少し上手いこと言えた気がする。だが、青井はそれをスルーして、俺の前の席にまたがるように座った。あんまそういうガサツなの良くないと男子的に思ったけど、別に青井だからいいや。
「でも、だからって私の功績にしなくても良いんよ」
「良いんだよそれで。もし俺が仕立てたことがバレれば、嫌がって誰も着なかっただろ。それを青井が仕立てたことにすればバレないんだから」
ちなみに青井が衣装を作れてなかった事の理由付けは出来に自信が無かったことにして、文化祭当日まで引き伸ばさせた。
「嫌なら俺に採寸の紙きれを取られたことを言えばいい」
俺は意地悪そうな口調で言った。
青井はムキになって身を乗り出す。
「言えないんよ! 私まで責められる」
「だろ。俺たちは共犯者だからな。バレたら指名手配される」
あの外階段で言った、ここから逃げたらどうなるって質問に、青井が答えた言葉が『指名手配犯』だった。追放か、見せしめに処刑される。それくらい高校生ってシビアだからな。
「ふふっ、そうなんよね」
青井は笑って返したが、俺は笑えなかった。
「でも、俺は青井に秘密を握られたようなもんだろ。相応の対価が無ければ釣り合わない」
青井は女子のサイズを漏らしたことは過失として責められるだろう。だが、俺が青井から紙きれを取ったのは紛れもなく罪だ。情状酌量の余地なしで実刑が待っている。
「だからそれに見合うようなもの、何か俺にくれよ」
人間関係は平等でなければならない。片腕を切り落とされたら、相手の片腕を切り落とすべきだ。そうやって線引きしないと信じられない。本音のない関係は嘘っぱちだ。
「赤倉くんは私の秘密を知りたいの?」
「ああ。できればバレるとヤバイ奴」
我ながら不器用だと思う。でも、そうしないと青井は俺より優位な位置で、いつでも俺を見下せる。俺はきっと地雷を踏まないような歩き方をする人たちと同じ土俵に上がれない。だったらこっちの土俵に引きずり下ろしてやる。
「うーん。じゃあさ、最近できたバレるとヤバイ奴を教えてあげるんよ」
そう言って青井は机の上のペットボトルを開けて、口をつけた。半分くらい残ったスポドリを一口飲んでから、窓の外を見た。もう俺に振り向くことは無く、俺も青井を見ることが出来ず、日が沈むまで二人して騒がしい体育館をじっと眺め続けた。