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第96話 常温よりちょっと冷たい黒ビールをごくごく飲むのが好きです

 そのまま納屋に戻り、石鹸作りの続きを進める。

 配合量はそのままに、今回は雑貨屋で買っておいた植物の精油を若干混ぜる計画を考えた。

 臭いに匂いで対抗すると酷い事になるが、ほのかな植物の香り程度で有れば喧嘩はしないだろう。

 もし上手くいけば、高級路線で売るのも良いかなと思いながら、作業を進める。


 ちなみに、精油を抽出する際に使われるアルコールだが、薬師ギルドが消毒用として販売している。

 ワインからの蒸留によるアルコール抽出の開発は済んでいるようだ。

 ただ、蒸留酒は町でも見かけないし、存在そのものを知る人はいなかった。

 ビールも無い。風呂上がりのビールを期待していたが、お腹を見て、諦める。


 その辺りを町の酒屋に聞いてみたが、どうも小麦、大麦は食料品としてしか見ていないようだった。

 ワインに関しては、葡萄のジュースを樽で保管していたのをうっかり忘れた際に上手く発酵した物を量産して今に至るらしい。同じ原理で蜂蜜酒も存在するがこちらは高価で見た事が無い。


 蒸留に関しては、強い葡萄酒を傷にかけると死ぬ確率が下がるのを薬師ギルドが確認して、対象の成分抽出を試みて、完成したようだ。

 度数は、純アルコール程高くは無いが、貯蔵前の蒸留酒程度のアルコール度数は確保しているようだ。

 飲兵衛なら、飲むのではないのかと思ったが、薬師ギルドが薬や成分抽出の材料として販売している為、飲み物として認識されていないらしい。


 ビールや蒸留酒を開発したら、売れるかなと思いつつ、領地計画を少し見直す事にした。

 ノーウェやディアニーヌの話を聞く限り、領地の水の質はとても高いらしい。ドイツ風の料理が多いので硬水だったら良いなとは思う。

 ガツっと濃く重いエールでソーセージとかを頬張りたい。


 ほわほわと将来の夢を想像しならが、攪拌作業を進める。

 十分に攪拌出来た段階で、後はティーシアにバトンタッチだなと、明日の朝にでも頼む事にして、部屋に戻る。


 部屋に戻ると、リズが待ちくたびれたのか、湯疲れしたのか、ベッドの布団の上でへにゃっと涎を垂らしながら熟睡している。ほのかに微笑んでいるので良い夢を見ているのだろう。

 あぁ、こんなところも可愛いなと思いながら、寝冷えしないようにゆっくりと掛け布団を引き出し、人肌の温もりの布団に潜り込む。


 さて、明日からは新人含めての遠征だ。食料調達等人数が増えた分に関しても調整を考えながら、眠りについた。


 朝日を感じて目を覚ます。リズはいつも通り早起きだ。用意を整えてキッチンに向かう。

 ティーシアは昨日の件の所為か、上機嫌だ。ニコニコ度合いが当社比120%くらいになっている。

 肌もつやつやだ。そこまで考えてあれ?っと思う。あぁ、アストが綺麗になったティーシアを見たんだ。そう言う事も有るかと黙っている事にした。


「朝起きてからも、つやつやサラサラだわ。お風呂って凄いのねぇ」


 ティーシアが朝の挨拶の後に叫んでくる。余程気に入ったのか。


「明日からは遠征です。お湯を沸かすのに薪が余分に必要になりますが、私とリズの分を考えればお風呂に使っても微増程度でしょう」


 そう言って、お風呂は勧めておく。


「そんなに良いものなのか?」


 アストも若干興味を惹かれているようだ。


「体の汚れを落とし、血行促進も出来ます。健康には良いです」


 簡単に入浴の利点を説明しながら、食事を続ける。アストの入浴の対応はティーシアに任せよう。流石に男を洗う趣味は無い。


 食事を終え、ギルド前に向かう。いつもの2人は既に到着し、何かいちゃいちゃ話していた。腕には婚約の腕輪が見えるのでロットが行動したのだろう。

 朝の挨拶を終え、昨日のチャットの様子とパーティー参加の件を相談する。特に大きな反対も無い。

 一般的に後衛の魔術士は数が少ないので、中々パーティーに参加してもらえない。それが向こうから来たのだから、考えようによってはラッキーだ。


 皆で、ギルドの建物に入り、エントランスに向かう。こちらを探していたのか、満面の笑みを浮かべたチャットが走って来る。


「おはようございますぅ。初めましてぇ、エリュチャットと言いますぅ。チャットとお呼び下さい。うわぁ、ほんもんの戦乙女はんやん。うわぁ、うわぁ」


 エキサイトしている1人と、困惑しているその他2人と、その他2人の図が有った。エルフで訛りが強いとは伝えていたが、まぁ実物見るとこうなるわな。


「あー、鬱陶しい。僕は戦乙女じゃないー」


 べたべたと纏わりつかれるのに切れたのか、フィアが叫ぶ。

 リズは何か、諦めた顔で抱擁されるがままになっている。


「そんないけず、言わんといて下さい。折角やし、今だけでもぉ」


 チャットはめげずにベタベタしている。深窓の令嬢って印象だったけど、ちょっと思い直しそうになった。


「流石に、訛りに関しては直してもらうよ。リズ、フィアさん、お願い出来る?」


 そう言うと、2人は激しく頷いた。


「チャットさんも、パーティーメンバーになるんだから、あまりベタベタしない事。準備は出来ている?」


「分かりましたぁ。準備に関しては万端ですぅ。後は食料が分からんさかい、ご一緒させて下さいぃ」


 4人に食料の補充を任せて、私は冒険者ギルドの建物に入って行く。今回の遠征に関して連絡しておく。

 受付嬢に計画と、中途帰還のタイミングの予測を伝える。ついでにと依頼票を眺めて行くと、ゴブリンの討伐料が値下がりして元に戻っていた。


 ギルド側は収束と判断したかと思って、先を見ているとオーク討伐が依頼に上がっていた。あの森でオークの討伐依頼なんて初めて見た。

 受付に戻り、少し話を聞く。どうも今回の指揮個体の襲撃の際に例年より討伐数が多かった為、森の中央付近にかなりの空白地帯が出来たようだ。

 そこに、遠方からオークが入り込み、住みつき始めているらしい。ただ、現在は奥の方で数度目撃された程度で、ギルドとしてもいるのなら狩ってしまいたい程度の認識のようだ。

 生態系もそうだが、予想外の獲物がいると、事故が絶えない。そういう意味では今回のオーク騒動にはギルドも頭を痛めているようだ。

 事故が起きる前にギルドが動いて対応すれば良いと思うが、指揮個体戦の戦後処理で現在余計な経費をかけられない懐事情も有るそうだ。故に詳細情報も掴めない。


 まぁ、何か予想外の事が発生すると、色々と波及するのは社会に出てから痛い程学んだ。そう言う事も有るだろう。

 オークに関する詳細資料が有るか問うと、資料室に有るそうだ。久々にあの委員長に会いに行こう


 資料室を覗くと、いつもの三つ編みの委員長が資料整理に没頭して、こちらに気づいていない。


「おはようございます」


 声をかけるとビクっとした後、バっと振り返る。そんなに集中していたのか。

 オークの資料を求めている旨を告げると、さっと纏めた資料を持って来てくれた。

 内容に関しては各ギルドに共通している資料なのか、生態がまとめられたものだった。


 オークはゴブリンより社会性が有り、集落を形成する程度には知識は有る。

 装備も木材を加工して、鎧を作る程度はするようだ。鍛冶技術までは持っていないのか武器は木製や石器が主だ。

 また階級社会を形成して、職業の分担等も行っているようだ。 

 原始的な人間並みの生活はしている。職業の分担をしていると言う事は、各職の習熟度は高いはずだ。


 んー。体のサイズがゴブリンより大きいから脳も大きい、だから知能が高いと、そういう話では無いだろう。

 自然と言えば自然だが、不自然な感じもする。前から気になっていた事だし今後も有る。あまり頼るのも悪いがここではっきりさせておこう。


 心の中で、祈祷を通して質問する。遍く愛の対象とは、人間以外の全ての生き物を含みますか?


『ディアニーヌじゃ。答えは、はい、含みます、じゃな。』


 返答に対しての礼を伝え、考える。

 態々ディアニーヌが答えてきたと言う事は、ある程度の知能を持った対象の上層は、全てディアニーヌの薫陶を受けている。

 一方的に野獣を狩るのではなく、知能知識を持った相手との戦いと言う事になる。

 どの程度の知識を持っているかは不明だが、罠を仕掛けたり、奸計を使ったりも想定できる。

 ゴブリン程楽な相手では無い。それが分かっただけでも幸いだ。


 ギルドを出ると、皆既に待機していた。食料やテント等嵩張る物は最低限を分けて、荷車に乗せて縛る。引っ張っても『剛力』が有る所為か、重さはほとんど感じない。

 良い買い物をしたとホクホク顔で進むが、周りから見るとちょっとダサいかもとは思った。


 森への移動に際して、オークの件に関して詳細を説明する。皆少し緊張した面持ちだった。

 熊は所詮獣だ。膂力が有っても攻略が出来る。知能の有る相手は何をしてくるか分からない怖さが有る。

 その辺りの問題を共有出来て良かった。


 後はゴブリンの達成料が下がったので、最低限に止める。その分奥に入って、スライムの核をベースに熊を狙っていくと言う事で方針を決めた。

 後は詳細を相談しながら、森に進む。今回は森の中での野営を想定しているので、テントは搭載したまま先に進む。

 荷車のサイズも小さめに調整した為、木の間隔が狭すぎて立ち往生と言う事態は避けられた。機敏な方向転換は無理だが、危険が迫れば捨てる事も視野の内だ。


 そんな感じで、経路上避けにくい少数のゴブリンをチャットのテストも兼ねて、狩りつつ森の奥に進む。

 土魔術も小さな尖った飛礫を高速で飛ばし上手く頭に当てて倒したり、複数が同時に向かって来ても対象外の相手を風魔術でノックバックさせて動きを止めたり、多彩な感じだった。


「戦闘は結構慣れているの?」


 失礼だとは思うが、正直ここまで状況が見られる子と言う印象は無かったので、驚いた。


「後衛は状況を見るんが大切と言われまして。そんな調子でやっとったら、こんなんになりました」


 訛りの矯正は女性陣にお願いした。チャット本人も訛っているのを自覚しているので、矯正には前向きだ。まだ、成果が出て来るまでには時間はかかりそうだが。

 しかし、状況が見える人間はありがたい。適切な牽制が貰えれば、前衛が楽になる。


 そんな感じで、大きな障害も無く、徐々に濃くなる魔素を感じながら、森の奥へと進んで行った。

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