桜洞堂~ある春の日
とある主要都市の隣接市にある古書店「桜洞堂」。
そろそろ夕方にさしかかる頃、俺、紫葉 貴久はデスクのパソコンに向かいながら、経理書類を確認している。
先月の売上と入金額、二か月先の支払予定と未収金の確認。
そして過去の売上データから、売上の季節連動を計算する。
昨年亡くなった父の後を継いでこの桜洞堂のオーナーになって3カ月経ち、やっとバックヤード側の仕事は把握できるようになってきた。
表の本の買取仕入や販売はほぼ玄さんという父の弟子のような、父の時代からお世話になっている実質店主さんにお任せ状態になっている。
俺はまだまだオーナー仮免中だ。
そんなデスクに向かって仕事をしている俺は、くくっている髪をほどかれて、後ろから制服を着た女子高生に三つ編みにされていた。
行きつけの理容師に勧められるまま肩で切り揃えられている髪は、仕事の時は気になるのでくくっているが、この女の子は気にしない。
「ねぇ、貴ちゃん。どうしたらいいと思う?」
何かを聞かれていたようだが、数字に追われていた俺は気付かなかった。
「何か言ってたか、雪南。俺が仕事してるのが見えんのか」
後ろから三つ編みをしてくる女子高生は、うちの隣の雑貨店「カジノキ」の娘の高山 雪南。
確かこの春で高校2年になるはず。今は春休みで、今日も朝からどこかに出かけてたようだ。
この娘は、おれの事をペットの犬みたいに思っているようで、俺が仕事をしていてもお構いなしに話しかけてくる。
高校かぁ、卒業してもう8年たつのか。色々あってここ二年程の記憶がキュッとなっている感じで、自分の年がズレたような感覚がある。子供の頃なんて、一年なんてほぼ無限に感じてたのに。
「見えてない。貴ちゃん、私の言うこと聞きなさい」
見えてないと却下されてしまった。玄さんは買い取ってきた本をネット販売用に写真撮影をしているようだが、遠目でこちらを見ている。頼むからこいつを注意してくれ、と願ったが笑顔を向けられ、玄さんは自分の作業に戻ってしまった。
援軍要請は叶わなかった。
「あのね、今日夕実ちゃんと桜の通り抜けに行ってきたんだけど。きれいだったよ。夕実ちゃんも落ちてきた花びらを少し持って帰って栞作るっていっててね。そのあとにいったランチが美味しくて。なんか普通の民家みたいなんだけど、入ったらカウンターがあって、サヨリの塩焼きが美味しくて。日によってお魚は変わるみたいなんだけど、今度貴ちゃんも行こうね~」
相変わらず渋い趣味だ。女子高生が和食割烹に行くか?
夕実ちゃんは一度あったことがあるくらいだが、長い髪と、大人しそうな雰囲気が印象が残っている。
夕実ちゃん無理して付き合ってくれてないか、と思うと本当にありがたい。
「ああ、今度な。しかし、お前なんかに付き合ってくれてる夕実ちゃんを、もっと大事にしろよ」
だいたいこいつは巻き込み型の性格なので、子供の頃はどれだけ振り回されたことか。
9歳上の男を振り回す女なら、同級生なんて容易いだろう。
「なんで?私夕実ちゃん大好きだよ。そうだ、その夕実ちゃんだよ!!」
なんだか話は脱線していたようだ。本筋に戻ってくれると話が終るのが早くなって助かる。
「その店の後に解散したんだけど、夕実ちゃんがバッグをバスに忘れちゃって。バス会社に連絡したら届いてたそうなんだけど、すこし前にも別の人がそのバッグを無くしたって連絡があったらしくて。で、どっちのか分からないんで返却できない、って言われたらしいの。貴ちゃん、どうしたら良い?」
なるほど、困っている夕実ちゃんを助けたいから急いでたのか。
「財布とかの貴重品は?」
多分バスを降りれたから、財布かスマホは大丈夫なんだろう。
「財布とスマホは上着に入れてたんで、バッグは特に何を入れてたか覚えてないんだって」
あくまで中身での勝負か。
「ちなみに、どんな形のバッグだった?」
「トートバッグだよ、口があいてるの。一緒に居る時も肩から掛けてた。2年間のお父さんからの誕プレで、ちょっと前に流行ってたの。夕実ちゃんのお気に入りで、帰りに買い物行くのに持ってたんだって。大事にしてたんだよ。お気に入りなんだよ。他の人に取られちゃうよ!!」
夕実ちゃんを大事ししてるっているのは本当のようだ。同じ位今仕事中の俺の事も考えてくれ。
でもトートバッグか。じゃぁ、あれが入っているんだろうな。
「じゃぁ、夕実ちゃんにバス会社にはこう説明するように伝えて。『朝桜の通り抜けに行ってきたので、バッグの中に桜の花びらが入ってませんか?お相手に桜の通り抜けに行ったかも聞いてみてください』」
「わかった!!」
聞いてすぐにスマホに打ち込みだした。
ちなみに、伝える言葉は2度聞き返された。
それから20分間夕実ちゃんから返事が来るまでに、雪南によって俺の頭には4本の三つ編みができていた。
雪南のスマホが鳴ると、返事を打ち込んだあと、背中かから抱き着いてきた。
「ありがと~。夕実ちゃんバス会社に連絡したら、相手のは行ってなくて、夕実ちゃんに返してくれるって。やっぱり貴ちゃん頼りになる~」
玄さんとパートさん達がにやにやとこっちを見てくる。
もうオーナーの威厳なんて元から無いけど、微笑ましく見るのはやめて。恥ずかしい。
「じゃぁね、貴ちゃん。あと、あさってお店休みでしょ?一緒にごはんね。じゃないと私の春休みが終わっちゃう」
と出口に跳ねるように歩いて行った。
扉を開きながら何かを思い出したように振り返った。
「あ、あと夕実ちゃんがお礼したいって言ってたよ。ジョシコーセーからオレイだって。変な事考えないでね」
と舌を出したあと、出ていった。
何をおっしゃるこの娘さんは。
無言で玄さんに後ろから肩をたたかれた。
いや、何も考えてないですよ。ボクはリョウシキアルオトナデスカラ。
その後俺に残されたのは、経理書類と頭の三つ編みだった。
「今日も残業か」
仕事を明後日にまで残しランチに行けなかったらと、雪南に何をされるかわからない。
桜洞堂の他のみんなが帰った後も、俺と書類との格闘は続いた。
やっとのことで仕事終わらせたが、その後も風呂で三つ編と第2ラウンドを繰り広げ、次の日は寝坊して玄さんに怒られた。
読んで頂いてありがとうございました。
良かったらブックマーク、評価いただけるようお願いします。
初企画向けを書いてみようと思い立った所、気付いたら締切当日だったので短編になりました。
ガラッと作風を変えて、ほのぼのした感じですね。こんなのも書けるんだね私。
設定考えてると楽しくなってくるので、この先長編に書き直すかもしれません。
そうしたら、また読んでブックマーク、評価頂ければ幸いです。励みになります。