屈辱
【本編書籍】俺は星間国家の悪徳領主!9巻 が 10月25日 に発売となります。
詳細についてはオーバーラップ文庫様のHPをチョックしていただければと思います。
そちらの方が間違いはなので。
失った両腕を換装したゴールドラクーンと戦うアタランテのコックピットで、エマは冷や汗を流していた。
過負荷状態に入るタイミングを間違えたのが理由だ。
シレーナが控えていると気付いていれば、切り札を切るタイミングを間違えなかった。
加えて、シレーナに折られた右腕が震えている。
(痛みだけなら我慢するのに、普段より力が入らないのはまずい)
アタランテは操縦桿の僅かな動きにも過剰反応する機動騎士だ。
エマだからこそ動かせているのだが、繊細な操作をするには折れた右腕では限界がある。
これが一般的な騎士では問題ないが、シレーナほどの相手となると問題だ。
そして、右手を折った張本人であるシレーナは、そんなエマの弱点に気付いていた。
『あら? 右腕の動きが悪いんじゃないのっ!』
過負荷状態のアタランテに反応して、鋭いツメで攻撃してくる。
アタランテは多目的ライフルを背中にマウントさせると、右手に拳銃を握らせた。
「それでも、この状態ならあなたには負けない!」
速度を武器に一撃離脱を繰り返そうとするが、シレーナも対策を考えていたらしい。
『いつまでも同じ戦い方が通用すると思っていたの、お嬢ちゃん!』
ゴールドラクーンはその長い腕を有効活用するため、駒のように回転してアタランテの攻撃をいなしていた。
「っ!」
拳銃で射撃を行うも、ゴールドラクーンの装甲を前に弾かれてしまう。
『無駄なのよ!』
アタランテが近付いた瞬間、ゴールドラクーンはタイミングに合わせて回転を緩めて握りこぶしをお見舞いしてくる。
アタランテの速度と、回転の速度まで加わった一撃は、まるでハンマーのような打撃だった。
機体の内部まで突き抜けるような一撃は、アタランテのコックピットを激しく揺さぶった。
「かはっ!?」
激しく揺さぶられて大量の唾を吐くエマは、一瞬だが意識が飛びそうになった。
その隙をシレーナは見逃さない。
『あはははっ! ――死ねよ、夢見がちな小娘が!!』
拳を開いて鋭いツメをアタランテに突き立ててくる。
アタランテが右腕を捨てるように盾代わりにした。
ゴールドラクーンの鋭いツメは、アタランテの右腕を容易に貫いて引き裂く。
『右腕はもらったわ。次は左腕がいいわね!』
今まで自分がやられた仕返しをするために、次の破壊部位を決めていたようだ。
シレーナからは想像できない執念に違和感を持ったが、エマは気にしている余裕がない。
「欲張ってんじゃ……ねぇよ!!」
荒々しい言葉を使った瞬間、アタランテの左足がゴールドラクーンの股関節に鋭い蹴りをお見舞いした。
戦いを見ていた男性パイロットたちの多くが「ひっ」という声を発した気がしたが、エマは気にせず追い打ちをかける。
真下からの攻撃にコックピットを激しく揺さぶられ、シレーナも随分と苦しそうにしていた。
『正義の騎士を目指す世間知らずの癖に!』
「人を嘲笑うだけのお前にあたしは負けない!」
エマが素早く機体状況を確認すると、破壊された右腕と同じく左足も駄目になっていた。
ゴールドラクーンを無理に蹴り上げたために、左足も使えなくなっていた。
(このままだと負ける……でも、こいつにだけは負けたくない!)
◇
ゴールドラクーンのコックピットの中で、シレーナはアタランテを前に口の端から血を垂らしていた。
激しく揺さぶられた際に口の中を切ってしまったようだ。
「私に勝てるつもりでいるのが滑稽なのよ。腕を折られたことを忘れたのかしら?」
シレーナは口を拭いつつエマを煽った。
だが、内心ではエマを前に複雑な感情が沸き起こっている。
(どうして私はこの程度の存在に勝てないの! 私がどれだけこの機体を改修して、こいつを倒すためだけに時間を割いてきたと……なのに、どうしてお前は倒れない!!)
換装した両腕で攻撃を繰り出すが、アタランテはしぶとく耐える。
その戦い方は騎士としての優雅さの欠片もなく、ただ無骨で不格好なものだ。
しかし、アタランテからは負けないという気迫が伝わってくる。
『生身では負けても、機動騎士の戦いなら負けるつもりはありません。あたしは――あなたを超えていると自負しています』
「――自信を持つのは素晴らしいわね。でも、それも過ぎれば痛々しいだけよ」
『その割には、あたしを倒せていませんね』
この前まで見下していた存在が、今はシレーナを煽ってきた。
そのことに胸の奥底で不快感が膨らんでいく。
同時に――シレーナには直感めいたものがあった。
(こいつはここで仕留めないと、本当に私に並びうる存在になる。そうなる前に、ここで仕留めないと危険すぎる)
遭う度に実力を増していくエマは、騎士として成長期のようなものだ。
ただ、その成長具合が一般の騎士とは違いすぎている。
急激に強くなっているのに、勢いが衰えない。
どこかで満足して妥協するのが普通であるのに、エマは貪欲に強くなっていく。
シレーナはそれが恐ろしかった。
「小娘がいつまでも調子に乗って――」
『――悪いんですけど、もうあたしは小娘って年齢じゃないんで』
言い合いをしながらも二人の機動騎士は、互いを削ってボロボロにしていく。
そして、シレーナは気付いてしまった。
(機動騎士の操縦に関しては、まだ私に分がある……でも、乗っている機体の性能差が……)
自分で出した答えに、シレーナは眉間に皺を作っていた。
確かにエマの方が機動騎士の操縦に関して才能があり、その成長速度はシレーナから見ても驚嘆に値する。
それでも、経験の差もあってエマには劣らないという自負があった。
問題は機体の性能だ。
ゴールドラクーンも悪い機動騎士ではないのだが、アタランテと比べては見劣りする。
どれだけ改修しても、エマが乗っているのは専用機である。
「機体性能の差に助けられているだけの奴が」
『あなたに勝つためなら、あたしは何だってしてみせます』
勝つために貪欲になっているエマの気迫に、シレーナは一瞬だがたじろいでしまった。
(いつの間にここまで強く……しまった!?)
本当に僅かな差だった。
シレーナが一瞬だけ逃げ腰になった分、エマが前に出てゴールドラクーンの懐に入り込んで拳銃のブレードを腹部――コックピット下に突き刺していた。
エマは容赦なく引き金を引き、縦断を浴びせながら強引に引き裂いていく。
「この化け物が」
『……終わりです』
気が付けばアタランテの過負荷状態は終了していたが、下半身を斬り飛ばされたゴールドラクーンはバランスを崩していた。
コックピットに拳銃のブレードを突き立てられ、後はエマが一押しすれば勝敗が決する。
――シレーナはエマに敗北したのだ。
「この私が夢見がちな小娘に負けるなんて。あり得ない。絶対にあり得ないわ!」
『いいえ、私の勝ちです。これであなたとの因縁も――』
だが、勝敗の天秤はシレーナに傾く。
上空からアタランテに向けて威嚇射撃が行われた。
『我々は帝国正規軍である! バンフィールド家の機動騎士、すぐに武装を解除して投降せよ!』
二人は戦いに夢中になっており、味方の接近に気付かなかった。
識別は味方であるため、エマの方もアラートが鳴らなかったのだろう。
味方の機動騎士たちがアタランテに近付くと、メレアから出撃した整備をろくに受けていないラクーン隊が守ろうとする。
『うちの隊長をやらせるかよ!』
ただ、エマは敗北を受け入れているようだった。
『……ダグさん、ここまでです。武装を解除してください』
アタランテが突きつけていた拳銃を下げるのを見て、シレーナは安堵した。
そして、安堵した自分に嫌悪する。
「この私が生き残って安心した? ……ふざけるな!!」
シレーナは拳を肘掛けに振り下ろした。
「私は……こいつだけには負けるわけにはいかなかった……昔の私に負けることだけは、絶対に嫌だったのに!!」
シレーナはコックピットの中で、通信回線を遮断して泣き喚くのだった。
◇
「さっさと来い!」
武装した兵士に蹴り飛ばされ、エマは地面に倒れ込む。
アタランテから降りると、帝国正規軍の兵士たちに囲まれて拘束された。
指揮官と思われる軍人が屈み込み、エマに言う。
「陪臣騎士が帝国軍に逆らって無事で済むと思うなよ。これからお前に待っているのは、地獄すら生ぬるい環境だ。精々、自分がした事を後悔するんだな」
倒れたエマは悔しさで奥歯を噛みしめていた。
(……結局、あたしには我を通せるだけの強さはなかった。だから、ここであたしの夢も終わるんだ)
たった一騎士のために。しかも、問題行動を起こした騎士のために、バンフィールド家が動いてかばい立てすることはない。
まして、今は大事な時期だ。
それを考えれば、エマの身柄は帝国軍に突き出すのが当然の考えだった。
そこに、ティムがやって来る。
「命令を出したのは俺だ。連れて行くなら俺を連れて行け」
「司令? ど、どうして……」
ティムがエマを庇うために兵士たちに申し出ると、指揮官は嘲笑う。
「馬鹿か? ならば二人とも拘束すればいいだけだ。暴れ回ったこいつを許しては、貴族様たちの溜飲が下がらないからな」
指揮官の発言にティムが苦々しい顔をすると、恒星の光を遮る何かが現われる。
「あれは……ヴァール?」
総旗艦ヴァールの登場に、エマたちばかりか帝国正規軍までもが困惑していた。
ヴァールからは次々に機動騎士たちが出撃し、降下してくるなり帝国軍の艦艇や機動騎士たちを制圧していく。
指揮官が空に向かって抗議する。
「何をしている! 我々は味方だぞ!!」
それに答えるのは、上空に投影されたフォログラム――総司令官代理であるクラウスだった。
『貴官たちの行動は目に余る。よって我々が拘束することになった』
「しょ、正気か? 我々は帝国軍だぞ!」
『関係ない。それよりも、要塞攻略から不審な点が目立つ。この件は首都星に預けることが決定した。貴官らは直ちに拘束を受け入れ、首都星に向かわれよ』
首都星預かり――つまりは軍事裁判が待っている。
指揮官たちが崩れるように地面に座り込むと、そこにヴァールから降りてきた小型艇が着陸した。
ティムは小型艇を見て、高貴な存在が乗っていると即座に気付いた。
「こんな小さな戦場に総旗艦が乗り込んで来やがったのかよ」
陸戦隊の兵士たちが降りて来てエマを救助すると、最後にクローディアが現われる。
「災難だったな、ロッドマン大尉」
「クローディア教官……あっ、クローディア准将閣下」
エマが立ち上がって敬礼を行おうとするが、拘束されており無理だと気付いた。
その姿にクローディアが苦笑する。
「相変わらずだな。さて、それよりもこの惑星の住人たちと話し合いだ。ロッドマン大尉も付いてくるといい」
「え?」
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悪徳領主の宣伝作品のはずなのに、今回はフェアリー・バレットの宣伝がほとんどになってしまいましたね。
今章も残り一話となってしまいましたが、最後まで宣伝を頑張ろうと思います!