稲妻の騎士
あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です 4巻 好評発売中!
フェアリー・バレット ― 機巧少女と偽獣兵士 ― 1巻 【10月19日発売予定】
……頑張って書いたな~、と自分で感心しております。
パトロール艦隊の寄せ集めである帝国軍の艦隊を率いる少将は、伸して整えた自慢の髭を摘まむように撫でていた。
「バンフィールド家の田舎軍隊には、我々の露払いが相応しい」
モニターに映る光景を前に、中将は満足していた。
少将の側にはとても美しい女性がいた。
秘書官である彼女は、その美貌で今の地位を得た人物だ。
公私ともに少将を支えている。
「閣下の仰る通りかと。それにしても、バンフィールド家は軍隊に随分と予算を投じていますね」
秘書官がそう言うと、中将は不機嫌になる。
「ふんっ! 武名で成り上がったバンフィールドらしい軍隊だ。しかし、こういう時には役に立つ。我々はパトロール艦隊を集めて臨時編成されたが故に、使用している兵器は型落ちばかりだからな」
バンフィールド家の艦隊の方が、装備面で優れていた。
それを少将は気にしていたのだが、先方に配置して盾とするには頼もしい。
秘書官が意地の悪い笑みを浮かべている。
「ここでバンフィールド家の戦力を削り、カルヴァン殿下の手土産にするのでしょう? 閣下のご実家はカルヴァン皇太子殿下の派閥ですから」
派閥争いの話をされると、少将は下卑た笑みを浮かべていた。
「全ては皇太子殿下の勝利のためよ。そもそも、こんな戦争の勝敗など、皇位継承権争いと比べれば大した価値もない。クレオ殿下が率いて戦う今回の戦争は、私からすれば負けたところで痛くも痒くもない。むしろ、失点を減らしつつバンフィールド家の戦力を削る方がよっぽど価値がある」
同じ帝国軍でありながら、足の引っ張り合いをしているのが内情だった。
事の発端は帝国の首都星で行われている継承権争いだ。
皇太子であるカルヴァンと、第三皇子のクレオが、次の帝位を手に入れるために争っている。
オクシス連合王国との戦争も、貴族たちにとっては継承権争いの延長線上に過ぎない。
少将はクレオを担ぎ上げているバンフィールド家が許せず、わざわざ遊撃艦隊を捕まえて要塞攻略に利用したのだ。
秘書官が拍手を送る。
「素晴らしい采配です、閣下」
「ありがとう、秘書君。とはいえ、目の前の要塞だけは攻略したいところだね。あそこは元々、カルヴァン派の貴族たちが守っていた要塞だ。奪われたままにしておくと我々の失点になってしまう」
カルヴァン派の貴族たちにとって、自分たちが守っていた要塞が失われたのは大きな失点だ。
挽回せずにいれば、逆にクレオ派閥に叩かれてしまう。
彼らが要塞攻略にこだわるのは、そうした理由からだ。
「閣下ならば、必ず取り戻してバンフィールド家に手痛い損失を出させますわ」
秘書官に煽てられた少将は、少しばかり気になることがあった。
「今日はやけに褒めるじゃないか?」
すると、秘書官は私情を話す。
「……嫌いな後輩がバンフィールド家に移籍しましてね。何かにつけて私生活の充実振りをアピールしてくるので、この辺で痛い目に遭ってもらえるなら個人的に嬉しいですわね」
「ほう、後輩ね」
「有能で目障りな子でしたよ」
微笑みながら理由を述べる秘書官に、少将は大笑いをする。
「女性同士の争いだったわけだ。それは熱が入っても仕方がないね」
二人が会話をしていると、側にいた参謀が少々に声をかける。
「閣下、そろそろ作戦開始の時間です」
「うむ。それはそうと、我々の切り札は用意できているだろうね?」
確認すると、参謀が小さく頷いた。
「騎士が乗る最新鋭の機動騎士一個中隊は、いつでも出撃可能です」
「それはいい。我らの虎の子だ。バンフィールド家の艦隊がすり潰されたところで投入して要塞を取り戻すとしよう。さて……それでは、噂のバンフィールド家の実力を見せてもらおうじゃないか」
作戦開始の時間になると同時に、艦隊が前進を開始した。
遊撃艦隊が要塞の射程圏に入ると、攻撃が開始される。
攻撃に晒される遊撃艦隊を眺める少将は、アゴをなでていた。
「ほれほれ、頑張れバンフィールド家の諸君。すり潰される前に、要塞にダメージを与えて我々の負担を軽くしてくれよ」
少将が笑いながら攻略状況を見ていると、ブリッジのオペレーターが困惑していた。
「か、閣下!?」
「何かな?」
「味方の機動騎士部隊が要塞に急速接近しています!?」
「……何だと?」
◇
作戦開始直後。
メレアのブリッジではアリスンがティムに代わって指揮を執っていた。
要塞からの攻撃を受けてメレアが揺れているが、防御フィールドのおかげで耐えられている。
アリスンがブリッジクルーたちに大声を張り上げる。
「機動騎士部隊を出撃させる距離まで何としても近付きなさい! 砲撃手は敵要塞の防衛設備に狙いを絞って!」
アリスンの指示を聞いて、砲撃手から通信回線で苦情が来る。
『この状況で狙えるかよ! そもそも、こっちは有効射程外だ!』
「理論上は狙える位置です。腕のなさを言い訳にするよりも、さっさと攻撃しなさい」
『っ! 了解』
納得していなかった砲撃手だが、アリスンの命令に従っていた。
ティムはそんなアリスンの背中を見て、実戦経験の乏しさを感じていた。
(頭でっかちの新米って感じだな。そもそも、船を動かしたことすらないんじゃないか?)
ティムの予感は的中していた。
敵の攻撃に晒されながら、完璧な反撃などメレアには無理だった。
アリスンもメレアの性能を把握しているが、実戦でどこまで通用するのかを見誤っていた。
(こんなところでひ孫と一緒に死にたくねーな)
ティムは帽子をかぶり直す。
「……全エネルギーを防御フィールドに回せ。それから、機動騎士部隊は発艦用意」
ティムが指揮を取り出すと、ブリッジクルーたちは文句を言わずに従い始める。
「防御フィールドの出力最大!」
フィールド出力が上がったために、メレアの揺れは幾分か和らいだ。
「機動騎士部隊は発艦用意!」
次々にオペレーターたちが声を上げていくと、アリスンが怒鳴りつける。
「こんなところで機動騎士部隊を出撃させても、全機撃ち落とされるわよ! 黙って私の指示に――」
しかし、ここでティムがアリスンを睨み付ける。
腐ったとはいっても、激戦をくぐり抜けた軍人だ。
その眼力はアリスンを怯ませるには十分だった。
「黙っていてくれませんかね、監督官殿。こっちの方が成功率は高いんですよ。それに、うちの連中を侮ってはいけません。俺たちをここまで導いた面倒な騎士様は、この程度で撃墜されたりしませんよ」
「な、何を根拠に――」
アリスンが続きを言う前に、オペレーターが割り込む。
「アタランテ発艦します!」
◇
(メレアの動きが普段通りに戻った? さっきまで変な感じだったけど、元に戻ったら大丈夫かな)
コックピットの中でメレアの動きを心配していたエマだったが、普段通りに戻ると安堵する。
通信回線で、モリーがエマに出撃を知らせてくる。
『エマちゃん、機動騎士部隊の出撃許可が出たよ』
「ようやくだね。タイミング的にはもう少し前だと思ったけど」
操縦桿を握るエマは、中隊各機に命令を出す。
「発艦許可が出ました。アタランテが先行するので、皆さんはあたしを追いかけてください」
エマの命令に全員が「了解」と返事をするが、アリンとリックは違った。
『大尉殿、以前にも言ったが、ヴァローナチームは好きにさせてもらう』
『俺ッチも自由にやらせてもらうっすよ』
身勝手な二人に対して、エマも思うところがあった。
だが、この二人は元から問題児であると割り切っている。
「構いません。でも、先に出るのはあたしですよ。お二人は後から付いてくるだけで構いませんから」
アタランテの固定具が解除され、背中に取り付けられたアームが稼働して格納庫の外に出された。
続いてラリーやダグのラクーンも同じようにアームで外に出される。
「メレア、防御フィールドの調整をお願いします」
ブリッジのオペレーターから返信がある。
『タイミングに合わせて進路上のフィールドに穴を開ける。いつでも出撃していいぞ』
「了解。……アタランテ、出ます!」
アタランテが背負っているツインブースターが発光し、推進力を増していくと固定具のアームが外れてメレアを飛び出していく。
アタランテの加速に重圧を感じるエマだったが、背もたれに押さえつけられることなく耐えきっていた。
メレアを飛び出すと、要塞の迎撃システムがアタランテに狙いを定める。
エマは多目的ライフルを選択してアタランテに構えさせると、移動射撃を開始する。
銃身の長い多目的ライフルは取り回しが難しいが、実弾も光学兵器も使用可能なアタランテの専用装備だ。
遠く離れてはいるし、アタランテの多目的ライフルでも有効射程外だった。
しかし――。
「そこっ!」
――多目的ライフルの銃口から光が放たれると、こちらを狙っていた迎撃用の兵器が数秒遅れて爆発した。
その間にも、エマはアタランテに無茶な機動をさせる。
迫り来る要塞からの攻撃を避けながら、迎撃システムを破壊していた。
自分たちを狙う迎撃システムを破壊していくと、アタランテの進行方向だけが要塞の弾幕が薄くなっていく。
要塞表面に設置された砲塔が次々に破壊されると、敵は機動騎士を出撃させる。
要塞からエネルギーを供給するライフルを装備させており、先行するアタランテを狙っていた。
だが、迎撃システムを簡単に破壊されて焦っているのか、機動騎士の展開が遅い。
その動きからエマは敵の技量を察していた。
「騎士じゃない……だったら!」
エマは有効射程外から射撃を続け、迎撃に出た機動騎士たちを撃破していく。
加速するアタランテが、多目的ライフルの有効射程距離まで要塞に近付くのは速かった。
エマは回避行動を取りながら、岩石などに隠れている砲塔などを発見して破壊していく。
多目的ライフルの残弾がゼロになると、背中にマウントして装備を切り替えた。
「距離は十分に稼いだ。ここからは……」
両腕に装備したのはアサルトライフルで、右手には大きなマガジンを装着した実体弾仕様を握らせている。
左手にはビームアサルトライフルを持たせ、実弾も光学兵器も使用できるようにしていた。
アタランテを撃墜しようと攻撃が集中するも、エマは生まれ持った転生の反応速度で回避していく。
反応が過敏すぎて多くのテストパイロットを泣かせたアタランテだが、今のエマには自分の反応速度に付いてこられる愛機だ。
エマとアタランテの反応速度に、迎撃システムの方が追いついていなかった。
そうしている間にエマは要塞に到着し、姿勢を変更してツインブースターを拭かせて減速を行う。
「アタランテが一番乗り! メレア、要塞に取り付きました!」
勢いを殺しきれなかったが、滑り込むように要塞表面に着地すると回転しながらアサルトライフルを撃ち尽くす勢いで攻撃した。
そのまま飛び出してきた機動騎士も撃破する。
周囲の砲塔やら機動騎士を片づけると、アタランテがアサルトライフルを投げ捨てる。
次に取りだしたのは、エマが得意とする二丁拳銃だ。
少し遅れて返信があるが、相手はメレアではなかった。
エマの周囲にミサイルが次々に撃ち込まれ、爆発して行く。
隠れていた機動騎士や、新たに出てきた砲塔をまとめて吹き飛ばしていた。
『何とか出番くらいは回ってきたな』
要塞に降りてきたのは、ダグの乗るラクーンだった。
大型のガトリングガンを左手に持ち、右手には大型の盾を持っていた。
続いて装甲車のような小型輸送艦を護衛してきたラリーのラクーンが、要塞表面に危うい感じで着地した。
その様子を見ていた小型輸送艦の陸戦隊が、ラリーに笑いながら文句を言う。
『もう少し丁寧にエスコートしないとモテないぞ、小僧』
『無事に到着したからジュースくらい奢ってやるよ、坊や』
『着地には気を付けてくれよ、少年』
からかわれたラリーはコックピット内で荒ぶっている。
『必死に守ってやったのに言いたい放題かよ、この野郎! さっさと要塞を攻略しろ!』
要塞に到着した特務陸戦隊の面々は、小型輸送艦から外に出て要塞内部に侵入していく。
そうしている間に、次々にラクーンが要塞に到着する。
エマはラクーンの数を数え、そして誰も欠けずに要塞に取り付けたことを安堵した。
しかし、次の命令を出す声は険しくする。
「このまま陸戦隊の安全確保と、要塞表面の迎撃システムの破壊を行います。敵の機動騎士も出てきていますから、注意してください」
本編を読んでいたらマウントを取っていた人物がわかるかも?