帝国軍
投稿していた新作の フェアリー・バレット が完結しましたので、そちらもチェックしていただければ嬉しいです。
メレアが合流した遊撃艦隊だが、その数は三百隻程度だった。
双方合せて九百万隻の艦艇が動いている戦場で、この数はとても心細い。
だが、裏を返せば心許ない数の艦隊が、激戦区に放り込まれることも少なかった。
遊撃艦隊と名乗ってはいても、実際に戦場で回ってくる役割は雑務が多い。
戦場入りして一ヶ月以上が経過しているが、メレアは一度も戦闘に巻き込まれていなかった。
回ってくる任務の多くは補給艦隊の護衛などばかりで、両国が争う戦場だからと宇宙海賊たちも逃げ出してしまったのか遭遇しなかった。
メレアの格納庫では、パイロットスーツ姿のラリーが飲み物を飲みながらモリーと会話をしている。
「対外戦と聞いた時は焦ったけど、実際に戦争が始まったら静かなものだよな」
モリーは第三小隊のラクーンのチェックを行っており、端末に顔を向けたまま相手をしている。
「正規艦隊に数合わせで組み込まれていたら危険だったかも、ってダグさんも言っていたね。うちとしては、この子たちが壊れないからいいけど」
ラリーは無重力状態の格納庫で、空中に浮かんで逆さになった。
暇すぎて遊び始めている。
ただ、それでもゲーム機を持ち出して遊ばないのは、以前の任務で思うところがあったのだろう。
ラリーも少しずつ態度が変化していた。
「このまま何事もなく故郷に戻れれば最高だね」
それでもやる気のない発言は相変わらずだった。
モリーは大きなため息を吐くと、ふざけているラリーを睨む。
「そんなことを言っていると、またエマちゃんに叱られるよ。前に訓練メニューを倍にされたのを忘れたの?」
やる気のない発言を繰り返すラリーに、エマは本気で注意してきた。
その時は訓練メニューを倍にされ、しばらく全身筋肉痛で動くのが辛かったのをラリーは今も鮮明に覚えている。
「悪かった。悪かったよ。……まったく、うちの隊長は真面目過ぎるよ」
エマのことを自然と隊長呼びするくらいには、ラリーも認めつつあった。
モリーはそれが嬉しくて、笑顔を抑えきれないようだった。
「今のエマちゃんは強くなったよね。ラリーも気を付けなよ」
「はい、はい」
二人がそんな会話をしていると、格納庫にエマがダグを伴って飛び込んできた。
壁を蹴ってラリーたちの方に飛んでくるのだが、その表情は二人とも険しい。
一瞬だが会話を聞かれていたのか、と焦ったラリーだったが状況は予想よりも更に悪かった。
エマはラリーたちに命令する。
「第三小隊は出撃準備を整えてコックピットで待機してください」
コックピットで待機と言われ、ラリーは面食らった。
「艦内放送は何も言っていないのに?」
戸惑うラリーに、ダグが近付いて腕を掴んでラクーンのコックピットに連れて行く。
「味方の艦隊が近付いてきたんだよ」
「は? 余計に意味がわからないだろ」
「いいから、コックピットに入って待機だ。ラリー、暇だからってゲームで遊ぶなよ」
ラリーはダグにコックピットに放り込まれた。
操縦席に座ったラリーは、何が起きているのかエマに説明を求める。
モニターにエマの顔が表示されるが、エマはモリーと何やら話し込んでいた。
悪いとは思いつつも、外部の拡声器を使用して話しかける。
「隊長、何が起きたんだよ? コックピットで待機なんて尋常じゃないだろ」
コックピットの外で、エマはラリーの方に顔を向けた。
『何の連絡もなしに味方の艦隊が接近してきているんです。相手を刺激しないために第一種警戒態勢は取りませんが、それでも気を付けるようにと艦隊司令からの命令です』
「味方なんだろ?」
どうして味方を相手に警戒するのか? その問い掛けに、エマも少し困った表情をしていた。
『相手は帝国の正規軍のようです』
「……は?」
余計に意味不明になったラリーだったが、エマはコックピットへ向かった。
これ以上、話せることがないのだろう。
「ノンビリできると思ったのに、急に慌ただしくなったな」
◇
アタランテのコックピットに入ったエマは、モニターを凝視していた。
球体状のコックピットの壁面はモニターとなっており、そこでは自分たちが所属する遊撃艦隊の司令官と――接近してきた帝国正規軍の艦隊司令が公開でやり取りを行っている。
相手の艦隊司令官は、どうやら帝国の正規軍に所属しているが貴族出身らしい。
制服を自分好みに派手に改造しており、髪型も軍の規則を破っている。
それが許されるのは、彼が貴族だからだ。
『バンフィールド家の小規模な艦隊がいると聞いて来てみれば、僅か三百隻とは実に心許ない』
こちらに対して傲慢に振る舞う相手は、いきなり接触してきたのに酷い物言いだ。
艦隊司令官が呆れつつも相手をする。
『そちらと合流する予定はなかったはずです。我が艦隊に一体何用でしょうか?』
相手の貴族は煩わしそうにしていた。
それは、艦隊司令官が貴族ではない一般人だからだろう。
貴族でなければ見下すという手合いの人間らしい。
『我が艦隊はこれより奪われた要塞の奪還を行う。そのために戦力を求めており、こうしてわざわざ出向いたのだ』
『……増援の要請ならば総司令部にお願いしたい。そもそも、我々は貴殿らに合流せよ、という命令は受けていない』
艦隊司令官が毅然とした態度で断ろうとするが、相手は目に見えて激高する。
『平民風情が口を慎め! 私自ら出向いてやったのだから、喜んで合流して要塞奪還を行うのが正しい姿である! ……そもそも、私設軍風情が私に口答えをするな』
相手方の艦隊が砲撃の用意を始めると、艦隊司令官が苦々しい顔をする。
相手方の数は三千隻とこちらの十倍であり、この場で争えば全滅する恐れがあった。
(混乱する戦場では味方同士でも争う可能性があるとは習ったけど、まさか本当にそんな場面に遭遇するとは思っていなかったな)
エマは緊張しながらも、いつでもアタランテを発艦させられるよう控えていた。
艦隊司令官が副官と相談を始めると、急に目を丸くする。
『……総司令部より許可が出た。我々は貴殿らと合流して要塞攻略に迎えとのご命令だ』
艦隊司令官が苦虫をかみ潰したような顔をしていると、相手の貴族は上機嫌だった。
『バンフィールド家が取り仕切っているにしては、融通が利くではないか。それでは、さっさと要塞攻略に向かう。お前たちは先方を務めよ』
一方的に通信回線が閉じられると、艦隊司令官は一瞬だが怒りが滲んだ表情をしていた。
『……全艦に通達。これより我々は要塞攻略を行うために味方と合流する』
艦隊司令官との回線も閉じられると、エマは安堵からため息を吐いた。
しかし、気の抜けない状況は続いている。
「あれが帝国の正規軍とは思いたくないな」
(あたしたちを先方に配置するってことは、要塞攻略は厳しくなりそう)
◇
エマがコックピットから出ると、最初に近付いてきたのはアイン率いるヴァローナチームだ。
アインは先程の会話から、大体の状況を察しているらしい。
「要塞攻略の先方を任されたが、大尉殿には勝算があるのか確認したい」
先方といえば栄誉ある配置だが、同時に消耗率が激しい。
貴族たちは自分たちの消耗を嫌がり、バンフィールド家の遊撃艦隊を捕まえて自分たちの盾とするつもりだった。
アインに対してエマは言う。
「要塞攻略用の装備がありますから、全機換装させるつもりです」
エマの対策を聞いたアインが声を荒げる。
「それでは足りない。そもそも、大尉殿には要塞攻略の経験はありますか?」
「地上基地の攻略なら一度だけ」
「宇宙要塞の攻略経験はなし、と。何もかもが不足している自分たちに、先方が務まるとは思えませんよ」
遊撃艦隊が先方を務めるのだが、騎士であるエマがいる中隊は一番過酷なエリアに投入される可能性が高かった。
アインもそれを察して、エマの対策を確認している。
「木村中尉もヴァローナの換装を急いでください」
「大尉殿、自分はあなたの指揮下では戦えない。我々は独自にやらせてもらう」
アインはそう言って部下を連れて離れて行く。
次に現われたのはリックだった。
「……パイセン。あの~、俺ッチの機体ですけど、やっぱり調子が悪くて要塞攻略はパスしたかなって。駄目っすかね?」
無理して笑っているリックに、エマは深いため息を吐いた。
「出撃しない場合はコックピットに入ることを禁じますよ」
「……それは遠慮したいっすね」
要塞攻略となればメレアも安全とは言い切れず、撃墜される可能性だってある。
機動騎士のコックピットで待機できないとなれば、リックは自分の運命を他人の手に委ねることになる。
「はぁ……今回は出撃するしかないっすね」
諦めて出撃準備に取りかかるため、離れて行くリックを見送った。
エマは慌ただしく作業を進めるもリーに近付く。
「モリー、アタランテに武器を積み込めるだけ積み込んで」
「それはいいけど、ラリーとダグさんのラクーンはどうするの?」
「そっちもミサイルでも何でも積み込んじゃって。使い捨てにする前提だけど、大盾も用意してほしいの。それから、他の小隊にも同じように武器を満載するように伝えてくれればいいわ」
「いいの? 動きが鈍くなって途中で撃墜されるリスクが高くなるよ」
心配するもリーに、エマは気負わない態度で言い切る。
「大丈夫――あたしが必ず要塞までみんなを連れて行くから」
(ここまで来たらやるしかない。あたしにやれるかどうか――ううん、あたしがやるんだ。あたしはわがままな正義の騎士なんだから)
心の中で気弱な自分が心配しているが、それを振り払うようにエマは自分を奮い立たせるために大言を吐いた。
後戻りはできないと、自分に言い聞かせる。
モリーはそんなエマを見て、少しばかり不安が拭えたらしい。
「エマちゃん、何だか前より頼りになる感じだね。うん、わかった。お望み通り、メレアの整備兵たちで武装を積み込めるだけ積み込んじゃうよ」
「お願いね、モリー」
◇
総旗艦ヴァールの広大なブリッジにて、光の柱の中でクリスティアナが戦場の全てを把握するため情報に目を通していた。
大きな戦場から小さな戦場まで把握し、そして適切に部隊を配置していく。
しかし――。
「……ままならないものね。どれだけ適切に配置しても、現場の判断で崩されていくのだから」
――クリスティアナたちがどれだけ綿密に気を遣って艦隊を配置しても、現場の指揮官たちが勝手な判断で動いて無駄になっていく。
特に、帝国軍から派遣された艦隊がこちらの指示に従わない。
休憩から戻って来たクローディアが、クリスティアナの側に来る。
「クリスティアナ様、そろそろ休憩に入ってください。もう三日も休んでいません。これ以上は負担が大きすぎます」
無茶をするクリスティアナを、クローディアは心配していた。
クリスティアナは言う。
「もう三日……いえ、二日すれば休むわ。とりあえず、こちらに有利な状況を作らないと安心して休めないもの」
クローディアの意見を無視して、艦隊の配置を見直すクリスティアナだった。
しかし、後方から声がかかる。
「クリスティアナ殿は休憩に入るべきだな」
名前を呼ばれて振り返ると、高い位置からクラウスが見下ろしていた。
「まだやれますよ」
「戦いはまだ続く。今から根を詰めすぎるのは問題だと思うがね。それに、君が頑張りすぎて部下たちも無茶をする傾向にある」
クリスティアナが自分の副官たちに視線を向ければ、クローディアも少し顔色が悪い。
休憩には入ったが、予定よりも短時間で切り上げたのだろう。
クリスティアナは小さくため息を吐くと、光の柱から外に出た。
「部下たちの顔色にも気付かないのなら、休んだ方が良さそうね。総司令官代理殿のご命令に従いましょう」
クリスティアナが休憩に入ると言ってくれたので、クローディアは胸をなで下ろした。
その際、クリスティアナがクローディアに声をかける。
「クローディア、あなたが目をかけていた騎士だけど、遊撃艦隊に配属されていたわよ」
「ロッドマン大尉が?」
「パトロール艦隊の寄せ集めに捕まって、要塞攻略に強制参加よ」
帝国の正規軍であるのは間違いないのだが、貴族が率いていたのはパトロール艦隊を寄せ集めた問題のある艦隊だった。
パトロール艦隊は問題のある貴族たちの配属先として都合がいい。
多くのパトロール艦隊に貴族の指揮官たちを配置され、正規艦隊とは距離を置かせていた。
理由は大半の貴族の子弟が使い物にならないばかりか、配置すると邪魔をするから。
情けない話だが、貴族の子弟たちは帝国軍にとって悩みの種である。
クローディアは苦々しい表情になった。
「すぐに引き返すように命令を出します」
「無理ね。今更、遊撃艦隊を取り上げれば、逆上して味方同士で撃ち合いになるわ。それなら、いっそ要塞攻略をしてもらった方がいいわね」
「ですが、遊撃艦隊の戦力では下手をすれば全滅します」
「大丈夫。少ないけれどとびきりの増援を送ってあげたわ。それにね――」
クリスティアナはクローディアの顔を見て、薄らと笑みを浮かべた。
「――私は彼女ならやれると思うわよ。一回り成長した教え子を信じてあげるのね」
そう言って、クリスティアナはブリッジを去った。
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【新作】フェアリー・バレット―機巧少女と偽獣兵士― 1巻 は【10月19日】発売予定!
9月10月と連続刊行しましたが、実はまだ控えておりまして……。