対外戦
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巨大な星間国家同士が戦争を始めると、億単位の人間が動員される。
用意される艦艇の数は数百万。
規模があまりにも大きすぎて、一兵士ばかりか将軍たちですら全体の把握ができないのが星間国家同士の戦争だ。
これが国内で行われる貴族同士の戦争であれば、規模も小さく落としどころも見つけやすい。
しかし、外国との戦争は引き際を見誤りやすかった。
時には年百年と戦争が続くケースもあり、その間に両国が疲弊して内部から崩壊――気付けば戦争をする理由がなくなっていた、なんて馬鹿げた話もあるくらいだ。
勝敗が付くならまだいい方で、終わってみれば互いに疲弊しただけという場合がほとんどだ。
そのため、星間国家同士は日頃は小規模な小競り合いで終わらせるようにしている。
メレアにある機動騎士部隊用のブリーフィングルームでは、パイロットたちが集められていた。
スクリーンの前に立つエマが、メレアの今後について中央からの命令を伝える。
中央――それはバンフィールド家の本星であるハイドラにある軍総司令部だ。
エマは初めて経験する対外戦に緊張していたが、部下たちを前にしているため平静を装っていた。
命令の内容を淡々と述べていく。
「技術試験隊であるメレアですが、バンフィールド家の遊撃艦隊に組み込まれます。艦隊の数は数百規模を想定していますが、現地に入るまで確定しないそうです」
曖昧な内容に対して、木村中尉は腕を組んでいた。
表情は普段通りの無表情ながらも、僅かに苛立っているように感じられる。
「随分と命令が曖昧ですね。それだけ中央が慌てていると判断してもよろしいのですか?」
バンフィールド家が対外戦に駆り出されたために、編制が間に合っていないのではないか? そんなアインの質問は、周囲を動揺させる。
数合わせでかき集められているとすれば、戦場でどのような扱いをされるかわかったものではない。
部隊に不安が広がるため、エマはあえて冷たい態度を取る。
「不明です。木村中尉、憶測で発言しないように」
アインは右手の中指で眼鏡の位置を正しながら、エマを値踏みするように見ていた。
「……申し訳ない、大尉殿」
謝罪するアインの横では、頭の後ろで手を組んだリックが椅子の背もたれに体を預けていた。
椅子を斜めにして、器用にバランスを取っている。
「それよりも、俺ッチたちは技術試験隊であって実戦部隊じゃないっすよね? いきなり実戦に投入されるのは勘弁っすよ」
後ろ向きな発言をするリックに、エマは険しい視線を向けた。
「メレアは必要があると判断すれば実戦にも参加する部隊です。そもそも、リック少尉の開発チームも同意していたはずですよ」
メレアに配属される際に、開発チームには状況は伝えてあった。
リックは困ったように指先で頬をかく。
「いや~、参加するにしても宇宙海賊を相手に小規模な戦闘を想定していましてね。まさか、こんな大規模な戦争に巻き込まれるとは予定外っすよ」
これにはエマも内心で同意する。
(あたしだって対外戦が起きるなんて想定外だよ。けど、参加しろと命令されれば従うしかないし)
内心を隠しつつ、エマはリックに厳しい態度を取る。
「未来が予想できるなら誰も苦労しませんよ」
エマの返しが気に入ったのか、リックが大袈裟に手を叩く。
「そいつは大尉殿の言う通りっすね! こいつは一本取られたっす」
陽気なリックの態度に、周囲のパイロットたちは呆れかえっていた。
リックに対して、というよりも騎士に対して反感を持つラリーが、場の空気が嫌になったのか手を上げて発言の許可を求める。
「隊長、一ついいですか」
「何ですか、ラリー准尉?」
「遊撃艦隊に配置されるのは理解しましたが、そこで僕らの任務は何です?」
ラリーの疑問は周囲も思っていたようで、ブリーフィングルーム内のパイロットたちがエマの顔に視線を向けた。
エマは答えるまでに数秒の時間を要した。
理由は単純だ。
「……不明です」
中央から何の指示も出ていなかったからだ。
エマの答えが気に入らなかったのか、アインが口を開く。
「不明とはどういう意味ですか? 我々を遊撃艦隊に配置するならば、相応の意図があるはずですが? 何かしら中央から通達はないのですか?」
責められるエマは、不満そうな部下たちを前にぶっちゃける。
平静さをかなぐり捨てて、声を張り上げた。
「だ、か、ら! 集まれと言われただけで、他の命令なんて出ていませんよ! あたしだって気になって確認したんですよ。そしたら中央からは、現場の指示に従え、の一点張りだったんですから!」
エマが取り繕わなくなると、パイロットたちが声を上げる。
「ふざけるな、あんた中隊長だろ! もっとしっかりしろよ!」
「ほら、やっぱりお嬢ちゃんにはまだ早かったんだよ」
「今の中隊長の下で戦うの不安になってきたな」
言いたい放題の部下たちを、エマは怒鳴りつける。
「静かに! とにかく、中央からの命令を実行します。全員、機動騎士の出撃準備を整えておくように。以上!」
ブリーフィングをエマが強制的に終わらせると、アインたちヴァローナチームが席を立った。
アインはエマに対して厳しい視線を向ける。
「成果を上げている有能な騎士と聞いていたが、実物は噂ほどではなかったな」
ヴァローナチームに所属するパイロットが、隊長であるアインに確認する。
「我々は評価試験中ですので、参加を拒否も可能です、隊長」
アインはそれを聞いて頭を振る。
「参加は拒否できてもこの艦からは降りられない。戦場で何もせず見ているだけというわけにもいかん。――だが、我々は我々の判断で戦わせてもらいますよ」
ヴァローナチームのパイロットたちがブリーフィングルームを出て行くと、以前からメレアに乗っているパイロットたちは不満顔だ。
「新顔が偉そうに」
「誰が旧型に出撃を頼むかよ」
アインたちの反応が気に障ったらしいのだが、ここでリックも席を立った。
「あ~、悪いっすけど……俺ッチのアーマードネヴァンは調整中でして。すぐに出撃は難しいので、その辺はよろしくですっ! それじゃ、俺ッチもこれで」
リックは逃げるようにブリーフィングルームを出て行った。
配属された新顔たちの反応に、エマは頬を引きつらせる。
これが普通の部隊であれば大問題だが、エマたちは技術試験隊だ。
扱っている機動騎士は技術試験のために配属されているため、無理矢理出撃を命令しても開発チームが拒否すれば終わりだ。
特殊な立場であるが故に、エマは面倒な立場に立たされていた。
話を聞いていたダグは、頬杖を突きながら小さくため息を吐いた。
「対外戦に参加した経験がある奴は少ないからな。中央の命令が不自然に感じても仕方ないが、この規模になるとこんなものだぞ」
ブリーフィングも終わったため、エマは首を傾げてダグに尋ねる。
「ダグさんは経験があるんですか?」
「大昔の話だけどな。参加させられたが、運良く戦闘に巻き込まれなかった」
巻き込まれなかったと言うダグの言葉を聞いて、古参組は懐かしそうに頷いていた。
「近くの戦場は激戦区だったのに、俺たちは放置だったよな」
「私ら何のためにかき集められたのかわからなかったわ」
「規模がでかすぎて、上も把握しきれないからな。というか、あの時は味方も敵も、指揮官が素人でグチャグチャだったらしいぞ」
古参組の話に、ラリーは額に手を当てる。
「何だよ、それ? 対外戦ってそんなにいい加減なのかよ」
ダグは席を立つと腰に両手を当てる。
「上次第というのもあるが、規模がでかすぎて全体を把握できないのさ。運が良ければ何もせずに帰ってこられる」
ラリーはそれを聞いて安堵した顔をする。
「緊張して損したよ」
「馬鹿野郎」
だが、ダグたち古参組の表情は険しかった。
「運が悪ければ生還率が低い激戦区送りで、この場にいる全員があの世送りもあり得るんだぞ。規模にもよるが、数年から数十年は拘束される。とんでもなく面倒なのが対外戦だ」
何十年もの間、運良く生き残れる確率は高くない。
話を聞いていたエマは、対外戦に放り込まれる自分たちの行く末を案じる。
(この規模の戦争なんて初めて経験だけど、この部隊が無事に乗り越えられるようにあたしも頑張らないと)
◇
宇宙空間にて艦艇が長距離ワープ用のゲート前にて列を成していた。
オクシス連合王国との戦場に向かうバンフィールド家の艦艇たちだ。
メレアも順番待ちをしており、ブリッジではティムが欠伸をしている。
「うちの領主様は戦争好きで嫌になるぜ。これで最前線に出て来なければ、後ろに控えているだけの糞野郎と罵れるのにな」
残念なことに、バンフィールド家の現当主は何度も実戦に出て戦果を上げた強者だった。
オペレーターが振り返ってティムの方を見ると、少し困惑している。
「司令、小型艇がメレアに着艦を求めています」
「こんな時にどこの馬鹿だ?」
ティムが席を立つと、その勢いのままにオペレーターの席まで飛んだ。
ブリッジは無重力状態だった。
ティムは小型艇の受け入れなど聞いていなかった。
「迷子が助けを求めに来たのか?」
オペレーターは小型艇と何度かやり取りをしており、目を丸くしていた。
「艦隊総司令部より派遣された人員を受け入れるように言ってきています」
「総司令部だ?」
ティムがそう言って命令を確認すると、派遣されるバンフィールド家の艦隊総司令部より人員を受け入れるよう命令が出されていた。
「何で急に追加の人員が来るんだ?」
オペレーターも困惑している。
「知りませんよ」
艦隊総司令部からの命令では受け入れるしかないため、小型艇の受け入れ準備を進めさせることにした。
「とにかく、小型艇を受け入れさせろ。うちの連中には粗相をしないように言っておけ。さて、一体どこの誰が派遣されてきたのやら――っ!?」
ティムが追加の人員を確認すると、何と名前は【アリスン・ベイカー】大尉だった。
苗字が同じだけならば驚きもしなかったが、彼女の顔はティムの妻とよく似ていた。
彼女の情報を確認すると、父親の名前が自分の孫と同じ名前だった。
「まさか……こんなことがあるのかよ」
ティムは帽子を脱いで髪をかく。
アリスン・ベイカー大尉……彼女はティムのひ孫に当たる人物だった。
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