傑作機モーヘイブ
キミラノさんで開催している【次にくるライトノベル大賞2021】に
【俺は星間国家の悪徳領主!】がノミネートされています。
投票は【一日一回可能】です。
是非とも【俺は星間国家の悪徳領主!】に【投票】をお願いいたします!
空母メレアのトレーニングルーム。
部屋自体の重力を増やしてトレーニングしているのは、スポーツウェアに着替えたエマだった。
トレーニングを終えて呼吸が乱れる中、艦内時間を示す時計を見る。
「誰も来ないよぉぉぉ!!」
頭を抱えて絶叫するエマだが、周囲には人気がない。
本来であればトレーニング時間であるはずの軍人たちもいるはずだが、メレア艦内の規律が緩んでいるため規則が守られていなかった。
広いトレーニングルームで、エマが呼吸を整えながら汗を拭う。
「何でこんなに酷いのかな?」
現在のバンフィールド家――伯爵家の私設軍は、領主が代替わりをした際に改革が行われた。
張り子の虎から使える軍隊へ。
苛烈な領主へと代替わりしたことで、エマも軍隊はより厳しくなっていると聞いていた。
それなのに、現実との違いに混乱するばかりだ。
「はぁ」
大きなため息を吐くと、トレーニングも終了したのでシャワー室へと向かう。
◇
メレアの格納庫。
「皆さん、あたしは怒っています!」
ダグ、ラリー、モリーを並ばせたエマは、決められたトレーニングを消化しない三人に対して毅然とした態度を見せようとしていた。
しかし、ここ最近打ちのめされる出来事が多く、どこか自信がない。
そんなエマの態度を三人は見抜いていたのだろう。
それぞれが面倒そうにしている。
「エマちゃん真面目すぎ。そもそも、この艦で真面目にトレーニングをしている人なんていないよ」
「駄目です!」
小隊長としての責務を果たそうとするエマに、ダグは困ったような顔をして笑っている。
「やる気のあるお嬢ちゃんだ」
「お嬢ちゃんじゃなくて、隊長と呼んでください!」
やる気のない部下たちを前に声を張り上げるエマに、苛立っていたラリーが口を開く。
「迷惑なんだよ」
「め、迷惑!? そ、それはおかしいですよ。あたしたちは軍人で、これは任務――」
「それが迷惑だって言っているんだ」
正論を述べるエマに向かって、ラリーはポケットに手を入れると許可も得ずに勝手に去って行く。
ラリーの背中を見ながら、エマは口をパクパクさせた。
「いや、あの――ここ軍隊」
本来であれば規律に厳しいはずの軍隊で、ラリーのような行動は問題だ。
これが元教官のクローディアならば、徹底的に修正しただろう。
そして、今はエマの役目でもある。
小隊長として部下を率いるために、厳しくあらねばならないと教えられている。
手を握りしめて拳を作るエマに、ダグが話しかけてくる。
「ちょっといいか、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんじゃありません! あたしは――」
「なら少尉殿。自分に付き合って頂けますか?」
強面の男に睨まれて、エマは一瞬たじろぐが背筋を伸ばす。
二人の様子を見ていたモリーは、肩をすくめると仕事に戻っていく。
「それならうちは整備に戻るよ」
去って行くモリーの背中を見るエマは、自分がまとめなければならない小隊が問題児ばかりに見える。
(問題児ばかりだ。――あたしもか)
まともに機動騎士を操縦できない自分も、他から見ればきっと問題児だろうと気付いて落ち込む。
◇
ダグに連れられてやって来たのは、エマ率いる機動騎士小隊の機体が並ぶハンガーだった。
整備用のパワードスーツを着用したモリーが、機体の足下で整備をしている姿をエマとダグが並んで見ていた。
エマは機体を見上げる。
シンプルな造形の機動騎士は、ヘルメットをかぶったようなデザインをしている。
飾りなどほとんどない。
隊長機にはバイザーのような装色が付き、特別感を出していた。
そんな機体の前で、ダグは饒舌に語り始める。
「こいつの機体名を知っているか?」
エマは馬鹿にされたと思って、ムッとした表情で素っ気なく答える。
「【モーヘイブ】ですよね? それくらい知っています」
騎士学校で必要知識は叩き込まれている。
この程度も知らないと思われたのかと、エマは腹立たしかった。
だが、ダグは真剣な眼差しをモーヘイブに向けていた。
「正式にはモーヘイブ二型だ。今だと四型が主流になっているのに、こいつは二世代も前の機体になる」
「え?」
言われて細部を確認すると、エマが持っている知識と違いが多かった。
ダグは説明を続ける。
「こいつの初期型が登場した時は酷かったそうだ。当時主流の量産機を相手に、二対一でようやく勝てる性能しか持っていなかったからな」
「え? でも、今は帝国中で使われていますよね?」
「当時の量産機一機分の値段で、こいつの初期型は三機製造できたのさ。オマケに、生産性と整備性が圧倒的に優れていたからな。維持費が安いって、お貴族様たちが買い漁った。おかげでこいつは、帝国の傑作機なんて呼ばれているわけだ」
性能が悪くても、大量に用意できて維持費も安いため帝国中で使用されるようになった機体。
その旧式機が、どうしてメレアで使用されているのか?
エマが疑問に思うと、ダグが質問する前に答える。
「――俺たちと同じだよ」
「え?」
「使い潰せる安い消耗品って意味だ」
普段笑顔の多いダグが、この時ばかりは真剣な表情をエマに向けてくる。
ただ、ダグの話にエマは納得できなかった。
「消耗品なんかじゃありませんよ! だって――」
「違うとでも? お嬢ちゃんは本当に何も見えていないな」
露骨に嫌そうな顔をするダグは、過去を思い出したのか苦々しい表情になる。
「俺は先々代の頃からバンフィールド家の軍にいた」
「先々代の頃から? え、でも旧バンフィールド家の私設軍は解体されたって」
現当主が代替わりをしてすぐに、旧バンフィールド家の私設軍は大規模改革が行われた。
その際、主流となったのは帝国から受け入れた正規軍の軍人たちだ。
後に旧私設軍の将官は排除され、実質的に総入れ替えが行われた。
ダグはポケットに手を入れ、当時の話をする。
「あの頃は本当に酷かった。支給されるのは海賊にも負ける旧式の兵器ばかりだ。それでも戦えと言われて、何度も戦場に送り込まれた。夢や希望を持って入隊した奴らが、十年もすれば諦めて無気力な軍人になったよ」
「だ、だから、領主様が改革をして――」
「そうだな。それが正しい判断だ。だけどな、その中でも俺たちはやれるだけやっていたんだよ!」
ダグの怒鳴り声を聞いて、モリーが驚いて顔を向けてくるがすぐに仕事に戻る。
エマは驚いたが、それ以上に鬼気迫るダグに何も言えなくなった。
「貴族の阿呆共のためじゃない。領民のために命がけで戦ってきた。そうしないと苦しむのは領民だったからだ。俺たちは一度も、貴族のために戦わなかった。そしたら今度は、代替わりした領主が俺たちを切り捨てやがった」
「そんなことありませんよ!」
現当主を否定するダグに、エマが言い返した。
しかし、ダグはエマの話を聞き入れない。
「あるさ。それがこの部隊だ。不要な奴らを押し込めるこのレメアが、何よりの証拠だ。今の領主は、俺たちをこんなところに押し込めた」
「え?」
ダグの額に血管が浮き、随分と興奮していた。
「――領民たちは大歓迎だ。だらしなかった軍が再編された。これからは海賊に怯えなくてすむってな」
必死に戦ったダグのような軍人たちにしてみれば、守ってきた領民たちにも裏切られた気持ちだったのだろう。
エマは反論しようとして――何を言っても、ダグには届かないだろうと諦める。
「うちの司令官に会っただろう? あの人も昔は血気盛んで、領民のためにと命がけで戦ってきた人だ。それなのに、新しい領主様は俺たちを簡単に切り捨てた。こいつと同じように使い捨てにしたわけだ」
ダグが親指で指し示すモーヘイブは、破損したパーツは修理不可能となればすぐに交換できる機能を所持していた。
使えないから切り捨てる機構を、自分たちと同じだとダグはエマに教えたかったのだろう。
「旧私設軍は信用ならない。今の主流派はそう言って俺たちを辺境送りにした。いっそ死んでくれればありがたいとでも思っているんだろうな。艦も機体も全て世代後れで揃えていやがる」
「そ、それは他にも色々と問題が」
戦力をどこに集中するか? 装備に関しても財政面の問題もある。
旧式だろうと使わなければ回らない状況が発生している。
色々と理由は思い浮かぶが、ダグはバンフィールド家を――現当主を恨んでいて、聞く耳を持たない。
「――理由なんてどうでもいい。だが、俺たちは捨てられた存在なのは事実だ。おまけに、長年の軍隊生活で、他に行き場もない連中ばかりの集まりだ。お嬢ちゃん、モリーがこの艦に配属された理由を知っているか?」
「い、いえ」
チラリと働いている姿のモリーを見るが、普段の態度と違って真面目に整備をしていた。
「あいつは孤児院育ちだ。軍に入隊したのも生きていくための技術や資格を得るためで、自分の意志じゃない」
生きるために志願者を募集する軍隊に入り、技能を得て一般社会に戻る。
そうした領民は珍しくない。
「モリーはあの性格だ。真面目な軍人には毛嫌いされて、ここに送られてきた。ラリーも同じだ。あいつ、元々は騎士になりたかったんだよ」
「え?」
「騎士になるには子供の頃から教育カプセルを使用する必要がある。あいつは、ギリギリ間に合わなかったのさ。だから、お嬢ちゃんを見ていると羨ましいんだろうな。こっちに送られてきた頃は、お嬢ちゃんみたいな奴だったんだぜ」
やる気のないラリーが、以前は自分と同じだったと聞かされてエマは困惑する。
「ラリー准尉が真面目だったなんて、想像できません」
「だろうな。だが、そんな奴でもここにいれば腐っていくのさ」
自分が配属された部隊に、想像以上に根深い問題があると知ったエマはこれからを不安に思う。
ダグがエマの横を通り過ぎて、この場を離れる際に一言だけ呟いた。
「もう俺たちは心が折れたのさ。悪いが、軍隊ごっこに巻き込まないでくれ」
軍隊ごっこ。
軍隊らしくないメレアの軍人たちの事情を知り、エマは自分がどうするべきか考える。
涙目になったエマが、天井を見上げた。
「あたし、本当に何も出来ない駄目な騎士だ」
折れてしまった軍人たちの心を癒やすことは簡単ではなく、そしてエマにはそれだけの力もない。
エマは涙を拭う。
そして、気合いを入れた。
「――だけど、こんなところで終われない! 何も出来なくても、それでもあたしは!」
決意するエマだったが、整備が一段落したモリーが近付いてくる。
「気合いを入れるのはいいけどさ。エマちゃん、これから何をするつもり? あんまり面倒なことはしないでよね」
仕事から解放されたモリーに、先程の姿を見られて恥ずかしがるエマが照れてしまう。
視線をさまよわせながら、モリーに語る内容は。
「と、とりあえずトレーニング?」
「――エマちゃん、結構な脳筋だね」
◇
翌日。
エマは休憩時間にトレーニングルームに来ていた。
今回はモリーの姿もある。
「がんばれ~」
隣でやる気のない声援を送ってくるモリーに応えるように、エマは気合いを入れて自分の何倍もある重量を持ち上げていた。
「ふぬっ!」
特別たくましい体付きをしていないエマが、高重量を持ち上げる姿にモリーが拍手を送る。
「凄い! これ、うちの男たちでも持ち上げられないと思うよ」
休憩に入ったエマが、乱れた呼吸のままモリーにこの程度は騎士なら誰でも出来ると説明する。
「これでも一応は騎士だからね。あ、でも体を動かすのは得意だったよ。こっちの方は成績良かったし! ――す、少しだけ」
「やっぱりエマちゃんは脳筋だよ」
考えるより動く方が得意というエマを見て、モリーはヘラヘラ笑っていた。
そして、やや真剣な表情になる。
「それより、これからどうするの? エマちゃん一人が頑張ったところで、何も変わらないと思うけど?」
エマ一人が頑張ったところで、レメアの現状は変わらない。
それは本人もよく理解していた。
「いいの。あたしが頑張るのは、あたしの勝手だから」
「みんなのために頑張るんじゃないの?」
「勝手にみんなのために頑張るの。あたしはさ――正義の騎士に憧れているんだよね」
正義の騎士。
誰よりも強く、どんな困難にも立ち向かう姿を想像する。
エマの中で理想の騎士とはアヴィド――つまり、現バンフィールド家の当主だった。
「きっとさ。正義の騎士ならこんな状況は放置しないと思うんだよね」
モリーはエマの話を聞いて呆れるが、面白そうに笑っていた。
「エマちゃん面白いね。男の子みたい」
「こ、これでも女だから! ――らしくないとはよく言われるけど」
いじけてしまうエマは、女の子らしくないとからかわれた過去がある。
自分でもそう思っているが、やはりどこかで自分は女であると強い思いがあった。
一度性転換を勧められたが、何となく嫌で断っている。
「いじける姿は結構可愛いね」
モリーに可愛いと言われ、エマは顔を真っ赤にした。
「や、やめろー! いきなりそんなことを言われると、どんな顔をすればいいのか――」
二人の会話が盛り上がってくると、けたたましい艦内放送が鳴り響いた。
そして、やる気の感じられないオペレーターが現状を伝えてくる。
『これより宇宙空母レメアは、一時間後に大気圏を突破する。各員は所定の位置で待機せよ』
※今回は活動報告に モーヘイブ のラフ画を掲載しております。
【乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 9巻】の発売日【11月30日】が近付いてきましたね。
【MMストア】にて【限定版】の予約も開始しております。
9巻からはついに新章開幕です。
新キャラも登場し、より個性を強くしてみました。
是非とも書籍で確認してください。