忠義
シレーナが乗るキマイラのモニターに映し出されるのは、炎に包まれる戦艦を見下ろしている紫色の起動騎士だった。
スレンダーなシルエット。
頭部は狐を想像させるデザインをしていた。
その機体をシレーナは知っている。
「第七のテウメッサ」
以前、第七兵器工場に潜入した際、テウメッサの説明も受けていた。
エース用の用意された起動騎士である、と。
そんな起動騎士が戦場にいるという事は、バンフィールド家のエースがいるという証拠だ。
たった一機でも厄介だと思うが、問題はマリー・マリアンと名乗った騎士の周囲に同型機がいる点だ。
一機や二機ではない。
三十機近くは存在している。
そんなテウメッサたちが、反乱軍の起動騎士を――艦艇を――次々に破壊していく。
反乱軍は大打撃を受けていた。
シレーナは操縦桿を握る力が強まり、いつの間にか冷や汗をかいていた。
頭の中では「撤退」の文字が浮かんでいるのだが、厄介なのは相手をしている存在だ。
拳銃一丁で自分と対するアタランテである。
「随分と腕を上げたわね。少し前のお嬢ちゃんとは別人みたいよ」
焦りを隠してエマに語りかけると、答えが返ってくる。
『その機体はバンフィールド家――あの方の物です。返して頂きます!』
「相変わらずの真面目ちゃんね。そういうところ――大嫌いなのよ」
左腕を失ってはいるが、シレーナはエマに負けるつもりがなかった。
アタランテは残弾もなければ、過負荷状態にもなれない。
パイロットにも疲れが見られる。
また、周囲を見れば部下たちが敵部隊を押していた。
一部のネヴァンが粘ってはいるが、このままいけば周囲から先に崩れていくだろう。
時間さえあれば、シレーナたちの勝ちだ。
――時間さえあれば。
(反乱軍にはもう少し粘って欲しかったわね)
頭の中では撤退のタイミングを計っていると、アタランテが拳銃を放り投げてサイドスカートからレーザーブレードを二本取り出した。
「二刀流? でも付け焼き刃よね? その程度で私に勝てると思っているの?」
アタランテが二刀流で襲いかかってくるが、シレーナはそこまで脅威を感じない。
構えや動きを見ていると、二刀流を得意とする騎士たちと比べて拙さが目立っているからだ。
『勝ちます!』
断言するエマに、シレーナは僅かに驚いていた。
以前のエマを知っているだけに、断言するとは思っていなかったからだ。
ただの強がりで発した言葉ならばからかえたが、本心で語っているのが伝わってきて不快感をあらわにする。
「何も知らない子供が!!」
ラクーンも右腕に近接武器を持ち、アタランテに斬りかかった。
エネルギーブレード同士がぶつかり合い、火花のような光が発生する。
何度も、何度も。
打ち合い続けていると、シレーナの中で焦りが大きくなってくる。
(こいつ下手な動きで食らいついてくる。それに、敵を恐れていない!? どこまでも気に入らない子ね!)
ラクーンの戦斧型のビームアックスが、アタランテの右腕を斬り飛ばす。
その瞬間、シレーナは勝利を確信するのだが――。
以前と別人となったエマの駆るアタランテのレーザーブレードが、キマイラの右肩を関節から斬り飛ばした。
「しまった!?」
『これで終わりです!』
アタランテのレーザーブレードが、キマイラの首関節に向かって突き立てられようとした時だった。
『団長、撤退してください!』
部下たちが駆けつけてくる。
アタランテが距離を取ったので、シレーナは背中を向けて撤退していく。
コックピットの中で、シレーはヘルメットを脱ぎそのまま投げつけた。
「また判断を間違った! 私はどうしてあの子に――」
あそこは無理をせず退くべきだった。
だが、エマを前にして、どうしても素直に退けなかった。
◇
ダリア傭兵団が撤退したのを確認したエマは、部隊の状況を確認する。
「皆さん無事ですか!」
見れば、ネヴァン・カスタムはボロボロだった。
メレアの起動騎士部隊を守るために奮戦してくれたのだろう。
ラッセルが返事をする。
『こちらは無事だ。だが、すまない。メレアの部隊に被害を出してしまった。――三機撃墜された』
エマは目を見開き、そして息を呑む。
「三機も」
味方が撃墜されたのは無線で聞いていたが、実際に数を聞くと動揺する。
そんな動揺をラッセルは見抜いたのだろう。
『指揮官の君が動揺すると周囲にも伝わる。――君は堂々としていればいい。言い方は悪いが、これだけの被害で護衛対象を守り切ったんだからな』
俯き、震えているエマは言う。
「それでも――被害は出したくなかった」
ラッセルは呆れたようにため息を吐き、そして――。
『精神が耐えきれないならば、軍を去った方がいい。これから先、生き残って戦い続ければ君も私も大勢の部下を死なせることになるんだからな』
ラッセル機が部下二人を連れ、そのまま味方の救助を開始する。
エマは自分が泣いていることに気が付き、ヘルメットを脱いで顔を拭った。
「まだ終わっていない。補給と整備を受けたら再出撃しないと」
戦闘は終わっていないと気持ちを切り替えるが、エマに再出撃の機会は訪れなかった。
◇
メレアの格納庫。
モリーがアタランテの補給と整備を進めている中、休憩中のエマはコックピットでタブレットを口に含んで噛み砕いていた。
簡易栄養食だ。
食事をしながら、再出撃の準備を進める。
「ラッセル大尉、出撃の用意はどうなっていますか?」
『補給と整備が遅れている。三十分は欲しい』
「――了解です」
アタランテの整備と補給はもうすぐ終わるのだが、メレアの整備兵たちの技量は高くない。
すぐに出撃出来ないと知り、エマは外へ出た。
そこに待っていたのは、ダグとラリーだ。
ラリーがエマに出撃を希望する。
「僕たちも出る。このまま終われるかよ」
ダリア傭兵団に手も足も出なかったのが悔しい様子だが、エマは表情を作った。
指揮官として、冷静に判断が下せるように無表情を心がける。
「許可できません。待機していてください」
ラリーが悔しそうな顔をすると、ダグがエマの前に出た。
「俺たちは役に立つと思うが?」
先程、輸送船を守った際に時間稼ぎをしたのはダグたちだ。
おかげで輸送船を失わずに済んだ。
しかし、エマの判断は変わらない。
「――皆さんのおかげで輸送船を守れたのは事実です。でも、これ以上の犠牲は出せません」
「お嬢ちゃん!」
ダグが怒鳴りつけてくるが、エマは一歩も退かない。
「圧倒的に訓練時間が足りていません。このままでは、次に出撃すれば半数近くを失うことになります」
エマが横目で見たのは、格納庫に運び込まれたラクーンの残骸が三機。
他にもパイロットは無事ながら、中破した機体が多い。
――ラクーンは第七兵器工場が自信を持って世に送り出した機体だ。
そんなラクーンを使って、傭兵団相手にここまで追い込まれたのはパイロットの技量に原因があった。
三人が言い争いをしていると、そこに緊急の通信が入ってくる。
『全艦隊に通達。敵艦隊が敗走を開始したが、追撃は不要。繰り返す、追撃は不要』
どうやら、外では戦闘が終わりを迎えているらしい。
エマはそれを聞いて安堵する。
「――どうやら終わったようですね」
◇
母艦に帰還したシレーナは、すぐにブリッジへと向かう。
そこで状況を確認するのだが。
「ミゲラはどうなったの?」
オペレーターが、頭を振る。
「旗艦で逃げ出したところを敵機に発見され撃破されたそうです。最後は酷いものでしたよ。自分は星間国家の大統領だから、相応の扱いを求める、って」
命乞いをしたのは予想の範囲内だったが、シレーナは敵機がミゲラを拘束せずに殺したことが不思議だった。
「統一政府との交渉材料になるでしょうに、拾わなかったのね」
「敵もまさか反乱軍の首領が本当にいるとは思わなかったんじゃないですかね?」
「――それもそうね」
こんなところにまで顔を出したミゲラの判断ミスである。
だが、部下の報告はこれで終わらなかった。
「それよりも、例のマリー・マリアンですが、想像以上の化け物でしたよ」
「そんなに?」
「艦艇は戦艦を含めて単機で十二隻。強化兵士の乗る人型機動兵器は五十機以上。一般兵の乗る起動騎士を加えたら、撃墜数は三桁に届きますよ」
部下が冗談を言っている風でもなく、少し血の気が引いた顔をしていた。
そんな化け物が、自分たちに向かってきていたらと思いゾッとしたのだろう。
シレーナも同じ気持ちだが、部下たちの前ということもあって強がるしかない。
「厄介よね。二度と遭遇したくはないけれど、対抗策は考えておきましょうか」
強敵ではあるが、倒す方法はあるだろう――そんな風に見せ、周囲を安心させるシレーナだった。
(チェンシーといいバンフィールド家には厄介な連中が多いわね。正攻法ではどうにもならない――か)
◇
戦闘が終わったメレアでは、艦内で全員が礼服に着替えて外を眺められる場所に整列していた。
戦死したパイロットたちに向けて、全員が敬礼をする。
エマの姿もその中にあった。
周囲からは、心ない言葉が投げかけられる。
「あいつの点数稼ぎに巻き込まれたせいで、三人も死んだな」
「あいつ自身は今回の戦いで勲章をもらえるらしいぞ」
「俺たちは使い捨ての駒かよ」
後ろから聞こえてくる声に、エマの表情が曇る。
(あたしだって犠牲を出したくなかった。だから、出撃させなかったのに)
強引に出撃したのは、戦死したパイロットたちだ。
だが、事情を知らない一般クルーからすれば、騎士たちのせいで死んだと見えるらしい。
そこには騎士に対する妬みや恐れが含まれていた。
彼らも頭では理解しつつも、仲間がエマたちのせいで死んだと口にしていた。
俯くエマに、隣に立っているラッセルが横目で見ながら言う。
「顔を上げろ」
「ラッセル――大尉?」
「言い方は悪いが、この程度の犠牲で輸送船を守り切れたなら上出来だ。君がこの部隊にラクーンを配備していたおかげだよ」
「――本当は誰も死なせたくなかったのに」
それでも、エマは納得できずにいた。
ラッセルはそんなエマに、あえて冷たい口調で言う。
「この程度の犠牲で悩むならば、君は騎士に向いていない。私も君も、この先戦い続けるのなら、沢山の部下を失う立場だ。――受け止めきれないならば、騎士を辞め、軍を去った方がいい」
騎士を辞めろ。――それは、騎士学校を卒業したばかりの時にラッセルに言われた台詞と同じだった。だが、今回は少し違ったように聞こえる。
同期を励ましているように聞こえた。
「優しいんですね。前はあたしを嫌っていたのに」
エマが過去を思いだしてそう言うと、葬儀が終わって艦内放送で解散が告げられた。
全員がこの場を去って行く中、ラッセルは頭をかく。
何とも言えない顔をしながら、当時の話をする。
「あの頃の私は、本気で君は騎士を辞めるべきだと思っていたからな。何も知らずに、正義の味方になりたいと言う君を見ていて、私は腹立たしく思っていた」
本音で語り始めるラッセルは、近くにあったベンチに腰掛ける。
そして、身の上話をはじめる。
「君たちは私をエリート一家に生まれた存在だと思っていたな?」
エマは騎士学校時代を思い出しつつ、苦笑しながら頷く。
「お父さんが政庁の官僚だって聞いたから」
「――事実だよ。だが、本当はエリート一家ではないのさ。そもそも、バンフィールド家にエリートと呼ばれるような一族はほとんど存在しないからね」
「え?」
エマが首をかしげると、ラッセルは昔の話をする。――自分たちが生まれる前の話だ。
「リアム様が生まれる前の話だ。父は猛勉強の末に、一般人でありながら政庁で採用されて働けるようになった。最初は父も領民のために頑張ろうと思っていたらしいが――当時の政庁は汚職にまみれて、まともに機能していなかったらしい」
エマの頭の中では、クローディアに聞かされた話が蘇っていた。
領主様――幼いリアムが覚悟を決めて改革を断行した、と。
ラッセルは悲痛な表情をしていた。
「当時の話をする父は、悔しさから酒を飲んで泣いていたよ。助けを求める人たちを前に、自分は何も出来ず上司の汚職を見ていることしか出来なかった、とね。真面目な人ほど壊れていく状況だったそうだ。父も――酒で体を何度か駄目にしたそうだ」
「――酷い時代だったとは聞いているよ」
「そうだな。酷すぎて笑えない話だよ。そんな時に、リアム様が改革を行ったんだ。当時の官僚の多くは、汚職を理由に処罰された。――そこからだ。父は嬉しそうに言うんだよ。ようやく、自分は目指していた仕事が出来るようになった、ってね」
汚職にまみれた上層部が消えさり、ようやく行政が本来の機能を発揮した。
それをラッセルの父は待ち望んでいたらしい。
ラッセルは話が逸れたと思ったのか、少し恥ずかしそうにしている。
「私は父を尊敬している。そんな父が、リアム様には特別な恩を感じていてね。私個人としても、尊敬しているわけだ」
「そうなんだ」
「まぁ、あれだ。――だから、実力もない存在が、バンフィールド家の騎士になるのは許せなかった。――今にして思えば、私が君を嫌った理由は幼稚だったよ」
恥ずかしそうにするラッセルを見て、エマは頭を振る。
「実力不足は事実だからいいよ」
当時の自分を思い出すと、エマも恥ずかしいことばかりだ。
ラッセルを責める気持ちにはなれなかった。
ラッセルがエマに言う。
「君は優しいな。だが、その優しさが時に君自身を苦しめるはずだ。――ここで騎士を辞め、軍を去るのも一つの選択だ」
ラッセルが本気の顔をしており、エマも真剣に答える。
「あたしは今も正義の味方を目指しているから、このまま騎士を続けるよ」
その答えに、ラッセルは少しだけ嬉しそうにする。
「そうか」
若木ちゃん( ゜∀゜)ノ「ラッセル君の人気に嫉妬しちゃう苗木ちゃんよ。あちきってば、若手とか後輩の活躍は許せない主義なの。それはそうとモブせ――」
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若木ちゃん(# ゜∀゜)「――調子に乗るなよ後輩の癖に」