騎士の特権
【俺は星間国家の悪徳領主!】
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アタランテのコックピットに入ったエマは、集中するため深呼吸をする。
「――自分たちの価値を示す。今はそれだけを考えればいい」
格納庫に戻るなり、メレアのクルーたちに対して冷たい態度を取った。
言い過ぎたという自覚もあるし、エマにとっても全てが本音ではない。
しかし、エマは言わなければならない。
「ここで立ち上がれないなら、もう軍はメレアを見捨てちゃう」
やる気のないメレアのクルーたちだが、エマはそこまで嫌ってはいなかった。
それというのも、かつてはバンフィールド家を必死に守ってきたという事実がある。
心が折れてしまった彼らに、せめて手を伸ばしたい。
「正義の見方に慣れるなら――あたしはわがままを突き通す」
真剣な表情になるエマは、ブリッジとの間に通信回線を開くと司令に願い出る。
「こちらエマ・ロッドマン中尉です。ブリッジ、我が艦は味方艦より離れすぎています。メレアを指定のポイントまで進めてください」
言いながら向かうべき宙域を指示すると、モニターに映し出されたオペレーターが絶句していた。
少し遅れて、何を言われたのか理解して怒鳴りつけてくる。
『お嬢ちゃん、随分と調子に乗っているみたいだな。たかが中尉の騎士様が、ブリッジに指示を出すとはどういう了見だ?』
ドスの利いた声だが、エマは声に恐れが混じらないように答える。
「旗艦の命令では、メレアが存在するポイントはもっと前線に位置しています。命令違反であると進言しています」
『偉そうに言いやがって』
オペレーターが何か怒鳴ろうとすると、大佐である司令が替わる。
『中尉、メレアはこのまま後方で待機だ』
「何故です? 後方に下がって、味方が苦戦しているのを見ていろと言うのですか?」
『そうだ』
司令は少しも悪びれる様子がない。
『我々はこれまで、どんな理不尽な命令にも従ってきた。本当の地獄を知らない中尉とは違ってね』
旧軍は過去に地獄を見てきた。
それはエマが想像できないような戦場だったのだろう。
だが――。
「司令の言い分は理解しましたが、命令違反を見過ごせません。メレアの指揮権は一時的にあたし――自分が預かります」
『何を言っている? 君は中尉だぞ!?』
エマの発言は軍隊ではとても認められないものだったが――ここは帝国式が採用されているバンフィールド家の軍隊だ。
「命令違反をする司令を見過ごせません。それに、騎士には状況に応じて階級にかかわらず、部隊を率いる特権があります」
特権を行使すると言い出すエマに、司令が苦々しい顔をする。
『この艦に注意の命令を聞く者がいると思っているのか? 馬鹿馬鹿しい!』
「馬鹿馬鹿しいのはこちらです。――いつまで意固地になっているんですか?」
『何?』
「軍はメレアを改修し、新型機も配備しました。望んだ環境を整えた軍に対して、今度は司令が応える番ではありませんか?」
『何も知らない子供が偉そうに。俺たちが過去に――』
「あたしは今現在の話をしています。理由を付けて逃げ回るのなら、清く軍を去るべきでした」
エマの当然の疑問に対して、司令は何も答えられずにいた。
逃げ出すように通信を切ろうとする司令を前に、エマは奥歯を噛みしめる。
(あたしが単独で出撃しても、メレアの現状は変わらない)
ここまでか、と思っていると――旗艦から通信が入る。
モニターに映し出されるのは、マリーの副官であるヘイディだった。
『こちら旗艦のヘイディ准将だ。メレアに告ぐ。至急、エマ・ロッドマン中尉の指揮下に入れ。それと、中尉はラッセルの坊主たちを好きに使っていいぞ』
ラッセル小隊を使っていいと言われ、エマも驚いて目をむく。
「あたしは中尉です、准将閣下。ラッセル大尉の隊を指揮できません」
『それなら朗報だ。貴官の階級は現場判断で一時的に大尉に昇進させる。騎士ランクもAに昇格だ。好きにこき使え、アタランテのパイロット』
「それは! ――いえ、感謝します」
エマに対する優遇処置だが、ヘイディの意図は「これで駄目なら諦めろ」というものだ。
ラッセル小隊を指揮しても活躍できないならば、メレアは諦めろと言っているようなものだった。
そして、最後にヘイディはメレアに釘を刺す。
『それから、大佐。これ以上の命令違反は見過ごすつもりはない。これでも逆らうなら、全員銃殺刑を覚悟するんだな』
言うだけ言って通信が終わると、司令がシートの手すりに拳を振り下ろしていた。
『特権階級気取りの騎士共が!!』
司令との通話も終わると、その後にオペレーターが本当に嫌そうに告げてくる。
『ちっ! お望み通り、死地に送ってやるよ!』
◇
ダリア傭兵団の旗艦。
シレーナは、ブリッジから反乱軍の艦隊数を見て眉根を寄せる。
「予定通りの数なら、もっと楽に仕事を終わらせられたのにね」
ダリア傭兵団がこの戦いに参加している数は五百隻。
反乱軍を合わせて二千隻という規模である。
これが宇宙海賊ならば不安にもなるだろうが、仮にも反乱軍は少し前まで正規軍だった。
ダリア傭兵団もシレーナが鍛えた艦隊である。
いくらバンフィールド家の艦隊が相手だろうと、十分に勝算はあった。
副官がシレーナに同意しながら、今後の相談をする。
「敵も粘りますね。倍の数を相手によく戦いますよ。指揮官は相当な手練れではありませんか?」
シレーナは端末で敵の指揮官を確認する。
リバーから手に入れた情報だ。
「マリー・マリアン中将ね。――あら? 帝国大学に在籍中となっているわね」
「大学通い? それでもミドルネームがないなら、騎士候補ということですか?」
「いわゆる曰く付きかしらね? 有能な騎士を国外から引っ張って、強引に帝国騎士にしているのかもね」
「貴族様は何でも強引ですね。それでは、気が抜けない相手に我々はどうします? このままでは、負けないまでも被害が出ますよ」
「――私の機体を用意して。大事に守っている超大型輸送船の一つでも破壊すれば、統率に乱れが出るはずよ」
それを聞いて副官が頷き、部下たちに指示を飛ばす。
「シレーナ様のゴールドラクーンの準備を急がせろ!」
ただ、シレーナは機体の名前が気に入らないのか、眉根を寄せる。
「機体名はキマイラに変更すると伝えたでしょう」
「え? あ、はい。ですが、あの見た目でキマイラは――」
「いいから!」
「は、はい! 団長のキマイラの出撃準備を急がせろ!」
◇
戦場に飛び込んだメレアを待っていたのは、敵艦からの砲撃だった。
アタランテのコックピットには、様々な通信が飛び込んでくる。
まずはブリッジだ。
『騎士様のおかげで酷い迷惑な話だ! おい、防御フィールドは大丈夫なんだろうな?』
『改修を受けたおかげで、以前よりも頑丈ですよ』
『それなら、さっさと迷惑な連中を追い出せ!』
エマたちを迷惑な連中と言って追い出そうとしているブリッジ。
そして、ラッセル小隊も騒がしい。
原因はシャルだ。
『どうして僕たちが、あいつの指揮下に入るのさ!? 臨時で昇進したからって、こっちにはラッセル隊長がいるのに!』
ヨームも納得いかないらしい。
『上の命令だけど、確かに腑に落ちないよね。コネの臭いを感じるよ』
ヨームの考えはあながち間違ってもいない。
だが、ラッセルは不満そうにしながらも命令だからと受け入れていた。
『お前たち、これは命令だぞ。マリー様から直々の命令とあらば、不満があろうとも飲み込んで遂行するのが騎士だ』
ただ、シャルとヨームは納得できないらしい。
『――隊長、個人的な理由で納得しているよね?』
『そりゃあ、憧れの騎士様に命令されたら浮かれるよね。むしろ、活躍して褒めてもらいたいんじゃないの?』
そんな部下二人の意見を無視して、ラッセルはエマに話しかけてくる。
『それで中――いや、ロッドマン大尉、我々の目的はどうなっている?』
好きなことを言い合いつつも、まとまりのあるラッセル小隊をエマは羨ましく思いながら答える。
「苦戦している部隊を救助するため、敵艦隊に攻撃をかけます」
襲撃を受けている味方は、護衛対象がいるため思うように動けていなかった。
敵はドンドン距離を詰めており、艦隊戦にしては至近距離での撃ち合いが行われている。
そして、機動騎士も飛び回っていた。
狭い戦場で激しく撃ち合っている、というのが現状だ。
『了解した』
「え?」
素直に受け入れるラッセルに、エマは意外に思った。
それが顔に出ていたのだろう。
ラッセルがエマから視線を逸らす。
『――確かに私は君を認めていないが、命令を無視するような行動はしない。上が君の指揮下に入れというのなら、素直に従うさ。ただし、君に私たちを使う器量がないと判断したら、上に報告する』
エリート意識が高く、苦手だった同期の騎士。
エマも経験を積み、悪い相手ではないように思えてくる。
「助かります。それでは、出撃します」
アタランテがハンガーのロックを解除し、アームに掴まれて電磁カタパルトまで移動させられる。
ラッセルたちのネヴァン・カスタムもそれに続いていた。
オペレーターの声が聞こえてくる。
『準備が出来たぞ』
「――アタランテ、出ます」
カタパルトから射出され、宇宙空間へと放り出された。
アタランテはそのまま、バックパックのブースターで加速を行う。
後方からついてくるネヴァン・カスタムに速度を合わせ、三機を先導する位置についた。
「このままあたしたちは敵艦を狙います!」
『了解!』『はいは~い』『お仕事、お仕事』
エマに対して思うところはあるような三人だが、それでも命令には素直に従っていた。
加速する四機が向かったのは、味方を押し込んでいる敵艦隊だ。
五百メートル級の戦艦を中心とした数十隻。
エマたちは戦艦を目指して飛び込んでいく。
「先に戦艦を狙います」
アタランテが専用の多目的ビームライフルを構えると、先に攻撃を仕掛けたのは一番後ろにいたヨームだった。
大型のライフルを所持しており、エマより先に射撃を行う。
『いきなり大物狙いとか無茶を言いますね。――援護しますよ』
周囲に展開されている機動騎士を狙い撃っていた。
今度はシャルが敵に飛び込んでいく。
『あ~あ、騎士相手じゃないとスコアにならないんだけどなぁ~』
シャルの機体が敵機動騎士を撃破し、突入コースを確保していた。
ラッセルが叫ぶ。
『周囲の敵艦がこちらに攻撃を定めている。あまり長居しては、蜂の巣にされるぞ!』
集中砲火を受けては、いくらネヴァンタイプでも撃破されてしまう。
エマはラッセルが周囲の状況をよく見ているのを察した。
「あたしが仕留めます」
(思った以上にうまくまとまった小隊だ)
アタランテが加速すると、敵艦の防御フィールドにぶち当たった。
バリバリと発光現象が起きて、周囲に放電まで起きているのだが――。
「アタランテがこの程度で止まるものかぁぁぁ!!」
アタランテのブースターが火を噴くように光を発すると、防御フィールドをぶち抜いた。
そのまま敵艦のブリッジに向かって、アタランテがビームを射撃する。
アタランテの余剰エネルギーをチャージした一撃は、容易にブリッジを貫いて――艦の反対側まで突き抜けた。
ブリッジが爆発し、艦内に誘爆が広がっていく。
敵艦からは対空攻撃用の光学兵器が攻撃を開始するが、アタランテはそれらを避けて敵艦から離れて行く。
その頃には、他の三機もアタランテの側に来ていた。
敵戦艦が爆発する光景を見ながら、シャルが驚いていた。
『本当にあの中をぶち抜いて戦艦を沈めたよ』
エマは敵戦艦を撃破したという高揚感に包まれることなかったが、それよりも不快感が強かった。
「――次の目標に向かいます」
味方を救うために、アタランテとラッセル小隊は次の目標へと向かう。