反乱軍
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……忙しくなるから頑張らないと。
超大型輸送船のブリッジ。
アラートを聞いてブリッジに駆け込んだパトリスは、髪の毛が少しばかり乱れている。
「また宇宙海賊の襲撃?」
敵は宇宙海賊か? という確認に対して、ニューランズ商会で長年輸送船の船長をしていた男性は、頭を振って否定する。
「どうやら反乱軍のようですよ」
「反乱軍!? どうして奴らがここにいるのよ! それに、奴らが軍隊を持っているなんて聞いていないわよ」
独立運動を起こした反乱軍が、どうして軍隊を保有しているのか?
そんな疑問に船長が予測を交えて答える。
「駐留軍も現地の住人を採用しますからね。使っているのは統一軍の払い下げの兵器でしょうが、一応は訓練を受けている連中ですからね。まだ統制が取れているなら、宇宙海賊共より厄介ですよ」
軍人崩れの宇宙海賊たちもいるが、彼らは軍隊生活から離れた期間が長ければ長いほどに脅威度が下がっていく。
軍隊とは多くの支援があってはじめて機能するのであって、それを失った軍隊というのは脆くなる一方だ。
だが、独立運動が起きたばかりであれば、彼らの士気も高いままだろう。
厄介この上ない。
実際に、宇宙海賊たちとは違って、艦艇に統一感がある。
パトリスはモニターを確認しながら、その中に異質な集団を見つけた。
「傭兵? あいつら、傭兵まで雇っているの?」
船長が難しい表情をしている。
「傭兵団の動きを見ていますが、どうにも手練れのように感じられます。駐留軍の残存部隊と併せて厄介ですね。それにしても、待ち伏せされたのが気になりますね」
パトリスは奥歯を噛みしめていた。
「今回の航路は統一政府が用意したものよ。本当にやってくれたわね!」
統一政府との交渉を予定しており、航路も相手側に用意されていた。
統一政府の裏切りが頭をよぎる。
「護衛は持ちこたえられそう?」
「バンフィールド家の実力次第としか言えませんが、数的に不利なのは事実ですね」
ただの宇宙海賊たちだけではなく、独立を掲げる反乱軍まで出てきた事にパトリスは頭痛を覚える。
「――あの方が派遣してくれた有能な騎士様の実力が、本物であると願いたいわね」
マリー・マリアンがこの状況を打開してくれなければ、生き残ったとしてもニューランズ商会で自分の立場がない。
帝国に戻っても殺されるだけだ。
パトリスは、ブリッジのモニターで戦場の推移を見守るしかなかった。
◇
護衛艦隊を率いる旗艦の格納庫では、小型高速艇に乗り込むエマの姿があった。
パイロットスーツ姿のエマだが、太ももにはホルスターに入った拳銃が二丁。
左右に用意された。
高速艇で母艦に戻ろうとするエマの見送りに来たのは、マリーの副官であるヘイディだ。
「悪いが機動騎士に余裕はない。不安だろうが、こいつで戻ってくれ」
小型高速艇とは名付けられているが、その姿は戦闘機に近い。
機動騎士が戦場で活躍するようになってからは、数を減らしてしまった兵器だ。
それでも活躍の場は残っているため、こうして使われている。
「色々とありがとうございました」
エマが敬礼をすると、ヘイディが少し驚いてから――照れくさそうに敬礼をする。
きっと、マリーたちの間で敬礼はあまり使用されていないのだろう。
「マリーからの伝言だ。アタランテのパイロット、我を通したいなら自らの価値を示せ――だとさ。まぁ、無理しない程度に頑張れや」
「――はい」
ヘイディが小型高速艇から離れて行くと、ハッチが閉じる。
一人になったエマは、ここに来る前よりも少しだけ雰囲気が違っていた。
「わがままに――傲慢に――あたしは自分の正義を目指す」
(それがあの人に近付くためだから)
◇
メレアの格納庫。
出撃準備を終えたラッセルが、コックピットハッチを開けて外に出ていた。
憤慨した様子で、周囲を怒鳴りつけている。
「出撃するなとはどういう意味だ! 出撃命令は出ているんだぞ!!」
ラッセルが激怒する理由は、出撃しようにもメレアの司令から許可が出ないためだ。
艦長を兼任する彼の許可がなくても、ラッセルの権限があれば出撃は可能だ。
しかし、そもそも出撃の準備がされていなければ無意味だ。
味方艦のハッチを破壊して出撃する方法もあるのだが、それをすれば戦闘後に母艦に戻れなくなってしまう。
周囲の整備兵たちが、仲間内で顔を見合わせて迷惑そうな顔をしている。
「そう言われても、指令が前に出ていないからな」
「エリート様たちは血の気が多くて困るよな」
ラッセルは奥歯を噛みしめ、コックピットに戻っていく。
シャルはコックピットの中で呆れかえっていた。
『どうして僕たちをこんな艦に配置したのか、上に確認したくなりますよね。あ~あ、今回は特別手当なしか~』
隣の様子を見ていたダグは、欠伸をしながらノンビリと出撃準備を進めている。
「今回はお嬢ちゃんもいないし、出撃はないだろうな」
メレアは襲撃を受けてから後方へと下がっていた。
今はエマもいないため、急いで出撃しようとする部隊は少ない。
ラリーの方は、出撃準備は終えてコックピットに座っていた。
そして、モリーの方は――。
「急いで用意はしたけど、調整が終わっていないのに本番で使えるかな?」
――アタランテの前に用意された新しい武器を見ていた。
エマの注文を受けて用意した武器は、二丁の拳銃だ。
特徴としては、バレルと水平になるように上下にブレードが取り付けられている事だ。
ブレードは機動騎士から見れば短剣程度の長さしかない。
そして、グリップは稼働して拳銃と短剣の両方に切り替えられる。
モリーが用意したホルスターに収納すると、アタランテの後ろ腰に強引に取り付けられる。
その直後だった。
艦内が僅かに揺れていた。
「直撃?」
モリーが顔を上げると、ラリーがコックピットから姿を見せる。
「デブリじゃないか? 直撃なら被害はもっと大きいはずだ。それにしても、防御フィールドは展開していないのか?」
文句を言うラリーだったが、ブリッジから知らせを聞いたダグがしかめっ面をしていた。
「ラリーの予想が外れたな。原因はお嬢ちゃんだ。小型高速艇で甲板に着艦したらしい。ブリッジは大騒ぎだぜ。着艦を待てと言ったのに、命令無視したんだと」
それを聞いて、ラリーはため息を吐く。
「あいつは何をやっているんだよ」
またエマが失敗をした、という空気が周囲に広がる。
だが、すぐにエマが格納庫に来ると――今までとは雰囲気が違った。
パイロットスーツに着替えており、失敗したのに申し訳なさそうな様子がない。
むしろ、堂々としていた。
「モリー、頼んでいた武器の用意は?」
アタランテのコックピット近くに到着したエマは、モリーに機体の状況を求める。
雰囲気の違うエマに、モリーは少しばかり気後れしてしまう。
「え、えっと、機体は大丈夫だよ。でも、注文された装備は用意したけど、ホルスターは急造だからそう何度も使えないかな?」
答えに困っている様子のモリーを見かねたのか、ダグが近付いてくる。
「お嬢ちゃん、焦る気持ちは理解するが出撃の準備くら――」
エマはダグの胸倉を掴むと、強引に引っ張り顔を寄せる。
鼻をひくつかせると、酒の臭いを感じて眉をひそめていた。
「出撃前に飲みましたね?」
「いや、これは」
ばつの悪そうな顔をするダグを突き飛ばしたエマは、そのまま顔を背ける。
「ダグ准尉は出撃しなくて結構です。酒を抜いて待機所にいてください」
「なっ!?」
出撃するなと言われたダグが、エマの物言いに腹を立てて顔を歪めていた。
近くにいたモリーはアタフタして仲裁に入れずにいたため、ラリーがコックピットを出て近付いてくる。
「おい、隊長さん。遅れてきてその態度はないだろ!」
掴みかかってきたラリーに対して、エマは腕を掴んで投げ飛ばしてしまう。
無重力状態の格納庫で、ラリーが回転しながらハンガーの柱にぶつかりもがいていた。
「痛っ!? 何なんだよ!!」
叫ぶラリーに対して、エマは言う。
「出撃準備の出来ていない部下を待機させただけです。ラリー准尉は――予定されていたトレーニングを消化していませんね? 待機所に向かってください」
冷たく言い放つエマに、ラリーはかつて自分を馬鹿にした騎士を思い出す。
騎士と言っても人間的には下劣だった女性で、騎士になれなかったラリーをいつも馬鹿にして楽しんでいた。
そんな騎士の面影と、エマを重ねる。
「騎士がそんなに偉いって言うのかよ!」
騒ぎを聞いて集まってきたメレアのクルーたちは、エマに対して冷たい視線を向けていた。
いつの間にか、ラッセルたちもコックピットから顔を出している。
真面目な顔でエマを見ているラッセル。
シャルの方は――この状況を楽しんでいた。
「あらら、母艦のクルーに嫌われちゃった。機体に爆弾でも仕掛けられないといいけど」
整備兵を敵に回したパイロットは、ろくなことにならない。
まして、ここはメレア――軍隊してまともに機能していない集団だ。
エマの行動が短絡的に見えたシャルは、これからを想像して楽しんでいた。
しかし、エマはラリーに対して謝罪などしなかった。
「――勘違いをしていますね、准尉。あたしは中尉で、あなたの上官です。それに、出撃を許可されない原因を作ったのは准尉ですよ」
「やっぱりお前も他の騎士と同じだ。他人を馬鹿にして見下しているロクデナシが!」
文句を言うラリーに対して、普段のエマならば落ち込んだかもしれない。
しかし、今のエマは違った。
堂々と――ラリーばかりか、メレアのクルーに対して言い放つ。
「他人を見下しているのは誰です? 定められたルールも守らず、それでいて待遇と給与だけは受け取っている。やるべき事もせずに、文句だけは一人前ですね。まるで自分にまったく非がないと思い込んでいるような態度ですね」
「っ!?」
ラリーはここまで言われると予想していなかったのか、大きく目を見開いて驚いていた。
エマがダグの方へと視線を向ける。
「昔のあなたたちが今の姿を見たら、きっと軽蔑すると思いますよ。自分たちが嫌っている上層部と同じだって」
それだけエマが言うと、コックピットに入って行く。
その姿を見送るダグは、奥歯を噛みしめ――手を握りしめていた。
何かを言い返そうとしたのだろう。
だが、言い返すことが出来ず、近くにあったコンテナを殴りつける。
モリーがビクリとしていたが、ダグもラリーも気にしている余裕がないらしい。
メレアのクルーたちも、エマに対して怒りを滲ませた顔をしていたが――自分たちを苦しめてきた旧軍上層部と同じと言われ、それにショックを受けているようだった。
見ていたシャルがため息を吐く。
「これで終わり? なんかつまんな~い」
もっとドロドロとした現場を見たかっただろうシャルに、ヨームも同調する。
「もっと悪い方に流れると思ったんですけどね」
ラッセルは、エマの変わりように僅かに驚いていた。
そして、コックピットへと戻る。
「ここで我が身を振り返られる程度には、メレアの連中も落ちぶれていなかったということだ」
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