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わがまま

『俺は星間国家の悪徳領主! 7巻』は 好評発売中です!!

 特殊スーツを身にまとったエマが、二丁拳銃のスタイルでマリーとスパーリングを行っていた。


 持っている拳銃は、撃たれても体が痺れる程度の電気ショックを程度の威力である。


 それでも、飛び道具というのは戦いにおいて有利な武器だ。


 一発当てて相手の動きを止めてしまえば、後はそこから畳みかければいい。


 ――そのはずなのだが。


「当たらない!?」


 拳銃を連射するエマだったが、マリーはそれをものともしない。


 素早く最小限の動きで避けながら、歩いてエマまで近付いていく。


 拳銃を持ったエマが交代し、コーナーに追い込まれてしまった。


 エネルギーも使い果たし、拳銃のトリガーを引いても反応がなくなってしまう。


 カチ、カチ、と空しい音だけが響くと、エマは拳銃を放り投げた。


「だったら!」


 今度手にしたのは、後ろ腰に用意していた短剣型のショックソードだ。


 それを二本。


 シャルを真似した二刀流である。


(あたしに才能はない。だったら、手数で押し切る!)


 自分の才能に見切りを付けたエマは、綺麗に勝つことを諦めた。


 騎士学校で得た剣と拳銃のスタイルを捨てた。


 泥臭くてもいい。


 ――ただ、目の前の人を倒す、と決めたスタイルだ。


 短剣を交差するように外側から内側へと振り抜く。


 近付いてきたマリーを挟み込むような斬撃だったが、読まれてアッサリ避けられてしまった。


 マリーは跳び上がって攻撃を避けると、そのままエマの頭部に左足を振り抜いた。


 吹き飛ばされるエマだったが、特殊スーツが衝撃を吸収する。


 それでも、痛みがないわけではない。


 特殊スーツの衝撃性を貫いたマリーの蹴りに、頭部を揺らされて立てずにいた。


「ま――まだ――」


 諦めずに立ち上がろうとするエマの姿を見て、マリーは少し嬉しそうにしながら先程の戦いぶりを褒める。


「これまでよりいい戦いぶりでしてよ」


 多くの武器を試してきたエマに、ようやく相性のいい武器が見つかりそうだった。


 しかし、問題点も指摘する。


「ただし、武器の持ち替えのタイミングが悪いわね。残弾数くらい常に意識しなさい。短剣への切り替えが遅いわよ」


 マリーが伸した手を受け取って、エマが立ち上がる。


「今後は気を付けます」


 フラフラしているエマに、マリーは小さくため息を吐く。


「片方ずつ違う武器を持つと、途端に悪くなるのが問題ですわね。いっそ同じにするべきかどうか――」


 エマは、自分のスタイルについて真剣に悩むマリーを見て不思議に思う。


(どうしてここまでしてくれるのかな?)


 エマはマリーの派閥に属していない。


 どちらかと言えば、教官だったクローディア寄りなのでクリスティアナ派の騎士と言えなくもない。


 そして、マリーは派閥どころか、バンフィールド家でも名のある騎士――あのリアムの側で手腕を振るってきた存在だ。


 階級にしても中将のマリーが、中尉をわざわざ鍛えるだろうか?


 そんなマリーが、自分にここまで真剣になる理由がわからなかった。


「あの、どうしてここまであたしを鍛えてくれるんですか?」


 素朴な疑問をぶつけると、マリーが考えを止めてエマを見る。


 普段は大人の女という印象の強いマリーが、今は子供のような笑みを見せている。


「あの方が目をかけた騎士だから。――それから、あたくしが気に入ったからよ」


「あたしをですか? シャルメル中尉の方が天才だと思いますけど?」


「誰も才能の話はしていませんわよ。それにね、あたくしはあの娘を天才とは思っていないの」


 意外な評価に驚いて、目を大きくする。


「へ? でも、撃墜数だって多くて凄い人ですよね? あたしなんかよりずっと凄いですし」


 落ち込むエマを見ながら、マリーは「こいつ理解していないな」という顔をする。


「世に天才と呼ばれる人間は大勢いるのよ。けれど、全員が結果を残せるとは限らないわ。本当に結果を残せる者こそが、真の天才でしてよ」


 マリーの言いたいことは理解するエマだったが、それでも、と思ってしまう。


(シャルメル中尉は、あたしより結果を残しているのに?)


 そして、マリーはエマが持つ魅力について話をする。


「あたくしが気に入った理由はね――あなたがとっても傲慢で騎士に向いているからよ」


 その言葉にエマは即座に否定をする。


「ち、違いますよ!」


「いいえ、違わないわ。見捨てた方が互いのためになるメレアを庇い、自分の理想を押しつけるなんてとんでもない傲慢でしてよ」


「――え?」


 マリーに言われて、エマは自分の行いを省みる。


 誰かのために、と思っていた行動が――ただの独りよがりであったのだ、と。


「気付いていないようね。メレアの連中は、ずっと左遷先で燻るか、大人しく除隊して新しい人生を歩んだ方が幸せでしてよ。他の部隊と一緒に運用しても、足を引っ張るばかりで役にも立たないでしょ?」


「でも、皆さんは軍で生きるしかないって」


「環境の変化を怖がっているだけですわね。――そんな彼らを軍に縛り付けておきたい、なんて素晴らしい傲慢さでしてよ。あなたは騎士に向いているわ」


 マリーはエマの傲慢さを責めるどころか、むしろ好感を抱いていた。


「騎士はわがままであればこそ。もっとも、我を通せるだけの実力があるという前提の話ですけどね」


 騎士について突飛な考えを持つマリーに、エマは賛同できずにいた。


 だが、自分が傲慢であるのは理解した。


(無理矢理リアム様のことを認めさせようとしたあたしは、やっぱり騎士として駄目だ)


 騎士は高潔であり、傲慢では駄目だと思って落ち込む。


 マリーはお構いなしに話を続ける。


「そして、あたくしはこの世で最も傲慢な騎士を知っているわ。――リアム・セラ・バンフィールド」


 マリーがその名を口にすると、周囲でトレーニングに励んでいた騎士たちの動きが止まった。


 その名は彼らにとって特別なもの。


 自分たちを救い出し、絶対的な主人として君臨する存在の名だ。


 静寂が広がる中、エマは反論する。


「リアム様は立派な人です! 傲慢じゃありません! 領民のために善政を敷いて、戦場にも出て――素晴らしい領主様です」


 騎士として強く、領主としては名君。


 理想のような人物がリアムである、とエマは心から信じていた。


 そんなエマを見て、マリーは随分と嬉しそうにしている。


「素晴らしい忠誠心ね。でも、リアム様は傲慢であらせられるわ。そして、それを突き通せるだけの実力を持っているのよ。――それは本人も認めて公言していることよ」


「――でも」


「リアム様は常日頃から言っておられますわよ。領地の発展は己のため。民のことなど一切考えていない、とね」


 エマが項垂れていると、マリーがリアムの真意を語る。


「あの方は幼い頃から聡明だったそうよ。だから理解されていたのね。――結局、領地を守るのも、善政を敷いて民を慈しむのも傲慢な自分の理想である、とね」


「それは傲慢ですか?」


「傲慢でしてよ。何せ、己の民を守るためならば、宇宙海賊たちなど滅ぼしていいと考えているのですからね。本物の聖人ならば、両者の命を救う方法を考えましてよ。ただ――あたくしはリアム様の考えに賛成ですけどね」


 エマは呟く。


「――だから、悪を名乗るんですね」


「そうよ。きっと、あの方が理想とする正義というのは、途方もなくスケールが大きいいのね。――自らでは叶えられないならば、悪になろうとするほどに。本当に高潔な方でおられるわね」


 マリーが真剣な表情になると、エマは以前に聴いたクローディアの話を思い出す。


 自分は悪であると公言するリアムだ。


 誰よりも傲慢であると認めてもおかしくはない。


 エマが何も言えずにいると、マリーは諭すように言う。


「自らを傲慢であると認めなさい。そして、自分の意志を貫ける強さを持ちなさい。実力と責任能力があってこそ、騎士は一人前でしてよ」


 独特なマリーの考えに、エマは全てを受け入れることは出来なかった。


 だが、一つだけ理解した。


「――あたしは傲慢ですか?」


 その質問に、マリーは微笑みながら答える。


「えぇ、可愛い傲慢な騎士でしてよ」


 エマは思う。


(あの人は傲慢でも誰よりも気高い。だったら、あたしもとびきり傲慢な騎士を目指す)


 エマはマリーに願い出る。


「あたしは、この傲慢さを――自分の意志を貫けるような強さが欲しいです」


 マリーはその願いを聞き届けると、構えを取る。


「でしたら、このあたくしに感謝するといいわ。このマリー・マリアンが一人前の騎士に鍛えてあげましてよ」



 エマが旗艦で過ごすようになってからしばらくが過ぎた。


 メレアの艦内では、第三小隊の面々がだらしない日々を過ごしていた。


 格納庫。


 アタランテが固定されるハンガーの前では、モリーが整備道具を持って憤っている。


「ダグさんもラリーも、エマちゃんがいないからって緩みすぎでしょ! うちらのせいで、エマちゃんが怒られているって聞いたよね?」


 コンテナに座ってゲーム機で遊んでいるラリーは、モリーの説教にうんざりしていた。


「文句を言っているのは上層部だろ。そもそも、メレアに命令できないあいつを説教して、何になるのさ? 相変わらず、上は現場を理解していないよね」


「そうやってすぐに責任転嫁するぅ! はぁ――ダグさんは酒盛りに参加して、格納庫にも来てくれないしさ。せっかく、エマちゃんが頑張って新型機を配備してもらったのに」


 エマの頑張りを無駄にされているようで、モリーは腹を立てている。


 そんなモリーに、ラリーは呆れかえっていた。


「あいつ一人の頑張りで、新型が配備されるなら苦労しないだろ。偶然だよ。偶然」


「――偶然でうちらに新型を配備してくれると本当に思っているの?」


 左遷先とまで言われた辺境治安維持部隊だ。


 そんな部隊に、新型のラクーンを配備して母艦の改修を気まぐれでするほど軍は甘くない。


 モリーの正論に、ラリーは面倒になったのか返事もしなくなった。


 そんな第三小隊の隣では、エリート小隊のネヴァンが三機並んでいる。


 整備と調整が終わったネヴァン。


 パイロットたちは、メレアの中でも規則正しい生活を送っていた。


「エマちゃん、今頃どうしているのかな?」


 モリーが心配すると、ラリーが小さくため息を吐いた。


 面倒そうにも見えるが、モリーの態度に罪悪感を刺激されたのだろう。


 ゲーム機をしまい込むと、機体の調整を行うためコックピットへと向かう。


「ラリー?」


 不思議そうにするモリーに対して、ラリーは照れくさそうにしていた。


「機体の調整をするんだろ? さっさと終わらせるぞ」


 ゲームばかりしていたラリーが、やる気を見せたことにモリーは嬉しくなる。


「うん! それなら、これまで放置していた設定も見直そうか。大体五時間もあれば終わるわね!」


「――五時間は勘弁してくれよ」


 モリーの容赦のなさに、ラリーは頬を引きつらせる。


 そのタイミングで、艦内にアラートが鳴り響くのだった。


この話を読んでから『俺は星間国家の悪徳領主! 最新7巻』を読んだ読者さんたちは、いったい何を思うのでしょうか?

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