<< 前へ次へ >>  更新
27/29

三章プロローグ

【俺は星間国家の悪徳領主! 7巻】が【5月25日】に発売!!

 都市部の夜景を楽しめるバーがあった。


 カンター席に座った男女は、夜景を背にして話をしている。


 少々苛々した様子を見せる男性は、高級なスーツに身を包んでいた。


 もう夜だというのに身だしなみが少しも崩れていない男の名前は【リバー】。


 ミスターリバーと呼ばれているセールスマンだ。


 ただし、彼が所属しているのは、アルグランド帝国の兵器工場だった。


 そんな彼が僅かに眉根を寄せ、隣の女性を見ている。


「第七兵器工場襲撃の失敗は非常に残念でした」


 非常に、という部分を強調してくるリバーに、肩をすくめるのは【シレーナ】だった。


 色気のある大人の女性で、今は体のラインが出る服装をしている。


 美しく、時折店内の男性ばかりか女性たちまでもが、シレーナに視線を奪われていた。


 本人はカクテルの入ったグラスを揺らし、その様子を見ていた。


「被害を与えたし、試作機の破壊だって達成したわよ」


 悪びれもせず言い返すシレーナに、リバーは口調が強くなる。


「よく言いますね」


 ため息を吐くリバーは、その後にグラスに入った酒を飲む。


 気持ちを切り替えたリバーは、シレーナの前に映像を用意する。


 文字だけの長い文章だったが、シレーナはそれを一目見て理解する。


「バンフィールド家が、クレオ殿下を担ぎ上げたという噂は事実だったのね」


 酒を一口飲むシレーナに、リバーは少し落胆していた。


「あなた程の人が随分と物を知りませんね」


「仕事で戻ってきたのが最近なのよ。それより、今度は私たちに何をさせたいのかしら?」


 シレーナは傭兵だ。


 ダリア傭兵団を率いている。


 規模も大きく、宇宙戦艦の数は一千隻以上。


 保有する機動騎士に関しては、三千機を超える。


 数十万の人員を抱えている規模の大きな傭兵団だ。


 そして、巨大傭兵団組織――ヴァルチャーの幹部でもある。


 ヴァルチャーという傭兵団の下部組織がダリアであり、二次団体である。


 巨大傭兵団の大幹部であるシレーナに、リバーはある情報を話す。


「現在、クレオ殿下とライナス殿下の後継者争いが過熱していましてね。ライナス殿下の発案で、バンフィールド家は経済制裁を受けています」


 皇子の怒りを買った帝国貴族が、仕置きを受けている。


 たったそれだけの話だが、問題なのは皇子の怒りを買った貴族だ。


 バンフィールド家。


 帝国でもっとも勢いのある伯爵家であり、話題に事欠かない。


 そして、二人にとっても因縁のある家だ。


 リバーはシレーナに依頼内容を話す。


「バンフィールド家は他国と取引を開始するようでしてね。その一つが、ルストワール統一政府です」


 統一政府の名前を聞いて、シレーナが僅かに驚く。


「帝国貴族と統一政府なんて、水と油のような関係じゃないの」


 ルストワール統一政府が採用しているのは民主主義だ。


 貴族制を採用する帝国とは相性が悪い。


 相手を嫌っているというよりも、政治体制の違いから相手を理解できないというのが正しい表現だろう。


 統一政府からすれば、人権意識の低い帝国は信じられない星間国家である。


 そして、帝国からすれば、民主主義など正気とは思えない政治体制だ。


 そんな二国間では、国境に要塞を用意して睨み合いを続けている。


 小競り合いも何度も起きており、取引相手としては最悪の相手だった。


 そんな統一政府と取引をするというのは、リバーから見ればバンフィールド家が追い詰められている証拠でもある。


「藁にもすがる気持ちなのでしょうね」


「それで、私に何をさせたいのかしら?」


「――統一政府との取引に向かうのは、表向きはニューランズ商会です」


 ニューランズ商会――帝国で商いを行う大商家の一つである。


 主に地方貴族を相手に商売をしており、帝国内に独自のネットワークを持つ商会だ。


 シレーナも何度か利用したことがあった。


「ニューランズ商会がバンフィールド家に味方するとは思えないわね」


「協力しているのは幹部の一人ですよ。名前は【パトリス・ニューランズ】。創業者一族の幹部で、個人的にバンフィールド家と繋がりを持っています」


 リバーの説明を聞いて、シレーナは納得する。


「幹部の一人が大きな賭に出たわけね。それで、私にニューランズ商会の船団を襲撃しろとでも言うのかしら? 悪いけど断らせてもらうわよ」


(バンフィールド家が絡んでいる取引なら、奴らの護衛艦隊がいてもおかしくないわ。私の傭兵団も立て直しの最中だし、奴らと戦うなんてごめんよ)


 団長として勝算のない戦いは避けたいと思いつつ、シレーナの心には棘のように突き刺さっている人物がいた。


 ――【エマ・ロッドマン】。


 正義の騎士に憧れる夢見がちな女性騎士。


 エマの顔が思い浮かぶと、シレーナが苦々しい表情をする。


(あんな小娘にいつまでもこだわるなんて、私もまだまだね)


 小さくため息を吐くシレーナに、リバーは頭を振る。


「私もあなたの傭兵団が、バンフィールド家の艦隊に勝てるとは思っていませんよ」


 リバーの評価は正しかった。


 帝国内でも精強で知られるバンフィールド家の私設軍だ。


 正面から戦えば、ダリア傭兵団では相手にもならないだろう。


「立て直し中でなければ、襲撃くらい成功させたわよ」


 強がるシレーナに、リバーは不敵に笑っていた。


「それは残念でしたね。さて、本題はここからです。あなたには輸送と交渉をお願いしたい。届け先は――」


 リバーから荷物の送り先を聞いて、シレーナは小さくため息を吐く。


 そして、グラスに入ったカクテルを一気に飲み干すのだった。



 ルストワール統一政府を目指す船団があった。


 ニューランズ商会が所有する全長数キロにも及ぶ超大型輸送船が三隻。


 円柱状の輸送艦であり、大量の物資が積み込まれている。


 その周囲には、六百隻という軍艦が護衛を行っている。


 護衛を行うのは、バンフィールド家から派遣された艦隊だ。


 その艦隊の中には、軽空母メレアの姿もあった。


 第七兵器工場で改修を受けたメレアは、機動騎士の積載数こそ減ってしまった。


 それは技術試験艦として改修を受け、戦闘には関係のない装置を設置されたからである。


 それでも、性能面は改修前より大幅に向上していた。


 また、第七兵器工場で受領したのは、最新鋭の機動騎士が配備されている。一般向けパイロット用にデチューンされたラクーンだ。


 改修を受けて生まれ変わったメレア。


 そして最新の機動騎士。


 帝国の正規軍ですら羨むような装備の数々が揃えられていた。


 メレア格納庫の中央には、専用のハンガーが用意された機動騎士【アタランテ】の姿がある。


 開発試験が無事に終了し、正式にエマ・ロッドマン中尉に与えられた機動騎士だ。


 そんなアタランテの前には、二人の少女の姿がある。


 無重力状態の格納庫内で、作業着姿で浮かんでいるのは【モリー・バレル】一等兵だ。


 ツナギの作業着だが、上着部分を脱いで腰に巻いている。


 大きな胸を隠すように布を巻いているだけで、他は露出していた。


 そんなモリーが疲れた表情をしている。


「開発テストが終わったら、即実戦投入なんて上も酷いよね」


 話しかけた相手は、エマ・ロッドマン中尉だ。


 中尉と言っても元気一杯の女の子、という印象が強い。


 茶髪はボブカットにしており、表情には幼さが残っていた。


 だが、実戦を幾度も経験した事で、その幼さも徐々に薄れている。


 愚痴をこぼすモリーとは対照的に、この状況を受け入れていた。


「それだけ期待されているって証拠だよ。何しろ、最新鋭の機動騎士が揃った部隊だからね!」


 格納庫内に並んだラクーンを見て、エマは胸を張っている。


 モリーよりも小さいが、片手に収まる形の良い胸をしていた。


 自慢気なエマを見て、モリーは苦笑している。


「確かに以前よりマシになったけどさぁ――そもそも、中身は以前のメレアだよね?」


「うっ!?」


 痛いところを突かれたエマが、胸を押さえる。


 そう――機動騎士は最新鋭機を揃えたが、中身のパイロットは同じだ。


 やる気のないクルーに加えて、パイロットたちはまともに訓練も行わない。


 エマが指先を付き合わせる。


「い、以前よりは訓練もしてくれるようになったし」


「三日坊主で終わったけどね。ダグさんもラリーも、以前と同じ生活スタイルに戻ったよ。ま、うちとしては艦内が綺麗になったからいいけどさ。残念なのは、スペースが狭くなったことくらい?」


 これまでお宝と称してデブリを拾い集め、勝手に改造していたのがモリーだ。


 しかし、格納庫のスペースが狭まり、今ではお宝を改造するスペースがない。


 モリーには物足りなさそうだった。


「以前より狭くなったからね。――やっぱり、寂しい?」


 時折、クルーたちが言うのだ。――以前の方が過ごしやすかった、と。


 改修されて以前よりも居住環境は改善したし、設備も更新されて綺麗になった。


 だが、それを快く思わないクルーも一部にはいた。


 しかし、モリーはニコッと歯を見せて笑う。


「今はお宝よりも、アタランテやラクーンを触れるから大丈夫よ」


「あははっ、モリーらしいや」


 新型機動騎士に夢中のモリーを見て、エマも破顔する。


 そんな二人にもとに、一人の青年が飛んでくる。


 騎士服を規則正しく着こなす金髪碧眼の好青年――【ラッセル・ボナー】だった。


 階級は大尉。


 そんなラッセルが、険しい顔をしてエマのもとにやって来る。


「随分と楽しそうだな、中尉」


「ラッセル!? ――た、大尉殿」


 そしてラッセルは、エマにとっては同じ騎士学校で学んだ同期でもあった。


 ラッセルが近くにあった柱に手をついて止まると、モリーがエマに耳打ちしてくる。


「誰?」


「同期の人」


 エマが困ったような顔をしているのを見て、モリーも察したらしい。


 話の邪魔をしないため、モリーが二人と距離を取る。


 ラッセルはモリーの恰好をチラリと見てから、僅かに顔を赤らめ視線を逸らして咳払いをする。


「この艦はどうなっているんだ!? 下着姿で格納庫内をウロウロするのは止めさせろ」


 ラッセルの反応を見て、エマは苦笑する。


「何度も注意はしたんですけど――」


(あたしが言っても聞いてくれないのよ!)


 やる気をなくした軍人たちの左遷先――それがメレアだ。


 ラッセルは忌々しそうにしている。


「モリー一等兵だけじゃない。君の小隊をはじめ、他の連中はまともな訓練をしていないじゃないか。艦内での生活もルールを守らないし、任務中だろうと酒を飲む輩ばかり」


 言いながらムカムカしてくるのか、ラッセルは顔を赤くしている。


 エマも同意したいのだが、ラッセルの態度もあって素直になれない。


「これでもまともになった方ですから!」


「これでか!?」


 エマの返事に驚くラッセルは、ため息を吐いてから右手で視界を塞いだ。


「――試作開発機を任されたと聞いて、少しはまともになったかと思えばこの程度か。やはり、君は騎士に相応しくないようだ」


 騎士学校を卒業し、配属先へと向かう前――エマは、ラッセルから同じ事を言われた。


 その時の光景を思いだし、エマは手を握りしめる。


「もう機動騎士にだって乗れますし、戦場にも出ました! これ以上、あたしに何が足りないって言うんですか?」


 どうしてラッセルは自分を認めないのだろうか?


 そんな疑問が浮かぶ中、ラッセルがエマの顔を見据えてくる。


「この部隊を見れば一目瞭然だ。騎士でありながら、君は自分の小隊すらろくに管理が出来ていない。騎士というのは、戦っていればいいという存在ではない」


 二人の言い争いが続くと、格納庫にいたメレアのクルーたちが集まってくる。


 騎士同士が何か言い争っていると知ると、面白がるように集まってきた。


 ラッセルはメレアのクルーに視線を向けると、侮蔑する視線を向けていた。


 そのままエマに忠告する。


「どれだけバンフィールド家が装備を更新しようとも、中身が腐っていては意味がないと実感させてくれる。――君も知らず知らずの内に腐ってしまったようだな」


 メレアの状況を見て、ラッセルは何かを察して去って行く。


 その後ろ姿を見ながら、エマは声を張り上げる。


「なっ!? あ、あたしたちは腐ってなんかいませんからね!」



【報告】使っていた顔文字のサイトが消えていたので、あとがき劇場は残念ながら打ち切りとなりました。

<< 前へ次へ >>目次  更新