ゴールド・ラクーン
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傭兵団ダリアの戦艦内。
格納庫に持ち込まれたゴールド・ラクーンは、コックピットにケーブルが繋がれていた。
パイロットスーツを着替えたシレーナが、格納庫へと戻ってくる。
「出撃まで何分?」
整備士が無重力状態の格納庫で飛んできたので、受け止めて答える。
「いつでも出られますよ」
「ありがとう」
コックピットに入ったシレーナに、整備士が不安そうにしている。
「本当に続けるつもりですか?」
シレーナは無表情で答える。
「殺された部下の分――何て言わないけどね。下がる前に一暴れしておかないと、今後の仕事に響いてしまうのよ」
仇討ちで挑むのではない。
全ては仕事のためだ。
しかし、殺された部下の分をやり返すくらいはいいだろう、というのがシレーナの考えだ。
それに。
「こいつの試運転もしておきたいからね」
整備士が呆れている。
「見た目はともかく、確かに凄い機動騎士ですからね。量産機のカスタムにしては、金がかかりすぎているように思います」
「本当に、誰が乗る予定だったのかしらね」
ハッチが閉じると、整備士たちがゴールド・ラクーンから離れていく。
出撃準備が整うと、カタパルトで射出された。
「今度こそ殺してあげるわ」
アタランテよりも、エマという騎士が気になっていた。
シレーナはいつの間にか、任務に私情が入り込んでいた。
◇
アタランテのコックピット。
第七のパイロットスーツに着替えたエマは、シートに座って操縦桿を握りしめる。
パーシーがオペレーターとなって、エマに状況を説明してくれる。
『機体はともかく、ソフト面は急造品よ。まともに動くとは思わない方がいいわ』
「了解です」
『中尉は味方と合流することだけ考えなさい。敵と遭遇しても逃げるのよ』
「はい」
『よし、それならハンガーのロックを解除して』
パーシーがそう言うと、ハンガーに固定されていたアタランテが解放される。
動けるようになったのを確認すると、エマがアタランテを歩かせる。
その動きはぎこちなかった。
「大丈夫。味方に合流すればいいだけだから」
自分に言い聞かせながら外――宇宙へと出るハッチまで向かった。
ハッチが開いたので外へと出ると、そこに待っていたのは第七の防衛部隊だ。
アタランテを逃がすために、護衛をしてくれるらしい。
『中尉、第七の防衛部隊がエスコートしてくれるわ。そのまま味方と合流しなさい』
これなら無事にバンフィールド家の艦隊と合流できると思っていると、コックピット内に警報が鳴った。
「敵!? 直上!?」
顔を上げると、そこから迫る小型の機動騎士たち。
手に持った火器で攻撃を仕掛けてきており、実弾やビームなどが降り注いでくる。
加えて、艦艇の姿も見えた。
攻撃を受けた第七の防衛部隊の駆逐艦が、ビームに貫かれて爆発した。
アタランテが衝撃に吹き飛ばされるが、姿勢制御がおぼつかない。
操縦桿を動かし、フットペダルを踏んで何とかするも、アタランテは宇宙でもがいていた。
「味方が来るまでは」
逃げ回ろうとすると、小型の機動騎士たちがアタランテを目指して飛んでくる。
第七の防衛部隊を無視して突撃してくる姿を見れば、アタランテが狙われているのは本当らしい。
バックパックのツインブースターを使用すると、コックピット内に重力が発生する。
アタランテが逃げ出すと、小型機たちは追いかけてきた。
ただ、制御ができていないアタランテは、宇宙をジグザグに飛んでいるだけだ。
そのため、敵機に追いつかれる。
そこに現れるのは――。
『はっ! 雑魚共が!』
――量産型の機動騎士たちだった。
バンフィールド家の家紋が描かれており、一目で味方だと理解できる。
その上、率いているのはエマと顔見知りの大尉だった。
「大尉さん!」
『エマちゃん元気? ちょっと待っていなよ。すぐに終わらせるからさ』
大尉が率いる三機編制の四小隊――十二機の機動騎士が、小型の機動騎士に襲いかかる。
敵機は小型機としては優秀だが、パワーでは量産機に劣るらしい。
小型機の一機が撃破されると、敵の仲間たちが引き返していく。
その様子を見たエマは、安堵してため息を吐いた。
「助かりました」
『戦場で気を抜いたら死ぬよ。母艦にたどり着くまでは、気を抜かないことだね』
十二機の機動騎士に護衛されるエマは、後は味方艦が来れば終わると考えていた。
母艦が来るまで周囲を警戒しようとすると、アタランテのセンサーが敵を感知する。
「大尉さん、敵です!」
『おいおい、こっちの機体はまだ反応なんて――』
直後、大尉の機体も敵機の接近に気付いたようだ。
量産機たちが武器を構えると、真下に体を向ける。
『真下から来るぞ! ――は?』
だが、そこに敵機の姿はない。
驚いたのはエマの方だ。
「違います! 敵は――」
量産機の一機が、後ろから貫かれて爆発した。
味方がそちらに視線を向けると、そこにいたのは金色に塗装されたラクーンだった。
第七から奪取されたという知らせがあり、既に敵機として登録されている。
『どこから出やがった!』
大尉がライフルを構えて攻撃すると、発射された実弾がゴールド・ラクーンをすり抜ける。
『嘘だろ』
他の味方機も攻撃を加えるが、光学兵器もすり抜けていた。
そこに、パーシーから通信が入る。
『そいつはセンサーを惑わせる機能があるわ。死にたくなかったら動き回って!』
それを聞いて、大尉がすぐに部下たちに命令する。
『散開!』
大尉の乗る機動騎士がアタランテを掴み、その場を離れる。
すると、次々に味方の悲鳴が聞こえてくる。
『た、助け――』
『来るな! 来るなぁぁぁ!!』
『どこに嫌がる、狸野郎が!』
コックピットの中で、エマは味方の悲鳴を聞きながら爆発する光を見ていた。
味方が消えていく光景を前に、震えが止まらない。
「こんなのどうすれば」
対処法はあるだろうが、この状況ではどうにもならなかった。
そうして、エマと大尉だけになる。
大尉はアタランテを味方が来る方角へ投げ飛ばすと、武器を構える。
『エマちゃん、味方に拾ってもらいな』
「大尉?」
『部下たちの仇くらい取ってあげないとね』
エマを逃がすために大尉が敵と戦おうとしている。
そんなエマたちの会話を盗み聞きしていたのか、ゴールド・ラクーンが姿を現した。
通信回線を開いてくる。
『あなたはターゲットではないから、見逃してあげてもいいのよ』
どこかで聞いたことがある声だと思っていた。
「まさか、あの時の?」
思い浮かんだのは、模型店の店先で注意してきた女性だ。
『ようやく気付いたの? 本当に鈍い子ね。お嬢ちゃんには、騎士は向かないわよ』
奥歯を噛みしめていると、大尉がラクーンに襲いかかる。
それを相手は簡単に避け、そして攻撃してくる大尉をあしらっていた。
『お前の相手は私だよ!』
『逃げればいいのに、どうして向かってくるのかしら?』
『私は騎士だ!』
答えているようで答えていない返事だが、相手には十分だったらしい。
『理解できないわ。部下の仇討ちは納得できるのよ。だけど、騎士だから勝てない戦いに挑むの? 自分の命は大事にしないと駄目よ』
『抜かせ!』
大尉の量産機がライフルを捨てて、レーザーブレードで斬りかかる。
それをゴールド・ラクーンは、蹴り飛ばしていた腕を破壊した。
持っていた大斧で手足を切断すると、コックピットに左腕を叩き込む。
B級騎士の大尉が、まるで歯が立たない。
「大尉!!」
エマが叫ぶも、返事はなかった。
代わりに答えるのは、敵の女性だ。
『騎士? 本当に馬鹿な奴らよね。貴族たちの手駒に過ぎないのに、やれ誇りだ、意地だとムキになる。本当に理解できない馬鹿共だわ』
大尉の機体を蹴り飛ばした女性は、アタランテに持っていたライフルを向けてくる。
『あなたもそう思うわよね?』
同意を求めてくる女性の声は低く、返答次第では即座に殺しに来ると予想できた。
『騎士なんて言っても、ただの駒の一つ。お貴族様たちにとっては、使い捨ての命。あなたもそう思うわよね?』
「ち、違う」
『――』
「少なくとも、あたしの領主様は違う。民を守るために、命がけで戦える凄い人だから――あたしが目指す強い人だから」
女性の同意を拒絶したエマは、震えながらも操縦桿を握りしめる。
相手の女性は酷く冷たい声で告げてくる。
『――なら、誇りのために惨めに死になさい』
敵がライフルの引き金を引きそうになった瞬間だった。
『エマ・ロッドマン中尉』
モニターの一部にニアスの顔が表示されると、アタランテの様子がおかしくなる。
次々に小窓が出現し、そこにアップデートを開始したという情報が出てくる。
「ニアス少佐!?」
驚いたエマがペダルを踏み込むと、アタランテが錐揉みに飛んでいく。
そのおかげで弾を避けるが、敵機は追いかけてくる。
『悪いけど時間がないから、そのままソフト面の調整をするわ』
「は? え?」
驚くエマだったが、それはモニター向こうのパーシーも同様だ。
『戦闘中にシステムを書き換えるですって!?』
『中尉用に書き換えるだけよ』
『あり得ないわ。本当に馬鹿のすることよ』
『少なくとも、あなたより私の方が優れているわ。――やれるかしら、中尉?』
ニアスがモニター越しに真っ直ぐ見つめてくる。
それに対して、エマは頷く。
「やります。やらせてください!」
『いい返事よ』
モニターが消えると、仮で用意されたシステムのバージョンが表示された。
「――このシステムって」
『特機用のシステムをベースにするわ。今からアタランテ用に調整するわ』
システムが起動すると、アタランテに変化が現れる。
ツインアイが輝き、先程まで螺旋を描いて飛んでいた機体が直進する。
機体の反応にエマは驚いた。
(凄い。今までと全然違う)
エマの感覚とよく馴染んでいた。
その変化は、敵にも伝わっていたようだ。
『戦闘中にシステムを書き換えた? これだから天才っていうのは嫌になるわね!』
ゴールド・ラクーンが迫る中、エマのアタランテが逃げ回るのを止める。
敵に向かうと、サイドスカートのレーザーブレードを手に取った。
斬りかかろうとすると、敵が慌てて避けてしまう。
『こいつっ!』
敵が予想したよりも素早かったのだろう。
エマの方は、次にどのように仕掛けるか考えていた。
「よくも大尉を」
先程までとは立場が逆転しており、ゴールド・ラクーンの方が逃げ回っている。
ライフルを構えて攻撃するが、アタランテのスピードについて来られない。
『ちっ!』
どうやら急いで出撃したようで、調整が完全ではないようだ。
アタランテが敵機に近付くと、レーザーブレードを振り下ろした。
だが――。
「っ!」
アタランテが今度は距離を取る。
敵機は腕で攻撃を防ごうとしていたが、それが正解だったらしい。
『あは、あははは! 本当になんなのよ、この機体は! 特殊装甲とは聞いていたけど、斬られて無傷なんて凄いじゃないの』
敵の女性がコックピット内で愉快そうに笑っている理由は、エマのレーザーブレードが装甲を焼けなかったことだ。
ゴールド・ラクーンの装甲は削れず、無傷のままだった。
『慣らし運転をかねて、さっさと破壊してあげるわ』
若木(#゜Д゜)「ニコニコ静画さんで【コミカライズ版 俺は星間国家の悪徳領主! 9話後編】が無料で読めるわよ。――何で私が他作の宣伝をしないといけないの? 私、これでもあとがきのアイドルよ。みんな、モブせかも忘れないでね! 【10巻】は好評発売中だから買ってよ!」