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ジーニアス

本日が【乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 10巻】の発売日!


書き下ろしのエピソードになりますので、Web版既読の読者さんも是非ご検討下さい。


アンケート特典はいつも通りの「マリエルート」となっております。

 第七兵器工場の改修用ドッグでは、メレアの装甲が剥がされていた。


 その様子を建物の中から眺めているエマは、無重力状態の中で足を上げて膝を曲げていた。


 窓ガラスに両手で触れ、メレアのむき出しになったフレームを見る。


 内部の装置は錆びて油まみれで、更には大量のゴミが出ていた。


 改修の様子を見ている第七の技術者たちは、困った顔でタブレット端末を睨んで相談している。


「使えるのはフレームと装甲だけか?」

「中は総入れ替えが必要ですね」

「そうなると、バランスが難しいな。そもそもフレームの構造が今の主流と違うからな」

「内部に余裕もありますし、何とかなりますよ」


 宇宙戦艦を現場の判断で改修してしまえる。


 エマにとっては信じられなかった。


(改修って、その場のノリでやるものだったかな?)


 事前に準備をしているのが前提のはずだが、それを気にせず技術者たちは既存の装置をどのように組み合わせていくか話し合っていた。


 少し離れた場所で聞いていたエマだが、話の内容が難しすぎて理解できないので顔をメレアの方へと向ける。


「どんな風に生まれ変わるのかな?」


 自分たちの母艦がどのように変化を遂げるのか、少し楽しみなエマだった。


 巨大な宇宙戦艦が、ドック内では玩具に見える。


 パーツを組み合わせていく様子は、まるでプラモデルを改造しているようだ。


(あ~、こういうのずっと見てられるなぁ~)


 幸せそうな顔で眺めているエマに、パーシーが近付いてくる。


「ロッドマン中尉、待たせて悪かったわね」


 やって来たパーシーに向かって、エマは足を床に着けて敬礼をする。


「問題ありません」


「それは良かった。なら、すぐに移動するわよ。アタランテの準備が出来たから、調整を終わらせたいわ」


「はっ!」


 パーシーに連れられて、エマがこの場を離れる。



 第七兵器工場の格納庫の一つ。


 開発チームのスタッフたちは、各部にケーブルが繋がれたアタランテの周りで忙しそうに動いていた。


 パイロットスーツに着替えたエマが、コックピットに入る。


 ハッチを開いたままシートに座り、横にはパーシーが立っている。


「以前よりも関節は強化しているわ。無駄なエネルギーを放出するようになったから、オーバーロード状態でも問題ないはずよ」


 積み込んだエンジンをフルパワーで使用する過負荷により、アタランテは戦闘中に自壊するという欠陥を持っていた。


 これを解決しない限り、アタランテは失敗作のままだ。


 オーバーロード状態を封印すれば問題は解決するが、そうなったらアタランテの優位性は消えてしまう。


 性能の割に高額なエース専用機の出来上がりだ。


 これでは問題解決にならない。


 ケーブル類が全てパージされると、格納庫内でアタランテが歩き始める。


「以前よりも動かしやすいです」


 操縦したエマは、最初に搭乗した時よりも操作性が向上していると気付いた。


 パーシーが胸を張る。


「当然よ。中尉のデータを解析して、最適に仕上げたのよ。操作性が向上しているなんて、褒め言葉にならないわ」


 当然だと言いながらも、確かな手応えを感じているのかパーシーは嬉しそうだ。


 ただ――。


(あれ?)


 ――本当に一瞬だけ、エマは違和感があった。


 アタランテの反応が悪いと感じたのだが、それも一瞬だけ。


 しかも、本当に僅かな違いだ。


 他のパイロットならば、気にも留めなかっただろう。


(勘違いかな?)


 そのままテストは続けられ、格納庫内で行える物は全てクリアする。


 アタランテの仕上がりに満足したパーシーは、すぐに次の段階へ移行することを決めた。


「うん、いいわね。このまま、明日には宇宙空間でテストをするわよ」


「あ、はい」


 違和感が気になるエマは、咄嗟に気の抜けた返事をしてしまった。


 それをパーシーに責められる。


「しっかりしなさい。実験機のテストは命がけよ。一瞬の油断が命取りに繋がるわ」


「気を付けます」


 気を引き締めるエマは、明日のテストに集中する。


(大丈夫。何も問題なかった。データ上も問題ないと示しているから――きっと大丈夫)


 自分に言い聞かせるが、それでも気になってくる。


 エマはコックピットから出ようとするパーシーに声をかけた。


「あ、あの! 動かした時に一回だけ。最初の方でちょっとだけ違和感があったんですけど、何か問題があるんでしょうか?」


 振り向いたパーシーは、小さくため息を吐きながらデータを確認する。


「そういうのは、その時に言って欲しいわね」


「すみません」


 そのままパーシーや他のスタッフが確認するが、何も発見されなかった。


 エマの勘違いとして処理されるが、念のために機体チェックをすることになりテストは延期となる。



 エマがコックピットから降りると、白衣を着た一人の女性がアタランテを足下から見上げていた。


 開発チームのスタッフにはいなかった人物で、エマは気になり声をかける。


 念のために、武器をいつでも抜けるようにしながら。


「どちら様ですか?」


 エマが声をかけると、ストレートの黒髪を肩で切り揃えた女性が顔を向けてくる。


 眼鏡をかけた知的な女性に見えるが、醸し出している雰囲気が他とは違う。


 その女性の目は、エマを見ているようで見ていなかった。


 にこりと微笑みを向けてくるが、明らかに作られたものだ。


 戦闘に関しては下手な軍人並み。騎士である自分には勝てるはずがないと感じながらも、肉体的な強さとは違う何かがエマを怯えさせる。


(この人も怖いな。最近、怖い人ばかりだ)


 女性は白衣のネームプレートを自分の指で何度か軽く叩く。


 そこには技術少佐という階級や、第七兵器工場での立場が書かれている。


「第七兵器工場の方でしたか」


 慌てて警戒を解くと、相手は微笑みながら話しかけてくる。


「お邪魔だったみたいね。私はニアス。――【ニアス・カーリン】技術少佐です」


 おざなりの敬礼をするニアスに、エマは慌てて背筋を伸ばした。


 敬礼をしながら。


「エマ・ロッドマン中尉です」


「――へぇ、あなたが噂のパイロットさん?」


「え? 噂?」


 自分の噂が広がっているなど、エマは知らなかった。


 困惑しているエマに、ニアスと名乗った女性は白衣のポケットから棒のついた飴玉を取り出して包み紙を取ると口に入れた。


 棒の部分が口から出た状態は、まるで喫煙をしているようにも見える。


「天才パイロットと聞いていたわ」


「いえ、そんな」


 照れて頭をかくエマに、微笑んでいるニアスも――同意する。


「そうね。見たところ、失敗作に相応しいパイロットだわ」


「――え?」


 一瞬、自分が何を言われたのか理解が出来なかった。


 硬直するエマに、笑みを消したニアスがアタランテを見上げながら話をする。


「この機体も駄目ね。欠陥機だから、降りた方がいいわよ」


 アタランテから降りろ――それは、エマにとってはようやく掴みかけた自信を手放すことに等しかった。


 手を握りしめ、俯きながら声を出すと――気持ちがこもって格納庫内に響く。


「嫌です! あたしは、アタランテに乗ります!」


 ニアスが僅かに驚くと、不思議そうに首をかしげていた。


 まるで珍獣でも見るような目で、エマのことを観察している。


「あなたは死にたいの?」


 頭を振ると、エマの髪が揺れる。


「死にません。それに、アタランテも壊しません。必ず完成させてみせます」


 顔を上げ、決意した瞳でニアスを見るが――相手はあざ笑っていた。


 エマの決意など無価値という顔をしている。


「理解できないわね」


 エマたちが騒いでいると、開発スタッフたちが集まってきた。


 パーシーが大股で近付いてくると、ニアスの胸元を人差し指で突く。


「関係者以外立ち入り禁止よ。どうやって入ってきたのかしらね?」


「セキュリティーはもっと強固にするべきだったわね。でも大丈夫よ。この機体には、見るべき所なんて一つもないわ」


 微笑みながらそう言うと、ニアスは背中を向けて去って行く。


 アタランテを馬鹿にされた開発スタッフ――そしてエマは、そんな背中を苦々しい顔で睨んでいた。


(――アタランテが凄い子だって、あたしが証明してやる)


 エマは悔しさから、テストを成功させると決意した。



 三日後。


 チェックを終えたアタランテが、小惑星ネイアから少し離れた宙域でテストを行っていた。


 輸送艦に乗り込んだモリーやラリー、そしてダグがテストの様子を見守っている。


 場所は休憩所だ。


 巨大なモニターの前に集まり眺めているのは、三人が所属する第三小隊も開発チームに組み込まれているためだ。


 テストに飽きたのか、ラリーは携帯ゲームをプレイしながら愚痴る。


「何のために僕たちまで連れて来たんだか。乗る機体もないのに、どうしろっていうんでしょうね?」


 ダグはテストの様子を眺めながら雑談に参加する。


「上の連中は下々の不満に目が届かないからな。無駄だと思っていても、小隊単位で命令を出す方が楽なのさ」


 ジュースを飲んでいたモリーは、ダグの話に納得する。


「あ~、ありそう」


 三人が上層部への不満で盛り上がっていると、艦内に警報が鳴り響く。


 即座にダグが席を立って駆け出そうとするのは、これまで受けてきた訓練と実戦経験の豊富さから来る行動だった。


 しかし、すぐに気付く。


「ちっ! 俺たちが乗れる機体はないか」


 ラリーの方はゲーム機をテーブルに置いて、すぐに確認を取るため端末を操作する。


「駄目だ。この船の連中も混乱している。すぐに第七の防衛部隊が来ると思うから、大丈夫だとは――」


 しかし、モリーはモニター画面を見ながら両手で口を塞ぎ。


「エマちゃんが!」


 モニターに映し出されるアタランテの周りには、小型に分類される十四メートルに満たない機動騎士たちが群がっていた。


 紺色の機体は、所属を示す物が何もない。


 どこで製造されたかも不明なアンノーン集団だった。


若木( ゜∀゜)ノ「みんなのアイドル苗木ちゃ――」


クレアーレ( ○)『 【乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 10巻】は好評発売中よ! マスターとアンジェちゃんのすれ違いを楽しんでね!』


若木(#゜Д゜)「私が言おうと思ったのに」

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