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憧れの人

【キミラノ】さんで開催している


【次にくるライトノベル大賞2021】に


【俺は星間国家の悪徳領主!】もノミネートされております。


【一日一回投票可能】ですので、是非とも投票をお願いいたします。

 メレアの格納庫。


 モーヘイブにより運び込まれたアタランテを前に、モリーが頭をかいている。


「これ、腕と脚は全部取り替えじゃないかな? 一回でここまで壊すと、始末書だけじゃすまないかもね」


 左腕は特に酷く、修理よりも取り替えるべきと判断する。


 機体のチェックを行う第三兵器工場の関係者たち。


 コックピットの掃除を手短に終わらせたモルスたちは、エマの操縦記録を見て引きつった顔をしていた。


「――信じられない」


 モルスの言葉が、関係者全員の気持ちを語っていた。


 次々に機材を持ってきて接続すると、嬉々としてデータを採取していた。


 アタランテをたった一度の出撃で壊してしまったわけだが、自壊せずに乗りこなしたエマに感心しているようだ。


「凄い。凄いぞ。あの少尉さんは本物だ」


 興奮するモルスたちを眺めるモリーは、ため息を吐く。


 自分では修理できないと判断して、アタランテから離れるとダグを見つけた。


「あれ? ダグさん、仕事は?」


「――終わったよ。最悪の気分だ」


 捕らえた海賊たちに関しては、幹部以外は必要ないと判断された。


 クローディア率いる部隊が全ての片付けを行っているため、メレアの部隊は母艦に引き返した。


 モリーも外で何が行われているか知っているため、その表情は僅かに曇っている。


 そして、アタランテを見上げた。


「エマちゃん、大丈夫かな?」


 この場にいないエマを心配するモリーに、ダグは俯きつつ頭を振る。


「きついだろうな」



 メレアに横付けされた戦艦に訪れるのは、シャワーを浴びて軍服に着替えたエマだった。


 目の下に隈を作り、青白い顔をしている。


 胸の辺りがモヤモヤして気持ち悪く、輝いていた瞳は僅かに曇っていた。


(気持ち悪い)


 コックピットで吐いてしまったエマだが、激しく揺さぶられた結果ではない。それも理由の一つではあるが、一番の要因は別にあった。


 フラフラと艦内の通路を歩くエマの横を通り過ぎるのは、この戦艦の乗組員だ。


「今の少尉が噂の? 結構可愛いじゃないか」

「誰かが閃光って呼んだらしいぞ」

「そいつはいい二つ名だ」


 笑いながら通り過ぎる二人の声を聞くエマは、気にする余裕もなかった。


 向かう先は元教官であるクローディアの部屋。


(どうして呼び出されたのかな? やっぱり、機体を壊したから叱責だよね?)


 実験機であるアタランテは、量産機のネヴァンよりもお金のかかる機体だ。


 それを破壊したとなれば、叱責も仕方がない。


 フラフラと目的地にたどり着いたエマは、ドア横にあるスイッチを押す。


 すると、指紋や網膜が確認された。


 すぐにドアの一部がモニター代わりになり、部屋にいるクローディアを映し出す。


「クローディア大佐、エマ・ロッドマン少尉であります」


『――入れ』


 入室を許可すると、ドアが自動で開いた。


 エマが「失礼いたします」と言って中に入ると、部屋の中は重力が違った。


 トレーニング中のクローディアは、部屋の中の重力を増やしていた。


 自室にそれだけのトレーニング設備があるのを知り、エマは「大佐って凄い」と素直な感想を抱く。


(大佐になると、自室に高級なトレーニング設備が用意されるんだ。でも、ちょっときついかも)


 体調の優れないエマには、部屋の環境は厳しかった。


 察したクローディアが、重力を通常に戻す。


 トレーニングウェアー姿のクローディアは、長い髪をポニーテールにまとめていた。


 エマが来るまでにかなり追い込んでいたのか、汗だくで息を切らしている。


(戻ってきたばかりなのに、もうトレーニング?)


 事後処理は部下たちが引き継いだのか、クローディアは戻ってくるなりトレーニングを行っていた。


「大佐、戻ってくるなりトレーニングですか?」


「――部下たちが休めと五月蠅いからな」


「体を休めた方がいいのでは?」


「この程度で音を上げるようなら、私は騎士を引退する」


 休めと言われたのにトレーニングをするクローディアが、エマは信じられなかった。


 トレーニング機器のベンチに腰掛けるクローディアが、エマを見ていた。


 戸惑うエマは、クローディアに用件を尋ねる。


「あ、あの」


「――エマ・ロッドマン少尉。私はお前と話がしたかった」


「へ?」


 話がしたいというクローディアは、エマにその辺に腰掛けるように言って座らせる。


 そして、向かい合うと今日の戦闘について――それから、初陣についても話をする。


「私は貴官の評価を間違っていた。訂正し、謝罪しよう。――すまなかった」


 どこか自分を責めるような表情をしたクローディアに、エマは慌てて否定する。


「い、いえ、あの! あたしはアタランテを壊してしまいました。やっぱり駄目な騎士です」


「状況を考慮すれば仕方がない。謙遜する必要はないぞ。あの機体を手足のように操り、そして――敵を殺した貴官は立派なバンフィールド家の騎士だ」


 敵を殺したと言われ、エマの顔から血の気が引く。


 エマがコックピットで吐いた理由は、敵を殺してしまったという自覚があったからだ。


 僅かに震えるエマを見て、クローディアは話題を変える。


「貴官は私に、リアム様のような正義の騎士になりたいと言ったな」


「――はい」


「貴官が何を目指そうと、バンフィールド家の不利益にならなければ私は止めない。だが、あの方を正義と勘違いする貴官は、真実を知らなければならない」


 真実を知れと言われ、何故かリバーの言葉が思い出される。


 リアムも自分たちと同じく、命を軽んじる存在である――という言葉だ。


 クローディアは、エマにリアムの話を聞かせる。


「私はバンフィールド家に仕えるようになってから、あの方のそばで何度も戦ってきた。あの方は、一度も自分を正義などと語ったことはない。むしろ、逆だ」


「え?」


「自分は悪党である――そう言われた」


 領民が名君と慕うリアムが、自ら悪党であると公言しているのがエマには信じられなかった。


「嘘です。だって!」


「事実だ」


 憧れた存在が悪であったなど、エマは受け入れられなかった。


 反論しようとするエマに、クローディアが「話は最後まで聞け」と遮る。


「あの方は十歳で人を殺している。最初に斬ったのは汚職役人の一人で、公式記録にも残っている」


「き、聞いたことはありますけど、ただの噂だと思っていました」


「真実だよ。まだ幼子が、汚職役人を斬り捨てた。これをどう考える?」


 問われたエマは、リアムらしいエピソードの一つと認識する。


「汚職役人の存在を許せなかったのかと」


「単純な貴官が羨ましいよ」


 僅かに微笑むクローディアに、馬鹿にされたと思ったエマはショックを受ける。


「――私はバンフィールド家の軍拡に際し、その編制にも関わっていた」


 急に話を変えるクローディアは、メレアに乗る軍人たちに対して素直な感想を口にする。


「私はメレアにいる旧軍の奴らを全員除隊させるべきと進言した。バンフィールド家には不要だと思っていたからな」


 エマが俯く。


 僅かな間にメレアに乗っていた身からすれば、同情心からクローディアの判断が冷たすぎるように思えた。


「あの人たちにも理由があります」


「知っている。これまで中核を担っていた彼らが、主導権を奪われ辺境に追いやられた。思うところがあっても仕方ないだろう」


「知っていたんですか?」


「当たり前だ。あの方とクリスティアナ様は、それを考慮して軍に残るなら比較的安全な辺境の治安維持部隊を編制された。お前らにとっては左遷先だろうが、上層部からすれば旧軍への温情の一つだよ」


 バンフィールド家はリアムへ代替わりすると、そこから数十年で中核を担う軍人たちが総入れ替えされた。


 そのことを面白く思わない軍人たちがいるのも理解していた。


 ただ、クローディアはそれが許せなかったらしい。


 今でも除隊させるべきだったと考えているようだ。


「私はあいつらが許せなかった」


「どうしてですか? あの人たちも頑張って――」


「幼子が修羅の道を進む中、自分たちは追いやられたといじける無能共が、か?」


 クローディアは、リアムの幼少期を聞いて涙した話をする。


「あの方はお前たちから見れば正義だろうが、一度だって自ら正義を名乗らなかった。知っているか? あの方は五歳の頃に爵位と領地を両親に押しつけられ、ハイドラに置き去りにされているんだぞ」


 リアムが五歳の頃に爵位と領地を引き継いだのは、エマも知っている事実だ。


 だが、当たり前すぎて深く考えたことがなかった。


 幼子の頃から名君扱いを受けていたリアムだ。


 才覚があったから譲られたのだろう――そう考える者は少なくない。


「当時のハイドラは酷い状況だった。軍人は役立たずで、役人のほとんどが賄賂や横領を当然と考えていた。そんな中、頼りになるのはそばにいた者たちのみ。――どれほど苦労されたか、貴官に理解できるか?」


 改めてリアムの状況を教えられると、エマには何も答えられなかった。


 自分ならば、その状況から今の結果を導き出されただろうか? と。


 クローディアは、メレアの部隊が嫌いな理由を語る。


「改革が進む中で、あの方を亡き者にしようとする馬鹿共は大勢いた。旧軍の奴らの中には、クーデターを計画していた奴らもいる」


「え?」


 エマも知らされていなかった事実に、驚愕して目を見開いた。


 クローディアは、当時の話をする。


「領民が幸せになるよりも、個人の利益を優先した馬鹿共だ。メレアの連中は比較的まともな部類だろうが、我々から見れば拗ねた子供だ。――考えたことはあるか? 僅か十歳の子供が、その手で人を殺した意味を?」


 クローディアの視線は、初めて人を殺したエマに問い掛ける。


 人殺しを経験したエマは、はじめて真の意味で理解できるようになった。


「――あ」


 ただ、言葉が出て来なかった。


 自分が憧れていた存在が見えていなかったと、エマは実感させられる。


「あの方が自分を悪だと公言するのは、領地を繁栄させて領民を守るためなら悪党になる覚悟を持っているからだ。それを十歳の幼子に決断させて――旧軍の奴らは切り捨てられたとほざく。笑えるだろ? あの方の温情で軍人として生きていけるのに、本人たちは切り捨てられたと信じ込んでいるんだからな」


 エマが答えられずにいると、クローディアは興奮した感情を抑え込む。


「――あの方は正義のために辛い道を選ばれた。それでも、正義を目指すのならば、せめてあの方の覚悟くらいは知っておけ」


 エマが俯いて、か細い声で「はい」と呟くと――クローディアが立ち上がる。


 そして、その肩に手を置いた。


「貴官がいなければ、我々は死んでいた。気に病むなとは言わないが――救った命もあると覚えておけ」


「――はい」


 涙を流すエマを、クローディアは責めなかった。


 エマに優しく語りかける。


「本星に帰還せよと命令が出た。我々も貴官らも、一度ハイドラに戻ることになる。――その時に、貴官の評価を改める。貴官の才能を見抜けなかった私のミスだ。配属先に要望があれば、私に言え。以上だ」


 話が終わると、エマは退出しようとして――部屋の隅にあるベッド脇に見えた人形を見つける。


「――あ」


 隠し忘れた人形を見られたクローディアは、耳まで赤くしながら無表情でエマに詰め寄った。


「――貴官は何も見ていない。いいな?」


「え? あの」


「何も見ていない。そうだな?」


 ベッドに人形を持ち込むなど、普段のクローディアからは想像できない。


 しかし、エマはその人形に見覚えがあった。


「リアム君人形ですよね?」


「――そ、そうだ」


「あたしも持っていますよ!」


 自分も持っていると言い、端末で画像を見せようとするとクローディアが腕を組む。


「馬鹿を言うな。これは、お屋敷にある売店で売られたレア物で、一般には流通しない品だぞ。リアム様は、自身を模した商品にはとても厳しくて簡単には許可を出されない。この人形もお屋敷内での販売のみを許可された数少ない――」


「あ、これです!」


 エマが画像を見せると、クローディアが驚いてから――画像を食い入るように見る。


「これをどこで手に入れた!?」


 クローディアが驚いたのは、自分と同じリアム君人形――リアムをデフォルメした小生意気そうな目つきの悪い人形が映っていたからだ。


 しかも、サインまで書かれている。


 クローディアが震えているが、エマは気にせず入手経緯を話す。


「知り合いのお爺ちゃんからもらいました。サインは誰の物か知りませんけど、落書きですかね? これ、落ちないから困っていて」


 殴り書きされたようなサインは、誰の物か分からない。


 頭をかいて笑っているエマに、クローディアが両肩を掴む。


 それもかなりの力で、だ。


「痛い。痛いです、大佐!?」


「エマ・ロッドマン少尉。貴官は幸運だ。私から助言をやろう。そのサインは絶対に消すな。後悔するぞ」


「え? あ、はい」


「――以上だ」


 項垂れるクローディアを、エマは不思議そうに見ていた。


 こうして、エマとクローディアの会話が終わった。


リアム(;・∀・)「こいつら、勘違いばかりで少しも俺を理解していないな」


天城( ・∀・)「ちなみに、リアム君人形を制作したのは量産型メイドロボたちです。旦那様も、これには許可を出すしかなかったようです」


リアム(・∀・)「量産機のメイドたちが作ってくれたから、許すしかなかった。拒否するとか可哀想だろ。サインはブライアンに頼まれて、嫌々書いただけだ。――ところで、ブライアンの喋る盆栽はどこだ? わざわざ見に来たんだが?」


エマ( ;∀;)「【乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 9巻】が【11月30日発売】と書き置きを残して、宣伝の旅に出ました」


天城(・д・)「――逃げましたね」

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