12 決意の帰還
シクロは長い間、ひたすら泣き腫らした。
だがやがて泣き止むと、ミランダの遺体を収納する。いずれ故郷となる王都へと連れ帰り、埋葬する為である。
その後は――四人で村へと帰還。そして、ミランダが村から抜け出し、魔物に襲われ命を落としたことを報告。
村長も悲劇があったことには顔を俯け悲嘆に暮れるような素振りは見せたものの、本当に気にしているのは、村の財産である奴隷が失われた点であるようだった。
その為、シクロは当初の予定通り依頼達成報酬を返還した上でミランダを引き取り、代わりに王都の奴隷商人を紹介することを約束する。
遺体となってしまったミランダでも、村の奴隷であるからには、勝手に連れ出すのは問題がある。通すべき筋は通した、ということになる。
そうして――数日掛けて森に残ったヘルハウンドの討伐をこなし、完全に事態は収束する。
用件も無くなり、四人は馬車に乗り、ノースフォリアへと帰還する。
馬車の中で、シクロは遠い景色を眺めながら、ふと呟く。
「……どうすれば、上手くいったんだろうな」
その呟きに反応し、全員がシクロの方に目を向ける。
「今まで……何回も考えてきたよ。ボクがどこで、どうしていればこうならなかったのか。ボクに出来ることはもっとあったんだろうなって……後悔ばっかりしてる」
どこか後ろ向きにも聞こえるシクロの発言に、言葉を返すのはミストであった。
「ご主人さま。ミランダさんを助けられなかったことを……悔やんでいるんですね」
「そうだな。それも含めて……ボクは、いつでも、どんな場面でも、もっと上手くやれたはずなんだ。でも、選択を失敗し続けてきた気がする。ボクのせいで、色々なものが失われた気がする」
気落ちしている様子のシクロに、ミストは励ましの言葉を返す。
「……過去を振り返るのも、失敗を悔やむのも、時にはいいと思います。でも、ご主人さま。それはどうか――これから起こることをより良い方向へ導く為に役立ててください」
ミストは言って、シクロの手をとる。
「誰だって、変えたいような過去に悩んで、考え込んでしまうものだと思います。でも、過去の失敗や悲劇を変えることは出来ません。だからこそ――抱いた後悔も、悲しみも、全部明日の自分の為にお使い下さい。そうすることで、もしかしたら、少しでもいい方向に未来が変わるかもしれませんから」
「……ミスト」
ミストの励ましの言葉で、シクロは顔を上げ、気を持ち直すような様子を見せる。
「それに――ご主人さまは、どうして私を買って下さったんですか?」
「それは……」
「色々なことがあって、だからこそ奴隷である私を、ご主人さまは買って下さいました。だから私は、酷い環境から抜け出して、今こうして幸せでいます」
シクロに向けて、微笑みかけるミスト。
「この通り、変わるんです。ご主人さまが悔しくて、どうにか変えようと頑張ったから。未来は良い方に変わるって、私には分かるんです」
言うと、ミストは――いつかシクロがしてくれたように、シクロの身体を抱きしめる。
「だからご主人さま――頑張って。私がずっと、貴方のそばで――未来は変えられるんだって、証明し続けますから」
ミストの言葉がじんわりと胸に染み込んでくるようで、シクロは言いようのない暖かさを感じていた。
そしてふと周りに視線を向けると、カリムとアリスも微笑み、見守りながら頷いていた。
「ミストちゃんの言うとおりや。シクロはんにはアホなとこもあるかもしれんけど、それでも変えていきたいって気持ちがしっかりあるやろ?」
「お兄ちゃんがつらい時は、みんなが支えてあげるんだからね!」
「……カリム。アリス」
二人の言葉も受けて、シクロは頷き、気を取り直す。
「――そうだな。ボクは、悔やんでるだけじゃダメだ。悔しいけど、それを力に変えていかないとな!」
力強く、シクロは宣言する。
「ボクは……世界を変えたい」
それは大胆が過ぎるほどの宣言であった。
「人がスキルで差別される世界。人が人を物のように扱う世界。そんな考えを肯定して、今の常識を作り上げたスキル選定教の望んでいる世界。そういうものを、ボクの大切なものを壊した理由の一つを――ボクは、変えていきたい」
シクロは強い意志の光を瞳に宿し、語る。
「ミランダ姉さんのこともそうだ。ボクがあの日……ずっと無能扱いされ続けて、仕事をクビになって、自信も、他人を信頼する余裕も失って失敗したのも、一つの原因だと思う。でも、違法奴隷商人なんて仕組みが成り立つ世の中じゃなければ、ミランダ姉さんはこんな辺境で死ぬようなこともなかった。事件を起こす人間だって、そもそも存在しなかったかもしれない」
自分の過去の失敗を見据えながらも、その上でシクロは、自分の手で変えられるかもしれない他の原因へと目を向けていた。
「ミストが奴隷に落とされたのだって、スキル選定教がミストのスキルを邪教徒と呼んだからだ。ボクとアリスの……すれ違いも、賢者という職業スキルを特別扱いする文化が無ければ起こらなかったかもしれない。これだって、元を考えればスキル選定教だ」
シクロは言いながら、仲間である三人に向けて視線を向ける。
「もちろん、だからってボクの失敗が正当化されるわけじゃない。ボクにも変えられること、出来ることはあると思う。でも――それでも、世界を変えることで、変わる未来だってあると思う」
そしてシクロは、仲間である三人に頼み込む。
「だから――みんな。ボクと一緒に来てくれないか。こんなことがもう起こらないよう、世界を変える為の戦いに」
シクロの言葉に、三人それぞれが頷く。
「もちろんです、ご主人さま。私はいつでも、いつまでもご主人さまについていきますっ!」
「ウチも協力させてもらうで。それでこそ、ウチが期待するシクロはんや」
「私だって、お兄ちゃんの為ならいくらでも頑張れるわ!」
三人それぞれが、シクロと共に行くということを、はっきりと意思表示する。
それを見たシクロは、嬉しさから笑顔を浮かべ、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう、みんな。ボクは――最高の仲間に恵まれて、幸せだよ」
こうして――シクロはいよいよ、本気でスキル選定教と、そして世に蔓延る常識と戦うことを決意し、決起した。
そして――ノースフォリアへと帰還したシクロは、早速行動を起こすこととなる。
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このお話で、第六章『辺境の村』は終了です!
次回からいよいよ、シクロ君がいろいろ動き始め、頑張りはじめます!
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