02 辺境伯の過去
「かつてその辺境に生まれた子どもは、夢を持っていた。父のように武勲に優れるスキルを手にして、領民たちをダンジョンのスタンピードから守るのだ、とね」
デイモスが語り始めた話を、シクロ達は真剣な様子で聞く。
「しかし――スキル選定の儀で手に入れたのは、事務作業が得意になるというだけのどうしようもないスキルだった。前線に立つことは許されず……だからこそ、ある時起こった大規模なスタンピードの時も生き残った。家族でたった一人だけね」
デイモスの言葉に、シクロ達は息を飲む。
察するに、この話はデイモスの、辺境伯としての過去である。ということは、デイモスは過去に、家族全てを失う程の悲劇に見舞われてしまったことを意味する。
「それから彼は苦悩し、どうして自分だけが生き残ってしまったのかと悩みながらも、どうにか領地を立て直した。領民の幸せの為に尽くす日々だった。気がつけば伴侶もいて、子どもも生まれていた」
その子どもがクルスなのだろう、とシクロ達は察する。
「そして――子どもが十六を迎えた日。彼は自分の時の反省を活かして、秘密裏にスキル選定の儀を行うことにした」
ここが本題だ、と明らかに分かる声色で、デイモスは語る。
「そして……我が息子が、手にしたスキルは、司祭の口から『娼婦』であると告げられたよ」
その発言で――シクロ達は、全員が察する。
すなわちデイモスも、そして息子のクルスもまた――スキルに、スキル選定教に人生を左右され、苦しめられてきた人間なのだと。
「その時、私は思ったよ。どうしてスキルに、人生をこうも左右されなければならない? 私が『暗算』スキル持ちだからと言って、どうして強くなる必要が無いと言えた? あの時私も父や母、兄弟達と同じように、武を学び、共に戦場に出ていれば、救われた命も多かったんじゃないのか? クルスは何故――薄汚い司祭に娼婦と呼ばれ、『そういう趣味』の輩に売れば良い等と言われ、侮辱されなければいけないのか?」
デイモスの声には、強い怒りと、同時に怒りを抑える冷静さも滲んでいた。
「……つまり、本当にスキルは、スキルの示す道に従い生きることは、人にとって幸福な道なのか、とね。私は、常々疑問に思っていたんだよ」
それは正に、シクロが抱いている疑問、違和感と全く同じものであった。
「そんなある日、非常に面白い手札が見つかった。――ディープホールの深層から帰還した、SSSランクの冒険者という存在だよ」
「……ボク、ですか」
デイモスに言われ、シクロは呟く。デイモスも頷いてから話を続ける。
「君と面会して、これは利用できると思ったよ。私の目的に、君のような英雄的存在、圧倒的武力は必要不可欠だ。さながら――ルストガルド帝国が『魔王』なる存在により、一つの国として成り立っているのと同じようにね」
「魔王、ですか? それが……今回の話と、関係が?」
シクロが問うと、デイモスは頷く。
「これは少しややこしい――政治や歴史の話になるんだがね。まず、この世界の成り立ちから関わっているとも言える」
デイモスはそう言って、シクロに教えるように語ってゆく。
「始まりは、何もない場所、場所とも呼べない場所に創造神が降り立った。創造神は七日を費やし世界を、そして住まう生き物たちを生み出した。――これは、神と直接交信する技術を持つ、エルヴンヘイムのエルフ達からも事実だと肯定されている。つまり、実際にこの世界は、創造神が作り上げたことが分かっている」
デイモスの言葉を、ポカン、としながら聞くシクロ。
同じような反応を見せているのはミストぐらいで、カリムとアリスはまるで最初から知っていたかのように平然としていた。
「あの……デイモスさん。それは神話とか、おとぎ話じゃなく、実際にあったことなんですか?」
「少なくとも、エルヴンヘイムから伝わる話では事実だとされているよ」
言われ、シクロは驚く。
創世神話のような話は、シクロも子どもの頃に聞いたことがあった。しかし、その内容が――一部分でも事実であり、歴史上存在した出来事であった、というのは驚愕する他無かった。
「ともかく、この世界は創造神が生み出した。何もかも創造神の掌の上のものだった。――そう、過去形だよ。数々の種を、生物を生み出し、人々を導いた後、創造神は疲れ、眠りにつくこととなった。世界の管理を、自らが生み出した四柱の神に任せてね」
「それも事実なら、知っています」
シクロはデイモスの言葉に先んじて口を開く。
「エルヴンヘイムのエルフが崇める大地母神。ルストガルド帝国を始めとする、亜人種国家が崇める魔神。砂漠の国、アイルリースが崇める太陽神。そして、ボクらの国とスキル選定教が崇める、スキル選定神ですね」
シクロが言うと、デイモスは頷く。
「そうだ。……ただ、創造神を崇める人々の伝承によれば、スキル選定神では無く断罪神と呼ばれていたそうなんだがね」
スキル選定教の神――断罪神。
その名を聞いて、シクロはどこか引っかかりを覚える。
だが、今はそこを追求している場合ではない為、デイモスの話を聞き続けた。
「ともかく、本来創造神が担っていた役割を、四柱の神が担うようになった。そこから――創造神以外の神を崇める宗教が跋扈し始める。これは、それぞれの神が創造神に代わり、この世界を手にしようとしたからだ、とも言われている。創造神を崇める人々からはね」
神による、世界の奪い合い。
シクロの想像をも超えるスケールの話に、次第に意識があらぬところへ飛びそうになる。が、どうにか必死にデイモスの話についていこうと気を張る。
「それに事実、歴史上もそう思えるような変化が起きている。最初は太陽神信仰により、砂漠の厳しい環境でも有利に生き抜く術を得たと言われているアイルリースが大きく国土を広げた。かつては無数の小さな部族ぐらいしか無かったのに、今では砂漠地帯のほぼ全てアイルリースの支配地域だと言われているぐらいまで拡大している」
「せやな。……詳しくは言えんけど、太陽神信仰とアイルリースの発展に関係があるんは事実や」
アイルリース出身であるカリムが、デイモスの言葉を肯定する。
「そして次に出てきたのが――スキル選定教だ。群雄割拠の戦国時代に生まれたこの宗教は、本来生まれつき特別な物か、あるいはダンジョンの踏破等の偉業を達成することでしか得られなかった『スキル』というものを人々に与えた」
スキル選定教の話題になり、シクロはより集中して耳を傾ける。
「結果、スキル選定教を国教に定めることが、同時に軍事的な優位性にもつながった。当時存在した無数の都市国家は、次々とスキル選定教を受け入れた国に飲み込まれ、統合されていった。――要するに、当時の主要な信仰、創造神への信仰の駆逐が行われていった」
シクロは、自分が知りもしなかった歴史、スキル選定教の過去の所業を知り、言いようの無い感覚に見舞われる。
それは怒りにも似た、苛立ちにも近い奇妙な感覚だった。
「そうして莫大な権力を得ることとなったスキル選定教は、当時当たり前に遣われていた、創造神が人に託した言語を古代語として、新たにスキル選定教の定めた言語を現代語に指定し、国々にこれを使うよう強制した。結果――創造神への信仰は、ほぼほぼ消滅してしまったというわけだ」
シクロは、それで自分が――創造神に関する知識に欠けているのだろう、と理解した。つまり、スキル選定教が徹底して文化を破壊したからこそ、歴史を含めたあらゆる知識を得る機会を失ってしまったのだと考えた。
「そうして人類がスキル選定教に染まった頃になって――次に、魔神を信仰する勢力が現れた。人より優れた能力を持つ亜人種が集まり、魔神の使徒である『魔王』の名の下に一致団結した集団。ルストガルド帝国が誕生したんだよ」
いよいよ、歴史の話が出たそもそもの理由、魔王の話題にたどり着く。
シクロはさらに聞き漏らさないように、と気を張り直す。