01 辺境伯邸へ
依頼を終え、ノースフォリアへと帰還したシクロ達一行は、冒険者ギルドにて依頼完了の手続きを済ませた後――辺境伯との面会を求め、屋敷へと向かった。
シクロ達が屋敷へ到着すると、応接室へと案内される。
「今日は、どうしたのかな?」
辺境伯、デイモスは応接室を訪れると、また何か難題を言われるのか、と警戒している様子であり、表情が若干引きつっていた。
そんなデイモスの様子を見て――シクロはまずは立ち上がると、すぐに腰を折り、頭を下げてから言った。
「まずは――今までのことを、謝罪させて下さい。すみませんでした。辺境伯という立場の方への態度として、不適切な言動が多かったこと。度々無理な要求をしてきたこと。申し訳有りません」
突如頭を下げ、謝罪を始めたシクロを見て、デイモスは驚きから目を見開く。
「これはまた……どういう心境の変化だい?」
「色々、ありました。それで、本題に入るよりもまず、通すべき筋があると考えました」
「ふむ」
シクロの態度を見て、デイモスは顎に手を当て、考え込む。
「……まあ、全く気にしていない、と言えば嘘になるがね。けれど、Sランク冒険者には態度の良くない人間も少なくない。君のしたこと程度を、いちいち窘めていてはキリが無いよ。――それでも、気持ちは変わらないのかな?」
「はい。申し訳ありませんでした」
シクロは頭を上げず、謝罪の言葉を繰り返す。
そんなシクロの様子を見て、デイモスは納得したように頷く。
「――そうか。それなら、私も謝罪を受け入れよう。これからは、今まで以上に友好的な関係を続けていこうじゃないか。お互いに、ね」
「……はい、ありがとうございます」
謝罪を受け入れてもらうことができたシクロは、ようやく頭を上げ、席に座り直す。
「さて、シクロ君。本題について、話をしてもらおうか?」
「はい。……色々なことがあって、考えて、どうしてもやりたいことが出来たので。デイモスさんには協力をしてほしくて、お願いに来ました」
「まあ、またお願いだろうとは分かっていたけどね」
デイモスは溜め息を吐きながら、シクロに問いかける。
「でも今回は、特別なんだろう?」
「はい。ボクの方からも、出来る限りの対価を提供するつもりです。単にお願いというよりは、ある意味では取引という形に近いかもしれません」
言うと、シクロは少し間を置いてから詳細を話し始める。
「……ディープホールに落ちてから、ボクはずっと思っていたことがありました。どうして人は――スキルによって差別されるんだろう、と。そんなものさえ無ければ、もっとマシな人生を歩んでいたのかもしれないのに、と」
シクロは経緯から含めて話してゆく。
「そしてSSSランクの冒険者となって、これまでの活動を通して――仲間と一緒に過ごしてきて、その思いはより強くなりました。スキルで人を差別するような習慣は良くない。そんなものは無くなってしまった方が、きっと今よりも幸せになれる人がたくさんいるはずだ、と」
「ふむ、そうなると――つまり、そういうことだね?」
デイモスはニヤリと笑みを浮かべ、シクロの言いたいことを察した様子で言う。
「はい。ボクは――スキルありきの世界を、スキル選定教が人の未来を左右し過ぎる世界を変えたいんです」
ついにシクロは本題を、重大な決断を言葉にして、デイモスに伝えた。
「なるほど。確かに――それは冒険者が個人で叶えるには大きすぎる目標だね」
「はい。どんな手段を使うにしても、人の生活に、社会に大きく変化を起こす必要があると思います。だから……ボク個人の力では、成し遂げられないだろうと思います。なのでデイモスさんにお願いしに来たんです」
そこまで言うと、シクロはいよいよ交渉の段階に入る。
「もちろん、タダで協力して欲しい、というわけじゃありません。ボクを――SSSランク冒険者という手札を、デイモスさんが使いたいように使って下さい。それはデイモスさんの利益の為だけでも構いません。さすがに誰かを不当に貶めるとか、犯罪に関わるようなことは出来ませんが……ボクに出来ることなら、何でもやります」
シクロの提示した内容を、吟味するかのように、デイモスは顎に手を当て、考え込む。
「それに――ボクたちはこれから、ディープホールの攻略を行います。その時に手に入る魔物の素材なんかも、デイモスさんに最大限融通します。指名依頼の報酬も、今回のお願いで相殺してくれても構いません」
以前、いくらでも報酬を出す、というようなことをデイモスはシクロに提案していた。
その報酬を今回のお願いと相殺するということは――さながらタダ働きのようなものとなる。
それだけの条件をシクロが提示したことで、いよいよデイモスも、シクロがそれだけ本気で今回の提案に踏み切ったのだと理解する。
「なるほど。つまり君の目標は、それだけの対価を払ってでも実現する価値があると?」
「はい。価値もありますし――例え価値を否定されても、ボクは成し遂げたいと思っています」
シクロは真剣な表情で、決意の強さを言葉にして語る。
それを見て、デイモスも納得したように頷き、口を開く。
「なるほど。確かに――対価は悪くないね。もちろん、シクロ君がどれだけの協力を私に求めてくるのかにもよるけれど」
「そこは、相談の上でちょうどいいラインを探していければ、と考えています。具体的に何を、どうすればいいのか。効果的な手段はなんなのか。ボク一人では考え尽くせないことまで含めて――協力して貰えれば助かります」
シクロは言うと、座ったままの状態でまた頭を下げる。
「お願いします。ボクに――力を貸して下さい!」
頭を下げ、協力を求めるシクロを見て――デイモスは、フッと笑みをこぼす。
「なるほどね。随分と、短期間で変わったものだね」
言うと、デイモスはシクロに答えを返す。
「頭を上げなさい、シクロ君。こちらとしても、君と協力関係を築くのは悪くないと思っている。特に――今の君であれば、十分に信頼できると考えているよ」
「それは――!」
「ああ。是非とも、君の目標に協力させて欲しい」
言うと、デイモスはシクロに向けて、握手を求めて手を差し出す。
シクロも手を差し出し、握手を返す。
そして――握手を交わした後、デイモスは再び口を開く。
「さて。――こうなったからには、シクロ君、そしてパーティメンバーの皆さんにも聞いておいて欲しいことがある」
デイモスの言葉にシクロは仲間の三人の方へと視線を向ける。三人も、シクロと目を見合わせる。
「どういうことですか?」
デイモスと向き直ったシクロが問うと、デイモスは語り始める。
「そうだね――元を正せば、これはとある辺境の領主の息子として生まれた男の、しがない昔話になるのだけれどね」
そうして――デイモスは、シクロ達が予想もしていなかったことを話し始めるのだった。