近くのハンバーガーショップで女子高生が話してたんだけど

作者: ジェームズ・リッチマン

Twitterに投稿してたホラー短編を少しだけお色直ししたものになります。

 

 最近、SNSでちらほらと話題になっているハンバーガー屋がある。

 どこにでも、それこそ私の近所にもあるようなチェーン店なので、それ自体は珍しくもなんともない。

 しかし噂によるとそこでは“二人組の女子高生がよく良い話をしている”とのことで、ネットでは結構な評判なのだった。


 どういう評判かというと、俗にいう“スカッとする”系の話が多いだろうか。

 “貧乏ゆすりのうるさすぎるオヤジがいたけど指摘したらちゃんとやめてくれた”とか。

 “何も買わずに店内で騒ぎ立てる迷惑な客にビシッと注意して黙らせた”とか。

 “客に暴力を働こうとしていた若い男を女子高生が止めた”なんて噂まであるが、それはさすがに嘘かもな。

 とはいえ、なかなか気持ちの良い武勇伝というか逸話が多いので、頭を空にしてぼーっと読んでいる分にはなかなか面白いのだ。


 噂の位置情報を見るに、店はかなりご近所にあるらしかった。


「ここか」


 見慣れた店の看板。ガラス張りの店は清潔そうで、明るい。昼間ということで、窓越しにはサラリーマンの姿も見えるごく普通のファストフード店。

 私は興味本位と本当に軽い気持ちで、そのハンバーガーショップに入ってみたのである。




「っ」


 しかし中に入ってみると、そこはまるで廃墟のように小汚く、異臭の漂う空間だった。

 蛍光灯は半分近くが無残に割れ、もう半分は点滅しているだけ。不気味を絵に描いたような、荒れ切った内装。

 外から見たものとは全く異なる内装に反射的に振り向いたが、ガラス張りの壁には一面に黒いコールタールのようなものが塗りたくられ、外の様子が見えなくなっている。

 何故だ。ここは一体なんなんだ。不気味だ。

 だが、店内はそれだけではない。

 私は入り口近くの二人用テーブル席に座る“それ”を見て、驚きのあまり思わず変な呻き声を上げてしまった。


 三メートル近くある細長い巨体。

 廃油で汚れたような長い黒髪。

 ボロボロの女子高生のセーラー服らしきもの着ている異形が、席に座っていたのだ。

 明らかに人間ではない。

 それは、女子高生と呼ぶにはあまりにもおぞましい存在だった。


 女子高生らしき二人のそれらは、テーブルにある謎の肉片を節くれだった指で摘みながら、暗く何も見えない顔の中に投げ込んで、時折咀嚼音を立てている。

 鳥肌の立ちそうな、異様で不気味な食事風景。

 しかし私が何よりも奇妙に感じたのは、それ以外の席にも普通の客らしき人物たちが着席していることだった。


 他の客はサラリーマンや主婦、若者など、至って普通の風貌をした人々ばかり。彼らは皆、やけに大人しくテーブル席に着席していた。

 客たちは青白い顔でテーブルを見つめるか、小さく震えながらハンバーガーを少しずつ食べている様子だ。


 なぜ、こんな不気味な空間に客がいるのだろう。

 少なくとも私は、今すぐにでも引き返し、逃げ出したいのだが。

 帰りたい。すぐに引き返したい。そうだ、何を慌てる必要があるのだろう。それが一番だ。


 だがそうして出口に向かおうと振り向いた一瞬、わずかなその刹那。

 奥のテーブル席に座る女性が、私を見つめながら小さく、しかし激しく首を横に振っているのが見えた。

 客たちが息を呑む、わずかな音も。


 ……私は嫌な予感を感じて、脱出を思い留まった。




 私はレジ前に立った。

 そこには女子高生らしき異形と似たような、背丈の高い店員が直立している。


『御注文は』


 低く掠れるような悍ましい声色で、店員らしきものは言った。


「ポテト、Sサイズをください」


 無音の店内で、私の慎ましく簡潔な注文がよく響く。

 ハンバーガーを完食できそうな腹具合でもなかった。


 私は無音が支配する店内で暫し待ち、ポテトだけが乗ったトレイを受け取ると、空いている壁際の席についた。

 それと同時に、異形の女子高生どもが動き、喋り始めた。


『あたしさあ、みんなで使う物を汚す人ってチョー嫌いでさあ』


 男の合成音声のような声が、不気味なほど軽い口調で語り始める。


『バイト先でもさあ、先輩とかトイレ使った後汚くなってることあんの』

『ひどいね~』


 普通すぎるほど普通な、しかし背筋が凍るほど不気味な声による世間話だった。

 それだけなら、なんとなくシュールな光景でしかなかったかもしれない。


 だが他の客たちは、目に見えて怯え、震え、肩を竦ませている様子だった。


『それに、トイレ入ると何十分もこもってるの。酷くない?』

『ひどいね~』


 愚痴る異形と相槌を打つ異形。

 よくある女子高生のような会話。


「あの人だ……」


 私の近くの席から聞こえた、涙交じりの掠れ声の呟き。


『今もトイレに篭ってる人いるよね~』

『いるよね~』


 直後、店の奥から物音がした。

 奥、おそらくトイレから出てきたのは、明らかに憔悴している様子の四十代ほどの男性サラリーマンだった。

 目元や頰には涙の痕が残っている。

 吐いていたのだろうか。口元を拭いながら、嗚咽をこらえている様子で店内に戻ってきた。


『あの人じゃん』


 異形がひょろ長い指で彼を指し示しながら言った。

 指差され、男性は目を見開いている。


「な、なんで」


 そしてガタガタと大げさなほど震え、崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。


『あたし、みんなで使うトイレをずっと独り占めするのは良くないと思う』


 指差す異形の女子高生は言った。

 突然、何を言っているのだろうか。私はそう感じたのだが。


「そ、その通りだ」


 誰かが演技くさい声で、そう言葉を発した。

 振り向くと、へたり込んだ男のすぐ近くにいた初老の男からの声のようだった。


「ひどいと、お、思います」


 涙交じりの声で、奥にいる女性も続く。


「良いこと、言いますね」

「その通り……」


 誰もが賛同する。便乗する。

 異様な空気だ。

 誰もが口々に“そうだそうだ”と無感情に囃し立てる。

 やがてそれは拍手となり、店内を包んだ。


「嫌だ! 嫌だ!」


 床に座り込んだ男だけが、狂ったように叫んでいる。

 私には、この空間で彼だけが正気であるようにしか見えなかったが。


『あなた、あたしに反対なの?』

「え」


 その時、異形が私を見て言った。


 直感だった。


「その人は酷い」


 私は本当に直感でそんな言葉をひねり出し、他の皆と同じように拍手をしたのだ。

 軽薄な音を鳴らす私の手は、震えていた。


「助けてください!」


 サラリーマンの男性は泣き叫んでいた。


『悪いのはお前だよ』


 異形は曇った声で告げ、席を立ち、男の元へと歩いてゆく。


 すれ違いざま、腐った臭いがした。


『オ前ガ悪イ』


 異形が長い腕を振り下ろし、怯えきった男の膝を打った。砕ける音と絶叫が聞こえる。


『オマエガワルイ』


 もう一人の異形が暴れる男を組み伏せて、不潔な髪の中に混じっていた鱗のようなものを男の目に押し込んでゆく。


『オマエガワルイ、オマエガワルイ、オマエガワルイ――』


 暴れる大きな物音。

 苦悶による絶叫。

 彼を責め立てる不快な低い声。


『オ前ガ悪イ』


 永遠のように思えた拷問と叫び声は、異形がその長い指で男の胸を刮ぎ落としたことによって終わりを告げた。

 抉られた男の胸はすとんと床に落ちて、それきり声も、拷問も途絶えた。

 残ったのは凄惨な殺人現場と、店内に満ちた押し殺したような震え声と、異臭のみ。


『20番でお待ちのお客様。レジまでドウゾ』


 レジから店員の声が聞こえてくる。だが、私の思考はうまく働かない。

 私の心は既に恐怖でいっぱいだった。


 悍ましい異形の女子高生達は何事もなかったかのようにテーブル席へ戻ると、無言で着席する。


 ……番号を呼ばれた男は、レシートらしき紙を受け取り、店を出る様子だった。

 店から出られるのか。そう思ったが、やめた。

 直感だが、出ようと思ってここから出られるならば既にみんなそうしているはずだからだ。


「やっと、帰れる……」


 だから私は、先ほど真っ先にサラリーマンの男を責め立てた男がふらつきながら店を出ても、急いでそれに続く気は起きなかった。


 店から何事もなく男が退出する。

 塗装の剥げた扉が閉まる音。

 再び店の中に沈黙が訪れた。


 レジから店員らしき異形がやってきて、無残に嬲られ続けた死体を掴み、調理場の方へと引きずってゆく。


 ……客達の張り詰めた緊張と、押し殺す声と震え。その理由が今になって、ようやく私にも理解できた。


『SNSで褒められたいな~』


 唐突に、女子高生の一人がそう言った。


『私も褒められたいな~』

『酷い人をこらしめたもんね~』

『良いことしたもんね~』

『ね~』


 ……店内の客が、こぞってスマートフォンを取り出した。

 震える指をどうにか律して、何かを打ち込んでいる。


 もちろん、私もそれに倣った。



 駅前のハンバーガーショップで、トイレに長く閉じこもっている迷惑なサラリーマン風のおっさんがいたんだけど、それを二人の女子高生が一喝。おっさん何も言えず。店内のお客さんはみんな拍手していた。



 ……私はそんな呟きを投稿した。

 投稿には、早速見知った人からの“いいね”がつけられているようだった。


 しばらくして、入り口が開く。


 外から現れたのは、スマホを片手に持ったOLらしき若い女性。

 その子は店内の雰囲気に唖然として、そして次の瞬間に何かに気付いたのか、青ざめた顔で外に出ようとした。


「いやっ! なんで!? 開かない!」


 錯乱する女性。無理もない反応だった。


『お店の中でうるさくしてる~』

『ひどいね~』


 女子高生が指をさす。

 非難の声をあげ、些細な迷惑を責め立てる。


 けれど、私達はそれに刃向かうことはできない。

 彼女を守ってやることも、庇ってやることもできない。


『私も……そう思います』


 この悍ましい店内では、女子高生達の定める道徳に賛同することでしか、生き残れないのだから。